第14話 絵に描いたような幸せ家族
実に日本の地方都市らしい、特色に乏しい街並みがどんどん私の後ろへと流れ去っていきます。
太郎さんは私をお姫様抱っこしたまま、ぴょいんぴょいんと軽快に飛び跳ねて、住宅街も繁華街も川も坂もお構いなしに真っ直ぐ突っ切っていくのです。
補修された亡骸。つまりは普通の少女らしい重さがあります。太郎さん自身の体重も合わせれば、おそらく総重量は90キロか……もしかすると95キロに達するやもしれません。
凄まじい重さであるはずですが、太郎さんのすらりとした両脚はまったくふらつきません。
太郎さんなら大抵の競技で新記録を出しまくり、金ぴかなメダルをバンバン獲得する事が出来そうです。
もちろん実際に表舞台で自重せずに『力』を発揮して栄華を誇れば、お仲間からすぐさま見咎められて制裁を加えられてしまうのでしょうけれども。
他愛ない思考に耽っている間にも、私の実家までのメートル数は着々と目減りしています。
もうすぐ着くのです。懐かしの我が家に。
もうすぐ会えるのです。愛しい家族に。
波羅蜜さんの調査によると、私の両親と実家は幸いな事に健在。事故や病魔で重篤な状態になったり、暴風雨や大雪の影響で家屋が大きく損壊したりという苦難には、今日まで見舞われていないそうです。
絵に描いたような幸せ家族。
順風満帆。
私さえ、落命していなければ。
仮に死んでしまうにしても、ごく普通の事故であればよかったのです。
コンビニ店内に残るは少女の千切れた四肢のみ。
仮に車体に押し潰されて原形を保てなかったのだとしても、現場に残留している血肉の量が絶対的に足りない。あまりに少な過ぎる。頭部や胴体は果たしてどこに消えたのか? 自ら動いて移動出来るはずもなし。同時に誰かが持ち去るはずもなし。
詳細不明、理解不能。
実に怪談めいています。
いっそ全身丸ごと行方知れずであったなら『あの子は実はどこかで生きているのかも』と、わずかな希望を抱く事も出来たのかもしれませんが……。
私のお葬式はどのような感じだったのでしょう?
棺の中にきちんと遺体が入っていない式は、きっと心の整理がつけ辛いものだと思います。
「何故、今さらと……そう思われるかもしれませんね」
あまりに遅過ぎる帰宅です。四十九日や一周忌どころか、今年のお盆すらもう既に過ぎ去っています。
別に望んで帰宅を先延ばしにしていたわけではないのですから、致し方のない事なのですが……。
再会まで間もないというのに、私はまだ心の準備が終えられていません。
どんな顔をして会って、どんな言葉を紡ぎ出せばよいのでしょう?
『ただいま』と告げたい。そんな一念はあるのですが……では、いざ告げ終えた後、何をどうすべきか。どうしたいのか。
「あんまり深く考え過ぎないで、思いつくまま好きなように喋ればいいと思うぞ。家族仲は悪くなかったんだろ? きっと大丈夫だよ」
腕の中で黙考し続ける私を気遣ってか、太郎さんは激しく駆けながらもしっとりと優しい声をかけてくれます。
念願叶って、ようやくのお姫様抱っこ。
この上なく密着しており、さらに実体があるおかげで霊体時よりも温かさや柔らかさ、そして香りの豊潤さも一層鮮明に感じられています。至高の一時です。
にもかかわらず、この後に控えた再会を思うとテンションは上昇しづらいようです。
あるいは太郎さんのおかげで私は気落ちしきらず、立ち尽くす事もなく済んでいると考えるべきでしょうか?
もしも自宅に向けて独りで歩き進まなくてはならなかったならば……私はひどくまごついた末に、道半ばで蹲っていたかもしれません。
「大蛇の事とか退魔人の事とか、その辺は長くなるし説明も面倒だから全部カットだ。なんかよく分かんないけど帰って来れた。よかった。ずっと会いたかったって、ストレートに思いをぶつけるのが一番だと思う。そもそも、寧々寝子は何も悪くないんだ。縮こまる必要なんてない。堂々と帰ればいいんだ」
「そう、ですね。自分の家に帰るだけですもんね。……あっ」
「どうした?」
「いえ、あそこ……小学校……あるじゃないですか。私が通ってた小学校です」
止まっている心臓がどくんと高鳴ったように思えました。
それは自宅へと近づいている事を強く認識したからでもありますが、それ以上に体育館の屋根の色が青くなっていたからです。
私が通っていた頃は赤かったんですよね。いえ、中学や高校に進学して以降も、まだ赤いままでした。
あの小学校は高校への通学コース上にありましたし、災害時の避難場所やら各種選挙の投票所にも指定されていましたから、卒業後も割と私の視界に入り、家中で話題に上ってもいたのです。
私が死んだ後、塗り直されたのでしょう。時の流れというものをひしひしと感じます。
体育館という大きな建物の屋根が一新されると、何だか知らない学校のように感じられて……切ないです。
引っ越しはしていないとの事でしたが、リフォームは? 私の実家も何かが変わっているのでしょうか?
…………変わっていないはずがないですよね。家も、人も。
「ちょっと寄ってみるか?」
「いえ、このまま自宅に向かってください」
残り時間は貴重です。
老いた両親や草臥れた家、もしくは補修されて外側だけは真新しくなった家を、進んで拝みたいとは思いません。
けれど……早く会いたい。私の残り時間も、両親の人生も、今この瞬間も刻一刻と消費されているのですから。
矛盾した想いたが私の心の中で複雑に渦巻きます。
「……あと少しだ。もうすぐ会えるぞ」
「はい」
器用に片腕で私の身を支えて、空けた手でこちらの頭を一撫でしてから、太郎さんは再び加速します。
――――――我が家まで、もうほんの少し。
着きました。
……着いちゃいました。
本当に、あっという間でした。
黒瓦がちょっと厳めしく思える木造平屋に、寂びたトタン屋根がかすかな哀愁を漂わせる納屋と駐車スペース。
一戸建てが立ち並ぶ住宅街ではないので庭もそれなりに広く、お爺ちゃんが世話していた植木たちは今日もノビノビ青々と葉を茂らせています。
そして家の裏手に小さな山があり、プチ田舎感をより深いものにしています。
ええ、あくまでプチ田舎です。
断じてド田舎ではございません。
ちょっと郊外なだけですよ。
私が地縛っていた、あの森の中の廃屋とはポツンと感に天と地ほどの差があります。
家の屋根の上から周囲をぐるっと見回せば『ご近所さん』を何件も見つける事が出来ますし? 高速インターからもそこそこ近く、我が家は遠出するにも便利な立地に佇む好物件なのです。
懐かしさがこみ上げてみます。
帰って来たんだなぁと、しみじみ思います。
胸にじんわりと熱を湧かせる私の視線の先では――――――。
「クーちゃん、お誕生日おめでとう!」
「えへへ、パパ、ママ、ひーおじいーちゃん、ありがとー!」
「クーちんがもう6歳かぁ。来年は小学校……早いもんだぁねぇ」
――――――なんか和気藹々とホームパーティーが開催されていました。
焼肉……っていうか、バーベキューですかね? ホームセンターの片隅で売られていそうな脚つきの四角コンロの上でお肉が焼かれ、ジュウジュウとイイ感じの音を奏でています。
そしてビーチパラソルの下では私が知る以上に髪が薄くなり、代わりにしわの増えたお爺ちゃんがニコニコと微笑んでいます。
「ゲンのお休みズレ込んで逆によかったぁな。クーちんの誕生日、今年はしっかり当日にお祝い出来るだよ」
「いやー、こっちも今結構忙しくてさ」
話しかけられて苦笑している壮年の男性には、見覚えがあります。
正しくは『面影があります』というべきでしょうか?
私のお父さんの弟さんの息子さんが、玄太郎さん。つまり彼は私の従兄弟です。
ゲンにーさんが『お兄さん』から『おじさん』に移り変わった上に、お子さんまで……。
察するに、どうやら『独り立ちして家庭を持った玄太郎が、妻子を連れてお盆に帰省した』という状況っぽいです。
私が順当に結婚して子供を産んでいれば、ゲンにーさん一家はわざわざこちらまで足を運ばなかった可能性があります。
でも私、死んじゃいましたし?
ゲンにーさんのお子さんである『クーちゃん』が、お爺ちゃんにとっては唯一の曾孫。
老い先短い祖父を思えば、ゲンにーさんも出来るだけ顔を合わせる機会を設けてあげたくなるのでしょう。
「パパー、くー、とーろもこし食べたい」
「ヘイヘイ、かしこまりましたよっと」
「やー、クーちゃんはもろこし好きだぁねぇ」
庭には幸せムードが満ちていますね。
ゲンにーさんもお爺ちゃんもクーちゃんにメロメロです。
6歳。小学校に上がる前という、ある意味一番可愛らしい年頃。特にお爺ちゃんにとっては可愛い孫がこさえた一層可愛い曾孫なのですから、ほっぺも緩みまくって当然。
厳然たる事実として、楽しそうに笑っているクーちゃんは至極愛くるしいです。私にとっても好みのタイプです。あのプニっとしたほっぺを、はぷっと甘噛みしてみたいです。
忙しくて普段は中々構ってくれないお父さんがやっとお休みを取って、お出かけに連れて行ってくれて、お家では出来ないタイプのイベントを催してくれる。
そして曾お爺ちゃんからも誕生日をお祝いしてもらえて、クーちゃんは超ハッピー。
今日はクーちゃんが主役。お姫様。思い出に残る夏の一日。
…………で、ずーっと昔に死んだはずの私が、唐突に乱入するんですか? 話題と注目を横からシュババっと掻っ攫うんですか?
私を知るパパたちは大盛り上がり。その代わり、私を知らないクーちゃんは凄まじい疎外感を味わう事になります。
お誕生日会の主役なのに。本日のお姫様なのに。
いやー……色んな意味でキッツいんですけど。
え? ちょっとこれ……どうすれば?
お父さんとお母さんは家の中ですかね? 追加の食材の準備中とか?
どうにか私たち家族だけで、こっそりお話を……あ、でもでも、お爺ちゃんやゲンにーさんとも最後にお話しておきたいですし、出来ればクーちゃんをぎゅーっと抱っこしておきたくもあり……うぅ~ん?




