14:俺の経営は間違っていた件 後編
俺が客から貰った品々を眺めて、物思いに耽っていると……
ドガァァン!!
その時、店のドアが乱暴に蹴破られた。
静寂が破られる。
「おい店長ォ!! いるのは分かってんだぞ!」
入ってきたのは、SVのアークデーモンだ。
酒臭い息を吐きながら、彼はカウンターにある勇者からの「押し花」を汚れた足で踏みにじった。
「なんだこのゴミは。掃除しとけよ、無能が」
――プツン。
俺の中で、何かが切れる音がした。
隣にいたシルヴィアの空気が、一瞬で変わる。
普段の「おっとりバイト」の気配が消え、冷たく鋭い殺気が店内に満ちた。彼女の手が、腰のエプロンの下にある短剣に伸びる。
俺は手で彼女を制した。
「……シルヴィアさん。手は汚さなくていい。掃除なら、彼自身にやらせますから」
「あぁ? 何を寝言言ってやがる」
SVが嘲笑う。
「今日のチョコ、完売したそうだな!
さっさと『上納金』として全額よこせ! 今月は特別強化月間だ!」
SVがカウンターの金貨の山を鷲掴みにしようとした瞬間。
俺は、その太い腕の上に『業務委託契約書』を叩きつけた。
「SV。契約書、第3条第2項をご確認ください。
『店舗における1日の売上ノルマ(日販)は、金貨100枚とする』」
「……それがどうした!」
俺はSVの目を真っ直ぐに見据えた。
「同契約書、第5条。
『日販ノルマを超過した売上については、その8割を店舗側の裁量利益とし、本部はこれを徴収しない』。
……つまり、ここにある金貨の大半は、私の店のものです。貴方に没収される筋合いはない」
「はっ! 紙切れがなんだ! ここは魔界だぞ? 力が全てだ!」
SVが逆上し、拳を振り上げる。
「俺が『よこせ』と言ったらよこすんだよ! 生意気な口をきくと、この店ごと潰して――」
「――潰せば、困るのは貴方ですよね?」
俺はストアコンピューターの画面を見せた。
「貴方、『中抜き』してますよね?」
「……あ?」
SVの動きが止まった。
「おかしいと思ったんです。
貴方は毎日のように『売上が足りない』『追加徴収だ』と言って、私の店から金を持っていきました。
ですが、本部のデータベースには、『毎日、ノルマギリギリの金貨100枚達成』としか報告されていない」
俺は冷徹に告げた。
「差額の数百枚。毎日毎日、貴方はそれを懐に入れ、私服を肥やしている。
……これ、横領ですよね?」
「き、貴様……何を言いがかりを……!」
SVの顔色が、青から土気色に変わっていく。
「このPOSシステムは優秀でしてね。数値の矛盾を一瞬で弾き出してくれました。
さて、このボタン一つで『魔王様直通ホットライン』に証拠データを送信できるんですが……押しましょうか?」
「ま、待て!!」
SVが叫んだ。
「や、やめろ! そんなことをすれば、お前だってただじゃ済まないぞ! 俺のバックには四天王が……!」
SVが魔力を練り上げ、俺に掴みかかろうとした、その時。
ヒュンッ!
見えない斬撃が走り、SVのネクタイが切り飛ばされた。
「……ッ!?」
SVが硬直する。
いつの間にか、シルヴィアが俺の前に立ち、その手には剣が握られていた。
構えすらない、自然体の立ち姿。だが、その切っ先は正確にSVの喉元を捉えている。
「動かないでくださいね」
シルヴィアは、ニコリと微笑んだ。
だがその瞳は、獲物を見定める「強者の銀眼」だ。
「うちの店長に指一本でも触れたら……この店の『在庫』にしますよ?」
「ひ、ひぃ……!」
アークデーモンであるSVが、本能的な恐怖で後ずさった。
こいつは、ただのバイトじゃない。
店の商品を食いまくる食いしん坊でもない。
S級冒険者なのだ、格が違う。
「……というわけです、SV。
これまでの不当な追加徴収分と、この花を踏みにじった慰謝料。相殺でいいですね?」
「わ、わかった! 悪かったよ!」
SVは転がるように店から逃げ出した。
蹴破られたドアが、寒々しい風を運んでくる。
「……ふぅ。ありがとうございます、シルヴィアさん。助かりました」
「いえ。私も、あのお花を汚されたのは許せませんでしたから」
彼女は剣をエプロンの下にしまい、いつものおっとりした笑顔に戻った。
俺は床に落ちた、勇者からの押し花を丁寧に拾い上げた。花弁は少し折れてしまったが、まだ光を放っている。
「シルヴィアさん。明日から方針転換です」
「えっ? 更に値上げするんですか?」
「まさか。あなたは私の事をなんだと思ってるんですか……」
俺はニヤリと笑った。
「ボッタクリはやめますが、適正な利益は頂きます。
サービスに見合った対価を貰い、従業員に還元し、店を守る。
……それが、俺のやりたい『ホワイト経営』ですから」
俺は誓った。
本部に搾取されるだけの社畜は、今日で卒業だ。
これからは、俺がこのダンジョンの経済を支配してやる!
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