第二十三話 新たなる召喚者
ターロンに伴われて入室してきたのは、報告通りフードを軽めに被ってる一組の男女。
男の方は何故か俺より背後に控えてる少女二人を見てあからさまに動揺した素振りをみせる。そしてやや遠慮がちに執務室へ足を踏み入れたが、女の方は躊躇うこともなくズガズガと踏み込んできた。
女の方は一六〇㎝ちょいぐらいで、足元やマントの隙間から見えた範囲だと、意匠はやや独特ではあるがこちらの世界の装飾品や靴を身に着けていると判断してもいい。
男の方は一七五㎝行くか行かないか程の、ややひょろりとした風に見える。
だが、それよりも俺が注目したのは男の服装だ。
マントの隙間から見えたのは、やや使い古した感じのスニーカーにジーパン。見間違う筈もない、現代地球では当たり前に見かけていたものだ。
奪うなり拾うなりして身に着けてるという極小の可能性を除けば、コイツはマシロやクロエや勇少年と同じくこちら側へ来た召喚者。
まさか国ではなく一部族が召喚を行いそれを成功させてたとは。こちらに乗り込んできた強気の元はそれなのか。
椅子に身を沈め、腕を組んで悠然とした態度で迎えつつも、俺の頭の中は幾つかの憶測という鳥が羽ばたいており押さえつけるのに一苦労していた。
いつかは勇少年以外の奴とも接触する可能性は考えてないわけではなかったけど、こんなにも早くしかも思わぬとこから来るんだから驚くわ。
こちらの内心を知ってか知らずか、男女は執務室にある来客用のテーブルの前で立ったままこちらを見ている。一言も発せず、熱のある視線を向け続けている。
「……とりあえず突然の訪問を許可した側への最低限の礼儀として、名を名乗っては如何かね?あとフードも取りなさい。顔も見せない相手信用する程私はお人よしではないぞ」
まずは形式的な質問。なにせ受付係相手には「西から来た者だ」としか名乗ってないというのだから一応訊いてなきゃなるまいよ。
ありきたりとはいえ正論には違いなかったのか、二人はしばし顔を見合わせた後素直にフードを脱いだ。
女の方は、年の頃はマシロとクロエと同じか少し上ぐらいの赤毛でセミロングの少女。幼さが少し残った顔立ちしてるけど、良く言えば精悍、悪くいえば不機嫌そうな苦み走った表情をしている。
男の方はというと俺と同じぐらいの年齢の、やや狐目気味な目元が印象的以外はごくありふれた顔立ちの黒髪黒目の青年である。
赤毛の女が俺から目を逸らさずに言葉を紡ぐ。
「……私の名前はモモ・ゲンブ。ここより西にある大山脈にて暮らす部族の一つゲンブ族の族長の娘だ。連れの男はただの連れでそれ以上でも以下でもない」
「ゲンブ族ねぇ……」
口の中で呟きながら俺は手元にある数少ない資料に目を走らせる。
今まで確認できた部族一覧的なものの中にゲンブ族の名前があったので、少なくとも出自に関しては確かなのだろう。
部族の殆どはそこまで大規模なのは存在しないとはいえ、族長の娘ともなればそれなりの立場の筈。それが召喚者とはいえお供一人でここまで来るとは度胸があるのか無謀なのか。
ひとまず身分を信じるの前提で話を訊いてみますかね。
「それで、族長の娘というお方がわざわざこのような所まで赴かれた理由は?」
「私は戦士だ。あまり腹の探り合いは得意ではないから単刀直入に言わせてもらうと、私に協力しろ新たなる節令使殿」
「……」
すぐには反応を示さず、俺は顎や口元を意味もなく撫でて表情を眩ませてみせた。
つい先程まで西方の山岳部族らへの対応を考えており、しかも政略や謀略で済ませたいと考えてはいたので申し出そのものはタイミング良いんだ。
しかしラッキーと思ってすぐに飛びつくのは馬鹿すぎる。半端に力添えして用が済んだら攻撃されるとかいう間抜けな事態は避けたい。
強すぎても駄目だけど弱小すぎても困る。ゲンブ族とやらがどんなのかも知らないからなこっちは。情報不足すぎて迂闊な事言えねぇわ。
となればもう少しあれこれ話を訊きたいとこだが、果たしてどこまで腹を割って話してくれることやら。
俺がだんまり決め込んだのでモモは不審げに眉を寄せつつ一歩前へ出た。それに気づいた連れの男が彼女の腕を軽く引っ張って気を逸らさせようとする。
「待って、いきなりそれは流石に即答出来ないですよモモさん」
「いやしかしだなこういう事は素直に言うべきであり、私の言はなんら恥ずかしいものではないぞ」
「直球すぎるんですよ。全部飛ばして結論だけとか命令してるようにしか聞こえませんって相手に」
「ふんっ。お前がそう思うならなんとかしろ。その為に連れてきたんだからな」
「わかりましたから機嫌損ねないでくださいってモモさん」
などというやりとりを俺の前で堂々とした後、モモの一歩後ろに控えてた男が代わりに前へ出てきた。
見た感じ武器らしい武器も持ってなさそうだ。しかし召喚者だからどんなスキル所持してるか不明だから油断はできんな。
こんな事ならさっさとステータス確認しとくべきだったな。滅多に使わないとついつい忘れてしまうわこれ。
内心少し緊張しつつも、表面上は余裕を崩さずに俺は目の前の男の出方を伺う。
男はマシロとクロエをチラチラ見ながらも、咳ばらいを一つして姿勢を正した。
「突然のご無礼に関しては謝罪致します。しかしながら話だけでも聞いてやってくれないものでしょうか?このとおりお願い致します」
と言って愛想の良い笑顔を満面に浮かべてみせた。
「……」
「……」
「…………」
「…………?」
何がしたいんだコイツ?
笑顔で頼み事以上のことは何もせず、ただただ俺を笑顔で見てるだけ。おそらく召喚者であろうという情報がなければ馬鹿にされてると判断してすぐさま警備の奴呼んで叩き出してるぞ。
軽く困惑しつつ首を少し後ろに動かすと、俺の後ろに居たマシロとクロエも俺の内心の呟きに同調するかのように首を傾げて互いを見ている。
もしかして、これも目の前の男の策なのだろうか。こんな馬鹿みたいな挙動で何か時間稼ぎでもしてるのだろうか。
当然の疑惑を持ちつつ男の方へ視線を戻すと、警戒レベルを上げるか否かの対象は俺の反応に対して笑顔を露骨に引き攣らせている上に冷や汗が額に滲んできてる。
俺の態度に不快感覚えたというより、あれは例えるなら、普段から使ってる家電製品が何も変な事してないのにある日突然故障したときに生じる動揺のような。
恐らくスキル発動に失敗したのか。或いは意図とは違う状態が起こった事なのか。
少なくとも俺自身は何も影響は受けてないことは想定外なのだけは分かった。
そんな様子を見ていた族長の娘殿は苛立ちを隠しもせず男の肩甲骨辺りをこつぎだした。
「おいヒラナリ。これはどういうことだ。お前のあの力が目の前の男には効かないじゃないか。アレはこの世界の人間なら大体は通じるんじゃなかったのか」
「いや、モモさんそれ僕が知りたいですよ。モモさんみたいな鉄の精神力で跳ね返してる訳でなく普通に通用してないとか、分かりませんよこれ」
「どうするんだ。この地の権力者の協力取り付けないと話が進まないんだぞ。下手したらこの件を口実に真っ先に我が一族が討伐対象にされてしまうぞ!?」
「痛い痛い痛い。モモさんの軽くこつぐ感覚は普通の人のパンチ並みに痛いから勘弁してくださいよって!僕色んな意味で泣きますよってか泣きそうです!」
「……なんだこれ」
なんか一気にぐだぐだな空気になってきたが、まぁいい。少なくともヒラナリと呼ばれた男の最大の力とやらが駄目な以上は主導権は俺が握れそうだ。
押しかけてきたのに押しかけ先の人間無視して言い合い続ける男女に俺は手の甲でデスクを叩いて中止の合図を送る。
「あー、まぁとりあえずそちらの用件聞く前に、ちょっとお話しようか。特にヒラナリくんだっけ?知ってる事洗いざらい話してもらうからね?勿論快諾してくれるよね同じ日本人の誼でさぁ?」
「えっ、そっちの二人だけでなくあなたも日本人ってマジですか……!?」
ヒラナリと呼ばれてる男は、俺の発言に絶句してしまった。反応が大仰すぎて隣に居るモモが「大事な場なのだから落ち着け少しは」と言わんばかりに片手で顔を抑えて俯いてしまってる。
どうもリアクションの沸点低すぎなの含めて一般人すぎるし、さてはコイツ外れ枠とかいうやつか?
彼の名前は羽黒 平成といって、数か月前まで地球の現代日本で呑気にフリーターしてた二十五歳の若者であった。
ある日突然謎の光に吸い込まれたと思ったら、気が付けば怪しげな朽ち果てた遺跡に一人ポツンと立っていたという。
その遺跡の中にあったのは、元は機械という以外何が何だか分からない物。SF的な予想するならそれは一種の転移装置だったのだろうか。
呼ぶ者が居たのか、多発する時空の歪みに呼応して機械が誤作動でも起こしたのか。とにかくも大体的な召喚儀式を行わずとも地球から人を呼べるらしいなこの世界。
だが平成はそういうこと考える余裕などなかったので、慌てふためきながら遺跡を歩き回り、ようやく外に出たと思ったらテレビでしか拝んだことないようなお高い山々の真っただ中。
幸い遺跡とその周辺は平地だったとはいえ、進退窮まって途方に暮れてたところに、この辺りを縄張りにしてるゲンブ族の人間に発見されて彼らの里へ連れていかれたとか。
この世界の人間からしたら怪しげな格好した不審者であろうに、割と友好的に迎えられてついには短期間で族長の娘のお付きになって今に至る。
それもこれも彼が付与さええたスキルによるものだとか。
光に吸い込まれて遺跡に転移するまでのほんの僅かな時間、彼の頭の中に「スキルを付与しましょう」という声が聴こえてきたとか。
カミカリ様の関与を疑ったので、どんな声か訊ねてみたが、女寄りの中性的な声だったというんで、少なくともあやつではなかった。
その声とやらに言われて咄嗟に思い浮かんで願ったのが三つ。魅了、無詠唱にて魔法発動、一時的な身体強化。
特に魅了のスキルに力を振ったとかで、お陰で無詠唱にて魔法発動出来ても初歩的なのが二つ三つ使える程度であるし、一時的な身体強化も一日一時間以内しか使えないという。
なんで魅了なんぞにしたのかというと、人に好かれていれば無条件であれこれ助けてくれるだろうからという単純な理由だった。
肝心の魅了スキルであるが、これも全フリでない上に本人の希望もあってチートではなかった。
平成が言うには、好かれすぎてもそこから生じる人間関係の捻じれ次第で修羅場引き起こしそうだし、上手く行き過ぎて怪しまれて付け狙われる恐れもあるから程々が一番という保身が動いたとか。
なので魅了に関しては俺達のような同世界人には通じない、こちらの世界の人間でも意思や自我がかなり強い相手には効かないか効きにくいという。今回の件で俺のような元現代日本人もノーカンであることが判明したわけで。
しかし基本的には大抵の相手には通じるようなので、ゲンブ族の人らには親切にしてもらい最低限の衣食住は提供してもらって特に働かずに暮らせてたとか。
「でもモモさんには効かなかったので、何かあれば『無駄飯喰らってないで手伝え』と首根っこ掴まれてあちこち連れまわされてそこそこ大変でしたよ」
遠い目をしながらそう述懐して平成は己の近況の締めとした。
用件を聞く前に身の上話を訊いたわけだが、大山脈内に転移装置らしき物が鎮座する遺跡があるという情報以外は割と巻き込まれ事故という感想しか浮かばないな。
いやここに連れてこられる事態が完全に巻き込まれ事故なんだが、スタートが誰も居ないどころかサバイバル知識持った登山家とかでないとほぼ詰みな場所からとか何の罰ゲームだよ。
平成には率直に同情するが、こういうときどんな反応すればいいんだろうね。
俺が茶を啜りながらそんな事考えてる後ろで、マシロとクロエが掌にステータス画面出してゲラゲラ笑ってた。
「うわっ、クソ雑魚ー。何しに来たんだよゴーホームって感じでウケるー」
「くくく、二束三文の哀愁漂う羽虫の力。モラトリアムフリーターの無為徒食ニートクラスチェンジ」
「お前ら初対面の人に辛辣すぎんだろ……。ごめんなえーと、平成ってまだ馴れ馴れしいから羽黒くんでいい?」
「あっ、いえ、そちらのがかなり偉い人ですから好きなように呼んでもらって大丈夫っす。あと、ステータスも自覚あるし、その、今そのお二人のも見たんで、なんかすげぇなと」
「あー、ごめんね。本当にごめんね非常識の塊で」
と言いつつ俺も自分で画面写してチラッと拝見。
【名前】羽黒 平成
【年齢】25歳
【レベル】 3
【体力】 20
【魔力】 25
【耐魔力】21
【攻撃】 5
【防御】 5
【速さ】 6
【職業】 召喚者 ゲンブ族お抱え魔術師
【スキル】魅了(弱)無詠唱にて魔法発動 一時的な身体強化 ステータス鑑定
魔力関係が一般人より上とはいえ、精々少し手練れの、冒険者でいうならCの上の中辺りに居る魔法使いぐらいだ。それ以外は辛うじてそこらへんの一般人よりマシレベル。
スキル持ちだしまったく駄目な人材ではないけど、召喚者=勇者という認識でいうなら外れもいいとこだ。
大器晩成の可能性もないわけでないが、仮に化けたとしても本人の性格的に差ほどでもなかろうこれ。どんなに化けたところでウチんとこの出鱈目コンビ相手だと瞬殺だろうしな。
マシロの言葉借りるなら、本当に何しに来たんだよ。としか言えない糞ステータス。本人は魅了スキルのお陰で今のとこはそこそこエンジョイしてるとはいえ、普通なら最初の数日で野垂れ死ぬか魔物の餌になってる。
どうやら勇者召喚というのは全てにおいて最強格の強さやスキルが約束されてるものではなさそうだ。或いは、手順を踏んだものか否かで差が出るのか。
すると、膨大な魔力を使用した複雑かつ密度の高い術式で行えば更に上も出てくるのか。上限があるという話は聞いた覚えないから否定は難しい。
マシロとクロエあと俺は除くとして、現時点で二人しか見てない上にこうも極端な例だと満足な答え導きだせそうにないな。
かといって他の奴を調査というのもなぁ。興味はあるがそもそもそういう類に関わりたくないからここに来てるんであって。
記憶の隅にひとまず置いておいて、まずは目の前の案件に取り組むかね為政者的に考えて。
俺は平成の隣に座って沈黙しているゲンブ族族長の娘殿に目を向けた。
視線に気づいたのか、モモは相変わらず不機嫌そうな顔を崩さずに鼻で笑った。
「コイツのどうでもいい身の上話がようやく終わったか。しかしよもや節令使殿も異界の者だったとは驚いた」
「正確には元ですがな。私は生まれも育ちもこの世界のこの国ですので、基本的にはそういう立場で接してもらえたらありがたい」
「それはこれから行う話し合い次第だ。友好か敵対かはそちらの意思一つで定まるだろうからな」
「まったくで。それで、今回の来訪の理由改めてお聞かせ願いますかな?」
そう言って水を向けつつ俺は温くなった茶を啜るのであった。




