第二十二話 足場固め
「だーかーらー、ついカッとなって殺った。反省はしてないですウェーイでいいじゃないー」
「それで済むなら警察も法律も節令使様もいらねぇんだよこんタコ」
「タコじゃないですー、タコは軟体動物ですー」
「くくく、動物の構造自然のルールは森羅の理。相容れぬ異種の人体構造の悩ましきパラドクス」
「うるせー馬鹿!着任一か月半ちょいで身内のやらかしに対して隠蔽作業やらされる身になってみろや!?」
執務室のデスクを叩いて俺は怒鳴りつけたが、応接用の椅子に座って朝食兼昼食のサンドイッチを頬張ってる二人の少女は怯えの欠片も見せず平然としたものだった。
昨日、見たことないような殺意漲らせ、そして今朝方大量殺人済ませてきた奴らとは思えぬ平常運転っぷりだ。昨日のあれが幻覚と思えるぐらいにあっけらかんとしてる。
家に怒鳴り込んでから数時間後、人様を門前払いして入浴と睡眠を済ませた二人はさっぱりとした顔して執務室へ顔を出してきた。
まさにどの面下げてなのだが、最終的には許可出してしまった俺も悪いになってしまうんだなこれが。いやでも流石にここまでやるとは思わないだろ常識的に考えて。
精々あの司教だけ殺して気が済むとか思ったら御覧のあり様である。想像の斜め上行ってくれた日には怒声の一つも投げつけたい気分だろ。
目の前に居るイカレた二人のお陰で、俺の本日の業務はこの件に関しての隠蔽工作から始まる羽目になった。
まず教会関係者の死に関しては、昨日見捨てられたゴロツキ傭兵の仲間が復讐したということにする。教会もその流れで焼き討ちにされたで押し通す。
幸いなことにリアルタイムで目撃した奴はおらず、建物からやや離れた所で監視していた故に第一発見者となった兵士らには口止め料と「他言無用。漏洩判明したら即日斬刑」と脅迫のセットで緘口令敷くことに。
元々ここ含めて各地で独善と偏見まき散らしていた迷惑集団なので追及の声はほぼないだろう。
あっても俺に出来る範囲で潰すけどね。ノーモア宗教じゃいこちとら。
アラスト教そのものに対しては、王都に居るパオマ神父経由で今回の事件を伝えると共に、俺を害そうとしたことや節令使が主導してる公共事業の妨害を起こした事でヴァイト州内での原理派の布教を禁止する旨を伝えることに。
寛容派が主流である以上は、そちらが出禁にならないなら問題ないだろう。
仮に原理派の連中が抗議しようが怒り狂おうが、アラスト教総本部のあるアラスト聖国とプフラオメ王国との間に七、八ヶ国あるんだから攻め込みなぞ出来まいよ。
事件をさっさと風化させるべく、焼け落ちた建物の解体と更地化を急がせ、死体は全部まとめて身寄り無しや行き倒れ用の公営共同墓地という名の穴の中に叩き込む。
それらを官吏らに迅速に指示を下していくが、なんだかベタな悪者みたいな事してるようで情けない気分になるわ。
絶対こいつらにも過重労働させたやるから今に見てろよこの野郎。
しかしあれだな、ちゃんと貸し借りの認識で居てくれるんだろうかと思いつつ、露骨に怪しみながら睨みつけてみたものの、マシロとクロエは食後のお茶を飲みながら俺を見つめ返してきた。
「でも君なんだかんだで許してくれちゃうんでしょう?変なとこで甘いしねー。そういうとこ嫌いじゃないよー?」
とか言わんばかりな和やかな目で見てきてる。しかもすげー自信満々に。
腹立つけど駄目かもしれんねこれ。
デスクに突っ伏したい衝動に駆られながら、俺は額に手を当てるのであった。
なお、かなり後日の事ではあるが、この一連の事件を他の者に話したときに返ってきた言葉は「そんなサイコ気味な奴ら相手にその場で怒鳴りつけるだけで済ませてるあなたも大概ヤバイですからね」というなんか理不尽感じるものだった。
えー、感覚麻痺してるんのかな。そうなのかなぁ……。
ある意味気が滅入る内容の仕事を終えた後は平常業務が待っていた。
俺命名立てこもり事業はスタートしたばかりでもあるので、俺が顔出す程の動きがあるまでは治めてる土地の掌握を少しでもしていかないといけない。じゃあ何するかといえばひたすら内政であろう。
各部署からの報告書や請願書に目を通して指示を与えていく。地味ではあるが大切な仕事だ。
幾つかをそうやって片付けていき、次に手を取ったのは地方に関するもの。
目を通していた俺は文面を読み進めるうちに気難し気に口端を曲げていった。
ヴァイト州の西、第八県にあたるアンゴロ・エッゲ県に関する報告。それは、やや見過ごせないものであった。
山岳地帯に住まう部族群の襲撃。
大山脈も高い山が延々と連なってるだけではない。大陸を横断せんばかりの長さもあれば、ヴァイト回廊のような人が足を踏み入れられる部分や居られるスペースというのは存在するのだ。ただ、国どころか街レベルの大人数が住まうには適してないだけで。
そこは湖があったり、僅かながらも森林があったり、規模は大幅に小さいもののこのヴァイト州のように盆地があったり。なんとか生きていける環境があれば必然としてそこに住む人々らも出てくる。
年月が積み重なり、そういう人らがやがて集落を作り、小規模ながらも部族と称する程の集団へと発展していき今に至る。
こちらが把握してるだけでも大小含めて三、四十あり、それもヴァイト州側のみでの数。奥へ行けば更に存在するやもしれないが歴代の節令使や国の偉い方々はそこまでの関心は持たなかった。
この国の、というよりこの国の貴族らからすれば全部ひっくるめて野蛮な蛮族呼ばわりして侮っているが、ヴァイト州に住まう民にとっては侮りしてるだけにはいかない相手であるのだ。
部族らが一致団結して山を下りてくるわけではなく、各々が散発的こちらへ来ては略奪や破壊行為、場合によっては殺人に手を染めているという。
数は少なければ十、二十。多くても百前後。しかし数の話ではなく、一般人からしたら武装した集団が害意むき出しで襲ってくるのは恐怖以外の何物でもない。
部族の襲撃に備えてアンゴロ・エッゲ県には六〇〇の兵をを配置して治安維持にあたらせてはいるものの、各地で度重なる襲撃繰り返される度に家や物を、最悪命すら失う危険地帯に住みたい奴もいない。
それに全軍の一割ちょっとを配置してるとはいえ、万単位の人口を有する土地全てカバーするには少なすぎるし、各自バラバラで行動してる相手ということもあり通報しても即時対応は不可能。
結果、ただでさえ少ない人口の州でこの県は一番人が居ない。居たとしても隣接する県寄りに殆ど住んでおり、大山脈側の麓一帯はこちらの領土でありながら半ば無法かつ無人地帯と化していた。
ぶっちゃけ為政者的に困るよねこういうの。
今後考えたら土地はあるに越した事ないし、治安的にも安定させとかないとゆくゆく制御できない事態引き起こすからね。放置していって定住し始めて自分らの領土扱いからの独立紛争とか俺のとこ持ち込まれたくないよ。
定番の手段としては大軍率いて今後ちょっかいかける気起こさないほど徹底的に討伐する。というのがあるけれども、どれぐらいやればいいのか定めておかないと泥沼になるしねぇ。
見せしめに部族の二つ三つ潰せばいいのか、部族群の中でも有力そうなのに狙いつけて攻撃すればいいのか。
ただし一度で済む保証がないから正直この定番は手段そのものでは使いたくない。他の策のときの手段の一つとして行使したいところ。
となると調略になるんだけど、それをやる為にはその部族の中から冷静に感情と利益を天秤にかけられる話の分かるやつ、贅沢言わないから極端な話脳筋ヒャッハー系でないのと交渉なりしないといけない。
そもそも俺は当然として、ここに定住してる人らで彼らと話し合いの席設けられる程の繋がりある人居るかも怪しい。王朝のあった頃の中国みたいに本音と建て前使い分けて交易や交流してるわけでもなさそうだし。
数も大体しか把握されてない上に生活様式や特徴などの詳細も纏められてないから色々未知すぎて策を建てようにも心もとない。
でもなぁ、この問題は治安として考えるとさっさとやっておくべき案件だしなぁ。足場固めの一環としてやれるうちにやっときたいよなぁ。あー面倒だなぁ。
頭ん中でなんでも語尾に「なぁ」とつくぐらいにウダウダ悩んでしまう。
頬杖をついて黙りこんでどれほど経過したのか、従者が間食用の菓子と茶を乗せたお盆を持って遠慮がちに声をかけてきてようやく我に返った。
仕方がない、一息吐くか。
盆を受け取り従者を下がらせた俺は干し葡萄を練り込んだ焼き菓子を大口あげて頬張った。あー、糖分が染みるわー。
「随分悩んでるのねー。政治家さんは大変だわー。ただの納税者としては応援するしかないわー」
当たり前のように俺と同じものをを持ってこさせてたマシロとクロエが同じく菓子を齧りながら心にもない発言を俺に投げてくる。それを軽く睨みつけつつ俺は茶で口の中の菓子を流し込む。
「……方針が定まれるんなら、今すぐにでもお前ら二人行かせて片付けさせるというやり方もあるんだがな」
「えー、現代人の可憐でか弱い繊細の塊みたいな女の子二人にそんな酷い事させるのー?ブラック労働反対ー。ジェノサイド反対ー」
「君らはほぼ半日前に自分が何をやってきたか言ってみなさいよおい」
「くくく、悪しき汚泥の塊の必然的滅亡。業火を持って洗浄せし残酷なる慈悲のナパーム」
「記憶にございません。って、クロエは言ってるわ」
「嘘つけよ!?今のは流石に俺でもそんな事言ってねぇって分かるんですけどぉ!?」
などといつもの言い合いをしていると、ドアをノックする音と共にターロンが顔を出してきた。
「坊ちゃん、少しいいですかな?」
「俺とお前の間柄だがせめて仕事中は坊ちゃんはやめてくれ。で、どうした?」
「一階の受付の者が坊ち……節令使様への来客を告げております」
「客だと」
はて、今日は特に誰とも会う約束はしてない。
リヒトさんら爵位持ちの面々は普段の仕事とこちらの依頼の両方をこなす為に余程でない限りは当面顔出さない。他の地元有力者や商人とも危急でもない限り事前にアポとらせないと会わないと決めている。
そもそも一応ここで一番偉いことになってる節令使相手にアポなしで訪れる無礼な奴がこの辺で居ただろうか。マシロとクロエみてーなイカレと紙一重のやつとかじゃねーだろうな。
いやまず俺に伺いたててくるのがおかしいからね。そういうの受付のとこで追い返せばいいのに。
「会う約束も予定もないんで追い返せ。歎願陳情の類なら内容を紙上に記させてからお帰り願え。まったく受付の奴らもそれがわからんわけではなかろうに」
「私もそう思ったんですがね、どうも受付の役人らが断りづらそうな顔して頼み込んでくるもんですから」
なんじゃそら。どんだけ絆されやすいんだよ。
呆れつつも、そんな即オチじみたことやれる何かを持つ相手が気になったのでターロンに重ねて訊ねてみる。
「で、どんな来客者なんだ」
「遠くから見たところ一組の男女でして。どちらもフード付きのマント羽織ってるんで細かいとこはなんとも。ただ、チラッと見えたんですがどちらも顔立ち的に若くて、ここいらの者ではなさそうですな」
「国外からの人間が港からこっちに来たとかか」
「いや、なんでも西の方からと。節令使様と直に会って話したいことがあると受付の者らが言ってました」
「西の方……」
ターロンの報告に俺はやや考え込んだ。過度の期待はしないよう自らに言い聞かせつつも、好奇心の疼きを同時に自覚もした。
しばし熟考した末に、俺はともすれば無礼極まりない来訪者との面会を決意した。
ターロンに連れてくるよう命じつつ、俺は事の成り行きを見物してたマシロとクロエに目を向けた。
「一応俺の後ろに控えててくれ。万が一の時は頼む」
「オッケー。万が一の時は頼まれたけど部屋のクリーニング代は請求しないでよねー」
「くくく、千客万来、吉兆の分かれ目のシュレディンガーキャットの邂逅なるや」
そんな言い方で軽く請け負った二人に頷きつつ、俺は緩めていたシャツの首元を締め直すのであった。




