12:この世界でも恵方巻きを根付かせる。
2月。
元居た世界では、小売業にとって2月は売上がさがる時期だった。
異世界のDマートでも、それは一緒のようで極寒のダンジョンでは客足が途絶え、売上が下がる。
そんな折、本部のSVから「特別配給」が届いた。
「おい店長。魔王城の倉庫を整理していたら出てきた『備蓄米』だ。特別に格安で卸してやるから、全部さばいておけ」
「……SV。これ、いつの米ですか?」
ドサリと置かれた麻袋からは、、古びた糠の臭いが漂っている。
鑑定するまでもない。数年経った「古古米」だ。
元の世界で食べたときにも、糠臭さを感じ、あまり美味しいと思わなかったのだが……
「文句を言うな! これもノルマだ! 廃棄すれば査定に響くぞ!」
SVはそう言い捨てて足早に去っていった。
残されたのは、山のような米。
普通に炊いて弁当の米にして出せば、客からクレームが起こるかもしれない。
「……どうします、店長。これ、チャーハンにしでもしますか?」
「……そうですね。でもこれだけの量を消化するのは……、あっ!あれを試してみるか……」
俺はニヤリと笑った。
「酢飯にすれば、古米特有の糠臭さは消えます。むしろ、水分の抜けた古米の方が酢をよく吸って、寿司には合うんです」
「すーしー……ですか?なにそれ?」
「私の国の国民食?ですかね。
地下水脈に大量発生して困っている『マッド・クラーケン』と、『ドラゴンの赤身』も大量に残ってますね……。」
2月のコンビニ業界の商材として思い浮かぶのが、恵方巻とバレンタインだ。
かつて日本のコンビニ業界が、閑散期の2月に売上を作るために仕掛けた、マーケティング戦略。
ある地方の風習を、さも「昔からの伝統」であるかのように宣伝し、全国民に太巻きを食わせたあの一大イベント。
「……シルヴィアさん。ポスター用の紙と筆を用意してください」
「へ? 何を書くんですか?」
「イベントを作ります。」
◆◆◆
翌日。
店の前には、禍々しい筆文字で書かれた巨大な看板が掲げられた。
【2月3日は『魔王節』! 今年の恵方は『北北西』!】
~東の国に伝わる開運の儀式~
『開運・恵方巻き』を無言で丸かじりして、願いを叶えよう!
価格:金貨1枚(約10万円)
「……店長、これ本当にある行事なんですか?」
「さあ? 少なくとも私の故郷では、コンビニが流行らせるまでは誰も知りませんでしたよ」
俺は、クラーケンの足を煮付け、ドラゴンの赤身を漬けにし、魔界米で太巻きを大量生産しながら答えた。
中身はただの海鮮太巻きだ。だが、それに物語を付加することで、価値は何十倍にも跳ね上がる。
まずは、身内から攻める。
ピンポーン……ピンポーン♪
SVのアークデーモンが、寒そうに店に入ってきた。
「おい店長。寒いな……売上はどうだ? 客が来なくて困ってるんじゃないか?」
「いえいえ、SV。当店は『魔王節』の準備で大忙しですよ」
「まおうせつ? なんだそれは」
俺はもっともらしく説明した。
「東方の島国に伝わる、古代の儀式です。
この時期に、特定の具材を巻いた太巻きを、その年の恵方(今回は適当だ)を向いて、無言で一気に食べ切るのです。
そうすれば、『出世』と『必勝』が約束されるとか」
「な、なんだと!? 出世だと!?」
万年平社員のSVが食いついた。
「ええ。実はこれ、魔王軍の士気を高めるための『兵糧』としても最適なんです。
全員で同じ方向を向き、無言で飯を食う。これほど統率の取れた軍事演習はありませんよ?」
「た、確かに……! よし、深層部隊の分、全品買い取ろう! 経費で落とす!」
「毎度あり! 1,000本ご予約です!」
チョロい。
次は、「あの方」だ。
冥界の女帝・アナスタシアを呼び出した。
「……ほう。これを食べれば『願い』が叶うのか?」
「はい。特にこの『クラーケンのコラーゲン』は、美容とアンチエイジングに効果絶大。
さらに、部下のスケルトンたちに食べさせれば、骨密度が高まると言われています」
「骨密度……! それは重要だ。最近、あやつら骨粗鬆症気味だからな」
スケルトンに消化器官があるのかは謎だが、女帝は納得した。
「よかろう。冥界軍団の分、5万本注文する! 支払いはこの『オリハルコンの塊』でいいか?」
「ありがとうございます!」
◆◆◆
ピンポーン…ピンポーン♪
勇者レオンが、ふらりと来店した。
彼は最近、くじ引きの「ハズレ」でもらえるうまい棒を主食にしている。
「いらっしゃいませ。……お客様、最近『運気』が下がっているようですね」
「……ああ。最近、くじの当たりが出ないんだ」
「そんな貴方に朗報です」
俺は、恵方巻のチラシを差し出した。
「このチラシに載っている恵方巻きを、『北北西』に向かって無言で食べきれば、『金運』と『ドロップ運』が爆上がりすると言われています」
「!!」
「ただし、途中で口をきくと効果が消えます。絶対に喋ってはいけません」
「……買う。言い値で買おう」
勇者は即決した。
彼を見ていた『暁の獅子団』のリーダーも、「俺たちもあやかるか。次のボス戦、無傷で勝ちたいしな」と、人数分を購入していった。
その後も暁の獅子団のリーダーの伝手で、日毎に予約数が増えていく。
上手く行き過ぎた……、予約数は52121本……。この量は俺のスキルを使っても作れる量ではない。これだけの量を、一体どうやって作るのか。
「シルヴィアさん。アナスタシア様に連絡を。
世界一清潔な食品工場を立ち上げると伝えてください」
◇◇◇
数時間後。
店の裏に作った簡易的な倉庫は、異様な光景になっていた。
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ……。
一糸乱れぬ動きで、酢飯を広げ、具を乗せ、海苔で巻いていく作業員たち。
その正体は、冥界の女帝から借り受けたスケルトン兵団だ。
「……ほう。余の精鋭部隊を厨房で使うとはな」
視察に来たアナスタシアが、呆れ半分、感心半分で眺めている。
「ご覧ください、アナスタシア様。彼らこそ、食品加工における究極の労働力です」
俺は胸を張ってプレゼンした。
「人間や獣人が調理すると、どうしても『髪の毛』や『体毛』が混入するリスクがあります。
しかし! 彼らには毛が一本もない!」
「!! な、なるほど……!」
「さらに汗もかかない!
垢も落ちない!
疲れを知らない!
これほど衛生管理が徹底された工場は、この世界の何処にも存在しません!」
実際には骨の粉が落ちるかもしれないが、まぁ、カルシウムだ。そこは黙っておく。
アナスタシアは深く頷いた。
「うむ、よかろう。期間限定のスケルトンの派遣を許可しよう。」
「ありがとうございます。アナスタシア様、お約束のこちらを……」
俺はこっそりアナスタシアにバレンタインの試作品を手渡した。
「新作のスイーツです。今回のお礼です。」
「ふふ、そちも分かっておるのう」
「まだ販売前ですので、極秘でお願いしますね」
「秘密は大好きじゃ」
二人で見つめ合い、ほくそ笑む。
「二人で何やってるんですか……」
シルヴィアには、怪訝な顔で見られていた。
◆◆◆
そして、2月3日。
ダンジョン最深部の広場は、異様な熱気に包まれていた。
地平線を埋め尽くす、5万体のスケルトン軍団。
そして、それに対峙する勇者と冒険者たち。
普段なら殺し合うはずの両陣営が、今は武器を置き、全員が同じ方向――『北北西』を向いて整列している。
その手には、黒々とした太巻き。
「……総員、構え!」
アナスタシアの号令が響く。
ザッ! 5万の骸骨が一斉に太巻きを口元へ運ぶ。
「……食せッ!!」
ガブッ! ムシャムシャムシャ……
カクカクカク……(骨の音)
異様な咀嚼音だけが広場に響く。
誰も喋らない。喋れば「願い」が逃げると信じているからだ。
(……くっ、冥界軍の奴ら、なんて規律だ。微動だにせず、一心不乱に噛み砕いている……! やはり強敵だ!)
と、勇者側が戦慄し。
(……人間どもめ、我らと同じ量を顔色一つ変えずに……! なんと恐ろしい食欲!)
と、アナスタシアも恐怖していた。
お互いが勝手に「相手の覚悟」を読み取り、緊張感が高まる中、全員が完食した。
「……ぷはっ!」
「……食ったぞ! これで次のガチャはSSRだ!」
ドッ、と歓声が湧き上がる。
成し遂げた。敵味方の垣根を超えた謎の達成感と、満腹感がそこにはあった。
◇◇◇
翌日。
店には「願いが叶った!」という報告が相次いだ。
「店長! 今日のくじで『A賞』が出たぞ! やっぱり効果あったんだ!」(勇者)
「店長! 肌のツヤが良い気がするぞ! スケルトンの骨も白くなった!」(女帝)
「店長! 昨日の行軍(一糸乱れぬ食事)を魔王様が褒めてくださった! ボーナスが出たぞ!」(SV)
……まあ、全てはプラシーボ効果《思い込み》だ。
だが、顧客が満足し、在庫がなくなり、店が儲かったのなら、それは「真実」になる。
「大成功ですね、店長」
シルヴィアが空になった倉庫を見て微笑む。
「ええ。これで来年からは、宣伝しなくても勝手に売れますよ」
俺は売上帳に『2月:過去最高益』と書き込んだ。
こうして、ダンジョンには「節分には恵方巻きを食う」という謎の文化が定着した。
それが、異世界から来たコンビニ店長の「口から出まかせ」だったと知る者は、誰もいない。
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