11:魔王軍カード・ゴールド
Dマネーの普及と、暁の獅子団や勇者レオンと言った太客により、店の売上がある程度読めるようになっていた。
だが、安定は時に「油断」を生む。
その日、俺はバックヤードで在庫整理をしていた。
店内のドーム型の防犯用水晶カメラには、平和な光景が映っている。
キーボードを、カチカチと小気味の良い音を立てて、レジ打ちをするスケルトン。
自分の包帯をクイックルワイパーのようにして掃除するミイラ男、そしてイートインスペースで、ケルベロスのぬいぐるみを向かいの席に座らせ、ニコニコしながら新作プリンを食べている勇者レオン。
……平和だ。勇者も日毎に人の心を取り戻している気がする。
ピンポーン…ピンポーン♪
不意に、店内の空気が変わる。
自動ドアから入ってきたのは、漆黒のドレスに身を包んだ幼女――いや、数千歳を超えるアンデッドの頂点。
『冥界の女帝』アナスタシアだ。
「……おい、店長。どういうことだ」
彼女はいきなり不機嫌そうに、俺を睨みつけた。
「いらっしゃいませ、アナスタシア様。……何か不備がございましたか?」
「不備ではない! 余の可愛い部下たちのことだ!」
彼女は、レジで働いているスケルトンを指差した。
「いつまで経っても『ネクロポリス』に帰ってこぬから、心配して様子を見に来れば……なんだあの姿は! なぜ余の近衛兵が、あんな笑顔で接客をしておる!」
「ああ、彼らですか。非常に優秀ですよ」
俺は淡々と答えた。
「24時間文句も言わず、マニュアル通りに動く。今や彼らは、貴方の命令よりも当店の勤務マニュアルを絶対遵守しています」
「な、なんだと……!? 余の支配より、コンビニのマニュアルが上だと言うのか……!?」
アナスタシアがショックを受けてよろめいた。
かつて西の大陸を滅ぼした軍団が、今では「いらっしゃいませー」と声を揃えているのだから、無理もない。
その時。
アナスタシアの視線が、イートインスペースの一角に止まった。
「……む? あの黄金の鎧……そこの人間、まさか勇者か?」
彼女の深紅の瞳が細められる。
勇者レオンは、スプーンを口に運んだまま、きょとんとしていた。
「ん? ああ……君は、冥界の女帝と名高いアナスタシア、君もプリンを食べに来たのかい?」
「貴様……! 宿敵である余の前で、なんと隙だらけな……!」
ドォォォォン!!
アナスタシアの背後から、漆黒の瘴気が噴き出した。
即死魔法の詠唱が始まる。
「死ね、勇者よ! ここで貴様を葬れば、世界の戦力バランスが変わる……即ち好機!!」
「お客様! 店内での戦闘行為は固くお断りしております!」
俺はカウンターを乗り越え、二人の間に割って入った。
「当店は中立地帯です! もし暴れるなら、内装の修繕費とクリーニング代として、金貨500枚を請求させていただきます!」
「……ご、500枚だと? ぼったくりではないか!」
「あと、出入り禁止にします!!」
「むぅ……それは……困る」
アナスタシアは矛を収めた。
ここを追い出されれば、あの時の甘味が楽しめなくしな。
「……フン。命拾いしたな、人間。
店長よ、余は腹が減った。前回の約束通り、『新作』はあるのだろうな?」
「もちろんです。貴方様のために、とっておきのスイーツをご用意しました」
俺は冷蔵ケースから、黄金色に輝く瓶を取り出した。
『不死鳥の卵を使った、濃厚焼きプリン(カラメルソース増量)』
「不死鳥の卵だと!? そんな希少な食材を……!」
「ええ。永遠の命を持つ貴方には、同じく永遠の象徴である食材がふさわしいかと」
本当は、賞味期限切れ間近の卵をシルヴィアが大量に拾ってきただけだが。
アナスタシアはスプーンでプリンを掬い、口へと運ぶ。
「……んんっ……❤」
刹那。
彼女の全身が発光した。
「熱い……! 冷たいプリンなのに、喉を通るたびに生命の炎が燃え上がるようだ!
死んでいた余の味蕾が、生きる喜びを叫んでおる!」
彼女は夢中でプリンを平らげた。
その横で、勇者も「わかる、ここのプリンうまいよな」とぬいぐるみに語りかけている。
奇妙な連帯感だ。
食べ終えた後。
勇者が席を立ち、レジに向かった。
「ごちそうさま。……支払いはこれで」
彼が出したのは、魔王軍カードだ。
端末にかざす。
バウ・ワウ・ワンッ!
「よし。ポイントも貯まったな」
勇者は満足げに店を出て行った。
それを見ていたアナスタシアが、俺の袖を引っ張った。
「おい、店長。なんだあの板は」
「『Dカード』です。現金をチャージして使う会員証ですよ」
「……余も欲しい」
「お作りしますか?」
「普通のはいやじゃ!」
彼女は即座に否定した。
「あの人間と同じなど不愉快だ! 余は冥界の女帝だぞ?
もっとこう……特別で、高貴で、支配者にふさわしいものでなければならぬ!」
……面倒な客だ。
だが、これはチャンスでもある。
俺はニヤリと笑い、バックヤードから「あるカード」を取り出した。
「ございますよ、アナスタシア様。
選ばれたVIPのみが持つことを許される、『Dカード・ブラック』が」
それは、漆黒のベースに、金箔でドクロのエンブレムが刻印された、厨二病全開のデザインだった。
実は以前、シルヴィアが「カッコイイから」という理由で作った試作品だ。
「おお……! 美しい! これぞ余にふさわしい!」
「ただし、こちらは発行手数料として金貨100枚を頂きます。その代わり、ポイント還元率は通常の2倍。さらに……」
俺は声を潜めた。
「このカードをお持ちの方のみ、特別優待サービスとして、特別なサービスが受けられます。」
「ほ、ほう……そのサービスとは?」
「店員のスケルトンたちへの『優先命令権』が与えられます」
「なっ……! 余の部下を動かすのに、金がかかるのか!?」
「彼らは今、当店の従業員ですからね。ですが、このカードがあれば混雑したレジの行列を無視して、レジ打ちをしてもらえます!」
まぁ、うちの店で行列ができることは、ほぼないけど……
「……ぐぬぬ。商魂たくましい男よ。だが……いいだろう」
アナスタシアは懐から、巨大な宝石を取り出し、カウンターに置いた。
「これでチャージせよ! あの勇者よりも多くな!」
「かしこまりました。……査定額、金貨5,000枚分、発行手数料を引いて4,900枚分チャージいたします」
俺は宝石を受け取り、ブラックカードを手渡した。
「……ふふふ。見よ、この輝き」
アナスタシアはカードを掲げ、うっとりとした表情を浮かべた。天井を見上げ、両手を広げくるくると回転する。
「これで余も『上級会員』だな。……おい、そこの骨ども!」
『ハッ!』
レジ打ちのスケルトンたちが、ビシッと敬礼する。
「余は帰るぞ! しっかり働け! ……そして、たまには顔を見せにこい!……心配するじゃろうが…」
『ギ、ギョイ!』
アナスタシアは満足げに、漆黒のローブを翻して去っていった。
その手には、しっかりと新作プリンのテイクアウト袋が握られていた。
◇◇◇
「……ちょろいですね、あの女帝」
一部始終を見ていたシルヴィアが呆れている。
「いいお客様ですよ。プライドの高い方には、それに見合った『特別感』を売ればいいんです」
俺はレジの中に転がる巨大な宝石を磨いた。
勇者と魔王軍、そして第三勢力の女帝。
すべての財布の紐を、この店…いや俺が握ってやる!
「さて、そろそろクリスマスの商戦準備でも始めますか」
ダンジョンに季節はないが、イベントにかこつけて物を売るのは小売の基本だ。
俺は、次の集金計画を練り始めた。
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