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世界が静かに分かれはじめた日ー先に高く積み上げた者と、静かに深く根を張った者ー  作者: suu369


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二つの後悔

人は、正しいと思って選んだ道でも…

あとになって後悔することがある。


けれど・・・。


失ったものは、簡単には、戻らない。

「父さん。昔の畑の話を聞かせてくれ」


早く成功した男は、古い計画書を机に置いた。


父親は、それを…見た瞬間、表情を変えた。


「……誰から聞いた?」

「それは、今、関係ないだろ」

「関係ないことは…ない」


父親の声が…少しだけ強くなった。


「お前は…あの男と仕事をするつもりなんだろう」

「そうだよ。だから...知りたいんだ。

 父さんが…何をしたのか……」


父親は、椅子に深く座り直した。


長い沈黙のあと…ようやく口を開いた。


「昔、あの男の仲間が…資金を必要

 としていたことは知っていた」

「だったら…なぜ助けなかった?」

「……助けられなかったんじゃない。

 助けないと決めたんだ」


その言葉は、思っていた以上に重たかった。


「どうしてだよ」

「私は、失敗する可能性が高いと判断した。

 事業を広げるより…確実に利益を出すことを…優先した」

「それだけ?」


父親は、目をそらした。


「それだけでは...ない」


早く成功した男は、息をのんだ。


「当時、私は、別の大きな事業を進めていた。

 あの畑に資金を、回せば、そちらに影響が出る可能性があった」

「……自分の仕事を守るために、見捨てたのか?」

「そうだ」


父親は、否定しなかった。


「私は、会社を守るつもりだった。

 いつの間にか…自分の立場を守ることと、

  会社を守ることの区別がつかなくなっていた」


早く成功した男は、父親を見つめた。


いつも…自信に満ちていた人。


どんな問題も数字で解決し、

迷うことなどないように見えた人。

その父親が今、自分の判断を後悔していた。


「父さんは…後悔しているのか?」


父親は、すぐには…答えなかった。


やがて・・・。


小さくうなずいた。


「後悔している。

 後悔しているからといって、

  あの男に許してもらえるとは...思っていない」


早く成功した男は、何も言えなかった。


自分も同じだったからだ...。


昔、小さな取引先を切り捨てた。


あのときは、大きな仕事を取ることが…正しいと思っていた。

利益が増えれば、周りも認めてくれる。


そう信じていた。


今...残ったものは、何だろう。


人が、離れ始めてから…初めて気づいた。


自分は、何を築いてきたのだろう。


「父さん」

「何だ」

「俺は、父さんと同じ道を歩きたくない」


父親の眉がわずかに動いた。


「……私を否定するのか」

「違う。父さんが…間違えたことを、

 俺まで繰り返したくないんだ」


その言葉に、父親は…黙った。


息子が、自分の意見に逆らったことよりも…

自分と同じ失敗を恐れていることが、胸に刺さった。


「そうか」


父親は、机の上の計画書を息子に返した。


「ならば…自分で決めなさい。

 失敗しても...私のせいには...するな」


早く成功した男は、その紙を受け取った。


「最初から…そのつもりだよ」


そう言って、部屋を出た。


廊下に出たところで足が止まった。

父親の最後の言葉が、頭から離れなかった。


自分で決める。


簡単なことのようで、今まで一度も本当に...

できていなかったのかもしれない。


その頃、畑では...。


農家の男が、佐伯の持ってきたノートを

何度も読み返していた。


最後のページには、健司の文字でこう書かれていた。


「あいつは、間違ってない。

 慎重だったからこそ、今も畑を続けているのかもしれない」


農家の男は、目を閉じた。


あのころ・・・。


自分は、健司のことを、

夢ばかり語る無責任な男だと思っていた。


健司も自分を見ていたのだ。


自分の慎重さが…長所であると同時に、

前に進めない理由にもなっていたことを。


「……お互いさまだったのかな?」


ぽつりとつぶやいた。


佐伯は、静かに答えた。


「父は、あなたに会いたがっていました。

 でも、会えなかった」

「どうして?」


佐伯は、少しうつむいた。


「自分から畑を出ていったのに…

 今さら戻る資格は…ないと思っていたみたいです」


農家の男は、ノートを閉じた。


許すかどうかは…まだ......わからない。


会いたかったと言われても、

あの日の寂しさが消えるわけでは...ない。


それでも、ひとつだけ思った。


もし…


あのときもう一度話せていたら。


二人の道は、違っていたのだろうか?


そのとき...


早く成功した男から…電話がかかってきた。


「今、そっちに向かってる」

「何かあったのか?」

「ああ。父さんと話した」


少し間が空いた。


「それで、決めたんだ。

 今回の仕事、利益だけで判断するのは…やめる」


農家の男は、静かに笑った。


「いいんじゃないか。

 でも…利益もちゃんと考えろよ」

「……わかってるよ」


電話の向こうから…久しぶりに自然な笑い声が聞こえた。


・・・・・。


その直後だった。


早く成功した男が、急に声を低くした。


「それと…もうひとつ。

 父さんから聞いたんだ」

「何を?」

「昔、俺たちの仕事を断った会社があっただろ」


農家の男の表情が変わった。


「……ああ」

「その会社の責任者が、俺の昔の取引先を切り捨てたとき、

 裏で動いていた人物らしい」


農家の男は、息を止めた。


「待てよ。

 じゃあ、今回の商談は……」

「まだ...わからない。

 でも…偶然じゃないかもしれない」


二人の間に沈黙が流れた。


過去を清算するために始めた仕事。


そのはずだった。


二人が知らないところで、過去は、今も

動き続けていた。


・・・・・。


早く成功した男は、まだ...知らなかった。


その商談の席で…自分が最も会いたくない人物と、

向き合うことになるのを・・・。


それでも...ひとつだけ思った。



後悔を認めることと、過去をやり直すことは、違う。


それでも、自分の過ちから目をそらさなければ、

次の選択は、変えられるかもしれない。


二人は今、ようやく自分自身の足で歩き始めていた。


次回、第29話「商談に現れた男」


二人の前に現れる、過去を知る人物。


その男は、早く成功した男に、思いもよらない

条件を突きつける。


農家の男もまた...ある選択を迫られる。


信頼を取り戻すために、二人は、何を差し出すのか。

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