父が隠していること
秘密を守ることが、誰かを守ることもある。
秘密を抱え続けることで、傷つく人もいる。
父親は、何を隠しているのだろう?
「父さん。聞きたいことがある」
家に戻った早く成功した男は、父親の部屋を訪ねた。
父親は、新聞を置いた。
「今度は、何だ」
「昔、畑の男と、その仲間のことだ」
父親の表情がわずかに変わった。
「......誰から聞いた?」
「もう、その質問には...答えない。俺が聞きたいんだ」
父親は、息子を見つめた。
以前の息子なら...父親が黙ればそれ以上は、聞かなかった。
父親の判断を信じていたし...逆らう必要もなかったからだ。
だが・・・。
今は...違う。
「父さんは、あの畑の男を知っていた。
昔の仲間のことも知っていた。
なのに...俺には、何も話さなかった」
「お前には、関係のない話だった」
「本当にそうなのか?」
父親は...答えなかった。
早く成功した男は、机の上に古い計画書を置いた。
「この会社名、何なんだ?」
父親は、紙を見た。
・・・・・。
静かに言った。
「昔、私が出資を検討していた会社だ」
「畑の男たちを助けるために?」
「いや。最初は、別の目的だった」
父親は、椅子から立ち上がり、窓のそばへ歩いた。
「当時、私は、新しい事業を始めようとしていた。
農業の分野にも...可能性があると考えていたんだ」
「じゃあ、どうして畑の男たちに協力しなかった?」
「彼らの考え方では...私の計画に合わなかった」
「考え方?」
「私は、事業を大きくしたかった。
生産量を増やし、効率を上げ、利益を出す。
そのためには...ある程度、現場にも変わってもらう必要があった」
早く成功した男は、少し考えた。
「畑の男は、それを...断ったのか?」
「そうだ。自分たちのやり方を守りたいと言った」
父親は、苦笑した。
「私は、彼らを世間知らずだと思ったよ。
小さな畑を守るだけでは、いずれ...限界が来る。
そう考えていた」
「それで...助けなかった?」
「そうだ」
早く成功した男は、父親の横顔を見た。
父親の判断は、間違いだったと簡単には、言えない。
事業には...資金が必要だ。
利益が出なければ、続けることもできない。
だが...
ひとつ疑問が残った。
「それなら、なぜ...今になって、あの畑のことを気にするんだ?」
父親は...黙った。
しばらくして...引き出しから、一枚の写真を取り出した。
写真には、若い頃の父親と、見知らぬ男が写っていた。
その隣にはーー
若い頃の畑の男がいた。
「……これ、いつの写真だ?」
「彼らが畑を始める前だ」
「どういうことだよ。
父さんと、あの男は...昔から知り合いだったのか?」
父親は...写真を見つめた。
「私は、あの男に一度だけ、助けられたことがある」
早く成功した男は、言葉を失った。
いつも人を助ける側だと思っていた父親が、
誰かに助けられていた。
しかも・・・
その相手が畑の男だった。
「何があったんだ?」
父親は、写真を裏返した。
そこには...短い言葉が書かれていた。
「あのときの恩は、いつか...必ず返す」
父親の字だった。
「......父さん、これ」
「若い頃の話だ。
今さら持ち出すことでもない」
「でも...父さんは、恩を返していないんだ」
父親は、何も言わなかった。
その沈黙が、答えのように思えた。
そのころ、畑では...。
農家の男が、仲間たちと新商品の試作について話し合っていた。
販売先が決まりそうになり...みんなの期待も高まっていた。
「このままいけば、今までより多くの人に食べてもらえますね」
若い仲間が言った。
「ああ...
でも...急ぎすぎないようにしよう。
品質を落としたら意味が...ない」
農家の男は、試作品を手に取った。
少しずつ、夢が形になっている。
昔は、
自分の畑を続けることだけで精一杯だった。
それが...
今では、仲間と一緒に新しい商品を考えている。
うれしかった。
・・・・・。
佐伯が持ってきたノートのことが、頭から離れなかった。
健司は・・・。
なぜ...最後まで自分に、会いに来なかったのだろう。
本当に、会う資格がないと思っていたからなのか?
それとも・・・。
他に理由があったのか?
そのとき・・・。
佐伯からメッセージが届いた。
「父のノートをもう一度、確認していたら...
別の資料が見つかりました」
続けて...写真が送られてきた。
古い契約書だった。
農家の男は、画面を拡大した。
そこには...健司の名前と、もう一人の名前が記されていた。
早く成功した男の父親だった。
だが...
農家の男が驚いたのは、それだけでは...なかった。
契約書の日付は、二人が畑を始めるよりも前。
・・・・・。
契約の最後には...こう書かれていた。
「事業が失敗した場合、責任は、すべて健司が負うものとする」
農家の男は、画面を見つめた。
「......何だよ、これ」
健司は、自分たちの夢を守ろうとしていたのでは...なかったのか?
なぜ・・・。
こんな不利な契約を結んだのか?
そのとき・・・。
玄関のほうから声がした。
「すみません。
少し、お話しできますか?」
振り向くと、そこには...早く成功した男が立っていた。
いつもより...険しい顔をしていた。
「どうした?」
早く成功した男は、農家の男の前に立った。
「父さんから、聞いたんだ」
「何を?」
「昔、父さんが、あの男に助けられたことが...あるって」
農家の男の表情が...変わった。
「……健司が?」
「ああ...
でも...父さんは、その話を詳しくしようとしない」
早く成功した男は、手に持っていた写真を見せた。
「お前、これを見たことがあるか?」
農家の男は、写真を受け取った。
若い頃の父親。
そして・・・。
隣に立つ健司。
写真の裏には、あの言葉が書かれていた。
「あのときの恩は、いつか...必ず返す」
農家の男は、長い間、何も言えなかった。
やがて・・・。
顔を上げた。
「......俺たちは、何か大きな勘違いをしていたのかもしれない」
早く成功した男は...うなずいた。
「俺も...そう思う」
二人は、写真を見つめた。
過去を知れば知るほど、わからないことが増えていく。
二人は、まだ...知らなかった。
健司が畑を去った本当の理由が、
二人の父親の過去と深くつながっていることを...。
人は、見えている事実だけで、
過去を理解したつもりになる。
同じ出来事でも...立場が違えば意味が変わる。
二人は、今、過去を責めるためではなく...
事実を知るために動き始めた。




