第二十話 やっぱ宗教って糞だわ(個人的感想)
あれから一か月弱が経過して、王国歴四一九年六月中旬となった。
元の世界の暦では夏である。そしてこちらでも夏である。この世界の形がどうなってるか知る術はないが、季節の移ろいに関しては地球と同じらしいな。
とはいえ本格的な暑さはまだなく、朝方は涼しい風が部屋に入ってくれてるが、日中は日差しの中歩くと汗ばんでくる季節であり、一日ごとに強さを増してる気がする。
毎年のことながら夏の暑さを想像してげんなりしそうだ。文明の利器なぞ無いから猶更に。
腕木通信の件からそれだけ経ったわけだが、俺が焦ろうが落ち着こうが動きは絶え間なくあったわけで。
開始から一週間程で泊まり込み人向けの風呂場は完成。これをモデルに州都内で州都庁付近に一軒、人口密度高い地区に一軒建ててみることとなった。
土地の確保は予想よりもすんなり成功した。都庁付近や人口密集地といえども、所詮都市人口三五〇〇〇。それなりに空白地はあるものだし基本的にこの辺りは国の土地なのでどうとでもなった。
問題はそれ以降。個人や十人前後が入れる規模と違い、一度に百や二百は収容可能なやつともなれば簡単に出来るもんではない。排水量も段違いなのだからそれの受け入れ対策も含めて割と難航した。
銭湯以外でも人手は欲しかったので、腕木通信の話をした日にすぐさま多額の報酬と賄いつきの触れ込みで募集開始してもらったよ。大工みたいな建築系や職人系に該当する人材はギルド通じて隣の州にも声掛けしてもらったし。
通信施設は望遠鏡待ちなので、その間に出来る事といえば、都庁の庭の一角に一台用意しておくことぐらい。こちらは州都庁の通信設備であると共に銭湯と同じで練習兼モデルとなってもらう。
建築関係はとりあえずヴェークさんら建設業者に一任するとして、俺は節令使としての政務に励む。
一罰百戒の効果が短期間で出たお陰で、こちらも予想より膿出しが進んでいる。
一週間内含む期限内に自首してきた者は九〇〇。
そのうち不問に出来ると判断した者ら三四〇名。無罪放免とはいかないが被害者への謝罪及び示談で解決可能な者ら一二〇名。短期でも入牢ないしなんらかの軽い処罰を行う必要性ある者三八〇名。残り六〇名は改めて調査と裁判が必要であり、場合によっては重罰科す可能性高め。
そして期限過ぎた後に罪状発覚した者が把握されてるだけでも二八名。それら全員が逃亡。そのうち一六名は関所含む各地で確保されてこちらに送り返されてきてた。が、そのまま処刑場直行だったのは言うまでもない。
五〇〇〇の正規兵のうちほぼ五分の一がこんな体たらくだったことに頭抱えたけど、残りが一応シロだったこと分かったので良しとしようと無理矢理ポジティブに考えてみたり。
次に治安関係。
他所と比べたら悪くはないし寧ろ昨今の地域情勢からしたら良いともいえる。けれどやはり夜になると州都ですら気軽に独り歩きはお勧めしないぐらいには、この時代はまだまだ改善の余地を残す。
ひとまずは州都駐在の兵士や民間有志の自警団に対して夜勤手当を付けることでモチベーションを上げてもらうという手段で乗り切ることに。
人手不足なときは既に居る人らのやる気上げるようなことでもせんと、辞める可能性あるわけで。というか官の方はまだしも民間である自警団の人らの何割かそういう気配あったと後々知ることに。
今後の構造としては州都含めて全ての町や村に交番設置したいし、それを束ねる警察組織を立ち上げていきたいとこだな。基本的に兵士が警察官みたいなのを兼任してたり、自警団みたいな民間人の有志の補助ないと立ちいかないといのも効率悪いからなぁ。
その次に経済関係。
とは言っても幾らお金バラまいたとはいえすぐに効果が見えるわけでもないので、こちらは単に地元商人らが入れ代わり立ち代わり挨拶にきただけである。
挨拶ついでに食品系扱う人らから俺が王都でやってたポテトチップス等の商品をこちらでやらせてもらえないかと頼み込まれた。
話は前々から商人同士の話で出ていたが、発案者であり責任者である俺が来たのでこれを機会に手を出してみようということらしいので、俺は王都でもそうしたように幾つか条件を挙げてそれに同意した者らと契約書を交わした。
所詮ここに元々あったものを知識の切り売りでアレンジした産物だし、俺は俺でやるときのアイディアは幾つかあるので独占出来なくても平気である。
寧ろこれから経済回していくには、消費者の購買意欲誘うようなものをジャンジャン出してもらわないと、雇用増やしたり今年限りとはいえ減税したりする意味ないわけだから。
で、司法関係含むそれ以外のことといえば、大体の事は俺に回ってくる前に各部署で処理されているので俺は報告書に目を通して決済するか、十数件に一回あるかないかレベルでの相談事を引き受けるかぐらいだった。
それでも顔見世がてら街中視察したりリヒトさんら程ではないけど地元の有力者の冠婚葬祭に顔出ししたりと、政務以外にやること多かったのでここまであっという間であった気もする。
王都でもそれなりにあれこれしてたつもりだけど、段違いに忙しいのはやはり節令使という高位に居るからだろうか。
いや、椅子を温めるだけの簡単なお仕事してる高給取りの連中知ってる身としては、やはりこいつは自分で忙しくしてるだけかもしれん。現に周りが「今回の節令使様は働き者ですな」と噂してるの耳にしたことあるぐらいだ。
充実感があるから不満はないけれども、自分で休みどころ見つけないと怖いなこれ。前世のサラリーマン時代よりブラック、しかも自分で自分に課してるんだから笑えねぇ。
などと自嘲しつつ、俺は本日もマシロとクロエをお供に公務の為に街へと繰り出していた。
今日は銭湯の一号店開店日。その開店イベントにここで一番偉い人兼発起人兼スポンサーとしてご挨拶というわけですわ。
現場へ到着すると、開店前というのに既に数百人ぐらい建物前へ集まっていた。
収容人数的に一度に全員入りきらないので時間制で人数制限の触れ込みしてる筈だが、それでも新たな娯楽の匂いを感じ取って集まってきてるといった風である。
まぁ宣伝考えたら野次馬が多いに越したことはないか。
銭湯で働くこととなった従業員らは群衆に揉まれながらも式台に近寄らせないよう壁を作ったり、利用者に整理券配布を行ったり、質問してくる者に応答したりと忙しそうだ。
この従業員らは店長や事務経理担当はリヒトさんらが経営してる所から派遣してもらってるけど、現場スタッフは全員州都に住んでる民間人。その辺の仕事よりも高めの報酬提示して集め、審査と面接を通り抜けてきた人々である。
俺が夜なべして作成した従業員マニュアルを元に十日近く教育したので、ぎこちない感じはまだ残ってるもののなんとか対応出来てるようで何よりだ。
「あれ?そこに居るの節令使様じゃね?」
群衆の中の一人が俺に気づいて声を上げると、従業員ら含めてほぼ全員一斉にこちらに視線を向けてきた。
可能な限り視察と称して街中見て回ってるとはいえ、まだ俺の顔を知らない奴も大勢居る。単に身なりの良さそうな服着た男ぐらいならすぐに反応などなかっただろう。
やっぱり良くも悪くも目立つな大型バイク二台とそれに乗る奴は。それを従えてる奴=レーワン伯という認識なのは、俺の方が付属物みたいで少し癪だが。
「ほらほら私らに僻み根性滲ませたような顔してないで笑顔で手を振りなってー」
「くくく、ほの暗い他愛なき妬みのそよ風。些事たる思いなぞ塵箱へ投じるべき行為」
「わぁーってるよ。まったくもうお前らは……」
軽く溜息一つ吐いて気持ちを切り替える。
俺がビジネス用の優雅そうな笑顔を浮かべ手を振ると、人々が軽い歓声を上げながら左右に分かれて道を作ってくれた。
精々重々しく頷きつつ俺達は店の前に設置された式台へと向かう。
式台の前には作業員らに指示を出していた店長の男が立っており、俺の姿を見ると恭しく頭を下げてきた。
「ようこそお越しくださいました節令使様。お忙しい中御足労おかけしまして申し訳ありません」
「いやいや、私の肝煎りで始めた事業。しかも最初の店ともなれば足を運ぶ価値がある記念すべきものだ。この日を迎えられた事に対して、ロート子爵らに深く感謝していることを伝えて貰いたい」
「かしこまりました。ささっ、到着されて間もないことで恐縮ではありますが、早速この場に居る者らにご挨拶をお願い致します。伯爵様の宣言後に開店と致しますので」
「そうだな。私が早く済ませて開店させないといい加減通行の妨げになるからな」
やや切迫した風に頼み込む店長に納得した俺はすぐに馬から降りて式台に登壇した。それに合わせて従業員らが「静粛に静粛に!」「今から節令使様からのお言葉があるぞ!」と大声上げて周りを静かにさせていく。
今まであちこちで上がっていたざわめきはあっという間に静まり、この場に居る全員が俺の一声を待つように見つめてきている。
店長から手渡された音響石(音を拡大させる不思議な鉱石だとかでマイク代わりになる)を口元に寄せ、手短な挨拶と共に開店宣言を高らかに述べようと言葉を発しようとした。
その時であった。
「今すぐこのような事を辞めろ不心得者な若造めが!!」
群衆の外側辺りからヒステリックな怒声が響き渡った。出鼻をくじかれた俺はやや面食らった顔をして声の発生源へ目を向ける。
その方角に居た人々らが先程と同じく左右に避けて道を作っているけど、老若男女問わず顔を露骨に顰めて顔を背けている。
何故だろうと疑問が浮かんだが、すぐに判明した。
突然、汚物と吐瀉物を混ぜて数日放置させたような刺激臭が鼻にきて、思わず手で鼻を隠す仕草をしてしまった。
込みあげる吐き気を我慢しながら臭いの元へ改めて目を向けると、そこに立っていたのは僧服を着込んだ一団。中心には金の刺繍が入った立派そうな服を着てる顔も腹も弛んだ中年男がいる。
いやそれよりも臭いだよ臭い!?あいつらが立ってるところからこちらまで十m近く離れてるのにそこから臭ってくるとかヤバすぎんだろ。
この世界の衛生事情的に不潔からくる体臭のキツさほぼ当たり前なもんだけど、これは頭一つ抜けて酷い。少なくとも王都でも滅多に居ないし、野生動物の方がまだお綺麗と思える酷さだ。
というかこの世界の一般庶民ですら顔顰める臭さってどうしたらそうなるんだよ!?
「……リュガ、燃やす?というか今すぐこの場で燃やしていいー?」
「汚物消毒の気持ちは死ぬほど分かるが街中で白昼堂々の殺人はちょっと待て官の人間的に」
同じくあまりの臭さに苦虫潰したような顔してるマシロが期待を込めて訊ねてきたが、とりあえず常識でねじ伏せて一旦保留。
そうこうしてるうちに臭いの元凶である一団は距離を詰めていき、大声出さずとも声が聴こえる距離まで到達した。その分臭いのキツさが増していってるので、俺は咳き込むフリして口呼吸に切り替えて辛うじて踏みとどまる。
俺達や周囲の反応など気にした風もなく、中央に居る血色悪い中年男が目を大きく見開かせて俺に指を突き付けてきた。
「節令使を気取る若造よ!神を冒涜し人々を堕落せしめんとする悪行を今すぐ辞めて我らに許しを請え!!そしてアラスト教に改宗してこの地を神の代理人である我らに捧げよ!」
「…………」
言ってる事がわからない。アンタ、イカレてるのか……?
思わずそう口にしそうになった。マシロらの前でならともかく公衆面前で素を出すのも体裁悪いから踏みとどまれたけど。
なんで銭湯造っただけで神を冒涜だの許し請えだの言われた挙句に、州丸ごと明け渡せと要求されてるんだ?
いつぞやの似非関所の馬鹿もそうだが、知識スキルあれども世の中分からない事なんてあるもんだな。そういう感慨は良い意味で持ちたかったけど。
あんまりだんまり決め込んでても都合の良い解釈されて調子づかせるので、嘔吐感堪えつつ俺は相手に訊ねてみる。
「……誰だが知らぬが、節令使たる私が私費を投じて行ってる衛生事業の一環であるこの場での狼藉は看過しえぬぞ。まずは名を名乗れ」
「我らを知らないとは無礼な!!神からの天罰を喰らうぞ貴様ぁ!!」
「なんという憎たらしい風貌の貴族の若造だ。今すぐ引き摺り下ろして地に頭を伏せろ不信者め!」
男の取り巻きらしき僧衣姿の男どもがそう喚いて足を踏み鳴らす。中央の男もこちらが思うような反応少ししなかっただけで眼に見えて不快感を顔に浮かべている。
現代地球でも宗教関係者というのは何様のつもりな態度とる人ら居るからか、まだまだ幅効かせやすい中世だと病的な傲慢さが当然になっとるな。
にしても度が過ぎるのが引っかかる。
そもそもアラスト教といえば、王都に居る不良神父ことパオマ神父みたいなどこか緩い感じの、良く言えば臨機応変悪く言えば行き当たりばったりな布教して各地の地元宗教とも付き合いあるとこだぞ。だからこそ宗教の中でも一神教系避け気味な俺が関わり持ってるんであって。
こんないかにもベタで嫌な駄目宗教集団じゃなかったような気がするんだが。なんなんだこいつ等。
俺の疑問を、臭い中年男がすぐさま解いてくれた。
「いいか若造。我らは栄えあるアラスト教原理派の者らであり、私はそこで司教を務める者ぞ。理解したのならすぐに悔い改めてひれ伏せ」
男の言葉を聞き、俺はすぐさま理解した。確か以前パオマ神父から説明されたことがあった。
アラスト教も一枚岩でなく、色々細かい宗派があるが、大きく分けて二つに分類されるという。
主流なのはパオマ神父も所属してる寛容派。こちらは名前の通りアラスト教の教えを広めるのを使命にしつつも布教に影響がない範囲で他宗教と関わって神への理解を深めよ。というこの時代にしては進歩的考えのものだ。
で、もう一方のは原理派。こちらはアラスト教開祖の言葉とそれを記したとされる聖書の教えを忠実に守り、妥協することなく教えを広めと説いている。そして他宗教を排斥するべき異教と見なし、それらに基づく行為全ては神が許してるので大いにやるべきと推奨してる。
数字でいうと八対二と寛容派の方が圧倒的に多いのだが、少数の警備隊以外持たない教会内の中で原理派は異教や異文化排除の為に聖戦軍という私設軍隊を保有しており、尚且つ原理派の教えを口実に他所へ侵略しようと目論む幾つかの国からも支援を受けているので勢力としては厄介と成っているとか。
それでも信者の数を増やしたいので、積極的に辺境の地やアラスト教との関わり合いが薄い国へ布教へ赴いてるそうだが、独善的排他的な言動でトラブルが絶えないとも聞いている。
プフラオメ王国は基本的に特定の宗教を贔屓しないという方針をとっている。王宮に居る神官らもアラスト教など様々な人らで構成されてるのだ。
寛大というより無関心故ではあるが、お陰で王都内だけでもメジャーマイナー合わせて二十近くの宗教が日々布教合戦やってる。
だから別に地方で布教やるのもおかしな話ではない。どこもやってることだ。
で、こいつらのこの頭のおかしい言いがかりで無茶苦茶な事を言ってるのはなんでだ?
気を抜くと吐きそうな臭いと久方ぶりの訳わからない存在の遭遇で俺は頭痛を覚えるのであった。




