第11話 金髪巨乳美女
古く寂れてはいても、衰退の気配は全く感じさせない大きな大きな御屋敷。
黒々とした瓦屋根に、純白の漆喰壁に、夏の陽光を浴びてよくよく映える松竹梅やその他の植木たち。
太郎さんが属している退魔の御家の表の顔は、伝統芸能や工芸を連綿と継承する技術者集団。重要無形文化財の保持者とその団体であり、名望高い地元の旧家だそうです。
その説明が心にすとんと落ちる、由緒ある佇まい。ごくごく庶民的な家庭に生まれ育った私は強い場違い感を覚え、足を踏み入れるに際してかなりの気後れを覚えます。
御屋敷全体が有名な仏閣のように観光地化しており、きちんと入園料を支払った上で進むのであれば、また少し心持ちも変わるのでしょうけれども。
ついおずおずとしてしまう私に気づき、太郎さんは苦笑していました。『俺も初めて門を潜った日には、寧々寝子と似たような感じだった』と。
そしてそのままズンズンと進んでいく太郎さん。何をどう思っていようと、己の亡骸を抱きかかえられている以上、私は太郎さんに引っ張られて門を潜らざるを得ません。
私にとってまったく馴染のない、荘厳なる和の空間がどこまでも広がっていました。
その内部ですれ違う方々も、当然のごとく総じて和装。時にはやたらと大きな鶴や、狐や鴉の面を付けた人ではない何かとも出くわすので、私は驚かされっぱなしです。
独りであったならばあっさりキャパシティの限界に達し、私は『はぇー……』などとか細く声を漏らしつつ硬直。ただただ目を白黒させ続けていた事でしょう。
「お帰り、マスターくん。お疲れ様」
「ただいま、芙蓉」
ふわふわの金髪に、ぽよんぽよんの胸に、きゅっと引き締まった贅肉の見受けられない腰回り。なんてメリハリが利いたボディラインなのでしょう?
帰還した太郎さんを朗らかに出迎えたその人に、私はだらしなく見惚れてしまいます。
あまりに美人過ぎるとある種の冷たさや近づきがたさを漂わせてしまうものですが、彼女にはそれがありません。
目元口元が優しげであり、美麗さに多分な可愛らしさを混ぜ込んでいるからでしょう。
お姉様でもお姉さんでもなく、お姉ちゃん。いえ……おねいちゃん? べったりと甘えたくなってしまう雰囲気が香っています。
「毎度毎度トラブルに事欠かないよねぇ、ホント。先触れから報せを聞いて、またまたびっくりさせられちゃったよ。やっぱり単独行動は危険じゃない?」
「でも、柿垂の領内にはまだ未調査区域が結構残ってるだろ? 手分けした方が効率的だ。大丈夫、そう何回も当たりは引けないだろうし、今回みたいな騒ぎには早々ならないって」
「う~ん。似たようなセリフ、出発前にも聞いた気がするなぁ。そう簡単に当たりは引けないだろうし、すぐ帰ってくる事になるはずって。それがこれだもん。やっぱり心配だよ」
金髪美人さんは嘘偽りなく、太郎さんの事を心底案じておいでのようです。
太郎さんが私の亡骸を抱えてさえいなければ、今この場でぎゅ~っと抱きしめていたかもしれません。
「まぁ、無事に帰って来てくれたんだし、今回はそれでよし。ここであーだこーだしつこく言っても意味ないしね。それよりも、今はそっちの子の精査と処置を優先しなきゃ」
太郎さんの腕の中に収まる亡骸を、次いですぐ傍に浮かんでいる私の顔を見て、金髪美人さんはぺこりと頭を垂れました。
「やぁやぁ、初めまして。ボクは芙蓉。胸玉芙蓉。言いにくかったら京極芙蓉でもいいよ」
「私は湯宮寧々寝子です。よろしくお願いします、芙蓉さん。えっと……芙蓉さんが太郎さんの恋人さんですか?」
「ううん。残念ながら違うよ」
では、2号さん? 3号さん? 4号さん?
……う~ん、候補多過ぎ問題。太郎さんの女性関係がパない事を、私は今一度認識させられます。
「ボクはマスターくんの従順なメス奴隷にして、家庭教師にして、家政婦にして、護衛の肉の盾さ。なんていいつつ今回は同行してなかったし、仮について行ってもあんまり役には立てなかっただろうけどね。ボク、戦う事も守る事も調べる事も、別に得意じゃないから」
「では、芙蓉さんの得意分野って何なんですか?」
家政婦を自称する以上、やはり家事メインなのでしょうか?
「一番得意なのは、やっぱりえっちな事かなぁ♡ 未熟なマスターくんを色んな意味でお世話しちゃうよ~? 全身全霊で、愛情たっぷりに♪」
芙蓉さんはとても情熱的で、かつ濃い色気を含む眼差しを太郎さんに注ぎます。
自分が見つめられてるわけでもないのに、ドキドキしてしまいます。これが大人の女性の妖艶さですか。まともな恋愛経験を持たない小娘である私には、とても醸し出せそうにはありません。
明るく優しく、不躾にえっちなお願いをしてもニコニコ笑顔で応じてくれる金髪巨乳美人。18歳未満はお断りな桃色展開をむしろ望むところとする芙蓉さんは、世の多くの男子学生にとって垂涎の的でしょう。
芙蓉さんに慕われ、心のこもったご奉仕を受けられる太郎さんは幸せ者ですね。
もっとも、今の太郎さんには男性陣が願ってやまないであろう、えっちなアレやコレやを味わうために必要不可欠なパーツがありません。
生殺しなる単語が脳裏を過ります。
おいたわしや……。
「さっ、こっちこっち。マイスターが待ってるよ」
「マイスター? 職人さん、ですか?」
「玉希さんっていって、すごく器用な人なんだ。当主である波羅蜜さんの夫で、芙蓉を作った人でもある。寧々寝子の事もきっとイイ感じに対応してくれるはずだ」
私の素朴な疑問に太郎さんが間を空ける事なく答えてくれますが、さらりと紡ぎ出されたその言葉に新たな疑問が浮かびます。
芙蓉さんを、作る?
まるで芙蓉さんが人ではなく、ロボットか何かであるような表現ですが……?
「あっ、ちなみに芙蓉は人じゃなくて式神だから」
「分かりやすくいうと、人造の妖怪だね。人の役に立つために生み出された、人非ざるモノ」
分類上、今の私は芙蓉さんと同じカテゴリーに収まるのでしょうか?
もとはただの人間でしたが、素材として捏ね繰り回され、大蛇の役に立つために現世に繋ぎ止められているのですから。
式神を……芙蓉さんを作り出せる。自分で考え、自分で動き回れる、実体を持つモノを生み出せる。
そんな専門の職人さんであれば、私の霊体を亡骸に封入し直し、かつ失われた部位を義肢装具を付けるような形で補う事も可能?
もし、そうなら―――修復された我が身に宿り、活動する事が叶うのであれば―――もうほぼ生き返るに等しいんじゃないですか?
「個人的にちょっと思うところがあるけれど、腕は確かだから」
ぼそりと呟く芙蓉さん。おっとりとした雰囲気が似合う芙蓉さんらしからぬ、小さくも確かな棘のある声調でした。
玉希さんは芙蓉さんの製造者。つまりはお父さん。
にもかかわらず、あまり仲はよろしくないようです。生みの親であるからこそ、様々な欠点が許せないのでしょうか? 『こんな人がボクの親だなんて……』と。
どんな方なのでしょうか? すごく器用な人? 腕は確か? では、性格面にはかなりの難があったり?
ちょっと不安になってきました。
だから後ろから太郎さんの首に両手を回して、ぎゅ~っとしがみつかせてもらいます。重さや息苦しさは覚えないので、太郎さんの歩みが鈍る事はありません。
順調に廊下を進み、縁側へと出て、ついに私たちはマイスターの工房として用いられている一室へ。
「お疲れ様、婿殿。今回は結構な収穫があったそうで……うわ、グロ。くっさ」
野暮ったさを感じさせる黒縁眼鏡をかけた中年の男性は、私たち一行をまず朗らかに迎え入れ―――すぐさま面を歪めました。
「想像していたよりもずっとひどいなぁ、これは。うん、ひどい。ホントくっさい」
グロいですか。
臭いですか。
ひどいですか。
そうですか。
そうですよね。
死体ですもんね。
生臭くて当然ですよね。
何だかよく分からない薬液に浸かってすらいましたもんね。
何ひとつ間違った事は言われていません。
人として極めて自然な感想です。
文句のつけようがありません。むしろ私は怒るどころか、謝るべきなのでしょう。お手数をおかけしますと。
しかし、しみじみ呟かれると……心が痛みます。事実であるからこそ、余計に。
建前なんてくだらないっていう人もいますけど、抜き身の本音って人の心を傷つけやすいものですよね。
ギブミー・オブラート。
「う~ん、くさい」
「あ、あの、玉希さん?」
「こんなのを運んでくるのは辛かったろう? えらいよ、君は。お役目とはいえ、よく頑張ったね。これは何かボーナスを考えて上げなきゃなぁ」
「俺よりもこの子に気を遣ってあげてください」
「もちろん。どんなに臭かろうが見た目が劣悪だろうが、細心の注意を払って作業する。手は抜かないよ。どーんと任せてくれたまえよ」
「そうじゃなくて、デリカシー的な意味で! 相手は女の子なんですから!」
「……ああ!」
「遅いですよ、お義父さん!?」
太郎さんもやっぱり内心『臭いなぁ。気持ち悪いなぁ』と思っていたんでしょうか?
いえ、思わないはずがないですよね。
むしろ思って頂かなくてはなりません。
『この匂い、堪らないなぁ♡ それに女の子はボロボロな方がそそるよなぁ!』などと思われていた方が嫌ですもん。
少なからず嫌悪や忌避を抱いていた。しかし決して面に出さないようグッと堪え、優しく抱え続けてくれた。太郎さんの篤い思いやりに、私は心から感謝しなくてはなりません。
「さて、これから調査やら補修やらするわけだが……先に希望を聞いておこうか。何か注文はあるかな、お嬢さん? 例えば足をつける時に、少し細めとか長めにしておくとかね」
場の空気を転換するため、玉希さんは努めて朗らかにこちらへと話しかけてきます。
『すらりと長い美脚』を例として挙げたのは、少なからず気落ちしている私のテンションを上げるためでしょう。
でもそれって、考えようによってはそこそこ失礼なのでは?
『どうせ君、脚短かったんでしょ? スタイルよくなりたいなぁって願ってたんでしょ?』と、侮られているのでは? いえ、これはさすがに悪意が強過ぎる解釈でしょうか?
「とりあえず、悪臭をどうにかしてください」
「ぅっ。ん、んんっ、ああ、任せたまえ」
私の率直なお願いに、玉希さんは少し言葉を詰まらせつつ頷きました。
玉希さんは断じて『悪い人』ではないのでしょう。
ただちょっと気の利かないところがあるというか……。
よくよく考えてみると、ウチのお父さんもちょくちょく余計な事を口にしてお母さんや私の反感を買っていましたし?
さらにクラスの男子や近所のおじさんも、割とそんな感じで……男の人って、総じてこんな感じなのかもしれませんね。
いえ、女性だって心無い言葉で繊細な男心をグサグサと傷つけているのかもしれませんが。




