第12話 混浴、全裸、密着
マイスター。
すごく器用な人。
腕は確か。
太郎さんと芙蓉さんの評価に嘘はなく、玉希さんの細やかな処置によって痛々しくみすぼらしい哀れな遺体は、ただ眠っているようにしか見えない少女にまで挽回されました。
御家の式神用に保管されているパーツを微調整し、私の亡骸にひとつひとつ丁寧にドッキング。さらに失われた眼球や頬肉も粘土っぽい何かで補い、地道に整形。
まさしく職人芸。何やら特撮映画の舞台裏、メイキングシーンを鑑賞しているかのような気分になる作業風景でした。
『今ここでは少女がゾンビに変貌してしまうシーンで使用されるアニマトロニクスの仕上げが行われています。観客の心を掴むリアルなモンスターは、熟練の技により生み出されるのです』といった、渋めのナレーションがぴったり合いそうな一幕ですよ。
普通の手術であれば患者は全身麻酔をかけられますし、そうでなくとも全ては己の視界という主観でしか捉えられません。しかし霊体である私は傍で全ての工程を見守っていたため、少なからず他人事感が湧くのでしょう。
終始作業を見つめさせて頂きましたが、果たしてどれだけ高度で稀有な技術が注ぎ込まれていたのやら。素人である私には何も分かりません。
ただただ『とにかくすごそう』とだけは理解し、凄腕職人のエンバーミングを受けられた事を心から幸福に思いました。
玉希さんにじろじろと至極念入りに、まさしく舐めるように壊れた我が身を凝視された事はとても気恥しかったですし、不快そうに眉を寄せつつ弄り回された事は悲しくも思いましたが……まぁ、些細な事です。
ええ、綺麗に仕上げられてしまえば、そこに至る経緯などどうでもよく感じられてしまいます。
手があります。
足もあります。
ついでに生前よりも明らかにおっぱいが大きくなりました。
これは別に玉希さんの趣味ではなく、技術的な理由によるもの。私の霊体を亡骸に封入し、その状態を可能な限り安定させるための術式を込めたアイテムを内蔵する必要があるからだとか。
仮に胸をぺったんこにした場合は妊婦のようにお腹を膨らませるなど、何かしらの形ででっぱりを形成しなくてはならないそうです。
である以上、巨乳化一択。当然の帰結というものです。
――――――とにもかくにも、そんなこんなで湯宮寧々寝子、完全復活です!
私は久方ぶりに『実体』を得たのです。
後付けされた仮初の手足は、私の意思に沿って遅れなく動いてくれます。ぴょいんとジャンプすれば、重力に従ってすぐに足の裏が床に着きます。飛び上がったままふわふわと宙を彷徨う事はありません。幽霊っぽさは、もはやゼロです。
我が身の確かさ。
重力。
そよ風。
気温。
眩しさ。
実体を持てばこそ鮮明に感じ取れる様々な刺激。生前は常に覚えて当然であった、いっそ雑多と表現出来てしまう諸々。
それを今一度感じ……私は感動します。
純粋にして篤い感謝の噴出が絶えません。
まさか本当に再び実体を得られるだなんて。
……まぁ、亡骸は亡骸。
脈も脳波も止まったままですし、飲食も不可能です。口は動かせますから食べ物を噛んで飲み込む事は可能なものの、胃に落ちた料理は一向に消化されずに溜まり続けます。
つまり食事をした場合、何処かの段階で開腹して内容物を取り出さなくてはなりません。古典作品に登場するアンドロイドっぽいですね、今の私は。
やっぱり完全とは言い難いです。
いえ、別に文句はありませんけれど。
動けるだけで御の字ですもん。
でも、ちょっと……残念ですよね。
誰かがどこかで言っていました。人生とは、美味しいものを食べてこそって。
ん? でもでも、今の私は上手く生者のフリをしているだけのアンデッドに等しいわけですから、未練や執着を多く持つ事はある意味でよい事なのでは?
完全に満たされちゃったら、成仏しちゃう気がしますし? 例え『意地汚い』って周りから眉を顰められても、私はまだまだ現世にしがみつく気マンマンですよ。
「ん~~~っ、ぁはぁ……はふぅ~♪」
玉希さんのお部屋を辞した後、私は太郎さんと芙蓉さんに引き連れられ、お風呂へと誘われました。
処置を始める前から準備してくださっていたそうで、本日の湯は今の私に対しとても好ましい効果があるのだとか。
具体的には本体と四肢の定着をより強固なものにしたり、亡骸をコーティングして崩壊を遅らせたり、死臭の発生を抑制したり……他にも諸々だそうです。
正直、何の効果もないただのお湯でも構わないと思えてしまいます。
そのくらい、温かなお湯に浸かるという行動は、素晴らしく、心地が、いいです。蕩けます。有効成分がじわわ~っと身体に染み込んできている気がします。これは死体でも健康になりますねぇ。
「ぁ˝ぁ˝~~~♡」
うら若き乙女が発してはならない、はしたない声が止められません。
この御屋敷のお風呂はとても大きくて、私と太郎さんと芙蓉さんの3人が同時に足を伸ばして浸かる事が可能です。
普通の一戸建ての浴室の面積全てが湯船といった具合でしょうか? あるいは、もっと?
私の自宅の浴室もそこそこ広めなのですが、こちらにはとても敵いそうにありません。
お泊り会をすると、参加した皆様に『ゆのちゃんチのお風呂、大きいねー!』と喜ばれる事も多かったのですけれど。
ちなみに敷地内に湧いた温泉を利用した露天風呂もあるそうなので、そもそも比べる事が間違いのようです。さすがは名家にして旧家。
さらにちなみに、私の実家は友達から『ゆのちゃんチ、ちょっと遠いね』とか『うるさいですね。夜はカエルが』とか『暗いから星が見やすいね』などとも言われる事が多いのですが、別にド田舎ではありません。
都市部か郊外か。どちらかといえば後者に分類されるかもしれせんけれども。
「んふーっ、至れり尽くせり。こんなにもよくして頂くと、申し訳なく思えてきます」
「寧々寝子ちゃんは被害者なんだから、何も気にしないでこっちの好意に存分に甘えちゃっていいんだよ?」
私の呟きに続けて言葉を並べたのは、すぐ隣に腰を落ち着けている芙蓉さん。長く艶やかな髪を今は結いまとめていて、露わになった細い首筋がとてもセクシーです。
「じゃあ、芙蓉さんと太郎さんにもう少しくっついちゃってもいいですか?」
「もちろんいいよ。色々あって心細かったりするでしょ? ボクらでよければいくらでもぎゅーってしてあげるから。ね、マスターくん?」
「その前に……ちょっと待ってくれ。そもそも、なんで俺まで一緒に入っちゃってるんだ? おかしくない?」
せっかく広々とした湯舟ですのに、ぽつりと呟く太郎さんは何故か体育座りの状態。あからさまに縮こまっています。
2つの膝小僧が湯面からちぃこんと出て可愛らしいのですが、そのせいでおっぱいが見え辛いので憎らしくも思えます。
ただ、見えそうで見えないという焦れったさも、たろおっぱいのプレミア感を高めるアクセントになりえますので、これはこれで……?
「やっぱ俺が一緒に入るのってマナー違反だろ?」
「えー? 今さらそこを気にするの?」
「いや、するだろ? 当然だろ?」
「マスターくん? 寧々寝子ちゃんは見知らぬ御家に来たばっかり。ワケ分かんない処置を受けたばっかり。身体を取り戻したばっかり。環境と状態が急変しまくりで、精神的にかなり追い詰められてるはずなんだよ? ボクともついさっき顔を合わせたばっかりなんだ。マスターくんだけが頼りって感じなんだよ? 出来るだけ一緒にいてあげなきゃ!」
「芙蓉さんの仰る通りです。私、太郎さんも一緒がいいです。芙蓉さんが嫌だとか、そんな事は全然ないですけど」
「俺と一緒で嫌じゃないか? 恥ずかしくない?」
「大丈夫です。だって太郎さん、見た目女の子ですし。男の子のままでしたら、私も普通に心細さより恥ずかしさが勝ったでしょうけれど」
「見た目はこんなでも、俺は男だってば。男に裸を見られてもいいのか?」
「太郎さんなら……いいですよ?」
「ぅ、ぬっ」
「見られるだけじゃなくて、何をされても、私は……太郎さんなら、いいです」
色香や媚びを意識した上でそっと囁けば、太郎さんは声を詰まらせて何も言えなくなってしまいました。
とても可愛らしい反応です。
濡れます。
入浴中であり、全身が既にびっちゃびちゃ。私たち全員、水の滴るイイ女状態ですけれども。
そもそも私、太郎さんには全裸以上の状態を見られてしまっています。つい先ほどまで、私は柔肌どころか筋線維すらも所々露出させていたのですから。
凄惨な亡骸を見られるよりも、普通の全裸を見られたいものです。
『気持ち悪いなぁ』よりも『可愛いなぁ』とか『えっちぃなぁ』って思われたいじゃないですか。
さらにいえば、今のボディは玉希さんの手によって整形されたものであり『我が身』という実感がどうしても薄いんですよね。
手の平の大きやさ指の長さ、爪の形。眼下に視線を向けた際に映る胸の膨らみ加減や太ももの太さなど、大小様々な差異や違和を覚えます。
『私の身体ってこんな感じでしたっけ?』という思いが、羞恥心を弱めてくれるのです。
「太郎さん。自分は男なのだと主張するのなら、この状況をむしろ楽しむべきでは?」
「んん? ど、どういう事だ?」
「太郎さんは男の子なんですよね? 普通に女の子が好きなんですよね? せっかく合法的に混浴するチャンスなんですよ? ここぞとばかりに堪能しておくべきでは? それとも、私なんかじゃはしゃげませんか?」
「い、いや、そんな事は! 寧々寝子は可愛いと思うぞ?」
「なら……そんな風に縮こまってないで、こっちに来てください。私にくっついてください。そしてもう少し嬉しそうな顔をしてください。役得ですよ、役得」
「そうそう。据え膳喰わぬは男の恥だよ、マスターくん。寧々寝子ちゃんが来てって言ってるんだし、行かなきゃ。ここでまごついたら男じゃないよ、絶対」
「な、なるほど! …………なるほど?」
ここぞとばかりに密着を提案する私と、それにノって太郎さんを楽しげに煽る芙蓉さん。
芙蓉さんはすすすっと自然に太郎さんの背後に回り、私に向けてそれとなく押し始めすらします。
芙蓉さんのたわわに実ったお胸が太郎さんにむにぃ~っと押し付けられ、エロティックな楕円を描きます。
かなりの眼福ではありますが……ちょっと太郎さん、場所変わりません?
「太郎さん、私の身体、どう思われます?」
私も先の芙蓉さんのごとく、それとなーく太郎さんに接近を開始。身を寄せ合った上で、やはりしっとりと囁きかけます。
玉希さんの処置に手落ちはないと思います。事実、私は今、己の身に痛みや不安を覚えてはいません。かすかな違和感たちも遠からず散っていく事でしょう。
しかし、重大な欠陥が潜んでおり、私がそれに気づけていない可能性も皆無ではありません。何事も多重のチェックが必要です。
というわけで、私は太郎さんや芙蓉さんにも触診してもらうべきではないでしょうか?
全身を余さずツンツンしたりナデナデしたり、実際に触れまくって調べてみるのです。百聞は一見に、百見は一触に如かずと申しますし、ね?
「ね、寧々寝子、近い! 芙蓉も! 本当に襲っちゃうぞ、お前ら!」
「私は太郎さんたちならバッチ来いです。どうぞ、ご遠慮なく」
もちろん撫で回された分だけ、私も撫で返させて頂きます。
ほら、指を昔日のごとくスムーズに動かせるようにならなくてはいけませんし? とはいえ、硬い物や重い物を弄るのは、今の私には負担が大きいかもしれませんし?
だったらもう、おっぱいやお尻や太ももを揉んだり撫でたりするしかありませんよね?
お互いの身体をまさぐり合う事は、異常の有無を判定し、スキンシップにより精神を安定させ、親愛の情を深めて絆も強めるという、一石二鳥を超えるメリットだらけの行動なのです。
まったく疚しい点などない、完璧な論理ですね!
そう、リハビリだからセーフ!
ヨシッ!
「後悔しても知らないからな!」
「きゃーっ♡」
声を張り上げて、太郎さんは私の身体を抱きしめました。その動きはかなりの勢いがありましたが、しかしこちらの背中に回された指にはさほど力が込められていません。
痛みを与えないように、絶対に壊してしまわないようにと、太郎さんは努々慎重にこちらに触れて来ます。
いささか物足りなさを覚えもしますが、その配慮自体は嬉しいもの。触れ合う肌面積が格段に広がり、口元と思考が緩みます。
「じゃあ、ボクは反対側から寧々寝子ちゃんに寄り添おうかな? もうマスターくんの背中を押す必要もなさそうだし」
つまり、挟み撃ちの形になりますね? 二言ありません。バッチ来いとの宣言は撤回しません。
さぁ!
…………あぁ♡
お風呂って……最高ですねぇ。
やっぱり日本人にとって、お風呂はソウルプレースですよ。
ところで……本日の湯の効能は私の心身の定着をより強めたり、全身を保護する不可視の被膜を展開したりもするとの事でした。
そこでふと疑問に思ってしまうのですが、太郎さんの魂は男性です。しかし現在の身体は女性であり、そして身体の奥底には雌龍の気が宿っているそうです。
定着を、より強める。
現在の状態を長く維持し続けるための保護の膜が、全身を包み込む。
女体化している今の状態が保つべき状態として、今後も堅持される。
玉希さんからは『今後のためにもしっかりと長湯するように』と指示されましたが、果たして同席している太郎さんに悪影響は及ばないのでしょうか?
………………とりあえず、もう少し様子を見ておきましょう。
素人の憶測で余計な混乱を生んじゃうのはどうかと思いますもん。
玉希さんは凄腕の職人さんなんですから、きっとヘーキヘーキ。
「太郎さんも今日は色々あってお疲れでしょうから、マッサージしてあげます」
「ふぁ、ん、んあ!? ちょ、寧々寝子、急に、んっ!」
「温かいお湯の中での揉みほぐしは効果が高いそうですよ? さぁさぁ、リラックスしてください」
「寧々寝子ちゃんが肩周りを担当するなら、ボクは脚かなぁ? 太ももとかふくらはぎとか、こうやって……」
「ぅああ♡ あっ、ぁぅ! お、おい、2人がかりなんて、卑怯だぞ!」
「あっ、手が滑りました」
「ひぅぅ!? んんっ! い、今、宣言してから滑んなかったか!?」
「気のせいでは?」
――――――この後も滅茶苦茶イチャイチャしました。
我が人生に一片の悔いもなしです!




