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世界が静かに分かれはじめた日ー先に高く積み上げた者と、静かに深く根を張った者ー  作者: suu369


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30/31

商談に現れた男

過去をやり直すことは、できない。


過去と向き合う機会は、思いがけない形で訪れる。


そのとき、人は...何を選ぶのだろう。

商談の日。


農家の男と、早く成功した男は、

約束の時間より少し早く会場に着いた。


「緊張してるのか?」


農家の男が聞いた。


「別に」

「顔に出てるぞ」

「お前こそ、落ち着きすぎだろ」


二人は、少しだけ笑った。


以前なら...こんな会話は、できなかった。


一方は、相手を見下ろし...

もう一方は、悔しさを胸にしまっていた。


だが...


今は、同じ仕事を成功させたいと思っている。


そのことが...二人を少しずつ変えていた。


「では...こちらへどうぞ」


案内されて会議室に入ると...

すでに一人の男が座っていた。


年齢は、五十代くらい。


落ち着いたスーツに、隙のない表情。


男は、二人を見ると...ゆっくり立ち上がった。


「お久しぶりです」


その言葉に、早く成功した男の足が止まった。


「......あなたは」


忘れるはずがなかった。


自分がまだ...若く、大きな仕事を…

次々に手にしていたころ。


利益を優先し、長年付き合っていた小さな

取引先との契約を切った。


その会社の責任者。


目の前にいるのは...あのとき…

自分が傷つけた男だった。


「まさか...あなたが今回の担当だったとは...。」

「私も驚いていますよ」


男は、穏やかに笑った。


「あなたと、もう一度仕事をする日が来るとは...  

 思いませんでした」


その笑顔が...かえって早く成功した男の胸に刺さった。


怒鳴られたほうが、まだ...楽だった。


責められれば...謝ることもできる。


だが...


相手が何を考えているのか…わからない。


それが...怖かった。


商談が...始まった。


農家の男は、野菜の品質や生産方法について説明した。


仲間とどんな工夫をしてきたのか?

大量生産だけを優先せず、品質を保つために

何を考えているのか?


失敗したことも、隠さずに話した。


男は、黙って聞いていた。


説明が終わると、早く成功した男に視線を向けた。


「では...あなたに聞きたい」

「はい」

「この商品が売れなくなったら...どうしますか?」


予想していなかった質問だった。


「売れるように...販売方法を見直します」

「それでも売れなかったら?」

「価格や流通を再検討します」

「それでも駄目だったら?」


早く成功した男は、言葉に詰まった。


男は、静かに続けた。


「以前のあなたなら、利益が出ない相手との

 取引を切ったでしょう。

  今回も同じことをしますか?」


会議室が静まり返った。


農家の男は、口を挟まなかった。


自分が代わりに答えられる質問ではない。

早く成功した男は、ゆっくり息を吸った。


「......以前の俺なら、そうしたと思います」


男の表情は、変わらない。


「今は?」

「売れない理由を、まず...一緒に考えたいです。

 それでも...続けられないなら、相手と話し合って決めます」

「ずいぶん、変わりましたね」

「変わろうとしているところです。

 まだ...何も証明できていません」


早く成功した男は、相手の目を見た。


「あなたに、昔のことを許してほしいとは...言いません。

 ただ...今回の仕事で、俺がどうする人間なのかを見てほしいです」


男は、しばらく黙っていた。


・・・・・。


手元の資料を閉じた。


「わかりました」


二人が顔を上げる。


「では...ひとつ条件を出しましょう」


男が提示した条件は、予想外のものだった。


「最初の商品は、予定している数量の半分で始めます。

 その代わり、売り行きが悪くても、すぐに生産者の責任にしないこと。

  販売側も、結果を一緒に検証すること」


農家の男は、少し驚いた。


大量注文を受けることばかり考えていたが、

最初から無理をする必要は...ない。


品質を守りながら...確実に育てていく。

自分が大切にしてきた考え方だった。


「その条件なら、俺たちは、受けられます」


農家の男が答えた。


早く成功した男も、うなずいた。


「俺も賛成です」


俺は、二人を見つめた。


「もうひとつ、お願いがあります」

「何でしょうか?」

「今回の商品の紹介に、あなたの名前を大きく

 出すつもりは...ありません」


早く成功した男は、一瞬だけ戸惑った。


以前なら、自分の知名度を使えることを喜んだだろう。


名前が売れれば、商品も売れる。


それが...自分の強みだと思っていた。


しかし・・・。


男は...続けた。


「この商品を買う人に知ってほしいのは、

 あなたの過去の成功では...ありません。

  これから、何を作るのかです」


早く成功した男は、ゆっくりうなずいた。


「わかりました。それでお願いします」


商談は、ひとまず前に進んだ。


会議室を出るとき、男が早く成功した男を呼び止めた。


「少し、二人で話せますか?」


農家の男は、先に外へ出た。


廊下に残った二人。

声を落とした。


「実は、あなたに伝えておきたいことがあります」

「......何ですか?」

「あなたのお父さんから、数日前に連絡がありました」


早く成功した男の表情が変わった。


「父から?」

「ええ。

 あなたたちとの仕事について、ひとつ確認したいことがあると」

「何を確認したんですか?」


男は、少し迷ってから答えた。


「あの畑の男が、昔の仲間と再び会ったことを、

 知っているか、と」


早く成功した男は、息をのんだ。


父親は、畑の男の過去をどこまで知っているのか。


なぜ…そこまで気にしているのか。


昔の仲間が再び現れたことに、どんな意味があるのか?


男は、最後に、こう告げた。


「あなたのお父さんは、まだ...話していないことがあるようです」





人は、変わろうと決めただけでは...変われない。


過去と同じような場面に立ったとき、

初めて本当の変化が試される。


早く成功した男は、ひとつの選択をした。


まだ...向き合っていない過去が残っていた。

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