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『泣かないんですか?』婚約破棄された会計監査見習いの私は、王子の脱税額をそろばんで弾きます  作者: 他力本願寺


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第4話 共犯者たちの末路

「ひぃっ……」


短い悲鳴を上げ、侍従長グレアムが広間の出口へと駆け出しました。

しかし、彼が重厚な木製の扉にたどり着くよりも早く、完全武装した王宮近衛兵たちが立ち塞がります。

鋭い金属音とともに交差された長槍を前に、52歳の老侍従長は無様に床へと尻餅をつきました。


逃げ道が完全に断たれたことを悟った彼の顔は、恐怖と絶望で歪んでいます。

次の瞬間、彼は血走った目をリリベル様へと向け、広間に響き渡る声で叫びました。


「お前が王子をたぶらかしたんだろう。全部お前のせいだ!」


それは、あまりにも醜い自己保身の叫びでした。

自分より立場の弱い16歳の少女にすべての罪を擦り付けようとする姿に、周囲の貴族たちから嫌悪の溜息が漏れます。


突然の非難に、リリベル様は目を丸くして怒りを露わにしました。

彼女もまた、先ほどまでの可憐な振る舞いを投げ捨て、金切り声を上げます。


「何を仰るの。あなたが帳簿を作っていたのでしょう!」


「黙れ、この性悪女。お前の父親から賄賂を受け取って、仕方なく辻褄を合わせてやったのだ」


豪華なシャンデリアの光の下、繰り広げられる見苦しい罵り合い。

愛も忠誠もかなぐり捨てた共犯者たちの末路は、あまりにも泥臭く、滑稽なものでした。


「お二人とも、整理いたしましょう」


私の静かで平坦な声が、彼らの喧騒を断ち切りました。

白手袋の指先で眼鏡の位置を直し、床に這いつくばるリリベル様を見下ろします。


「リリベル様、胸元の質札は17枚。総額は——」


「……っ」


私の言葉に、リリベル様は反射的に自らの胸元を両手で強く押さえました。

真紅のシルクドレス。その豊かな胸元の谷間に隠された、男爵家を救うための薄汚れた紙切れの束。

隠し持っていた最大の秘密を名指しされ、彼女の全身が小刻みに震え始めます。


その弾みでした。

ドレスの隙間から、一枚の古びた紙片が滑り落ちたのは。


カサリ、と。

微かな音を立てて、大理石の床にそれは舞い降りました。

それを皮切りに、二枚、三枚と、見られたくない現実が次々と彼女の胸元から零れ落ちていきます。


色とりどりのドレスを着飾った貴族たちが、床に散らばる質札に目を凝らしました。


「あれは……ガルヴァニ家の指輪では?」

「いいえ、よく見るとアスカルト侯爵夫人がご紋章の……」


ヒソヒソとした囁きが、瞬く間に広間へと広がります。

軽蔑、嘲笑、同情、そして残酷な好奇心。

それらが入り混じった無数の視線が、床に座り込む少女へと突き刺さりました。


扇情的に暴きたてる必要などありません。

数字と記録は、ただそこにあるだけで残酷なまでに真実を語るのですから。


私は無表情のまま、落ちた質札の品名を一つずつ、静かに読み上げました。


「1点目、サファイアの髪飾り。貸付額は二百ゴルド。2点目、白金の腕輪。貸付額は三百五十ゴルド。3点目、象牙の扇。4点目、ガルヴァニ家伝来の指輪。そして5点目、アスカルト侯爵家の銀燭台」


王族としての権威を利用し、他家の財産まで巻き込んで借金の穴埋めにしていた事実。

もはや、言い逃れのできる段階ではありません。


「お前のせいだ……」


唐突に、フィリップ殿下がわななく唇から声を絞り出しました。

彼の瞳には、状況を理解しようとする知性すら残されていません。

ただ、目の前の現実から逃避したいという、幼い子供のような弱さだけがありました。


「お前がもっと、その、もっとうまく振る舞ってくれていれば……! こんなことにはならなかったのだ」


水を打ったように静まり返る広間。

それは、自分を慕っているはずの女性からすら目を背ける、究極の責任転嫁でした。


リリベル様は、ビクリと肩を震わせると、ゆっくりと殿下を見上げました。

その美しい顔からは、虚栄心も、計算高さも、すべてがすっぽりと抜け落ちています。


「……殿下、ご自分が何を仰っているか、お分かりですか」


かすれた声でそう呟くと、彼女は糸が切れた操り人形のように、力なくその場に崩れ落ちました。

もはや立ち上がる気力すら失ってしまったのでしょう。

広間のあちこちから、呆れとも哀れみともつかない、長いため息に近いざわめきが起こりました。


私は静かに歩み寄ります。

硬い靴音が一つ、二つ、3歩、響きました。




「リリベル様。私、先ほど『泣くと思ったか』と問われましたね」




一拍の沈黙。

シャンデリアの光が、私の銀縁眼鏡を冷たく反射しました。




「お答えします。私は泣きませんでした。代わりに、貴女が泣いておいでですね」




冷徹な事実だけを告げる私の言葉に、彼女の目からついに大粒の涙が溢れ出しました。

それは悔し涙か、それともすべてを失った絶望の涙か。

静寂に包まれた会場に、少女の嗚咽だけが痛々しく響き渡ります。


貴族たちの中から、誰かがこの完璧な断罪劇に対して小さく拍手をしかけました。

しかし、二階バルコニーから見下ろす国王陛下の鋭い一瞥によって、その音はすぐに掻き消されます。


侍従長は衛兵に捕らえられ、リリベル様は泣き崩れました。

残るはただ一人。


私は、未だ現実を受け入れられずに呆然と立ち尽くす、かつての婚約者を真っ直ぐに見据えました。


「殿下のみ、まだ処分が決まっておりません」

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