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第17話 おやすみなさい


――――――いやぁ、ウチのお父さんは強敵でしたね。


太郎さんの丸め込みもあり、どうにかこうにかお父さんも平静を取り戻してくれました。


今、我が家の庭には私を知る人たちだけが顔を揃えています。


お父さんがいて、お母さんがいて、お爺ちゃんがいて、従兄弟のゲンにーさんがいて……本日の主役であったはずのクーちゃんは太郎さんの計らいによって、既に家の中でお昼寝タイムに突入しています。


なお、ゲンにーさんのお嫁さんもいます。


なんとゲンにーさんの奥様も私の知り合いでした。ってゆーか、私の高校の後輩でした。なんでゲンにーさんとくっついてるんですか、明音あかねちゃん? 接点ゼロですよね?



「ゆの先輩のお葬式で、私たちすっごい泣いちゃいまして。特に私、あまりに泣き過ぎて気分悪くなって、吐いちゃって……そこで玄さんに背中をさすられたのが最初の出会いでした」



ゲロイン属性でしたか。


最初に自分の一番ダメなところをさらして、かつそれを嫌がるでもからかうでもなく優しく労われれば、ときめいて当然かもしれませんね。


私もボロボロ遺体を抱き上げてくれた太郎さんにキュンっとしたりムラっとしたりしましたもん。



「私が死ななければ、ゲンにーさんと明音ちゃんが出会う事はまずなかった。そう考えると、ちょっとだけ救われるような気がします」



お葬式が縁を結ぶキューピッド代わり。ゲンにーさんは我が家の墓の前に赴くと同時に、自らの人生の墓場に向けても歩を進めていた、と。


人生とはつくづく、どこで何が起こるか分からないもの。禍福は糾える縄の如しですね。



「ゲンにーさんの事、今後もどうかよろしくお願いしますね」


「はい、それはもちろん」


「……って、私なんかが偉そうにお願いするのもおかしな話なのでしょうけれども」


「えっ、なんでですか?」


「だって私、もう明音ちゃんより年下ですから。結婚も出産も、何も知らない小娘です。先輩面するなんておかしいでしょう?」


「そんな事ないです。ゆの先輩は、ゆの先輩ですよ」



こちらの外見に引っ張られて、今この瞬間だけは心が学生時代に戻っているのか、微笑む明音ちゃんの表情は私が知る色合でした。


女としての顔でも、妻としての顔でも、母としての顔でもなく、私の後輩としての顔。懐かしいものです。



それにしても……育ちましたねぇ、明音ちゃん。私が見込んだ以上の成長っぷり。ゲンにーさんがここまで育て上げたのでしょうか?


どこがとは申しませんが。


出会ったその日に将来有望っぽい子だと直感しておりましたけれども、よもやここまでとは。


返す返す今では人妻で母親なんですよね、明音ちゃんも。やはり学生の頃とは醸し出す包容力が異なります。


具体的にどこからとは申しませんが。



「ゲンにーさんも。明音ちゃんは私の可愛い後輩なんですから、絶対に泣かせちゃダメですよ?」


「言われなくても分かってるよ。つーか、ねーこにだけは言われたくないな、それは。いきなり死にやがって」


「むぅ、私は悪くないですよ。横断歩道を渡る時ならともなく、コンビニに入る時にいちいち後ろを確認したりしませんもん」


「悪いとまでは言わんよ。うん、悪くなんてない。ねーこは被害者だ。ちょい嫌味な言い方になっちまったな。すまん」


「……落ち着きましたね、ゲンにーさん。昔ならもっとこう、子供っぽく反論してきた気がします」


「いや、当然だろ。俺だってもうおバカやりまくりな大学生じゃないからな」


「とはいえ、社会の荒波に揉まれまくりな大人の男性らしいダンディーさがあるかというと、ない気がします。まだまだ薄めというか?」



すぐ傍に顔はハードボイルドっぽい老け方をしつつも身体は超マッチョと化したウチのお父さんがいるせいで、余計に若造っぽさが惹き立ってしまうのかもしれません。


主役である歴戦の老戦士と、それにあっさりと倒されてしまう雑魚キャラ担当の新兵っぽいコントラストが生じています。


なお、そんな巨大なお父さんは今、愛娘を疑った上に片腕をもぎ取った事を悔やんでいるのか、大きな身体をしょんぼり縮こまらせています。



「アナタ、いつまでも気落ちしてないで。ねーこは怒ってないって言ってくれたし、せっかく話せるチャンスなんだから。ほら、しっかり」


「いや……あー、うん。お前こそ、話しておけ」



私を見て、次いでお母さんを見て、おずおずと告げるお父さん。


う~ん……どうやら娘を攻撃してしまったからだけではなく、娘の趣味を不意に覗き見てしまったせいで、お父さんはまごついてしまうようです。


私が男の子であったなら、逆に心の距離も縮まったのかもしれませんが。


すみませんね、おっぱい好きな娘で。人妻な明音ちゃんの胸元にもそれとなく眼差しを向けてしまう、はしたない娘で。


でも、お父さんも好きですよね? 断じて嫌いじゃないですよね? 分かっていますよ? だって私、お父さんの娘ですから。



「ぅぅぅ、どう娘に接すればいいのか……分からん。年頃の女の子は、分からん」


「は? 年頃じゃなくても分からないでしょ? 女心を察する事なんてまずないでしょ?」



お母さん、しょんぼりなお父さんへ無慈悲な追撃。


お父さんは反論のしようがなく、ますます肩を落とします。


ウチは亭主関白っぽさの薄い家庭なので、割とよく見る光景です。いっそ懐かしさすら覚えます。


伴侶がマッチョになっても相変わらず。私が死んだ後も両親は何だかんだ元気にやって来たんだなぁと思わされます。


これなら……また私はいなくなった後も二人三脚、ボケとツッコミ、阿吽の呼吸で夫婦仲良く日々を過ごしてくれそうです。


自分がいなくても、大丈夫。


安心と寂しさが同時に胸にこみ上げてきます。



「あー、ねーこや」



マッチョになっても不甲斐なさ据え置きな息子に代わって、お爺ちゃんが私に話しかけてきました。


万が一にも自分に飛び火しないよう先手を打った感じですねぇ、これは。


世代を問わず、男性陣は女性陣に小言を言われやすいもの。


『ちょっと男子ぃー、真面目に掃除しなさいよねー』です。



「ばーさんはあの世で元気にしとんけ?」


「すみません、会った事がないです。上手く死にきれなくて、私はずーと現世をふらふら彷徨ってましたから」


「はー。ほんで今日からはもう、このまんまずーっとウチにおるんか? 学校もまた最初から通い直しか?」


「いえ……それは無理です。私はもう―――」



告げながらに、私は軽く手を振ろうとしました。


深い考えがあっての事ではなく、ほぼ反射的な動作でした。



「ぁっ」



腕を持ち上げかけたところ、ぼとりと付け根から落ちました。さも当然そうに。



「ね、ねーこ!?」


「おいおい、大丈夫か!?」


「き、君っ、霊能力者なんだろ? 専門家なんだろう!? 早く治してやってくれ!」


「申し訳ありませんが、無理です。どうしようもありません」


「な、なんでそんな事を言うんだ! 頼む!」



家族の一時を邪魔しないよう、片隅に控えていた太郎さんに救援要請が飛ばされますが、その首が威勢よく縦に振られる事はありません。



「太郎さんは別に意地悪してるわけじゃありません。落ち着いてください」


「ね、ねーこ……痛くないの? 大丈夫なの?」


「平気です。痛みはありません」



一見する限り、落ちた腕には何も問題はなさそうです。


仮初の腕を保持し続けられなくなった原因は、論ずるまでもなく私の胴体にあります。視線を落とせば、両足もじわじわと剥がれ取れつつありました。


私はもう……今腰かけている折り畳みの椅子から立ち上がる事が出来ないようです。


接ぎ穂が万全でも、台木が腐り溶けていては切り接ぎは上手くいかない。自明です。


しかし……もう、ですか?


思った以上に速いですね。


まだ陽もさほど傾いていません。一日の終わりを感じさせる夕闇が広まるまで、まだまだ猶予があります。


だから、あと少し……皆と一緒に過ごせるものと期待していたのですが。


あるいは波羅蜜さんや玉希さんの見込みがタイト過ぎて、本当は数日以上の残り時間があるんじゃないでしょうかと、そんな甘い期待を心のどこかに湧かせてもいました。


でも、ダメみたいですね。


プロの見積もりに誤りなし。


私、もう終わりみたいです。



「くっ……すまん! 父さんがすぐに信じなかったせいで! お前を殴ったせいで、こんな!」


「いえ、そのくらい用心深い方がいいんだと思います。案外、悪霊とか妖怪は世に蔓延ってるみたいですから」



攻めまくってくるお父さんには、ちょっとムカっとはしました。


でも、それでも――――――。



「私はお父さんの事、嫌いじゃないです。大好きです」



嫌いになっちゃいますよと、脅しましたけれど……本気で嫌えるはずがありません。


簡単に失望しきってすぐに心が離れてしまう程度の絆しかないのであれば、わざわざ帰って来ません。



「……お母さん」


「なに? 何かして欲しい事ある? お母さん、何すればいい?」


「抱っこ、してください」



ちょっと恥ずかしいですけれど、最期ですから。ここはもう、素直に甘えちゃいましょう。


恐る恐る、お母さんは私を抱き上げます。


老いた母に自らを抱き上げさせる。イイ年をした、順当に生きていれば既に自身が出産していてもおかしくはない年頃の娘が。


甘ったれた話ですよねぇ。


苦労をかけてます。


……首の裏やお尻の下に腕を回して持ち上げれば、私の両足はずるりと取れてその場に残りました。


おかげ様で、お婆ちゃんになってしまったお母さんでも私をひょいっと抱えられます。



「孫じゃなくて、ごめんなさい」


「謝らなくていいのよ、お馬鹿……」


「重くないです?」


「軽過ぎるくらいよ」


「急に帰って来て……ごめんなさい」


「謝らなくていいって、言ってるでしょう?」


「でも、楽しい時間、邪魔しちゃいましたし」


「いいのよ、そんなの。別にいいの。いつ帰って来てもいいの。自分の家でしょ?」



幸いな事に、顔や他の欠損部を覆う補修材はまだへばりついてくれています。そして出発前にお湯を浴びておいたおかげか、死臭もいまだ抑えられている、はず。


皆にゾンビな横顔を見られる事も、不快な匂いを嗅がれる事もなし。


ダルマな状態はちょっとグロテスクかもしれませんが、切断面は見えてないはずですから、ギリセーフですよね。


死んだ後の事を気にするなんてナンセンスなのでしょうけれど、やっぱり綺麗な思い出として皆の中に残りたいじゃないですか。


私にはもう何も出来ません。何も生み出せません。だからこそ最期くらいは、出来る限り……。



「普通に話してないで、もっと早く……くっ付いてればよかったかもです。子供っぽく……」



お母さんの腕の中にいる私を、お父さんとお爺ちゃんとゲンにーさんと明音ちゃんが覗きこんできています。


赤ちゃんにでもなったかのような気分です。


ああ、クーちゃんともお話してみたかったです。


そして10年後のクーちゃんも一目見てみたかったですね。


私が特に期待した可愛い後輩である明音ちゃんの血を引いてるんですもん。きっと素晴らしい子に育ってくれるはずです。


そーゆー事を言い出したら、願いは止まりません。


お爺ちゃんの最期、そしてお父さんやお母さんの最期も見守ってあげたかったです。私が、看取られるのではなくて……。



「ねーこ? ねーこ?」



まだ、意識あります。


死んでないです。


でも、そろそろ意識を保つ事も難しくなってきました。


皆に見守られて、眠るように終わる。


今この瞬間に至る経緯には想定外が多々ありましたが……何ら構いません。


やっぱり、終わり良ければ全てよしなのです。



「ねーこ?」



心残りはいくらでもあります。


まだ終わりたくはありません。


もっと皆とお喋りしたいです。


親孝行も、しなきゃ……。


私、お父さんにもお母さんにも、まだ何にも返せてません。


帰って来て、騒いで……ただ甘えてるだけ。


我ながら、度し難いです。


こんなダメな子な私を愛おしく想ってくれる家族には、本当に感謝しかありません。



「ねーこ? 寧々寝子?」



聞こえていますよ、まだ。


私を現世に繋ぎ止めるために、何度も何度も名前を呼んでくれています。お母さんもお父さんも、お爺ちゃんも、ゲンにーさんも、明音ちゃんも。


私、幸せ者ですよね。


未練はたっぷりあるはずなのに、嬉しくて、幸せで、心がとても温かくて……ああ、満足しちゃいました。



私、お先に眠ります。


皆はそれぞれ、残りの人生を楽しんできてください。


『私の分まで、めいっぱい』なんてお願いしません。


ずーっと張り切ってると、疲れちゃいますもんね。無理せずに、頑張り過ぎずに、のほほんと毎日を続けられたら、それでいいと思います。



本当に……いい人生でした。


皆、大好きです。


愛しています。


ありがとう、ございました。



――――――おやすみなさい。


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