第二十一話 汚物は消毒だ
「そもそもお前たちの言い分はどういう事だ?一宗教集団が分を弁えずそのような言い草で節令使に謝罪を要求した挙句に州を明け渡せとは、無礼なのはどちらか一目瞭然。せめてもの情けだ、そちらの言い分は聞いてやろう」
口を開く度に口や鼻腔に悪臭流れ込んできてる感じして吐き気どころか眩暈すらしてきたが、今年分の我慢総動員する勢いで耐えつつ長々と喋った。
俺の反撃をまったく想像してなかったのか、原理派の面々は衝撃にしばし呆然としたけれど、すぐさま青白い顔を怒りで朱にしてきた。
「神をも恐れぬ不敬者めが!よかろう、今ここで改めて汝の愚行を弾劾してくれようぞ!!よく聞け愚か者!」
垢塗れの顔した原理派司教がそう怒鳴って言い始めたのは次の通りだった。
入浴とは贅沢で退廃的で人々を堕落にさせる。そもそも裸体で浴槽につかっていることは肉欲にも繋がるからけしからん。
魂が清らかなら肉体の穢れなぞ問題ない。
身を綺麗にするのは自分だけが良ければ良いという身勝手極まりない行いであり、不潔さこそ自己犠牲、敬虔な振る舞いの表れである。
身体の穢れが身を護ることとなる。なので頻繁に水やお湯で清めるのは身を護る術を自ら手放してるに等しい。
なので公共浴場での入浴は不道徳で異教徒的だから今すぐ辞めるべきであり、発案者である俺は悔い改めて原理派の奴隷として全てを差し出し奉仕せよという。
「…………?」
よし、言ってることが何一つわからん!
退廃とか堕落とか、俺がどんだけ公共浴場立ち上げるにあたって罰則制定したり監視員用意したり、更には少しずつ衛生や道徳教育広げていこうとしたりと出来る範囲の対策建てたと思ってるんだよ。風呂入ってリフレッシュするのが駄目とか禁欲すぎんだろ。宗教狂いの自己満足に普通の人巻き込むなや。
身を綺麗にするの身勝手とか言っておいて自分の着てるその服のどこが質素なんだよ。良さげな布で織ってる上に金とか宝石ついてるしよ。これ一つとってもダブルスタンダードじゃないか。
つーか、最後の身体の穢れが身を護る。とか、そんな根拠のない与太話するんだったら神や開祖のお告げ以外の情報ソースや統計結果持ってこいや。流言飛語にも程がある発言自信満々にしてんじゃねーよカルト宗派どもめが。
などと言うことを、伯爵であり節令使という身分に相応しい品のあり気な言葉遣いで翻訳して司教らに叩き返してやった。
そして再び司教らは絶句して俺の顔を凝視している。どんだけ神の名を振りかざせば何でも出来ると思いあがってるんだこいつら。こんなんで俺が恐れ入る余地なんてミリ単位ですら存在しねーよ。
正直もう色んな意味でうんざりしてきたから式台から降りて帰りたい気分なんだが、間違ってない方が居なくなるのも変な話なので相手の暴発を一秒でも早く待っていた。
でまぁ当然だけどベタな糞宗教家にありがちな、神がどうこう通じないと暴力に訴えるに出てきてくれた。
「この罰当たりめが!者ども、こやつの手足の一本でも斬り捨ててやれぃ!!痛みと恐怖で慈悲を請う姿が楽しみだわい!!」
弛んだ頬を揺らしながら司教が公衆の面前で国の役人相手に狼藉宣言。こういうのって、なんで後先考えず強気で押せるんだろうなおい。
声に応じて僧衣の一団の後ろに控えていた武装した男らが二十人程前に出てきた。一人二人はアラスト教の紋章つけた兵士風であるが残りはこの辺から集めた傭兵っぽい奴らである。
数百人の目撃者がいる中でこの州の最高責任者を害することに関してこいつらどう思ってるんだろう。と、場の剣呑さに似つかわしくない想像をしてしまったが、それもすぐさま消えた。どうせ目先の金に釣られた馬鹿なんだろうし。
「どうした、恐怖で足腰動かぬか?貴族の若造らしいひ弱さよ!!」
剣を抜いてる集団を前にしても逃げもしないどころか反応薄い俺に不信を感じた司教が嘲ってくる。
それを無視して、俺は振り向きもせず呟いた。
「とりあえず今は殺すな。オープン初日で店前で死人は縁起悪いんで」
同時に、俺の傍から何かが横切る。小さな塊、恐らくその辺に落ちてた小石であろうか。
知覚した瞬間、俺の前方に居た傭兵らの一人が声を上げて倒れた。
何が起きたか分からず戸惑う男らであったが、間髪入れずに何かをぶつけられた音と共に倒れていく。
まさにあっという間。一分経過してるか否かの速さで二十人前後は居たであろうならず者らは呻き声を上げて地に伏していた。
原理派の連中も何が起きたか分からず硬直している中で、俺はようやく半身を少し後ろに向いてこれを起こした相手を見た。
面白くもなさ気な表情をしたクロエが掌で小石を数個弄ぶ姿。彼女がいわゆる指弾というやつで男どもを動くことなく無力化させたのであろう。
しかし指弾って、確か熟練者でも木の板や段ボールへこますぐらいの威力だろうに、トンでもステータス持ちがやるとこうも違うもんなのか。
感心してもいられない。トラブルというよりこの悪臭から逃れたいのでさっさと話進めよう。
まだ立ち直れてない司教らに対して俺は冷ややかな目を向けた。
「この件は明らかに法に背く行為であり、節令使である私を害そうとしたことは国に対する反逆行為でもある。この場でお前たちを斬り捨てるなり捕縛すべきだろうが、めでたい式であり初日からこの場で無粋な事をこれ以上するのは私の望むところではない。そこで寝てるゴロツキ達を連れて即刻立ち去れ。そして官憲の兵が来る短い時間内で身辺整理をしとくがいい。だが逃亡したら有無を言わさず即刻斬刑に処してやるからな」
いや本当ならマジでこいつら纏めてこの場で殺すか捕縛すべきなんだろうが、マシロとクロエ居るからなんとかなると思って護衛要員の兵士も数えるぐらいしか居ないんで全員引っ立てるの物理的に難しい。
仕方がないので、応援来る前に逃げられるぐらいならこいつらに対しては釘差ししつつ立場を改めて分からせてやり、周囲の人らには余裕ある態度アピールでもしてこの場はお茶濁そう。
この場で司教らの死体が転がるかもしれないと思ってた群衆は俺の発言に意外さを感じてどよめいていた。それも寛大さに対して好意的な空気を感じたので内心安堵。
司教らも暴力という手段を封じられたのを認めざるえないのか、ワナワナ震えてこちらを睨みつける以上はしてこない。
やがて、司教が臭い息を吐き出して取り巻きらに目配せをする。それを合図に男らは倒れてる奴らの中でもアラスト教の紋章つけてるのだけを数人がかりで持ち上げはじめた。傭兵らは一顧だにせずは、いっそ清々しい屑っぷりである。
「……神を恐れぬ罰当たりどもめが」
呻くような声でそんな事を言い出す相手に呆れた。なんでお前らの思い通りにならないだけで神様云々の話になるんだよ。自分らと神様を同列にしてる方が余程罰当たりだわ。
「いいか、神は常に見ておられる。何かあればお前らを必ずや罰する!我らには加護を与えてくださる!!神は良きものと悪しきものを見抜き世の不条理を正す存在なのだ!貴様らの愚かさを天は見逃さんから覚悟しておけぃ!!」
怒鳴るだけ怒鳴ると、司教は息を荒げながら取り巻きらと共に足早に立ち去っていった。
後に残ったのは見捨てられたゴロツキ共。白昼堂々の暴挙をした事実は変わりないので、俺は護衛の兵士らに倒れてる奴らを縛りあげるよう指示した。
まだ悪臭漂ってる感じするので手で左右を仰ぐ仕草をしつつ辺りを見回す。いきなりやってきて騒ぐだけ騒いで立ち去った一団に人々も唖然とした面持ちである。
うーん、開店直前にこの微妙な空気はよろしくねぇわな。このままだと何割かは銭湯に二の足踏みかねんぞ。
軽く肩を竦めつつ、俺は背後で同じく唖然としてる店長に声をかけた。
「すまないが、この後すぐ誰か酒屋に買い物行かせてくれ」
「えっ、あっ、はい。しかし何を……」
「こちらの過失ではないが、来客者に対して心配りを少しばかりな」
そう言って俺は改めて群衆の方へ向き直り、音響石を握りなおした。
「あー、あー、この場に居る諸君に告ぐ。今の乱入してきた狼藉者らの所為で不快な思いをさせてしまったことを、この場を取り仕切る者として深く謝罪する」
軽く頭を下げてそう言うと、またもや人々がどよめきだした。貴族でこの地で一番偉い奴が自分らに対して謝る姿なぞ拝むことなぞないだろうからそりゃ驚くよな。
周囲の動揺に畳みかけるように俺は話を続けた。
「詫びとして、本日の利用者にワインか麦酒か蜂蜜水のどれかを、一人一杯に限り無料提供させて頂く。入場の際に渡される登録札を銭湯利用後に従業員に提示するように。風呂上がりに冷えた飲料を口にすると心地よいぞ。それに味を占めたなら今後とも当店を贔屓してくれればありがたい」
人々から歓声が上がった。中には「レーワン伯万歳!」「節令使様最高!」などと調子のイイ事を言うやつもいたけど、露骨な物で釣る戦法に乗ってくれるならありがたい話だ。
冷えつつあった空気がまた温まる感じを確認し、俺は一礼して式台から降りていく。
店長らに改めて酒屋への追加発注と、今宣言した事への対応、そして列整理などを指示した俺は人々の歓呼を背に受けつつ人込みの外へと抜けていった。
あー、もう今の気分はあれだ。花屋に行って花束購入してそれに顔を突っ込みたいぐらいな気分だ。短時間だったというのにあの臭いでのダメージ大きい。
外でこれだから屋内とか確実に消臭剤を至る所に散布せにゃならんぐらいに酷いとか、これだけでアラスト教原理派に好意抱けない。さっさと捕まえて処理だよホント。
州都庁へ戻ったらすぐさま兵士をあいつらの教会に向かわせて一人残らず捕縛してやる。と内心息巻いてたときであった。
「リュガ」
「あー?なんだよ?」
後ろに居たマシロに声をかけられたので億劫そうに振り向いたが、俺は不審そうに眉根を寄せることになった。
いつものおちゃらけた呑気そうな雰囲気も、人を小馬鹿にしたような笑みや物憂げな笑みをも、今のマシロとクロエにはなかった。
真顔だ。そしてなんとなくイラついてる感じもする。
以前、そう確か初めて会ったときにあれこれ質問した際にほんの僅か浮かべたことがあるやつだ。
只ならぬ様子だったので、足を止めて二人と向き合う。
「……どうした?」
「あの原理派とかいう奴らの処遇どうする予定なの?」
「どうって、まぁまず逮捕して牢にぶち込んで、後は法や判例に基づいて処罰だな。少なくとも主導してた司教とかいうのは反逆罪適用で死罪にする可能性高めで」
「なら殺すってこと?」
「最終的にはそうするつもりだが、一応法がある以上は段階踏むことに……」
「そいつらの始末私達に任せてもらうことできない?」
俺が言い終わらぬうちにマシロが言葉を被せて頼んできた。
確かに俺もあいつら死ねばいいのにとか思ってるけど、ストレートすぎて穏やかなもんじゃないな。こいつら基本フリーダムだけどこういう事に関しては口出ししてこない方だった筈だが。
えっ、なに俺以上にあいつの悪臭が気に障ったのか?
と一瞬思ったが、そんな雰囲気ではない。ともすれば言った瞬間に平手打ちの一発は来そうなぐらいに今の二人に遊びの空気はない。
どうしたもんかなこれ。
個人としては許可してもいいけど、立場的に公私混同は褒められたもんじゃないしな。着任して日が浅いのに身内に超法規的措置じみた許可出していいものか。
でもこのヤバそうな感じはあれだな、俺が認めないと官憲に追われる覚悟で勝手にやらかしそうなんだよな。というか俺に一応気を使ってるから許可求めてるだけで、いつもの調子でなら即飛び出してそうな。
コイツらにはなんだかんだで助けられてることもないわけではないし、今後考えたらまだまだ俺の手伝いしてもらいたい。
別に高潔気取ってるわけではないからな俺。ここは中世のお貴族様のガバガバ職権乱用っぷり少しぐらい使っても誰も何も言わんだろう。うん、多分。
万が一これを口実に何かしら起こったならそんときはスキルで知恵捻り出そう。いやその万が一起こらないでくれよ頼むから。
主に立場的な意味で散々迷いはしたが、結局目先の体面より今後とも末永いお付き合いで生じる利益をとることにした。
けど念の為に確認しておきたいことがある。
「なぁ、なんでお前らそこまであの臭い連中に殺意湧いてるんだ?」
まさか本当に臭いからではなかろうな。と身構える俺にマシロは相変わらずニコリともせずに答えた。
「あいつらの言い草が気にくわない。それじゃ駄目?」
「俺もあんなカルトみてーなイカレ言動気にくわんが。それだけか?」
「それだけじゃ駄目なの?」
「いやそれはだな」
「…………神が世の不条理を正すとか冗談も大概にしろふざけるなよ糞どもが。じゃ駄目か?」
「はぁっ!?」
驚いだ。今までマシロに会話任せていたクロエがいきなり話に加わっただけでなく、インチキ中二病単語の羅列でなくまともに喋ったことに驚いた。なんなら先程までの不快感吹き飛ぶレベルにびっくりしたかもしれん。
ていうか普通に喋れたんかお前。そして見た目の割には声音いつもより更に低いし口調がおっかない。いつものダウナーというかやや投げやり気味な調子に慣れてると落差凄すぎる。
どうやら神様発言辺りが地雷だったらしい。しかも殺意隠さないぐらいに特大とか、相変わらず時折みせる闇の深さなんなの君ら。
クロエが自分の素を出してでもやりたいとか、あんな小物連中ですら見逃す気ないぐらいなのか。
なんでそこまでとか、過去に何があったんだとかツッコミどころ多いが、どうせ訊ねたところではぐらかされるだけだろう今は。
ならもういい。訳アリ承知で迎えた以上は可能な限り俺も応えてやるしかない。
「わかったわかった。兵は派遣するが監視だけさせとくから、後はお前ら好きにしろ」
「ありがと、恩に着るわ」
「……そのガチトーン調子狂うなぁ。とりあえず一旦帰るぞ。臭いのが鼻の奥に残ってる感じしてるから風呂入るか香料胸いっぱい吸い込みたい気分なんだ俺」
喜びの欠片もみせず相変わらず真顔のままでマシロは答え、クロエは口を再び沈黙したことに若干気まずい空気となったので俺は無理矢理いつものようにそう言って馬に飛び乗った。
一体何が起こるのやら、怖いなぁおい。
翌日の朝である。
昨日は短い時間ながらもそれなりに濃い出来事だったからか、戻ってから幾つか案件処理した後はさっさと休んだ。
いつもどおり朝の支度を済ませ、自室にて朝食を摂ってたときであった。
「節令使様、朝方からの非礼申し訳ありません!き、急報であります」
ターロンに伴われて一人の兵士が血相変えて俺の部屋に入ってきた。どこの誰か訊ねると、昨日俺が監視に向かわせた兵士の一人であった。
マシロとクロエに任せると言ったけど、何かあったのか。もしや原理派の連中が逃げたとかか?
「そ、それが」
「それが?」
「夜明け前に教会から叫び声や火の手が上がってたので急ぎ踏み込んだところ、司教以下、教会の者らが全て惨死しておりました。建物も全焼して跡形もありません!」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
口に飲み物含んでたら確実に噴き出す程の驚きだった。現時点で判明してる詳細聞いて更に驚くことになった。
遺体は辛うじて人の形を保ってる程に黒焦げになってるか、鋭利な刃物を使ったかのような真っ二つな死体となっていたという。
特に司教は酷いもので、手足や顎が切断され、串刺しにされた挙句に汚物を全身にかけられ、顔に松明でも突っ込まれたのか頭部だけが燃やされたという割と猟奇的な死体が燃え下がる教会の前に突き立っていたとか。
朝からこんなエグイ報告聞く羽目になるとか。
そして殺意高すぎだろ君ら。どれだけ癇に障ってたの。
報告を聞き終えた俺は二人を下がらせ、残ってた朝食を口に詰め込めるだけ詰め込んで水で薄めた白ワインで流し込むと、すぐさま庭にある二人の家へと向かった。
窓開けてそこから声かけてもよかったが、朝帰り直後で寝てるか風呂入ってるかの可能性あるので直接来た方がまだ反応あるだろう。
足早に家へと向かい浴室から湯気が出てないの確認して階段を駆け上る。
扉の前に辿り着き、呼吸をロクに整えず俺はドアを激しく叩いた。
「おい居るんだろ!?任せるつったけどやりすぎじゃね!?どんだけ過激にファイアーすりゃいいのお前らぁ!後始末大変でしょうがぁ出てこいやぁぁ!」
息を荒げて反応を待ってると、しばらくしてドアが開き顔を出したのはマシロであった。
「おっはー。朝からテンション高いわねー。こっちは朝帰りしたばっかだから今からお風呂してひと眠りすんだからさー静かにしてよーちょっと男子ぃー」
「くくく、朝の荒ぶる獣の咆哮と感情のサイクロンから生じる蛮声の残響。見苦しきヒステリーの否定の願望切望」
「眠いから話は後にしてください。って、クロエは言ってるわー」
「……」
マシロの横から更にいつもの物憂げな笑みを張り付かせたクロエがいつもの調子で応対した瞬間、俺の中から激情が急激に萎えていき脱力のあまりへたり込みそうになった。
やることやってもういつもの調子に戻ってやがる。これはもうここで幾ら怒ったところで馬耳東風だわこれ。
本当に自由すぎやしませんかねお前ら!?
やってしまったことは仕方がないとはいえ、今日は事故処理から始めないといけないなこれ。




