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第13話 ドキドキします

挿絵(By みてみん)

「ふふふっ、いかがですか? 神使を身に降ろした私の姿は」

「うわキツ」

「…………えっ(泣)」


夫の何気ない一言があの日の彼女を傷つけた。


お風呂から上がった後、私は普通に就寝しました。


残念ながら太郎さんや芙蓉さんとひとつの布団で身を寄せ合って、しっぽりと……とはいきませんでしたが、特に文句はありませんでした。


ふわふわの布団に包まれて、眠りに就く。お湯の温かさとはまた異なる、独特のぬくぬく感。弛緩する身体と心。安心して熟睡出来るというのは、人としてとても幸せな事なのだと実感しました。



思い返せば、廃屋内ではまともに寝た記憶がありません。


だからといって今日まで一瞬も途切れずに覚醒し続けていたかというと、そうでもないようで……振り返ってみれば、記憶や意識が曖昧になっていた期間があります。


それは孤独感やあまりの暇さからひどくボケーっとしてしまい、眠りはせずとも自失しているに等しい状態であったからであったり、もしくは大蛇が私に何らかの手を加えていたりしたからなのでしょう。


私は寧々寝子。

ゆったりと眠れる人生を送れるようにと願われた女の子。


名は体を表すと申しますが、私って自分で思っていた以上にスヤスヤ安らかに熟睡する事が好きな子だったようです。



今後、私は日に日に新たな手足にも慣れていくのでしょう。


退魔業に関しても少しずつ知識を深めていきたいと思っています。


すぐに太郎さんや他の皆様の役に立つ事は出来ないでしょうけれども、しかしいずれは……。


こんなにもよくして頂いたのですから、何かしらの形でお返ししなければなりません。


太郎さんの身体を元に戻すお手伝いもしなければなりませんし、ね。


寝取られや修羅場展開は真っ平御免。仄暗かったりドロドロしていたりするシチュエーションは、あくまでフィクションとして楽しむべきもの。自身の周囲での発生は防ぐべきです。



そういえば、昨日はタイミングが上手く合わなくて太郎さんの恋人さんには会えませんでしたけれど、ここは恋人さんの実家なのですから、遠からず会えますよね?


そして今度は恋人さんを交えて露天風呂に浸かってみたり? 夢と期待がむくむく膨らみますねぇ。


あと、御屋敷の外にも出てみたいです。廃屋から御家へと向かう道すがらは最短距離を超特急といった風情で、昨今の街中がどんな感じになっているか、ゆっくりと眺められませんでしたから。


山を越え、谷を越え、家々の屋根を越え、ビルの屋上から屋上へと飛び進み―――太郎さんは忍者さながらの機敏さでひたすら爆走。


街の皆様にビックリ仰天されて当然の帰路でしたが、認識阻害の術によって人の目にも防犯カメラにもその姿を捉える事は不可能だそうです。


まぁ、あっさり見つけられたり撮られたりしていれば、退魔人や人外の存在は現実のものとして周知されているはずですものね。



もし許されるのであれば……実家に帰って、家族にも会ってみたいです。


私は重度のファザコンやマザコンではありませんけれど、さすがにこうも長く会っていないと気にはなります。


もう少し早ければ祖霊が戻ってくるとされているお盆でしたから、何となく心理的にも設定的にも状況的にも帰りやすかった気がするのですけれど。


すぐにとはねだりませんし、いつかどうにか都合をつけてはもらえないでしょうか?






廃屋でも実家でも味わえない最上級なお風呂とお布団のおかげで、私はすっかりリフレッシュ。


心身ともに絶好調。

元気いっぱい、やる気いっぱい、希望もいっぱいです。


はてさて、今日はどんな事が起こるのでしょうか?


太郎さんはまた調査に出かけてしまって、私はこちらでお留守番でしょうか?


そんなこんなで――――――ウキウキと凄まじく高いテンションで新しい朝を迎えた私は、太郎さんに連れられて当主の間へと向かいました。



「おはようございます、湯宮寧々寝子さん」


「ぁ、はい! おはようございます」



背筋を伸ばして凛と座しているご当主様が、私に視線と挨拶を向けて来ます。


高級そうな和服をしっかりと着付けており、それでもなお胸の膨らみが豊満である事を隠しきれていない、魅惑の女当主。


その名を、波羅蜜はらみ。数多の迷いに満ちた現世を脱し、悟りの境地に至る事を意味する名前だそうです。


ハラミと聞くと、一般庶民な私はまず最初に焼き肉を連想してしまいます。そして大変見目麗しいお方ですから、色んな意味で美味しそうな名前だと感じます。


悟りとは、迷いを晴らす事。理解する事。真理を見通す事。


その名に込められた期待通り、波羅蜜さんの瞳は澄み渡っております。きっと太郎さん以上によい眼をお持ちなのでしょう。


この美女の愛娘が太郎さんの恋人さん。これは当人の美貌にも肉付きの良さにも、さらに大きな期待が持てますね。



「よく眠れましたか?」


「はい、おかげ様で。今朝もとても爽快な目覚めでした」


「今の貴女にとっては、睡眠も心身安定を促進する非常に重要な工程のひとつ。健やかに夜を越せたのであれば何よりです。いくらか猶予を増せた事でしょう」



波羅蜜さんの落ち着いた声調が耳に心地いいです。


芙蓉さんもおっとりと優しげな空気を崩さない方ですが、波羅蜜さんの包容力はなお大きいように思えます。


波羅蜜さんに冷たい声で淡々とお説教されたら、開始数秒で目が潤み出してしまいそうな気がします。普段がおっとりしっとりなだけに、絶対に恐怖倍増ですよ。


…………ん? 猶予?



「さて、あまり前置きを長くするのもいかがなものでしょうから、単刀直入にお聞きしましょう。寧々寝子さん、貴女が今一番したい事はなんですか? 無事に成せるよう、私たちは出来る限りの協力を惜しみません」


「えっ?」


「どうぞ、遠慮せずに仰ってください」


「お、お気持ちは嬉しいんですが、その……何故ですか? 私はもうお返しの仕方が思い浮かばないくらい、十分によくして頂いております。これ以上、何かをおねだりするなんて、さすがに……」


「貴女はもう長くはありません。現状はそれほど保たせられるものではないのです」



…………………………は?


波羅蜜さんが何を仰っているのか、理解出来ません。


したくありません。


もう長くはない?


何が? 誰が? 私が?


手も足も、普通に動いているのに?


いえ、新しい手足をくっつけている胴体がもう……やっぱりダメなんですか?



「悔いを残さないように、動けるうちにしたい事をしておいてください」


「そんな! どうにかならないんですか、ハラミさん! 寧々寝子はようやく元通りになったところなのに!」



口を半開きにしたまま何も言えない私に代わり、太郎さんが声を張ってくれました。


しかし、波羅蜜さんは『冗談ですよ。びっくりしました?』などと、申し訳なさそうに笑ってはくれません。


微笑みを消し、御家の主は至極厳かに告げます。



「何ひとつとして元に戻っておりません」



私が先に思ったように、美麗であるからこそ淡々と並べられる言葉には凄味がありました。


嘘ではない。そう痛感させられる説得力。唯々諾々と受け入れるしかありません。



「死人は生き返りません。あくまでそう見せかけているだけです。心臓は動いておりませんし、血流も止まっています。あえてこう申しましょうか。今、婿殿の隣にあるモノは、死体です」



地縛霊から動く死体ゾンビへ。果たして存在のランクはアップしているのか、ダウンしているのか。



「湯宮寧々寝子さん。貴女は残された時間で、何がしたいですか?」



残酷な問いのように思えます。


同時に、過分な恩情であるとも感じます。


波羅蜜さんたちにとって、私は義理も恩も得も何もないひどく些末な存在。


消失するまで放って置いても構わないはずです。手足や薬湯などもタダではないのでしょうから。


私がいなくなれば、太郎さんは少なからず気にしてくれたでしょうけれど、波羅蜜さんに『御家に着いた時点で、延命の施し様などありませんでした』と告げられれば、努めて飲み込む事でしょう。


わざわざ身体と猶予を与えてくださるのです。私は改めて感謝し、この最期の機会を大いに活用しなくてはなりません。



「私が、したい事……」



呟き、自問します。


私は何を望むのでしょう?


死肉の塊ではありますが、不思議と生々しい感覚を与えてもらっております。


ならばここは……思いっきり甘いお菓子を食べちゃうとか? あとの事を何も考えず、それこそお腹が破裂するまでケーキやタルトやパフェに舌鼓を打ち続けるのです。カロリーや体重を憂えずバクンバクンと豪快に食べ進める。一度はやってみたかった事ですし、今の私は甘味にも飢えています。


あるいは、食い気より色気。団子よりも花。


また太郎さんと一緒にお風呂に入って洗いっこをしたり、マッサージをし合ったり? 善処すると仰っておいでですし、波羅蜜さんも誘ってみましょうか?



他には何かないですかね?


考えましょう、楽しい事を出来る限り。


最期は笑って逝くために。


しんみりした終わりなんてノーセンキューです。


楽しい事、面白い事、笑える事、明るくなれる事。


そしてやっぱり、えっちな事。おっぱい。



「お願いがあります」



考えをまとめ終え、私の頭の中はショッキングピンクに染まっています。


この後に繰り広げられるキャッキャウフフな一時に涎が垂れんばかりです。


悔いを残さずに終わりに至るためには、やはり現世の桃源郷をこれでもかと満喫しておかなくては!











「私……家に、帰りたいです」











………………あれ?


口から零れ出た言葉は、私が予定していたものとは異なりました。


家?


帰りたい?


何故でしょう? 私、太郎さんの事が大好きですのに。波羅蜜さんの事もすっごく綺麗で、是非ともお近づきになりたいと切に思っていますのに。


たった今、我ながら度し難いと思えるくらいにお馬鹿な理想で頭の中を埋め尽くしたはずですのに。



「お母さんと、お父さんに会って……話が、したい……です」



どうしてこんなにも急に心が寒々しく、寂しく、息苦しくなってしまうのでしょう?


先の宣告により己の終わりが迫っている事を……もうさほど時間が残されていない事を自覚させられたからでしょうか?


終わり。


最後。


今を逃せば二度と会えない。


私にはもう『いつか』などない。


だったら……せめて一目。せめて一声。


この世を去ってしまう前に、家族と触れ合いたい。


いっぱい話したい事があります。謝りたいとも思っています。


早くしないと、もう会えない。消えてしまう。そう思うと……胸の奥が締めつけられて、とても痛くなります。



「お願いします。家族に会わせてください」



両手を畳に付け、深々と頭を下げます。果たしてそれが本当に礼儀に適っているのかどうか、実のところ分かりません。


でも、私にはこうする事しか出来ません。他に思い浮かびません。


だから、お願いします。


心を込めて、申し上げます。


家族に会いたいと。



「面を上げてください、寧々寝子さん。貴女の願い、承知いたしました。万難を排し、必ずや最後の団欒を実現してご覧に入れましょう。婿殿が」


「俺が!?」


「あら? 婿殿が出会い、婿殿が連れて参った方なのです。最後まで婿殿が見守るは当然の事なのでは?」


「そりゃまぁ、そうですけど……」


「何かご不満が?」


「不満はないけど、不安です。そもそも俺、寧々寝子の家がどこかとか、ご両親が今どんな感じかとか、何も知りませんし」



……そう、ですね。


引っ越しして行方が分からなかったり、病気や事故で亡くなっていたり、しかも私のように強固な自己を持つ幽霊にはなっていなかったりで、会ってお話が出来ない可能性もあるんですよね。


私の死後、父と母はどのような日々を送っていたのでしょうか?


万が一、離婚や死別をしていたら、途轍もなくショックなのですが。


どうか年老いつつも健やかにあって欲しいものです。



「名前は判明しておりましたので、既に調べ終えております。婿殿が細々とした点に頭を悩ます必要はありません」


「さ、さすがはハラミさん」


「大した事ではありません。一晩以上の猶予がありましたからね。では、婿殿は寧々寝子さんの最期を見届けて、諸々を回収してください。回収用のアイテムもこれよりお渡しします」



胴体が朽ち果てて塵と化し、私は天に召されます。後に残るは、昨日装着したばかりのまだまだ新品に等しい義肢装具。


しかも退魔人の驚異的かつ神秘的な技術により、超生々しい仕上がりです。その場に置いて行かれたら、私の家族も困り果ててしまいます。


死んだはずの娘が帰宅し、ふと気づくと床に手足が散らばっているという、昔日のコンビニ内事故を自宅にて再現。


なんて迷惑な帰宅と成仏。再会の感動があっさり吹き飛ぶ怪奇さですね。太郎さんには全ての残骸をしっかりと集めて帰って頂かなくては。



「太郎さん、後始末を押しつけてしまう事、申し訳なく思いますが……どうかよろしくお願いします」


「気にするな。寧々寝子は自分と家族の事だけを考えてればいい」


「……はい。ありがとう、ございます」



私は引っ越しや転校をした事がありません。


16年間ずっと同じ家に住み、同じ町の中で暮らしていました。


私がいない間に、私が知る故郷はどのように変わったのでしょうか?


ドキドキします。


ワクワクはしません。


ウキウキもしません。


ただただドキドキしています。


緊張から心臓がきゅぅっと縮こまるような感覚。


私がいなかった間の変化。止まらなかった時間の流れ。


直視したくない。眼を逸らしていたい。そう強く思います。


けれど、帰りたくないとは……思えません。



あの日、私は『行ってきます』と告げて、家を出ました。


だから、どれだけ遅くなろうとも、帰って告げなくてはならないのです。


――――――ただいま、と。


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