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第18話 小さな目標


口の中に磁石が仕込まれている小さなプラスチック製の魚を、針の代わりに磁石が垂らされた竿で引っ張り上げるという、実にシンプルなオモチャがありました。


私がねだって買い与えてもらった物ではなく、大掃除した際に物置の片隅から発掘された古い一品でした。


どこも壊れてはおらず、電池さえ交換すれば魚たちが収まっている『海』は緩やかに回転し始め、釣り上げの難易度を少しばかり高めてくれました。


何がどう心の琴線に触れたのか。今となっては自分でも理解不能ですけれど、幼い私はそのオモチャに夢中でした。


ある時、はしゃぐ小さな私を見て、お父さんとお爺ちゃんは一計を案じたようです。『ねーこは魚釣りに興味があるのか。じゃあ、本当の釣りを体験させてやらなきゃ!』と。


親子は大いにハッスルしました。


しちゃいました。


してくれやがりました。



結果、私は深夜3時に叩き起こされました。


そして車の中に放り込まれました。


窓の外は真っ暗です。


何が何だか、まったく分かりません。


私はお父さんに問いました。『どうして夜なのにお出かけするの? どこに行くの?』と。


父さんは何も答えてはくれません。だって、娘へのサプライズイベントですから。海に着いて釣竿を渡すまでは、だんまりです。主旨説明ネタバレは厳禁なのです。


お父さんが何も言ってくれないので、私はお爺ちゃんにも問いました。しかし、やはり答えは返ってきません。


ただただ沈黙を貫き続ける父と祖父に、幼い私は不安を膨らませます。お父さんとお爺ちゃんは、怒ってるの? 怒ってるから何も話してくれないの? わたし、何か悪いこと、した?


泣きたくなってきました。でも、泣いたらもっと怒られるかもしれませんから、我慢です。


眠たくなってきました。でも、寝れば怒られるかもしれませんから、我慢です。


緊張のせいか、何だかおトイレに行きたくなってきました。でも、我慢です。


とにかく我慢。我慢です。我慢、我慢、我慢……。



気づけば私は夜が明けたばかりの海に立っていました。嗅ぎ慣れない生臭い潮風を浴び、気分が悪くなってきます。


眠たいし、吐きたいし、頭痛いし、おトイレに行きたいし……コンディションは最悪でした。


そんな最悪極まっている私に手渡される重たい竿。さらにお父さんとお爺ちゃんは何故かニコニコ笑顔で、潮風や海面よりもなお臭い餌を差し出してきます。


何故、私は今、ここにいるのでしょうか? そんなそこはかとなく哲学的とも思える問いが、不快感とともに私の胸を満たしました。



吐きました。


漏らしました。


ギャン泣きしました。


そして寝落ちしました。


あるいは気絶だったのかもしれません。



次に目覚めた時、私は既に着替えさせられ、自宅で母に抱きかかえられていました。


言い知れぬ不安からの解放。


もう大丈夫なんだという確信。


柔らかくて、温かくて、馴染みある匂いがして……。


私がおっぱいに執着するようになった理由のひとつは、あの日の安心感が魂に刻み込まれているからかもしれません。



連絡とか相談とか根回しとか、コミュニケーションはしみじみ大事ですよね。


いえ、別にサプライズのイベント全てを否定するわけではありません。予期せぬタイミングでプレゼントを渡されてテンションや好感度が爆上がりする事は多々あります。


ただあの日の一件に関していえば、深夜に唐突に海に連れ出すよりも『今度、3人で釣りに行こうな』と、数日前からお誘いの言葉を告げておくべきだったのだろうと思います。


なんと私だけではなくお母さんにも内緒の計画であったらしく、主犯2名はめっちゃくちゃ怒られる事となりました。


そりゃ目が覚めたら家中に皆の姿がなく、書き置きのひとつもなしでは、誰だって驚き焦って当然です。


しかも間の悪い事にお母さんが電話をかけたその時、お父さんたちはギャン泣きする私をどう宥めたものかと四苦八苦。さらに付近にいた他の釣り人が『万が一』を考慮して警察に通報したらしく、ほどなくパトカーも駆けつけたそうです。


う~ん、しっちゃかめっちゃか。


でもまぁ、今となっては笑い話です。


『イイ思い出』のカテゴリーにはちょっと収めづらくもありますけれど。



………………?



思い出?



何故、私は急に幼少期を振り返っているのでしょう?


久方ぶりに母に抱き上げてもらったからでしょうか?


いえ、そもそも――――――何故、私は思考を練れているのでしょう?


私は既に消滅したはずでは?


まだ意識がある?


私という存在はまだ終わっていない?






「……寧々寝子?」






そっと名を呼ばれた事で、私の自意識は急速に鮮明化していきました。


聞き覚えのある声。暖かみや優しさのある、心惹かれる声。


私に呼びかけてくれたのは、太郎さんでした。



――――――視界が開けます。


高い天井、弛みのない障子、塵ひとつ落ちていない畳。我が家ではなく、人間国宝を有する退魔大家の一室なのだと即座に悟らされます。


次いで周囲ではなく自身に視線を落そうとしたのですが、どうにも見当たりません。


胸も、胴も、手も、足も、何も……どこにもありません。


とても不思議な感覚です。首を振る要領で視界を動かすと、そのままくるんと一回転。それどころか止めようと意識しなければ、ぐるぐると視界を回し続ける事すら可能です。


それでいて首の骨が折れる音は聞こえませんし『このままじゃ捩じ切れてしまうのでは!』などという不安も生じません。


そして寄り目になるよう強く意識しても、視界が歪んだり鼻の頭を捉えたりはしません。


さながらプレイヤーキャラクターが不可視状態の一人称視点ゲームの画面といった感じでしょうか?


こんな例えが浮かべられる現代っ子は幸せですよね。古代っ子では例え様のない状況にひたすら混乱してしまいそうです。



「あの後、寧々寝子はご家族に見守られたまま朽ち果てた」


(では……今の私は何なのですか?)


「湯宮寧々寝子の残滓。俺は命じられた通りに手足や状態維持機工、そしてまだどうにか溶け消えずに残ってた寧々寝子の魂のかけらを回収した。んで、玉希さんがそれを繋ぎ合わせた結果が、今の寧々寝子だ。正直、こうしてやり取りが出来る確率は1割もなかったそうだ」



まず間違いなく溶け消えるはずだったがゆえに、波羅蜜さんはこうなる可能性を伝えなかったのでしょう。


変に期待を持たせるなんて残酷ですもんね。



何にしろ、私の主観では『ちょっと一眠りして起きただけ』といった感じなのですが。


きっと玉希さんは壮絶や超絶と表するべき手腕を発揮してくださったのでしょう。


『いくつものピースが失われたパズルを、どうにか全体像が理解出来る程度に組み上げる』どころではありません。


『空中分解して墜落し、爆発炎上した飛行機の残骸をかき集め、もう一度離陸させる』くらいの難業というか……もはやミッションインポッシブルですよね。



「前の状態なら、忘れてた事を思い出す事もまだあったかもしれない。話を聞いたり写真とか動画を見たりして『あっ!』って感じで。でも、今はもう……」



何をどうやっても、私の記憶は戻らないようです。


そもそも何の記憶が霧散したのかすら把握する事は不可能です。


それゆえに、特に悲しみがこみ上げてくる事はありません。


むしろ私自身よりも、周囲が嘆き悲しむシチュエーションですよね、これ。


『お、俺の事、忘れたのかよ! あんなに愛し合ったのに! 嘘だって言ってくれよ!』とかどうとか叫びつつ、恋人が涙を浮かべて迫って来たりとか。


まぁ、私の場合、彼氏なんていませんでしたと胸を張って宣言出来ちゃいますけれども。


仮に学生時代にいたとしても、私は延々地縛霊をやっていたので、その間に自然消滅。今頃は明音ちゃんのごとく、己の家庭を築いて幸せに日々を送っているはずです。


……ああ、明音ちゃんの事もゲンにーさんの事も忘れていませんね。お父さんやお母さんやお爺ちゃんの事もしっかり覚えていますし、太郎さんや芙蓉さんや波羅蜜さん、そして玉希さんについても問題ありません。



(とりあえず、何の問題もないですね)


「あ、相変わらず軽いな?」


(悩んでどうにかなる事でもないですから。それで私、これからどうなるんですか?)


「寧々寝子次第だ。このまま永い眠りに就く事も出来るし、新しい身体を得て式神として新しい一歩を踏み出す事も出来る。式神になる場合は御家に仕えるって事だから、御館様であるハラミさんの指示に従わなきゃいけないけどな」


(式神化一択です)



私は自分の最期に満足しています。


この上なく幸福な終末であったと、自信を持って断言出来ます。


しかしまだ存在を長らえる手立てがあるのであれば、私はそれにホイホイと乗りますよ。せっかく綺麗に締めくくれた晩節を汚してしまう可能性が浮上しますけれど、気にしません。


有終の美を追求するのは、もう完全に二進も三進も行かない状態に至ってからでいいはずです。



(これからも、どうかよろしくお願いします)


「分かった。こっちこそ、今後は仲間としてよろしくな」


(たくさんお世話になりましたから、今度は私が太郎さんのアシストをする番ですね。受けたご恩はしっかりお返しします)


「そんなに気にしなくていいのに」


(しますよ。太郎さんは私の大恩人なんですから)



私を見つけてくれました。


私を見捨てず守り通してくれました。


そしてただでさえボロボロな私の魂を、可能な限り集めてもくれました。


太郎さんがほんの少しでも手や気を抜いていたならば、私は今こうして言葉を交わせる状態にはなかったはずです。


太郎さんのおかげで、私は今、ここにいるのです。


これって心惹かれるには十分な理由ですよね?


それに太郎さん、可愛いですし? おっぱいも大きいですし? それでなくても仲良くしたくなっちゃう逸材ですもん。



太郎さんのお役に立ちたい。この思いに嘘はありません。


でも、的確なアシストを成せて太郎さんの望みが叶ってしまった場合、理想的なおっぱいは失われてしまうわけで……何度考えてみても凄まじく悩ましいです。


何かイイ感じの解決策、ないでしょうかね?


まぁ、何はともあれ新しい身体を頂いてからです。先にも申しました通り、今の状態で悩んでどうにかなる事でもないのですから。



(せっかくですから、可愛らしく仕上げて頂きたいものです)



心機を一転し、私はこれから得る身体に思いを馳せます。


外見は生前に準拠するのでしょうか? では、胸のサイズも実寸に即して慎ましやかなものに?


帰宅に際して一時的に巨乳化しておりましたけれど、それはボロボロの亡骸をどうにか維持するための処置に過ぎませんでしたし。


……この機にちょっと盛ってもらうべきでしょうか? 代わりに腰のくびれを強めてもらったり?



「寧々寝子は元から可愛いんだし、特に弄ってもらう必要はないだろ?」


(私……可愛い、ですか?)


「うん」



間を置かずに笑顔で頷いて見せる太郎さんです。まったく照れがありません。


これが本妻な恋人さんと2号さんと3号さんと4号さんと愛刀を持つ男の子の貫禄ですか。


個人的にはもっと照れ臭そうに、健気に呟いてくださる方がキュンっとくるのですが。



嬉しくも、ほんのちょっぴり悔しさを感じたような気もするので、いつか太郎さんを大いに照れさせてご覧に入れましょう。


そんなひどく他愛のない目標を、私は密かに掲げました。


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