Scene-13 のぞきかえす
何で信じた――その言葉に続け、小岩井さんが再び口を開こうとする。
でも僕の方が少し早かった。
「いまの、フランスのサンテロア野戦病院で起こった事件ですよね? なら……」
「なっ……なんでその名を知っている!?」
おっ?
彼に取り憑いていた「神話」が、その姿を徐々に現してくる――
しまった、余計なコト言っちゃったか。
ならの後は、「残念ながら詳しいことは話せないです、ごめんなさい」と続ける気でいたけど……どうしよう。
んー?
沈黙で守ると誓った第三の男さんの素性は教えられないけど、代わりに防水部隊の二人についてヒントでもあげようかな。
なにしろ、二人はもう――とか考えてたら、ニュートが頭上から肩へ降りてきた。
こっち見ろと頬をツンツン。可愛い。
『瑛音、小岩井は冗談として笑い飛ばして欲しがっていたようだが……』
「え?」
「ふ、不死の怪物たちは味方の兵士で……日本人もいたよ。奴らは死んでるはずなのに生きてて――最後に、闇からきた者たちに迎えられていった。追いすがった独兵や、巻き込まれた仲間たちと共に……!!」
血を吐くような独白だった。
言葉の端々には、拭いきれないほど神話の片鱗がこびりついてる。
ああ、小岩井さんはずっと苦しんで来たんだろうな……
独白は続く。
「以来、眠るのに薬が必要になった。オレは知ってしまったんだ――闇は、生きている人間のものではないと」
すすり泣きを始めた小岩井さんを誰が責められよう。
なので優しく肩に手をかけ、《ツァン》の声まで使って慰めてあげる。
ら~♪
「――ん。お気持ちは分かります、初めて見ると驚きますよね?」
『瑛音、そのリアクションはちよっとどうかと思うのだが……お前、神話と歴史を区別しなさすぎだぞ』
えー、優しく言ったじゃーん!
双子だって、後ろから慰めてもらっていいなー、羨ましいなーオーラを放射してるし。
ふふん、そーだろ、そーだろー
小岩井さんが顔を上げた。
僕と目があったので、さっきと同じように慈愛を讃えて微笑んであげる。
次また頑張ればいいんですよって感じに。
そうだ、初心者には優しく!
『ううむ。正しいような、正しくないような……』
「なあ、口裏を合わせてるだけだよな。ほ、本当は嬢ちゃんだって信じてないんだよな……?」
小岩井さんは、まだ迷っているらしい。
なら僕の最善を行おう。
僕がされて嬉しいこと――そう、真実を教えてもらうことだ!
「西部戦線の人体実験ならば、主犯はカナダ軍の少佐でしたね。本職は医者で……」
あ、あれ、名前なんて言ったっけ?
ううん……
景貴と清華が教えましょうか的な顔でこっち見るけど……と、取りあえず笑って誤魔化しとこうか。
ニコニコ。
小岩井さんはしばらく僕をジーッと見つめていたけど、唐突にガバっと立ち上がった。
呼吸は荒く、凄い形相になってる。
「そうだ、いた……闇から迎えにきた連中に、カナダ軍の少佐が。奴は……千切れた自分の首を持って――あああ!」
再び恐慌を起こした小岩井さんに、両肩をガッと掴まれた。
振りほどけはしたけど、そのままにする。
大丈夫、怖くない――
怖くないからモーサン!!
小岩井さん睨むのやめたげてー、キミを攻撃しようとしてるんじゃないよー
ニュートも、落ち着けのツッコミ猫パンチ。
ぜー、ぜー
小岩井さんが僕に縋り付いたまま、深呼吸を繰り返し始めた。
ちょっとヨガっぽい呼吸というか……
血圧を下げてる?
やがて落ち着いたらしく、顔を上げて手も離してくれた。
「すまん、取り乱した。――ところで、嬢ちゃんはどうやって今の事実を知ったんだ? まさかあそこ居たなんて……いや、まさか……君もいたのか!?」
『瑛音、解説はそこまで』
「長くお疲れ様でした、小岩井さん。あの事件はここで終わりです。――だから、僕からもここまで」
自分の口元に指一本を、ちょんちょん。
小岩井さんは暫くフリーズし、それからプツンと糸が切れたように脱力してソファに倒れ込んだ。
「終わり……そうか、終わったのか……」
「――茂呂島さん?」
茂呂島さん……あれ、いつの間にかいなくなってる?
双子もいない。
どうしたかと思っていたら、三人は珈琲を持って帰ってきた。
おお、気が利くなー
茂呂島さんは小岩井さんのところへ向かった。双子は僕へ。
「どうぞ、岩さん」
「瑛音さま、珈琲をお持ちいたしました」
双子が甲斐甲斐しく給仕。
うーん、貴族の子にこういうことさせるものも……まあ、いいか。
あと、後ろから変な雑音がしてるような。
電子ノイズ?
店舗で誰かがラジオでもかけている……ワケないか。
ラジオ自体は発明はされてるけど、肝心のラジオ局がまだ日本にない――とか考えてるうち、小岩井さんが復活した。
深呼吸と珈琲でどうにか落ち着けたらしい。
「美味いな、モロ」
「恐縮です。――それで、千代松の件なのですが」
「奴に手を出すなら覚悟しろよ、背後に見え隠れする奴がヤバすぎる。闇を見ることになる……」
「それは……ど、どなたなのですか」
茂呂島さんが唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
僕もゴクリ。
そ、そんな凄い奴が……?
「名は――オリバー・カースティアズ」
シーン――
小岩井さんが、ぐるぐるした目で覗き込んでくる。
まー、そーっすね?
闇っちゃ闇かなー、あのバブルヘッド――って感じにのぞき返してあげる。
ヤツを知ってる景貴と清華も、こわーいみたいな顔で縋り付いてきた。
でも清華がニュートを邪魔くさそーに避けようとしたので、ネコパンチの洗礼を受ける。
一匹と一人がギリギリと睨み合った。
小岩井さんと茂呂島さんは争いに気づかず、テーブルの向こうでジェンガのクライマックスみたいな顔をしてる。
「ま、まさに闇としか言い様がない……恐ろしい男だよ。――そうなんだよ!」
「い、岩さんほどの人物にそこまで言わせるなんて……」
茂呂島さんのリアクションに安心したらしい小岩井さんが、何度も念を押してくる。
いえ別に否定はしておりませんが……
確かに恐ろしかったですよ、ええ。
そんな思いが通じたらしく、小岩井さんが奥の手を切ってきた。
「英国で奴が収監されていた病院も調べた。秘匿されていたが……酷い事件があったようだ。写真が一枚だけあるから――見ろ! ただし腰を抜かすなよ!?」
小岩井さんが背中を向けると、代わりにニュートが僕の後頭部に肉球たしたし。
ほい?
『瑛音、写真にシャンとか筺が写っていたら、燃やせ』
「りょー」
小岩井さんがバタバタと戻ってくる。
再びソファに座って一枚の写真を差し出してきた。
すごい嫌そーな顔しながら!
その白黒写真は――幸い、鉄格子の向こうからこっち見てるカースティアズのだった。
なーんだこの程度か、だったら放置でいいや。
でも酷く不味いツラだなー
茂呂島さんなんて、何かのチェックに失敗したみたいな顔してる。
「きょ、凶人の目だ……瑛音さま、今回の件にこいつが絡んでおるのですか!?」
「ええ、今朝までは」
『……』
――いてっ!
ニュート、今日はリアクションがちょっと荒っぽくない!?
ブツブツ……
まあ、確かにカースティアズの手足だけだったけどさー
頭と胴体は、僕が品川で微塵に吹っ飛ばし……あ、違う!?
状況から考えるとカースティアズの内臓はまだ残ってる、探さないと!
「ニュート……」
『うむ、探して処分すべきだ。――あと瑛音、後ろの娘っ子に尻尾を触るなと言ってくれ。気分ではない』
清華さーん、飽きたー?
小岩井さんは僕らのリアクションに呆然とした後、飲みかけの珈琲をじっと見つめた。
――やがて、その黒を一息で飲み干す!
ふうと大きな溜息を付くと、カップをテーブルに叩きつけるように戻した。
お、目に生気が戻った?
「――話を聞いてくれて有り難う。この対価は情報で払う、何でも聞いてくれ」
「なら……カースティアズの背後にいる奴らを炙り出したいので、是非」
「は、背後にぃ?」
「ええ、実はアイツって下っ端で。問題は背後にいる連中! で、そいつらに仲間の一人が連れ去られたらしくて」
「したっぱ……そうなの、ふうん」
小岩井さんが遠い目をした。
どうしたものかと思っていると、扉が勢いよく開いてケイが入ってきた。
手には革表紙の立派な本を持ってて、目はキラキラ。
あと扉が開くと電子音がさらに強くなった。やっぱり店舗側でなんか動かしてますね?
「茂呂島さま、あれ凄いです! もっと詳しく教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「珍しいな、ケイの鼻息が荒い」
『ふうむ……おそらく、シグサンド写本と対になってる例のEE装置を動かしているのだろう』
気になったので立ち上がった。
扉から店舗側を覗き込むと――なんだ? 何かが淡く光ってる。
あとオゾン臭いな。
付いてきた双子もアレは何なんでしょうね的に首を傾げている。
ニュートは匂いが気に入らないらしい。
モーサンは――小部屋に残ろうとしないでー、そっち何かイヤって言われましてもー
「(アレはエルダーサインを冒涜してます!)」
『冒涜?』
「アレ?」
僕ら――僕と一匹と一枚が扉付近で立ち話を始めたので、茂呂島さんと小岩井さんがその場で何となく立ち止まった。
「モロ……嬢ちゃん、誰かと会話してねーか?」
「岩さん、瑛音様への質問は厳禁です。――それが正気を保つコツですよ」
「五分前に聞きたかったぜ」
聞こえてますよー
ちなみに、別に聞いて貰っても構わないですよ。
本気で不味いこと以外なら、ちゃんと教えますから――と胸中で答えつつ、モーサンをズルズルと引っ張っていく。
小岩井さんと茂呂島さんも後に着いてきて、嬉しそうなケイの前に皆で集まった。
床には五芒星っぽい図形が描かれてる。
エルダーサイン?
その脇のスタンドに立てられているのは――レトロでフューチャーなガラスシリンダー?
大型懐中電灯のサイズで、内部には小さな雷がバチバチと光っている。
電子ノイズの元はコレか。
そんな機械の真横に井手上さんを寝かせていいのかという気が、しないでもないけど……
ただ井手上さんの顔色はよくなってきてるようだ。
念の為、茂呂島さんに質問。
「このシリンダーは何でしょう。テスラコイルとか?」
「テス……? 申し訳ありません、それは存じ上げておりませんで。――これは熱電子を用いた一種の増幅器です。コレでカイトーさんの強い生体電気を強化し、井手上さんの治療に応用しております」
茂呂島さんがケイを促す。
彼女がコレ面白いですよネー的な顔で電源コードごと管を持ち上げると、本を片手に念を込め始めた。
彼女は不安定ながらもエルダーサインを作ることができるため、それを増幅してるってことだろう。
『ふうむ……スペルの代わりに回路を使うのか? 一種の電気儀式とでもいうか』
「さっきよりずっと強めに行きますよ……むむむ!」
「瑛音さま、この増幅器とエルダーサインの組み合わせこそがカーナッキ氏の作り上げた逸品、電式結界です!」
茂呂島さんが紹介ポーズした瞬間、ケイがヨガっぽい呼吸をし始めた。
シリンダーに封じられた小さな雷が激しく明滅を繰り返して――いや、ちょっと激しくない!?
そう思ったのは僕だけじゃなかった。
モーサン、ニュートも引き気味。
何よりケイ本人も顔をビキビキに引きつらせている。ここまで強くなるとは想定してなかったっぽい?
双子に急いで隠れるよう、合図!
「あの……わたし、何かやっちゃいまし……キャーッ!」
バチバチ……ズバン!
ガラス管に小さな雷が生み出され、爆発したように強い閃光を発した。
床に描かれたエルダーサインも共鳴したように激しく瞬く。
意識がないはずの井手上さんの身体が一瞬飛びはね、青白い燐光を放つほどに!
「うおっ!?」「ぎゃああー!」『……』「(おや、意外とキレーですねー)」「まぶしー!」
悲鳴が交錯。
僕は光の中を勘でダッシュすると井手上さんにモーサンを掛けつつ、ケイが手放してしまったっぽいシリンダーを――よっと!
無事にキャッチ。
でも、あちちち……!
チリチリ言ってるけどシリンダーは無事だ。
ついでに、引っくり返る寸前だったケイ本人も支えてやる。
う、意外と重い――あっ、女性にしてはという意味です!
配慮!!
恐る恐る目を開ける……だいじょぶ。
小岩井さんは軍仕込みらしい防御姿勢を取っていて無事のようだ。
茂呂島さんは引っ繰り返って目を回している。
でも怪我とかはなさそう。
双子は隠れた角からそーっと顔を出し、モーサンの中にいたニュートも井手上さんの上に出てくる。
『井手上は最後ので安定したぞ。精神科の電気治療みたいに働いたようだ。――まあ、結果オーライ』
「えーと、で?」
『生体電気を使ったエルダーサイン増幅器ってトコだ。悪くはないようだが、コントロールに難アリだな』
ニュートを抱き上げ、モーサンを着こむ――とと。
まずい勝手に動かれた。
だ、だいじょうかな……あ、よりにもよって小岩井さんに見られたかも!?
本人は驚いて激しく目をこすってる。
――そうです、見間違いです。
そういうことにして下さい、色々面倒くさいので!
「――ごほん。でも令和でこんなの見たことないなー、凄いな二十世紀!」
『カイトーの娘っ子が凄い。あとカーナッキ氏がコレ作ったのは、時代的に十九世紀だ』
なるほど、もっと凄い!
感心してると景貴と清華がすっ飛んできて、抱き止めていたケイを介抱する役目を変わってくれる。
羨ましいぞ、代われ的に?
でも双子がケイに触れると、パチンと火花が弾けた。
静電気にしては強いかも?
二人がずざざっと離れたせいで、放り出されたケイが床にゴツンと叩きつけられた。
それでケイも正気を取り戻したようだ。
後ろ頭をさすりながら、アヒル座り。
「あーう……」
「ケイ、今のは?」
「げ、原理は分かりませんけど……写本を見てると、筒の雷が強く光るんです。エルダーサインをずっと強く張れたりもします」
「うん、いいね! これが荒士さんを救う役に立てばもっといいけど」
『そうだな……荒士が混沌の合体素材にされるか、イプティックのガキを孕ませられる前に救いたいが』
ニュート、生々しいんだけど!?
でも最悪を考えないわけにはいかない――
そこらで小岩井さんと茂呂島さんが復活した。
小岩井さんは僕を見て小さく頷くと、年季の入ったトレンチコートを羽織る。
確か元々軍服だっけ。
なら、あのコートは小岩井さんと共に死線を潜り抜けた古強者なのかも知れない。
僕が神話をまとい、まとわれているように、彼もまた戦争の影をまとい、まとわれている――
それはとても辛いことだろうけど、過去を捨てようとはしない。
きっと受け入れたんだ。
鞄を持った小岩井さんが、茂呂島さんを呼ぶ。
「モロ、ちょっと付き合え」
「はっ、どこまでも! ――して、どちらへ?」
「カースティアズの情報までなら何とか辿れる、片っ端から調べるぞ。本人に会ったら――その時はその時だ」
なんですと!?
「あ、待って。僕も行きます!」
「駄目だ、危険だ」
「僕が行かなければ、危険に対処できません。――こう見えて、ちょっとは強いんですから!」
まー、四大級とかは勘弁ですが。
それでも雑魚くらいなら?
「嬢ちゃん……君はカースティアズに勝てる自信があるのか?」
「え?」
「さっきは平然とした顔をしていたが、恐ろしい奴だ」
「自信も何も、奴になら一度……じゃない、二度勝ちましたよ。もう蘇ることはないと思いま――じゃないな。もう一回蘇るかも知れませんから、ますます僕がでないと!」
「……」
小岩井さんが、茂呂島さんの福々とした顔をじーっと見つめる。
見られた茂呂島さんは――何故か、嬉しそうな顔をしていた。
「モロ、いまこの子に仕えてるんだったよな?」
「驚きの連続でございます」
『苦労するよな』
ニュート!
ぶつぶつ……
そのまま外へ出ようとした小岩井さんが、ふと足を止める。
呼吸が変わった。
おや、最後に何か言いたいことでもあります?
「――最後に一つ、聞いてくれないか」
「どうぞ」
「サンテロアを調べようと言ったのは、オレなんだ。――すべてはオレから始まった」
あー、そういう?
立ち止まった小岩井さんに並ぶ。
「仲間たちは、いつかオレを呼びに来るだろう。なあ……オレはどうすればいいと思う?」
「向こうから呼ばれたら、呼んでください」
そのまま追い越した。
先へ進みつつ、肩越しに胸を張る。
「僕は、変わったの専門探偵をやってまして!」




