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Scene-05 ナイトパッセージ

 ふぅ……ツヤツヤの髪で、再び懐中電灯を付けた。

 洞窟は落石で入口が完全に埋まり、楕円から三日月状になっている。

 中国服のお子様は――足だけ見えている。

 なむ……

 僕の目の前では、胡座をかいていた小岩井さんが首をかしげていた。


「嬢ちゃん、さっき誰かと会話してたよな……? あと、ライト消す前と後で着替えてないか」

「ニュートが無事か確認してました。服は同じですけど、埃をちょっと払ってますよ」


 小岩井さんはその答えに、うーむと首を捻る。

 でも、それ以上は聞いてこない。

 慣れてきたのかな?


『――それより瑛音、なんで外へ出なかった?』

「僕らを潰すって感じじゃなかったからさ。荒士さんを連れ去った連中は、きっとここを僕らに使われると不味いけど破壊もできないんじゃないかって。――なら留まって強行突破だ」

『うむ。そう言う方針で行くのなら了解した。――あと点呼を取れ』

「えーと、点呼! いち」


「にー」「さん」「さ……よ、よん!!」「ご。……井手上さん、大丈夫で?」「けほ、こほん……は、はい。――ろく」「七番!」


 ワンテンポおき――

 

「(はちー)」『きゅう』


 はいはい、おけ!

 小岩井さん、景貴、清華、茂呂島さんに井手上さん、そしてケイ。

 モーサンとニュートも、みんな無事だ。

 ケイはちょこんと腰を下ろし、背から電式結界を降ろした。


「えーと、井手上さんでしたか、電式結界が壊れてないかチェックして頂けますか」

「承知いたしました、海藤さま。いま参ります」

「皆さま、灯りをご用意しますので少々お待ちを。――瑛音さま、大変申し訳ありませんが懐中電灯をお借りできますか」

「いまそっちに行きます」


 立ち上がって茂呂島さんを照らす。

 荷物から引っ張り出した大型ランプが灯ったので、懐中電灯は切っておく。

 今度は淡い橙色に照らされた。

 オイルランプの光量は懐中電灯より大分弱いけど、ずっと広い範囲を照らしてくれる。 

 灯し終わった茂呂島さんが、ランプをちょうどいい岩に乗せてくれた。


「これは……楕円の洞窟が三日月になってしまいましたな」

「やれやれだぜ。――だが気にすんな、デカブツ二体がここから出てきたのだから出口は絶対ある」

「なら、敵がここの様子を見に来る可能性もありますよね。――瑛音さま?」


 景貴が寄ってくる。

 僕の無事を直に確認したかった……のはいいんだけど、めざとく服装の違いを見抜く。

 そして露出している太ももを、じー

 あなた同性でしょーに。


「そんな良い物でもないと思うんだけど……景貴の足の方がまだいいんじゃない?」

「なら比べましょうか、瑛音さま。――事件が終わりましたら、また箱根にでも」


 景貴は上品に身体を擦り付けてくる。

 普通ならもっと下品になりそうだけど、生まれながらの貴族おそるべし!

 伯爵の血がいい方に作用してるなー

 ついでに兄の抜け駆けに気付いた清華も飛んできて、僕にぎゅぎゅっとハグ。こっちは貴族つーか、ううん?


「瑛音さま、わ、わわ、私も!」

「あそこは混浴なかったような……あと、清華の足だと事案になる」


 いや、景貴の足でも性的な目で見ちゃうようなシチュエーションだと事案だけど。

 ――とか言ってる場合でなく!


「じゃ、調査開始! 出口を見つけよう」


 下弦の月型になってしまった洞窟を調べていく。

 宗教施設としては既に機能してないらしく、よく見たらアチコチに祭事の装飾だったと覚しき木屑やら布切れが散乱している。

 でも石を削って作られた祭壇だけは、手入れがされていた。

 祠に供えられているのは――


「うええ……」


 あー、うう……ええい、ぶっちゃけよう。

 クトゥルフの小さな神像が掲げられているんだよね!

 素材は柔らかそうな石?

 ソフトボールくらいのサイズで、アニミズム的にデフォルメされたクトゥルフが膝を抱えるようなポーズで全方位をジッと見つめている――


「壊したい……」

『クトゥルフに呪われると面倒だから止めとけ。――瑛音、もっと像の近くへ』


 はいはい、よろしく!

 おそるおそる近づくと、ニュートが僕の肩から腕をつととと……と走って、像の間近でクンクンと匂いを嗅ぐ。

 ――あ、フレーメン顔になった。かわいい。


「どしたん?」

『これ、ダゴンかハイドラのアンバーグリスを加工したものだな。気に食わんが、匂いはいい』

「……?」

『質問するなら横着せず声に出すようにな。アンバーグリスってのは香料の一種で、その正体は――大型海洋哺乳類の()()だ。食ったモノの残骸と分泌物とが固まって排泄されたもの』


 はいせつ――ぎゃー!?

 触りかけていた像からすさっと手を離し、ニュートを抱き寄せつつズザザザと下がる。

 後ろにいた清華が僕の背を抱きとめ、怪訝そうに覗き込んできた。


「どうかしましたか、瑛音さま?」

『――竜涎香(りゅうぜんこう)とでも言っておけ。マッコウクジラの結石から採れる超高級な香料だから、近いモノだ』

「ああ、いや……その像がとても珍しい竜涎香で出来てて……あ、触らないで!」


 それを聞いた双子に小岩井さん、茂呂島さんがドッと像に集まる。

 皆で匂いを嗅ぎ始めた。

 でも電式結果をチェックしていた井手上さんは興味なし。軍刀片手に辺りを警戒するケイは、興味どころか嫌そうな顔して近づかない。

 そね、クトゥルフ像なんて有り難がる気にはならないよねー

 景貴だけすぐ戻ってきて、レッドナインの整備を始めた。よいお兄ちゃんだ。


「瑛音さま、甘い匂いがしました」

「そね……出どころを考えなければ、素直に楽しめるんだけど」

『出た直後ならともかく、今は汚くないぞ。今は』

「心理的に!」


 ぶつぶつ。

 やがて他のメンバーも戻り、周辺の探索を続ける。代わりに僕とニュートがクトゥルフ像の再チェック。


 チク タク チク タク チク タク


「ニュート、やっぱりゲートだ。――クトゥルフ像に呪文付きで祈ると、存在しない場所(ボレア)に転送されるっぽい。定期的に車ごと大量の物資を運んでる」

『ご苦労だった。――で、荒士はいたか?』

「車の中だと思うけど……って、カルネがいた。働いてる人たちを監督してる」


 カルネは学生服に黒無地の短マント姿で、作業着を来た人たち――うええ、イプティックじゃないか。

 そいつらの指揮をとっている。


『カルネか、ここのところよく会うな』

「え、いつ会ったっけ……あ、鎌倉のとき! ううん……取りあえず《幻視》は切るね、こっちの存在を教えたくない」


 神話使い相手だと幻視に気付かれる場合があった。

 なので僕は断片だけ入手して、後の調査は結社に任せている。


 カルネレイジについては本名が磐司(バンジ)龍輝(リュウキ)とか、海外との繋がりが強い一族の出身とか、書類上で分かる範囲のことは確認できている。

 調査に時間がかかったのは、カルネの出身が神戸だったからだ。

 大正時代だと、東京から神戸までの移動は特急でも十二時間くらいかかるんだよね。

 挙げ句に運賃がメチャクチャ高いし。


 人数を絞ってる秘密結社は、そんな状況で頑張って地方を調べてくれている。

 なのでバルギリス――おそらくヒョウエさんについては、まだ詳細不明だ。

 カルネが神話使いになった経緯も不明。

 とはいえ、なるときは唐突にスパーンとなるから、こっちは調べて分かる可能性は低い。


『瑛音、それでクトゥルフ像に祈る呪文とかは分かるか』

「ごめん、音は分からない。――そもそも、呪文って何で使うの?」

「(トヨグさんって人が対旧支配者用として完成させた形式です。正しくは巻物で、読み上げるのは簡易版なんですけどね。――詳細を知りたければ無名祭祀書を読むか、ハテグ=クラあたりでドンチャン騒ぎしてる地球固有の神々に聞くといいですよ!)」

『ハテグ……あー、あー、バルザイが酷いことなった山か。元弟子のアタリの膝上で何度愚痴を聞かされ――む?』


 じー


『ごほん! ――まあ、そういう伝統だと思ってくれ』


 うん、いまニュートとモーサンが禁断の知識を語りましたね?

 それはそれとして!


「連中が使う呪文って何かあるかな」

『ううむ……待て』

 

 ニュートがブツブツとつぶやき始める。

 どうやら、知ってる呪文的な何かを片っ端から試しているらしい。


『――駄目か』

 

 一人と一匹と、ついでに一枚で頭を捻る。

 何かあったっけかなー

 例えば、これまでの事件で似た事例があれば……ふむ?


「ニュート、千駄ヶ谷御殿を憶えてる? ――あそこでカドを巡る際に何か文字でたよね。アレ駄目かな」

『ああ、確かにあったな。それに、あの事件が人間と神話を混沌で繋いだ最初の事件だ。文言は――確か、古代ギリシャのエピタフだったか』


 ニュートが背を起こす。

 朗々と奏でようとして、ふとこっちを向いた。


『瑛音、お前の”声”で伴奏を頼む。こんなのだ――』

「スキャットで? りょー」


 すぅーっと息を吸い込むと、《ツァン》の声で単旋律のメロディーを奏で始めた。

 古い叙事詩的なのでリュートをイメージ。

 そこにニュートの猫声が、厳かに重なっていく――

 確か古代遺跡から発掘された、円柱の墓碑に刻まれていた古代の鎮魂歌だったかな。いい感じ。


『――』


 皆はポカーンとしつつも、僕とニュートの合唱に聴き入っている。――いや、ニュートが詠ってるとは思ってないだろうけどね。

 モーサンもウットリ。

 やがて曲が終わった。ぱちぱち!


「ニュート、ご苦労様……あ、動き出した」

「(おや、ゲートが開いたようですね)」

『うむ』


 クトゥルフの像がガタガタと揺れだし――あ、いや違う。

 揺れてるのは洞窟その物だ。

 ハッと正気に戻った小岩井さんが銃剣を低く構えた。茂呂島さんは念のため双子を庇いに行く。


「ど、どうした!?」

「……」


 小岩井さんは割りと本気に驚いている。茂呂島さんは「ここは驚いていいところでしょうか?」って感じにこっちの顔を伺ってきた。

 だいじょぶです!

 残りの面子は、次のステージに備えてる。

 やがて床に魔法陣みたいのが浮かび上がり、何かの《神話》によって物理に変換されてゆく。

 ほどなく、空中にまっ暗な《ゲート》が現れた。


『ほう、面白いカドの巡りかただ』

「――ニュート、僕が《幻視》で視たのと違う」

『にゃにい!?』

「車の時は、床に展開されたゲートへ吸い込まれたよ」

『思うのだが……千駄ヶ谷御殿と同じだとしたら、ここから通じてるのは侵入者排除用のボレアではないか?』

「そうかも」


 答えつつ、銃と魔剣を確認した。

 どちらも僕に抜かれるのをじっと待っている。

 僕が緊張したことを察した景貴、清華がそっとゲートを覗き込む。

 その顔は――僕に、入れと言われるのを待っている。

 勝手に入らないのは、付いてこいの可能性を考慮してるからかな。


「瑛音さま、風の流れはありません」

「音は帰ってこないです。――でも、これが穴であることは間違いないようです」


 感覚的には凪の水面かな。

 やたら綺麗で、いっそSFっぽい。


「有り難う。――じゃ、行ってみますか」

『かか、この脳筋め! ――覚悟しているならよい。お前の冒険に巻き込む者たちへ声をかけろ」


 振り返る。

 言うまでも無さそうだけど――ま、念のためね?


 景貴、清華はニコニコ。

 後ろに控えた井手上さんは荒士さん救出の決意新たに。

 小岩井さんは――毒を食らわば皿まで、みたいな顔だ。

 茂呂島さんは福々とした顔で大荷物を持った。


 ケイは……すごい今更なんだけど、何かのチェックに成功してしまったような顔をしていた。

 そういえば自分は何でここにいるんでしたっけ、みたいな顔で。


『そういえば、小岩井とカイトーの娘っ子は巻き込まれる動機がなさそうな気もするな』

「――ケイ、途中で面白い本が見つかったら一冊だけ見逃してあげる。それで付いてくる理由になる?」


 その一言が彼女の脳に届くまで少し掛かった。――理解した瞬間、真っ赤になってブンブンと頷く。

 フンフンと鼻息も荒い。

 その横で景貴が控え目に目配せ。清華も真っ赤になって両手をブンブン振る。

 これは、わたしたちにも何かー、ってことかな。


「また銀座へ遊びに行こうか、セブンで迎えに行くよ。――小岩井さんも何か約束します?」

「そうな……モロ、何か考えといてくれ」

「――はっ!」


 おや、茂呂島さんは腹案ありますって顔してるな。

 お手柔らかに。


「ニュートとモーサンはどうする?」

『かかか、大盤振る舞いだな。ならぱ――ゆで卵を頼む。大振りの半個で、しっかり冷やして潰してくれ。付け合わせにシュークリームの皮も頼む』


 そね、ニュートはシュークリームの皮が好きなんだよね。シェアすると、すごい罪悪感あるけど……


「りょー。モーサンも、何か約束する?」

「(そうですねえ……連続になりますけど、髪型アレンジしていいですか?)」

「そのくらいなら何時でも――って、い、いま!?」

「あ、イワさん!」

「あん?」


 茂呂島さんに呼ばれた小岩井さんが横向いた瞬間、ワシャワシャーっと後ろ髪が編み込まれた。

 まずポニテへ。

 次にくるくる、ぱぱぱとお団子へ。


「(人間って面白い構造してますよねー、細くて綺麗なパーツがこんなに……なので、汚れないようにアクション対策を!)」


 ぜー、ぜー


「あ、ありがとう、モーサン。――ニュート、どんな感じかな」

『似合ってるぞ。お前が男だと喝破できる人間の数がさらに減ったな』


 そですかー

 景貴と清華はほんのりピンク色になり、凄くいいですねと喜んでいる。

 そね、大正時代は髪を編み込むのが普通だしね。

 他は……まあ、なんとも言えない顔してる。

 小岩井さんだけ茂呂島さんに何か説明して貰いたがってたようだけど、茂呂島さんは「わたしにもサッパリで」って感じに額をペチ。


「いいみたいね。――じゃあ、探検と行こうか!」


 そうして虚空に浮かぶ、存在しないが存在している矛盾の《門》を潜る――

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