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第16話 ヒミツの趣味嗜好


有終の美を飾る。

画竜点睛を欠く。

立つ鳥跡を濁さず。


終わりよければ全てよし。


つまるところ、最後の最後で手落ちがあったり無様を晒したりしてしまうと、何もかもが台無しになってしまうという事です。



両親に会いたい。

最期に顔を見て、お話がしたい。


波羅蜜さんの問いに答えた際、私の中に浮かび上がった想いはまさしく切望でした。


ただ同時に……あくまでほんのちょっぴりですけれど、見栄も心の片隅に生じていたのだと思います。


だって、私という存在の最後なんですもん。終末は切なくも爽やかに、綺麗なものにしたいじゃないですか。


消えてなくなってしまう以上、何らかのミスを犯せばもう挽回のしようがありません。


そう思えば自己の消滅がどれだけ怖かろうとも『うわー! 死にたくない! 逝きたくないーっ!』などと駄々はこねられません。


現世に残る湯宮寧々寝子の印象が『何か色々あったけど、総合的に見てかなりダメダメな子だった気がする』では、悲し過ぎます。絶対に嫌です。



恐る恐る実家に戻る私。


年老いた両親は私の姿を見てひどく驚くも、すぐに面を綻ばせて優しく迎え入れてくれるのです。


長く細かな説明は不要です。だって私たちは家族ですから。眼と眼を合わせれば自然と心が通って、場には温かな空気が満ちていきます。


そしてゆるゆると、私は胸の内を吐露していきます。先に逝ってしまった事や帰りが遅くなってしまった事、そして長くは留まれない事を心から謝ります。


両親は瞳を潤ませながら頷き、こう囁いてくれるのです。


『謝る必要なんてないよ。おかえり、ねーこ』と。


愛する両親に抱きしめられ、そっと笑顔を浮かべる私。穏やかな時間。


やがて私は活動限界を迎えて『本体』が崩れ落ちていきます。


家族に見守られる中、私は一筋の涙を頬に伝わせてから、本当にこの世を去るのです。


落涙はしても、その顔は決して悲哀にのみ満ちてはいません。だって私はどこまでも優しく、どこまでも穏やかに人生を終えたのですから。


その場に残るは灰と化した私の残滓と、作り物の手足のみ。しかし回収役である太郎さんが人知れず後始末をしてくれるので、実際には何も残りません。


お父さんとお母さんの心の中に美しく柔らかい、とても不思議な思い出だけが残るのです。


課せられたお役目を終えて家を出た太郎さんは、夏らしく晴れ渡った空を見上げて呟きます。


『またな、寧々寝子。俺もいつかそっちに逝くよ』と。


――――――ここでしっとりとエンドロールに突入するイメージですよ!


連れ去られて地縛霊であり続けるよう強制されていた可哀想な少女の魂が、ついに家族との再会を果たし、満ち足り、天へと昇る。


この夏最高の感動ストーリー。全米も泣いちゃう感じに仕上げられるお話じゃないでしょうか?


ええ、是非とも私の人生の終わりは斯様なムードであってほしいものです。


……あってほしいものでした。


太郎さんに抱き上げられて自宅への帰路に就く前に、心の何処かにて薄っすらと思い描いていた理想。



「ぬぉおおおおっ、おぉっ! ふぅん!」


「くぅぅ!?」



――――――まさか、実の父にぶち壊される事になろうとは。


私は最終決戦っぽい緊迫したムードの中、筋肉モリモリマッチョメンと化したお父さんと衝突し続けます。


弾ける筋肉! 飛び散る汗! 心震わす怒声!


安らかな終わりを感じさせるしんみりとした雰囲気? そんなもの、今ここには砂粒ひとつ分すらもありません。



「俺の家族に手は出させん! 俺が守る……守るんだ!」


「今まさに愛娘が危機ですけど!? 守れてませんけど!?」


「喧しい!」



本気の突き。一切の手加減を感じない代わりに、並々ならぬ決意を感じます。


伝わってきます。お父さんが今この戦いに懸けている熱い想いが。


その発言通りに『何だかよく分からないモノから絶対に家族を守り通す!』と、お父さんは強く意気込んでいます。


仮に私が大妖怪で、寧々寝子という仮の姿を脱ぎ捨て、強大かつ醜悪な真の姿を露わにしようとも、お父さんはたじろがないでしょう。


己が徒手空拳では敵わぬ相手かもしれないと直感しようとも、家族を見捨てて独り逃げ去るという選択だけは絶対に取らない。そう確信出来る毅然さが、今のお父さんにはあります。



「ぬぅぅんっ!」


「あぅっ!?」



私が知るお父さんは、もっと普通でした。すごく普通でした。


男だから。夫だから。家長だから。大黒柱だから。そんな古めかしい言葉を口にするタイプじゃありませんでした。


お父さんが変わったのは、きっと私が死んじゃったから。


何が起こるか、先の事など分かりはしない。


何かが起こった際に、家族を守れるだけの力を有しておかなくてはならない。


何故なら自分は、男だから。夫だから。家長だから。大黒柱だから。



繰り出される拳から練り固めた強固な信念が、そして今日この時までお父さんが反復してきた鍛錬のほどが痛いくらいに伝わってきます。


っていうか、実際痛いです。


ガードしてた右手がぽろっと取れちゃいました。



「……ぁっ」



片腕が地面に落ちた事で、素早く動き続けていたお父さんがビクッと肩を跳ね上げて硬直しました。



「隙アリです!」


「ぐぉ!? く、ぬっ! その姿を変えろ! 人んチの死んだ娘の姿を借りるなんて、やっぱり卑怯この上ないだろう!?」


「失敬な! 自前です!」


「嘘を吐くんじゃぁない! その顔は何か塗りたくって仕上げた厚化粧だろうに!」



私の事故に不審点が多かった事で、お父さんは身体だけではなく第六感も研ぎ澄まし続けてきたのでしょう。


全ては家族愛。


頭が下がります。


戦うパパは格好イイです。


とても頼りになります。


対峙しているのが自分でなければ、心からの声援も贈れたのですけれども。



「お父さんの……分からず屋ぁ!」


「ふぉぅっ!?」



言葉をぶつけても分かってくれないので、私は不可視の『力』をぶつけます。


感じてください、私の想いを。


私がお父さんの拳から想いを感じ取ったように。


きちんと話を聞かずに襲い掛かって来たお父さんに対して、私はちょっと腹が立ってます。でも、敵意はありません。害意も殺意もありません。


分かってくれますよね?


分かってください。


分かれ。


可及的速やかに。


お願いですから。


こっちには時間がないんです。



私はお父さんとお母さんの娘です。寧々寝子です。


悪い人に連れ去られて、人気のない廃屋に閉じ込められていたんです。


太郎さんが私を見つけて、助け出してくれて、ここまで連れて来てくれたんです。


私に残された時間は、あとわずか。


最後にお父さんとお母さんとお話したいんです。


こんな無駄な戦いなんて、したくないんです。


和やかに逝きたいんです。


だから、どうか、お父さん……私を信じて…………。



「ね、寧々寝子? 本当に寧々寝子、なのか?」



私の渾身の念動力によって吹き飛ばされたお父さんは、ひどく緩慢に立ち上がると、おずおずと問うてきます。


すぐさまお父さんに駆け寄り、私は残っている左手でお父さんを支えます。


同時に『力』を先ほどまでとは異なり、とても緩やかに……お父さんの身体を包み込むように展開します。


お父さんをそっと立ち上がらせるためであり、そして何よりも私の想いをよくよく伝えるために……。



「そ、そんな……嘘だ。う、ウチの娘が…………」


「信じてください、お父さん。私、本当に寧々寝子なんです。遅くなりましたし、あと少ししかいられませんけど、帰って来たんです」



お父さんは私の顔を見つめ、瞳を潤ませます。



「信じたく、ない」


「……ぇっ」



――――――どうして、ですか? 勘違いが解消されてハッピーエンドに突入する流れじゃないんですか?


何故、信じたくないんですか? 私が帰って来て嬉しくないんですか? その涙は喜びからではなく、嫌悪から湧いたものなんですか?


私は……帰って来ちゃダメな子だったんですか? 拳から感じた熱は、私の勘違い?



「俺の可愛い娘が、ねーこが……こんなにもおっぱい狂いだったなんて……」


「あっ……あー……」



そっちでしたか。


…………………………ちょっと赤裸々に伝わり過ぎちゃったみたいですね。


お墓の下まで持っていくべき秘密の趣味嗜好まで、お父さんの心にがっつり響き渡っちゃったみたいです。


っていうか、実際どのくらいのレベルまで伝わったのでしょうか?


ちょっとヤバくないですか、コレ?


このままだとお父さんの中の私は『おっぱい狂信者』で固定されちゃうんじゃ? いやまぁ、勘違いではなく事実ですけれども。



終わりよければ全てよし。


有終の美を飾る。


さて、ここから何をどう飾れば『全てよし!』と断言出来るフィナーレに至れるのでしょうか?



「太郎さん、助けてください」


「えっ、ここで俺に振っちゃう?」


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