3:迷惑客しか来ない店……
SVが去ってから数分後。
店内には、芳醇で香ばしい匂いが漂っていた。
「はふっ、はふっ……! 店長、これ凄いです! 衣がサクサクで、中のドラゴン肉がとろけますぅ……!」
イートインスペースでは、シルヴィアが『特製ドラゴンカツサンド』を両手で掴み、リスのように頬張っている。
俺のスキル【POSタブレット】の《ホットスナック加工機能》で作った逸品だ。
コンビニの揚げ物特有のジャンキーな味付けと、最高級食材の暴力的な旨味。
この二つが合わされば、S級冒険者といえども堕ちるのは一瞬である。
「ゆっくり食べてください。在庫は山ほどありま…「おかわりください!!」
「早いですね……」
俺が苦笑しながら、追加のカツサンドを棚から取ろうとした、その時だった。
ピンポーン…ピンポーン♪
ズズズズズ……ッ!
突然、店全体が激しく揺れた。地震か?
いや、違う。
自動ドアのセンサーが反応し続けている。
ウィーン、ガシャン。ウィーン、ガシャン。ピンポーン…ピンポーン♪
「グルルルルゥ……」
「ガウッ! 腹減ったぞ!」
「キャン! いい匂いだ!」
入口を無理やり押し広げて入ってきたのは、巨大な影だった。
天井の蛍光灯に届きそうな巨体。
黒い剛毛に覆われた体躯。
そして何より特徴的なのは――首が三つあることだ。
地獄の番犬、《ケルベロス》。
このダンジョンの中層を守護するボスモンスターだ。
「なっ、ケルベロス!? なんでこんな深層に……!」
シルヴィアが慌ててカツサンドを飲み込み、剣に手をかける。
だが、俺は片手でそれを制した。
「待ってください、シルヴィアさん」
「でも店長! あいつは問答無用で冒険者を噛み砕く、殺戮マシーンですよ!」
「いえ、見てください。……尻尾、振ってますよ」
ケルベロスの太い尻尾は、ブンブンと音が出るほどの勢いで振られていた。
俺は冷静に【POSタブレット】を起動した。
> 【顧客分析】
> 顧客名: ケルベロス(三兄弟)
> 状態: 飢餓状態
> 来店動機: 上階層まで漂ってきたドラゴンステーキの匂いに釣られて来店。
> 特記事項:
> 右の首(長男): 短気。ガッツリ系の肉を所望。
> 左の首(次男): 甘えん坊。柔らかい部位を所望。
> 真ん中の首(三男): グルメ。繊細な味付けを所望。
>
なるほど。
要するに「面倒くさい注文をしてくる団体客」だ。
「いらっしゃいませー」
俺は営業スマイルを貼り付け、レジカウンター越しに声をかけた。
「お客様、足元のマットで泥を拭いてからご入店ください」
「グルァ! 肉だ! あの匂いの肉をよこせ!」
右の首が吠える。
「クゥ~ン……お腹すいたよぉ……」
左の首が鳴く。
「フン。我輩の舌を満足させられる料理があるとは思えんがな」
真ん中の首が鼻を鳴らす。
三者三様の要求。
普通の飲食店ならパニックになるところだが、俺は元コンビニ店長だ。
「タバコの銘柄指定」と「おでんの汁多め」と「公共料金の支払い」、そして「宅配便の受付」を同時にこなすワンオペ地獄に比べれば、どうということはない。これにコピー機の使い方を訪ねるお客様が加わると地獄だった。
「ご注文を承ります。……ですがお客様、当店は『先払い』となっております」
俺はにこやかに掌を出した。
金を持たない客には商品は渡せない。たとえ相手が伝説の魔獣でもだ。
「グルッ? 金……?」
ケルベロスたちが顔を見合わせる。
やはり持っていないようだ。
シルヴィアがここぞとばかりに剣を抜こうとする。
「店長、やっぱり排除しましょう!
無銭飲食は犯罪です!」
「お待ちください。……お客様、お支払いは『現物』でも可能ですよ」
俺はPOSの画面に表示された、ある《エラー》を見ていた。
> 【検知】
> ケルベロスの「真ん中の首」の奥歯に、異物が挟まっています。
> 鑑定: オリハルコンの破片(純度99%)
>
おそらく、装備の硬い冒険者を噛み砕いた時に挟まったのだろう。
俺はカウンターから身を乗り出した。
「真ん中のお客様。……最近、奥歯が痛みませんか?」
「ぬ? ……なぜそれを。実は数日前から、ズキズキとして物が噛めぬのだ」
「当店では簡易治療も行っておりますよ?異物も当店で処分致します。」
「む? 抜いてくれるのか? ならば頼もうか……」
交渉成立。
俺はアイテムボックスから『業務用トング』を取り出し、カチカチと音を鳴らせながら、ケルベロスの口内へ突っ込んだ。
「はい、口を開けてー。……えいっ」
ガチンッ。
トングで掴み、一気に引き抜く。
カラン、とトレイの上に落ちたのは、虹色に輝く金属片――伝説の鉱石、オリハルコンだった。
「おお……! 痛くない! スッキリしたぞ!」
真ん中の首が目を輝かせる。
> 【売上計上】
> 品名: オリハルコンの破片
> 査定額: 金貨1000枚
>
よし。
これでドラゴンの原価どころか、まで稼げた。
あとは、サービスを提供するだけだ。
「それでは、ご注文の品をご用意いたします」
俺はPOSタブレットを操作し、《調理モード》を起動する。
バックヤードにあるドラゴンの在庫が光に包まれ、自動的に加工されていく。
「お待たせいたしました!」
ドン! ドン! ドン!
カウンターに並べられたのは、三つの巨大なトレイだ。
「右のお客様には、『特盛ドラゴンカルビ弁当』」
「ガウッ! これだこれ! こういうのでいいんだよ!」
右の首がガツガツと食らいつく。
「左のお客様には、『ドラゴンスープの煮込みハンバーグ』。柔らかいので噛まずに飲めますよ」
「わぁい! とろとろだぁ~!」
左の首が舌で舐めとる。
「そして真ん中のお客様には、『ドラゴンのたたき~特製バルサミコソース仕立て~』でございます」
「ほう……。レアの赤身に酸味を効かせるとは。……うむ、悪くない。いや、絶品だ!」
真ん中の首が目を細めて味わっている。
店内には、三つの首が奏でる咀嚼音だけが響いていた。
それを見ていたシルヴィアが、ポカーンと口を開けている。
「……ケルベロスを手懐けちゃった……」
「お客様満足度を上げるのも、店長の仕事ですから」
完食まで、わずか一分。
トレイまで舐め尽くしたケルベロスは、満足げにゲップをした。
「人間……いや、店長よ。見事な手際だった」
真ん中の首が、敬意を込めて俺を見た。
「我輩たちは、この味に感動した。……そこでだ。一つ提案がある」
「なんでしょう?」
「我輩たちを、この店の『番犬』として雇ってくれぬか?」
……はい?
「ここなら毎日、この飯が食えるのだろう? ならば、中層の守護など辞めて、ここに住み込みたい。給料はいらん。賄いだけでいい」
「俺も賛成だッ!」
「ボクもー!」
三つの首が同時に同意した。
俺はPOSタブレットで計算する。
ケルベロスの食費と、警備コストを天秤にかける。
どう考えても、S級冒険者を雇うよりコスパが良い。それに、24時間営業の防犯対策としては最強だ。
「……採用です。ただし、お客様への威嚇は禁止。あと、トイレ掃除もやってもらいますよ?」
「承知した! トイレ掃除など、地獄の釜磨きに比べれば児戯に等しい!」
こうして。
魔王軍直営コンビニ『ダンジョン・マート』に、新たな従業員が増えた。
店長:元ブラック企業の社畜。
警備員A:S級冒険者(食いしん坊のポンコツ)。
警備員B:地獄の番犬(三つ首)。
「……あの、店長。私のポジション、奪われませんよね?」
シルヴィアが不安そうに袖を引っ張ってくる。
「大丈夫ですよ。シルヴィアさんには『仕入れ担当』という大事な仕事がありますから」
「よかったぁ……! じゃあ、安心したらお腹が空いちゃいました!!」
俺は苦笑しながら、POSレジを叩く。
本日の売上、目標達成。
従業員の士気、良好。
防犯体制、万全。
順調だ。順調すぎて怖い。
そんな俺の予感は的中する。
ケルベロスが店の前に座り込んだことで、周囲の雑魚モンスターは寄り付かなくなった。
その代わりに。
――ケルベロスすら恐れない《魔王軍の幹部》や、《S級ランクの変人たち》が、噂を聞きつけて来店するようになってしまったのだ。
「いらっしゃいませー」
俺の心休まる日は、まだまだ遠い。
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