2:スーパーバイザーはアークデーモン
翌朝。
俺は、店の前で呆然と立ち尽くしていた。
「……これ、どこに置けばいいですか?」
「えっ? とりあえずバックヤードへ……いや、入らないですね」
俺の視線の先には、全長十メートルはある巨大な赤い爬虫類――レッドドラゴンが転がっていた。
死んでいる。しかも、奇跡的に傷一つない。
「店長! 言われた通り、切らずに持ってきました!」
ドラゴンの死体の山頂で、シルヴィアがVサインをしている。
彼女の装備は相変わらずボロボロだが、表情は晴れやかだ。
「昨日は大変でした……。切っちゃダメだっていうから、剣を使わずに素手で殴り倒したんです。剣なら一瞬なのに、素手だったので30分もかかっちゃいました。」
「……そ、そう。それで見た目は綺麗な死体が……」
俺は虚空に指を滑らせ、ユニークスキル『POSタブレット』を発動させる。
半透明のウィンドウが、ドラゴンの死体の上にポップアップした。
> 【仕入れ査定】
> 品名: レッドドラゴンの完全遺体
> 状態: 極上(打撲死)、殴打した事により、筋が断ち切れ極上の柔らかさに。
> 推定買取価格: 金貨500枚
> 用途: 肉は食用、皮は防火装備、牙は工芸品、骨はスープに最適。
大当たりだ。
昨日の「廃棄弁当」という投資が、わずか半日で金貨500枚(約5000万円)に化けた。
「素晴らしいです、シルヴィアさん。これなら当面の仕入れ代も賄えますし、貴女への報酬も弾めます」
「本当ですか!? じゃあ、あの『プレミアムロールケーキ』も!?」
「ええ、付けましょう。なんならホットスナックの『Lチキ(リヴァイアサン・チキン)』もサービスします」
シルヴィアが「やったー!」とドラゴンの上で小躍りした、その時だった。
ピンポーン…ピンポーン♪
軽快な入店音と共に、自動ドアが開いた。
現れたのは、ビシッと黒いスーツを着こなした、身長2メートル超の男。
ただし、その肌は赤黒く、額からは立派な山羊の角が生えている。
背中にはコウモリのような翼。
魔王軍幹部、スーパーバイザーのアークデーモンだ。
「……チッ。朝から辛気臭い店だな」
男は開口一番、店内の空気清浄機を睨みつけながら言った。
「おい店長。品出しが甘いぞ。棚の乱れは心の乱れ、心の乱れは魔王様への反逆だ!」
「申し訳ありません、すぐ直します」
俺は頭を下げる。
こいつは魔王軍《本部》から派遣されてくる指導員。通称SVだ。
店舗の運営状況をチェックし、難癖をつけては「違約金」や「利益」を毟り取ろうとする、現場の敵である。なんせ悪魔だし。
かつての日本で、「恵方巻きノルマ未達」を理由に俺を詰めまくった人間のSVと、目が同じだ。
SVは店の中央でふんぞり返ると、俺を値踏みするように見下ろした。
「昨日のレポートを見たぞ。勇者候補の剣聖シルヴィアを借金漬けにしたそうだな?」
「はい。現在、労働力として活用しております」
「フン、口だけは達者なようだが……本当に成果は出ているのか?」
SVの目が怪しく光る。
その手には、処刑用アイテムである契約解除の鎌が握られていた。
「どうせ、売上をごまかしているんだろう? この店の売上が低迷しているのは知っている。本部としては、無能な店長は即刻クビ(物理的に)にして、アンデッドのバイトとして再利用してもいいんだがな?」
「……それは困りますね」
「ならば証明してみろ! 今すぐ、我輩を満足させる極上の商品を出せ。もし出せなければ……貴様のHPで補填してもらう!」
理不尽な要求。
だが、俺は動じない。かつて「お前の店の弁当で腹を壊した」と怒鳴り込んできたヤクザに比べれば、会話が通じるだけマシだ。
「承知しました。少々お待ちください」
俺はバックヤードへ下がろうとした。
その時。
「おい、そこのデカブツ」
低い、地を這うような声が店内に響いた。
SVが振り返ると、そこには両手に『Lチキ』と『ロールケーキ』を抱えたシルヴィアが立っていた。
その青い瞳は、獲物を狙う猛獣のように細められている。
「……なんだ、その薄汚れた小娘は。客か?」
「店長をクビにするって言ったか? お前」
シルヴィアから、凄まじい殺気が立ち上る。
店内を清掃中のスライムモップが、恐怖で水たまりになるほどの威圧感だ。
「店長がいなくなったら……私の弁当はどうなる?」
「は?」
「誰が私の弁当を温めてくれるのかと聞いている!!
そして!!新作スイーツの試食をさせてくれるんだ?ああんっ!?」
論点がズレている。
だが、食い物の恨みは恐ろしい。シルヴィアは聖剣の柄に手をかけた。
「魔王軍だかSVだか知らないが……私の生命線を絶とうとするなら、敵とみなす。ここでミンチにしてやろうか?」
「なッ……!? き、貴様、剣聖シルヴィアか!?」
SVが後ずさる。
腐ってもS級冒険者。本気を出した彼女の戦闘力は、魔王軍幹部といえど単独で相手にするのは分が悪い。
「お、お客様! 店内での抜刀はおやめください!」
俺は慌てて二人の間に割って入った。
ここでSVを殺してしまったら、本部との全面戦争になり、店が潰れてしまう。
「シルヴィアさん、落ち着いて。デザートに『プリン』も付けますから」
「……プリン? あの、とろけるやつ?」
「はい。だから剣を収めてください。……そしてSV様、こちらを」
俺はアイテムボックスから、シルヴィアから受け取ったばかりの『レッドドラゴンの希少部位』を取り出した。
俺のスキル【POSタブレット】には、瞬時にして魔物を解体し、部位ごとに保管する機能も備えている。
そして更に、瞬時にして調理もしてくれるのだ!
「本日入荷したばかりの、最高級ドラゴンステーキです。本部への上納品として用意していたのですが……特別にご試食いかがですか?」
「ぬ……!?」
SVの鼻がピクリと動く。
魔族にとって、ドラゴンの肉は魔力を高める最高のご馳走だ。しかも、これほどの鮮度と質は、魔王城でも滅多にお目にかかれない。
「こ、これは……なんという魔力密度……!」
「当店専属の狩人が、肉を傷つけずに仕留めた逸品です。これほどの仕入れルートを持つ店長をクビにするのは、本部にとっても損失では?」
「ぐ……ぬぬぬ……」
SVは脂汗を流し、チラリとシルヴィアを見た。
彼女はまだ「私の肉……」と唸りながら、SVをロックオンしている。
ここでゴネれば、ステーキは食えないどころか、飢えた野獣に喰殺されるかもしれない……。
SVは賢明な判断を下した。
「……ふ、ふん。今回は見逃してやろう」
SVは肉をひったくるように受け取ると、素早く出口へ向かった。
「だが勘違いするなよ! 来月のノルマはさらに厳しくするからな!
……あと、この肉は軍事機密として我輩が処理しておく。魔王様には報告しなくていい!」
捨て台詞を残し、SVは逃げるように飛んでいった。
「……ふぅ」
俺は大きく息を吐き、ネクタイを緩めた。
とりあえず、第一の査察は乗り切ったようだ。
「店長、あいつ行っちゃいましたけど……」
「ええ。おかげで助かりましたよ、シルヴィアさん」
俺は彼女に向き直り、ニッコリと微笑んだ。
「貴女のおかげで、店が守られました。約束通り、プリンと……あと、このドラゴン肉で作った特製カツサンドもどうぞ」
「!! 店長……一生ついていきます!」
シルヴィアは尻尾を振って飛びついた。
俺は確信した。
この店【ダンジョンマート深層店】で生き残るための最強の防衛システム――それは、餌付けされた腹ペコ剣聖であると。
だが俺はまだ知らない。
このドラゴンの匂いを嗅ぎつけて、さらに厄介な、客が集まってくることを。
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次回は翌日の7時30分投稿予定です。
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