Scene-04 ペイパー・ドール
――こほん。
気を取り直し、少年が逃げ込んだ洞窟の前に立つ。
入り口は大きい。
車が入れるくらいだしね。
内部は……自然洞窟を利用した古い祭祀場だ。
壁は自然洞窟のままでデコボコだけど、床は立派な石畳が敷かれている。正面の壁には古そうな石造りの祭壇が祀られていた。
横道や抜け道の類はなさそうだけど……ふむ?
銃剣付きライフルを構えた小岩井さんと、懐中電灯を出した茂呂島さんが慎重に少年を探し始めた。
実戦経験のある大人が二人もいると安心感があるなー
「あの少年は確かにここへ入った筈です」
「見た感じ、横路の類はないようだが……岩陰に隠れてるかもな。モロ、探すぞ」
そうね、そういう直球な手段もあり得るかもだけど。
どーせ、物理的には存在しない《ゲート》とか経由して異界に逃げたんだろう。
ここは僕のチクタク感覚で……ん?
フードから身を起こしたニュートが、僕の後頭部をたしたし。
『瑛音、お子様はそこにいるぞ? 入口脇の窪みのところだ』
「え? ――あ、そこにいます!」
岩陰に少年が隠れていたので、ズザっと距離を取る。
危うく素通りするところだった!
さっきの中国服の子で間違いない。血の気が引いて顔色は真っ青だけど、目だけは充血して赤黒く濁っている。
なんだろう、神話の使いすぎにしては消耗が派手すぎるような……
「この消耗具合、何処かで見た気がする」
『ああ……井手上がレテの書を使い過ぎたら、こんな感じになるな』
ああ、そうだ――えっ!?
困惑していると、少年がよろよろ、ガタピシと身を起こした。糸の絡まった操り人形みたいな動きだ。
「は……は、はっ……」
「――皆様、お待ち下さい」
突然井手上さんが進み出ると、瀕死の子供を――無造作に蹴った!
ええっ!?
いや……帽子か。
すごい乱暴だけど、中国帽を脱がして頭の方向を変えたんだ。
露出した子供の頭は、雑に剃り上げられて……うええ!
「後頭部に手術痕が……な、なんだこれ!?」
『金属や結晶のチップみたいな物がインプラントされてるのか。ふぅむ……』
ニュートと一緒に、意識を失った少年の頭部を観察する。
少年の後頭部には大きな傷跡が縦横し、結晶や変な機械っぽい物がインプラントされていた。
き、傷跡が痛々しい……!
子供を見下ろす井手上さんの呼吸が徐々に荒くなる。
「瑛音さま、お分かりになりますでしょうか。――この子は、恐らくわたしに近いモノかと」
「近いって……まさか、詠唱兵器!?』
だから神話にしては脆く、消耗も多すぎたのか。
さっきの神話は、ザ・アビスさんからラーニングしたんだろうか……
「なら、何処かにレテの書がある筈だよね」
「おそらくですが、頭に埋め止まれた金属やガラスの小板がそうかと……」
井手上さんが「おそらく」の部分でインプラントを蹴ろうとしたけど、思い止まった。
彼女の目は色んな感情が入り交じり、何色とも言い難くなっているな。
休んでいてと言おうとしたら、後ろから景貴が来て井手上さんの肩を抱いてくれる。そのまま脇へ連れて落ち着かせてくれた。
――景貴、そういうのをよく自然にこなせるな。たまに僕にもやろうとするし。
あと僕が横向いたので、スペルバインダーのお子様を見ようとニュートが僕の肩から伸びーとする。
いてて、爪!
『ふうむ……井手上に施されたイーフレイム系の手術とは完全に別物だな』
「分かるの?」
『そりゃな……どちらも《レテの書》との神話的リンク機能を脳に付与する手術だが、頭に機械を埋め込んでる時点で違いは明らかだ。――何か別の手術のついでに付け加えられたか?』
確かに、井手上さんには傷痕すら残ってない。
不幸中の幸いなんだろうな――内心でそう考えた瞬間、ニュートが猫目を細めた。
『瑛音、井手上にはサディスト種族であるシャンの純粋技術が使われている。脳を掻き回してる最中でも麻酔は使わなかったろう。幸いである部分はない』
「ああ……そうか」
想像を絶する苦痛だったろう。
いま彼女が平気に見えるのは、単純にレテの書で記憶を消去されたからだろう。
情報の隠滅と、彼女に苦痛への耐性を付けさせないため――
ぶるぶる。
「この子はどうしよう」
「瑛音さま、この手術では寿命も極めて短いかと。いっそ引導を……」
井手上さんの声には様々な感情が混じっていたけど、そのひとつは間違いなく慈悲だった。
確かに、こんなデタラメな手術されたら寿命を縮めてそうだなあ……ううん。
全員の視線が僕に集まる。
どうやら、僕が決めなければいけないらしい。
大正時代の医学では治すのも無理だろうし、井手上さんの言うとおり介錯してあげるのが正しそうな気はする。
だけど最後の一押しが中々――ん?
「おお……えいくりぃノ秘儀ヨ!」
少年が突然目を開け、絶叫した。
エイクリー?
どこかで聞いたような……いや、それよりも!
『瑛音、何かが子供の身体を勝手に動かして――あっ、これは千代松にも使われた《神話》か!?』
「(んー、いまのところ混沌の気配は感じませんー)」
「だったら、外部から操ってる方か!」
ゴリ……メギ……
バキバキ!
頭の内部から骨の軋む音が響き始め、ツノ状のガラス突起が皮膚を突き破って生えた!
角はさらに二本目、三本目――と、続く。
少年のインプラントから神話の気配も濃くなり、少年の瞳が死人のソレに変わっていった。
千代松の時と同じだ!
「うわ、うわわ! ニュート!?」
『瑛音、こ、これではもう……対神話弾で楽にしてやれ!』
チク タク チク タク チク タク
――りょ!
ニュートの一言で覚悟を決める。
モーサンを脱いでる暇もなく加速し、ウェブリー・リボルバーを引き抜く。
察してくれたモーサンが咄嗟に両手――っていうか、マントの裾を跳ね上げてゆっくり離れていく。
さんくす!!
時間圧縮された視界の中で、翠のマズルフラッシュと少年の絶叫が交錯した。
倒れ伏した少年の身体からは、すごい勢いで泥の海か広がり始めている。
さっきのレレイの海だ。
でも範囲は迷走し、泥海は床ではなく壁に広がっていった。流石に錯乱したか――いや、違う!
泥海を天井に作って自分ごと僕らを押し潰す気か!?
不味い、どうする。
空中をゆっくり進む弾丸を見つつ、思考を錯綜させる。
僕とニュートだけでも加速で逃げる、初見殺し殺しを使ってやり直す、お子様自体を外へ叩き出す、あるいは――
「皆、その場に伏せて! ――モーサン、お願い!」
第三のチクタク感覚をリリース、同時に絶叫!
時間が一気に流れ始めた。
翠の爆発が少年の結晶を破壊する。同時にレレイの海も消えるけど、緩んだ土砂と大岩の落下は止まらない。
――そこまでがほぼ一瞬!
「(あいあい!)」
僕からちょっと離れていたモーサンがしゅるしゅると元の形態に戻り、翼を広げて安全な洞窟の奥へ皆を順番に引っ張っていく。
まるで古いカートゥーンみたいだ。
引っ張られつつ、僕はひしっとニュートを守った。
洞窟の入口では泥の雫が降り始め、大岩がゴソリと揺れ出す。落下する大質量が入口をどんどん潰し始めた。
轟音が響く度に、周囲は暗くなっていっていく。
やがて洞窟内はまっ暗になり、でも轟音だけは続いて――
『瑛音、生きてるか?』
まっ暗で、静か。
そんな中で響いた声は僕の腕の中からした。
そーっと顔を上げると、腕に抱えていたニュートが爛々と輝く猫目でこっちを覗き込んでいた。
よかった……
次に自分だ。
五体は満足。周囲は――まっくら。
頭上に何もないことを確認してから身を起こすと、身体の表面からズザーっと埃が流れ落ちた。
ぺっ、ぺっ!
岩に押し潰されるのは免れたらしいけど、周囲はまっ暗だった。
風はもなく、そしてムチャクチャ埃っぽい。
閉じ込められたかー
そこで再びニュートの声が響いた。
『瑛音、二歩ほど前へ。そこで足元に手を伸ばせ……ちょっと右。そう、そこ』
「この感触は……懐中電灯か」
カチリと付けると、発熱電球の黄色がかった光りが灯る。
――いっかい消した。
『どうした?』
「モーサン、皆を庇ってくれて有り難う。――でも元の姿だと皆が本気で驚くと思うから、マントに戻ってくれると有り難いな」
「(あいあい)」
闇の中、モーサンがしゅるしゅるとマント形態に戻る気配がする。
皆への刺激がちょっとね?
や、神話リアリティショックというか。
そこでニュートが一言。
『モーサン、ついでに……えーと、ウェディング魔法少女フォームを頼む。一番いい奴だ』
「(え、コレです?)」
へ? ――にぎゃー!!
モーサンがガーターやタイツ、今回はショートブーツにも擬態して脚置き場を作ってくれる――んだけどー!
お、お尻から生脚までを撫でくりまわされる感触が……
ご丁寧にもスリットまでデザインに組み込まれる!
最後にマントの端が櫛状になって、僕の髪をサラサラサラっと綺麗にしてくれた。
「(ま、よいでしよう)」
「ぜー、ぜー、ありがとー」




