15:四天王の来襲
3月。
SVを撃退してから数日。俺は宣言通り、店の価格設定をすべて適正価格に変更した。
ポーションを銀貨2枚、おにぎりを銅貨1枚。
その結果、最下層の市場に劇的な変化が起きた。
「いらっしゃいませ。……勇者様、またお越しですか」
「ああ……。安くなったからな、拠点のキャンプに戻るより、ここでポーションを10本まとめ買いして、上の階層の探索を継続したほうが効率がいいんだ」
そう、安くなったことでわざわざ地上へ戻る理由がなくなったのだ。
さらに、冒険者だけでなく、非番のスケルトンや魔王軍の兵士たちも、自分の小遣いでチキンや、雑誌を買いに来るようになった。
そんなある日…
店内の空気が物理的に凍結し、窓ガラスに霜が走る音が響いた。
氷の魔力を纏い現れたのは、魔王軍四天王が一角、『氷結のヴォルグ』。
「……貴様が店長か」
ヴォルグの声は、聞くだけで心臓が凍りそうなほど冷たい。
彼の後ろでは、先日追い返したSVが「こいつです! 安売りをして軍の利益をドブに捨てている反逆者は!」と喚いている。
「……魔王軍にとって、利益の損失は万死に値する」
ヴォルグが冷徹な眼差しで俺を射抜く。
「独占企業である我々が、なぜわざわざ値下げをする必要がある? 高くても客は買うだろう。貴様の行為は背任だ。
……申し開きはあるか?」
俺は平然と、ストアコンピューターの画面を彼に向けた。
「ヴォルグ様。私は利益を減らしてなどいません。むしろ、拡大させています」
「……ほう? 単価を下げて、どうやって利益が増える?」
「簡単な理屈です。……以前の『ボッタクリ価格』時代のデータをご覧ください。
客は『死ぬ直前』にしかポーションを買いませんでした。一回の探索で売れるのは平均1本。
さらに、高すぎるせいで冒険者はすぐに地上へ帰り、魔物たちは空腹で士気が下がっていました」
俺は、現在のデータを提示した。
「ですが、適正価格にしたことで、彼らは『この店を拠点』にし始めました。
地上に戻る時間を惜しみ、浮いた金で『おにぎり』を買い、『おやつ』を買い、予備の『ポーション』をダースで買っていく。
さらに、魔王軍の兵士たちも、今や食事の半分を当店の惣菜で済ませています」
俺はグラフの「利益率」ではなく「総利益」を指差した。
「一人あたりの購入点数が、以前の20倍以上に跳ね上がりました。
高く売って一回きりの取引で終わるより、安く売って『この店なしでは生きられない体』にする。
……結果、純利益は先月比で5倍を記録。在庫回転率は魔王軍全施設でナンバーワンです」
「……ッ!?」
ヴォルグが眼鏡を押し上げ、数秒で膨大なデータを精査した。
「……完璧だ。
在庫回転率、リピート率、廃棄ロス率。全ての指標において、現在の方が圧倒的に優れている。
私が浅はかだったようだ。貴様は利益を捨てたのではない。
『より大きく、長く搾り取る』ために、あえて適正価格という餌を撒いたのか」
「ご明察の通りです」
(本当は良心に目覚めただけだが、そういうことにしておこう)
ヴォルグは踵を返し、後ろで震えているSVを見下ろした。
「……おい」
「は、はいぃ!」
「貴様、この店長を『無能』と言ったな?」
「あ、いや、その……」
「これほどの利益を出せる有能な人材を、貴様の浅知恵で潰そうとした。
さらに、先月までのデータを見る限り……貴様、店舗からの送金記録と本部への報告にズレがあるな?
売上の一部を着服していたな?」
ヴォルグが指をパチンと鳴らした。
カチコチコチ……!
「あ、が……!?」
一瞬だった。
SVの身体が足元から瞬時に凍りつき、恐怖の表情を浮かべたまま、巨大な氷像へと変わった。
「無能かつ、横領犯。……解凍されるまで、倉庫で頭を冷やしておけ」
ヴォルグは氷像を一瞥もしない。
そして、俺に向き直り、懐から漆黒のバッジを取り出した。
「店長。貴様の経営手腕を評価する。
今日からこの店は、SVの管轄を外れ、私の『直轄特務店舗』とする」
「……よろしいのですか?」
「構わん。貴様のやり方の方が、軍の金庫が潤うからな。
ノルマや運営方針は全て一任する。……好きにやれ」
ヴォルグはバッジをカウンターに置くと、レジ横にあった「新作の高級チョコ」を一つ手に取った。
「……ちなみに、これはいくらだ?」
「銀貨5枚です」
「適正だな」
チャリン。
ヴォルグは代金を置くと、氷像になったSVを片手で軽々と引きずりながら、店を出て行った。
「……期待しているぞ」
去り際に残した言葉だけは、少しだけ温度があった気がした。
「……ふぅ。なんとかなりましたね」
俺は大きく息を吐き、カウンターに突っ伏した。
シルヴィアが、安堵の表情で近寄ってくる。
「すごいです店長! あの四天王を、数字だけで納得させちゃうなんて!」
「数字は嘘をつきませんからね」
俺は、新たに手に入れた『直轄店舗』のバッジを握りしめた。
SVという重石は消え、四天王のお墨付きも得た。
これでようやく、誰にも邪魔されず、本気で「商売」ができる。
俺は売上帳の新しいページを開いた。
そこには、『目標:魔王城の買収』という文字が、薄くだが、確かに刻まれていた。
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