19:聖女の初給料
聖女セリアが『鮮度保持担当』としてDマートで働き始めて、一週間が経過した。
彼女は相変わらず「これは潜入調査です!」と言い張っていたが、その働きぶりは完璧だった。
「店長! 本日のバックヤード清掃と、冷蔵庫の浄化終わりました! 廃棄ロスは今日もゼロです!」
「素晴らしいですね、リアさん。では、休憩にしましょう。今日のまかないはハンバーグ定食です」
聖女セリアは、リアと言う偽名で働いている。
「は、ハンバーグ……!? あの、神の肉汁が溢れ出すという伝説の……! い、いただきますっ!」
目を輝かせて休憩室に駆け込むセリア。
完全に餌付けされてしまった。
そして今日は、彼女にとって初めての「給料日」だった。(Dマートの給与は、週払いとなっております)
「お疲れ様です。これが今週分の給料です」
俺は、銀貨と銅貨がぎっしり詰まった給料袋を彼女に手渡した。
「……えっ? お金、ですか?」
セリアがポカンと口を開ける。
「当然でしょう。貴女の労働に対する正当な対価です。時給計算で、残業代と深夜割増もキッチリ入れてありますよ」
「労働の、対価……」
セリアは震える手で給料袋を受け取った。
その目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「私……今まで、朝から晩まで信者たちの怪我を治して、国中の浄化をして回っても……『神への奉仕に金銭など不要』って言われて、対価なんて貰ったこと、なかったのに……」
なんというブラック企業《教会》。
『聖女』という名誉だけを与え、衣食住の最低限すら保証せず、タダ働きさせる究極のやりがい搾取だ。
その時だ。
ピンポーン…ピンポーン♪
店の自動ドアが開き、入ってきたのは、豪華な祭服に身を包み、傲慢な顔をした恰幅の良い中年男。
その後ろには、完全武装の神殿騎士が数名控えている。
「……セリア! こんな所にいたのか!」
「ひっ!? す、枢機卿様……!」
セリアがハンバーグを口に咥えたまま、ガタガタと震え出した。
教会のナンバー2であり、異端審問も取り仕切る大幹部だ。
「勇者の調査に行かせたきり戻らないと思えば……なんだその浅ましい姿は!
おい、騎士団! その愚か者を捕らえろ! 本部に引きずり戻し、三日三晩、不眠不休の浄化の儀式をさせる!」
「はっ!」
神殿騎士の一人が乱暴に踏み込み、セリアの細い腕を力任せに掴もうとした。
恐怖で目を閉じるセリア。
――だが。
騎士の手が彼女に届くより早く、俺はセリアを背後に庇い、騎士の腕を弾き飛ばしていた。
「……なっ!?」
驚く神殿騎士を冷たく睨みつけ、俺は低い声で告げた。
「困りますね……、うちの従業員に気安く触れないでいただけますか」
「き、貴様が魔王軍の店長か! 退け! そいつは我々教会の所有物だぞ!」
枢機卿が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「所有物? 備品扱いですか。……本当に、吐き気がするほどブラックですね」
俺の脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックする。
熱を出して倒れそうになっても「代わりはいくらでもいる」と鼻で笑い、使い潰してきたかつての上司たち。
目の前にいる枢機卿は、そいつらと全く同じ「腐った目」をしていた。
「騎士団! 構わん、そいつごと切り捨てろ!」
「御意!!」
騎士の長剣が抜かれ、鋭い切っ先が俺の喉元に突きつけられる。
少しでも動けば、首が飛ぶ距離だ。
「て、店長! 逃げてください! 私なんかのアノために……っ!」
背後でセリアが悲鳴を上げる。
だが、俺は一歩も引かなかった。
両手を広げ、彼女を完全に庇う盾となる、すこしチビってるけど。
「逃げるわけがないでしょう。
……いいですか、枢機卿。彼女は使い捨ての道具じゃない。この店を支えてくれる、大切な『うちの従業員《宝》』だ」
俺は剣先を突きつけられたまま、枢機卿を真っ直ぐに射抜いた。
「無給で労働を強い、尊厳を奪う貴方たちに、彼女を連れ戻す権利はない!
私の店で働く仲間は、たとえ相手が神だろうと魔王だろうと、私がこの命に代えても守り抜く!!」
「店長……」
セリアの目から、今度は大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
「聖女としての力」ではなく、「一人の人間」として自分を見て、命懸けで守ろうとしてくれる存在。
彼女の中で、長年縛り付けられていた教会の「洗脳の鎖」が、完全に砕け散った瞬間だった。
「……ええい、ほざけ! やれッ!」
枢機卿が叫び、騎士が俺の首めがけて剣を振り下ろそうとした――その刹那。
「……うちの店長に、剣を向けましたね?」
ドゴォォォォン!!!
凄まじい衝撃音が響き、俺に剣を向けていた騎士が、店の外まで綺麗に吹き飛んでいった。
いつの間にか俺の前に立っていたシルヴィアが、エプロン姿のまま、冷ややかな銀眼で残りの騎士たちを見据えている。
「な、なっ……!? S級冒険者の『銀眼の戦乙女』!? なぜこんな所に……!」
枢機卿が腰を抜かして後ずさる。銀眼の戦乙女の二つ名は初耳だな。
「……店長、お怪我はありませんか?」
「ええ、ありがとうシルヴィアさん。さすが警備主任、完璧なタイミングでした。」
「ふふっ。店長のあんな熱い言葉を聞いたら、傷つけさせるわけにはいきませんよ」
圧倒的な暴力の前に、神殿騎士たちは武器を捨てて震え上がった。
「……あ、あの」
そこへ、セリアが静かに歩み出た。
その表情にもう迷いや恐怖はない。あるのは、一人の人間としての確かな意志だ。
「セ、セリア! お前、正気に戻ったか! 早くその売国奴たちを浄化――」
「枢機卿様。私、教会には戻りません。ここで働きます」
「なっ、血迷ったか!?」
「だって教会のベッド、硬くてカビ臭いし!
ご飯はマズいし!
休みもないし!
でもここは……私が頑張った分だけ『ありがとう』って言ってくれて、お給料もくれて、私を守ってくれる『店長さん』がいるんです!」
セリアは両手を前に突き出した。
「私、今日から『Dマートの鮮度保持担当・セリア』として生きていきます!
教会の常識なんか、【ホーリー・ピュリファイ】です!!」
ボッシュゥゥゥッ!!
セリアの両手から放たれた極太の聖なるレーザーが、枢機卿の顔面を直撃した。
殺傷能力はないが、邪心や汚れを強制的に「洗浄」する魔法だ。
「ぎゃあああああ!!」
枢機卿は頭から煙を上げながら、這々の体でダンジョンを逃げ帰っていった。
「……やりました、店長! これでもう、追手は来ません!」
セリアが満面の笑みで振り返る。
完全に吹っ切れた、太陽のような笑顔だ。
「お疲れ様です、セリアさん。……素晴らしい決断でした」
「えへへ……。あ、店長! ハンバーグ冷めちゃったので、温め直してもいいですか?」
神の奇跡を、自らの幸福と店のために使う元・聖女。
こうして俺の店に、文字通り「神がかった」もう一人の仲間が誕生したのだった。
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