デックスの提案
「何故、お前がいるんだ」
リングトムの口調は硬く、どことなく責める響きさえ感じられた。
エリスはリングトムの瞳から全く逸らさず、堂々とした口調と視線で話した。
「親戚と旅行でここに来ています」
エリスのその態度にリングトムは圧されたようであった。リングトムはエリスから顔を明後日の方向に向け、ゴモゴモと自分がここにいる理由を述べた。
それは聴き取りにくく、またとうに知っているエリスにとってはどうでもよいことであった。
目当ての新聞もなかったことでエリスはカーラを連れてさっさとこの場から去りたかった。しかし一応はまだ婚約している身同士である。言い訳しているリングトムひとりを残して去るのはあまりにも大人げない。エリスは一通りリングトムの言い訳を聞き終えてから去ろうと考えた。
リングトムが言う。
「…それに若い女性の死体が見つかっただろう 地元の公安局員やホテルのオーナーから聖士隊ということで協力を依頼された 事件の調査をするため、この地方の領主をホテルによんでいる」
エリスは表情を変えないままリングトムの言い訳を聞いていた。だが背後ではカーラが小さく「まあ」と声を上げている。エリスも内心は大層驚いてた。
(この地方の領主ということは第一被害者の身内じゃない)
エリスは更に詳しい話を聞きたくて、リングトムの話に耳を傾けたが残念ながら聞きたかった話はそれまでであった。
リングトムはまた婚約者を裏切って恋人と旅行しているという後ろめたさの言い訳を繰り返した。
エリスはがっかりした。
(リングトムはまだ私が自分に夢中だと思っているんだろうか 自分への態度を見ればとうに私の気持ちが冷めていることなんて気がつきそうなのに)
(でもナーター家から貰って指輪を返していないだもの、まだ私が未練があると思われても仕方ないかも)
エリスは黒い絹の手袋をはめた左手の小指をこっそりと右手の人差し指で撫でる。
ナーター家の由緒ある赤い石が付いた指輪。
尼僧からは特別な力があると示唆された。
この指輪のお陰でエリスは前世のカンバヤシの能力が使える。
リングトムにもナーター家にももう殆ど未練はないが、この指輪はまだ手元に残しておいてほしい―それがエリスの本心である。
リングトムはすっかり自分の言いたいことを言い終えると、その場から逃げるように立ち去ろうとした。
エリスはリングトムの背中に呼びかける。
「リングトム、もしかして今までの被害者は皆目立った容貌を持っていなくて?」
リングトムの足が止まる。ゆっくりと振り返る。
「何だって?」
「新聞には今回の被害者の人相書きが載っていたわ 今回の旅行に一緒に来た知り合いが美術学校に勤めているけど、大変な美女だって驚いていたわ」
―メリカが被害者と認識があったかもしれない
この重要情報は口にはしなかった。
犯人が何処に潜んでいるか分からない以上、被害者の身元判明の手がかりを持っているメリカが犯行の標的になる可能性はあるからだ。
エリスの言葉を聞いてリングトムは頭を下に下げて、拳を顎の下に当てる姿勢を取る。考え込むときの彼の姿勢である。
エリスは重ねて言う。
「これまでの被害者は若い女性ばかりだもの、容貌にも共通点があるかもしれなくてよ」
カーラがエリスの言葉に強く肯く。
「…そうだな」
間を置いて、リングトムが返す。
「何が『そうだな』なんだ」
エリス、カーラ、リングトムは皆驚いた。
リングトムの後ろ、図書室の出入り口方向にデックスが歩いてきた。
(また、この男は気配を消して)
エリスは忌々しい気持ちでデックスを見た。カーラは驚きのあまり、一瞬呼吸が止まったのか、今は胸に手を当て激しく呼吸をしている。
リングトムは顔色が青と赤の斑になった。
尊敬している人物に見られたくないものを見られたのだから仕方ない。
エリスはリングトムに同情した。
デックスはリングトムに尋ねる。
「この方は?」
(白々しい!)
エリスは舌打ちしたい衝動にかられた。
確かにリングトムの立場を考えると、エリスとデックスは初対面である。
昨年の春のナーター家で開かれた茶会ではリングトムはパートナーとしてアイナを同伴した。多分そのときにリングトムは敬愛する先輩であるデックスにアイナを紹介したことだろう。もしかしたらエリスとの婚約を破棄する考えも話したかもしれない。
またエリスとデックスの出会いは誘拐や殺人、蜜毒の売買につながる事件の聴取である。デックスがこの件をリングトムに漏らすというのは皆無であろう。
故にデックスが初対面のふりをするのは礼儀上は正しい。
エリスもそれは理解している。
だがこの男の捉えどころの無さがエリスのかんに障るのである。
リングトムはしどろもどろにエリスのことを紹介した。シトワ家の令嬢で、家同士の付き合いがあると。
そしてエリスが親戚と旅行に来ているということを。
エリスは渾身の力を顔の表情筋に込めて笑顔をつくって見せた。
「初めまして、エリス・シトワです」
「デックス・ラノウです 先日聖士隊を除隊しました 今後は家業を継ぐ予定です 以後お見知りおき」
デックスも自己紹介をした。
「ところで先程、君たちの話を聞いたんだか、エリス嬢が実に興味深い考えを述べてくれた もしよろしければこの後領主が来るが、エリスさんも会ってみては?」




