18:聖女の来訪
中層への2号店出店により、Dマートの物流は一気に拡大した。
それに伴い、999階の本店もバックヤードの作業が増加し、俺とシルヴィアだけでは手が回らなくなりつつあった。
「店長、求人の応募者が来ています。……ただ、少し訳ありのようで」
シルヴィアに呼ばれて事務所へ向かうと、そこにはボロボロのローブを着た、茶髪の少女が座っていた。
おどおどと身を縮ませており、いかにも薄幸の家出少女といった風情だ。
「初めまして。店長のレンです。お名前は?」
「……リア、と申します。故郷の村が魔物に襲われ……身寄りもなく、ここで働かせていただけないかと……」
涙ぐみながら語る少女。
だが、俺の隣に立つシルヴィアが、俺の耳元でヒソヒソと囁いた。
(店長。彼女が身につけているペンダント、王家御用達の『最高級・隠蔽魔道具』です。それにあの茶髪、染料の匂いがします。地毛は金髪かと)
(……なるほど。手も綺麗ですね。)
S級冒険者であるシルヴィアの目は誤魔化せない。
数多のダンジョンを踏破し、人間同士の裏切りや騙し合いも見てきた最高峰の探索者からすれば、この程度の変装は児戯に等しい。
彼女の正体は、王国教会の『聖女セリア』、潜入調査?
追い返すか? いや……
「……リアさん。大変でしたね。採用です、今日から働いてください」
「えっ!? あ、ありがとうございます……!」
少女は深々と頭を下げた。
その顔が床に向けられた瞬間、彼女の口角がニヤリと上がったのを俺は見逃さなかった。
チョロい奴だという心の声が聞こえてきそうなイヤな笑い方だった。
……まあいい。目的が何であれ、労働力は労働力だ。
◇◇◇
「リアさん。貴女の仕事は、この大型冷蔵庫の清掃と、食材の在庫管理です」
「はいっ! お任せください!」
俺は彼女をバックヤードの冷蔵室に押し込み、ドアを閉めた。
監視カメラの映像をオンにする。
一人になった途端、リアは猫を被るのをやめ、鋭い目つきになった。
『ふふん……。ここが魔王軍の胃袋ね。この食材に私の【聖なる浄化魔法】をかければ、魔族どもはお腹を下すか、力が抜けて弱体化するはず……!』
彼女は隠し持っていたロザリオを握り、祈りを捧げ始めた。
『おお、神よ。この穢れた食材に、裁きの光を……【ホーリー・ピュリファイ】!』
ピカァァァーッ!
監視カメラの映像が真っ白に飛ぶほどの、強烈な聖属性魔法。
本来なら、低級の魔物など一撃で消し炭にする威力だ。
数分後。
俺は「どうしましたか?」と白々しく冷蔵室のドアを開けた。
そこには、息を切らしてへたり込むセリアと――。
「……素晴らしい」
冷蔵室の中にあった全ての食材が、肉は鮮度を極限まで引き上げられ、野菜は朝採れのように瑞々しく光り輝いていた。
「リアさん! すごい清掃スキルですね!嫌な臭いも完全に消え、最高の鮮度が保たれています!
君は品質管理の天才だ!」
「……えっ? あ、はい……。そ、そうですか?」
セリアがポカンとしている。
無理もない。毒を盛ったつもりが、防腐処理と鮮度保持になってしまったのだから。
「助かりましたよ」
「くっ……(どうして!? 私の聖なる光が、ただの冷蔵庫の脱臭剤代わりに!?)」
悔しげに唇を噛むセリア。
だが、潜入している手前、ここで正体を明かすわけにはいかない。
◇◇◇
数時間後。
クタクタになった彼女を休憩室に呼び出した。
「お疲れ様です。本日の『まかない』ですよ」
ドンッ。
黄金色に輝く卵と、サクサクの衣を纏った豚肉。特製のカツ丼だ。
『……っ!? これが、勇者様を堕落させたという魔王軍の洗脳食……!』
セリアの喉がゴクリと鳴る。
『い、いけない! これは毒見よ! 証拠を押さえるための、あくまで調査の一環なんだから!』
彼女は震える手でスプーンを持ち、カツ丼を口に運んだ。
サクッ、ジュワァ……。
出汁の香りと、極上の脂の甘みが、聖女の味蕾を強烈に殴りつけた。
「……ぅ、うぅぅ……! 美味しい……っ!」
セリアの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
教会の食事は「清貧」を重んじるため、硬いパンと薄いスープのみ。こんな暴力的なまでに美味い「世俗の味」など、彼女の人生には存在しなかった。
「なんで……魔王軍の店のご飯が、こんなに温かくて、美味しいんですかぁぁ……!」
彼女は「調査」という言い訳を忘れ、泣きながらカツ丼をかき込んだ。
ピンポーン…ピンポーン♪
「店長。いつもの弁当ありますか?」
そこへ、常連の勇者レオンがのんきそうな顔で来店した。
レオンが休憩室を覗き込む。
そこには、口の周りを出汁と卵でベタベタにし、幸せそうな顔で空の丼を抱えている、見覚えのある少女がいた。
「……えっ!? ……せ、聖女セリア!?」
「あぐっ!? ……ゆ、勇者様!?」
二人が凍りつく。
背後で、シルヴィアが「あーあ」という顔でため息をついた。
「な、なんでお前がここに!? しかもDマートのエプロン着て……!」
「ち、違います! これは潜入捜査で……! 決して、まかないのカツ丼の美味しさに魂を売ったわけでは……!」
必死に言い訳をする聖女。口の周りが米粒だらけで、説得力はゼロだ。
「……勇者様。彼女は今日からうちの『鮮度保持担当のリアさん』です。
とても優秀なスタッフですよ。
……ね?」
俺が笑顔で念を押すと、セリアはビクッと肩を震わせ、そして、深く、深く頷いた。
「……は、はい。店長……明日のまかないは、オムライスでお願いします……」
こうして、Dマートには新たな戦力が加わった。
「証拠を掴むまでは辞められない!」と言い訳をしながら、毎日究極の食品浄化魔法をかけてくれる、超有能なアルバイトとして。
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