背中合わせの会話
自分の宿泊室に戻ったエリスはカーラに一部始終を話した。
甘いお茶を飲み干していたカーラは既に精神的に落ち着いていた。エリスの話を聞き、安堵の溜め息をつく。
「お嬢様に迷惑を掛けてしまいまして、申し訳ございません」
項垂れるカーラにエリスは「気にしないで、大したことではないから」と笑ってみせた。
だがカーラは付け加える。
「お嬢様がもう少し勝手な行動を控えて下さったら、私も少しは楽なのですが」
カーラの小言にエリスは口をつぐみ、視線を逸らした。
その時、天の助けか、扉をノックする音がした。
ノックしたのはメリカ付きの小間使いである。ジュードらが呼んでいると言う。
この後、エリスたちはジュードの宿泊室へと向かった。
ジュードの宿泊室にはメリカもいた。猫脚の椅子に腰を掛けていた。
メリカもエリスと同じように自分付きの小間使いから事件のことを聞いていた。
メリカは話を聞き終えると、婚約者を呼んでこれからどうするか話し合っていた。
元々、ジュードとメリカは年少者であるエリスを今回の旅行に引っ張り込んだという負い目があった。
それでこのような事件である。気に病むのも致し方ない。
エリスは自分は大丈夫である旨を伝えた。そして世間話として先程あったいざこさについて話した。
ジュードは自分の考えを述べる。
「やはり、このような事件が起きた後では皆考えることは同じだ。あまり気分の良いものではないし、ホテルの滞在を予定より短く切り上げる客は多いだろう」
ジュードの言葉にエリスは深く頷く。
あの廊下で騒動を起こしていた女性客は論外だが、やはり何らかの理由をつけてここから一刻も早く出発したいという気持ちを持つのは分かる。
後ろ暗いことが無い善良な者たちは公安局員に早く来てもらい、調査でも何でしてもらい、疑いが一欠片もないと判明したらさっさとチェックアウトをしたいことだろう。
ジュードは提案する。
―公安局員の調査が済み、身の潔白が証明次第、ホテルを出よう
メリカもエリスも提案に同意した。
ジュードはホテル側に公安局員がいつ頃来るのか聞きに行った。
ホテル側によると昼過ぎになるという。
エリスは違和感を感じた。
(それは遅すぎではないか?)
―近くで若い女性の全裸死体が発見された
これだけでもホテルとしては大幅なイメージダウンである。ホテルとしてはさっさと公安局に調査をしてもらい、事件解決を望むだろう。
外は大量の積雪により移動が難しい。故に到着まで時間がかかるのは仕方ない。
だが天気は晴れていることだし、ホテルももっと急かしてもよいのではないか?
ホテルの宿泊客ということで多数の公安局員の導入のため時間がかかるのかもしれない。なら最初に必要最小限の公安局員だけを到着させた方が合理的である。
(やはりホテルが裏で関与しており物的証拠を隠蔽するため? それなら公安局員の到着に時間がかかる方が好都合。それともホテルとしては全く無関係であるという絶対的な自信があるのか)
宿泊室でまんじりと時間を過ごすのも息が詰まるということで、エリスらはロビーに行くことにした。
特に目的もなくての行動ではあったが、ここで異様な空気に遭遇した。
ロビーのあちこちの席では素人探偵が自身の推理を熱く語っていた。
ある者はわざとらしく頭を傾けて、気難しそうな口調で語り、またある者は両手で身振り手振りで語っていた。
それらの者の共通点は仲間内だけで語っているように見せかけて、実はロビーにいる全員に自らの見事な名推理を披露している。
エリスたちはうんざりした。
(これならまだ廊下で騒いでいた女性客がマシだわ)
(酒場の酔っぱらいと一緒じゃない)
昼過ぎになり、公安局員らが到着した。
エリスが考えていたよりずっと少ない人数であった。
死体の状況から主に男性客が調査されていた。ジュードも聞き取りされたが「この地に来た目的は?」「昨夜は何をしていたのか?」「何か怪しい人物は見なかったか?」等、形式的な質問だけだったという。
ホテル側からは身元も確かな人物であるということで、チェックアウト希望なら、チェックアウトしても大丈夫と告げられた。
ジュードは早速帰りの列車の切符があるか調べに行った。
昼食後、小間使いたちは宿泊室へと戻った。エリスとメリカはホテル内のブティックを覗いたり、遊戯室で中年婦人たちのカード遊びに混ざったりした。
二人がそうしてホテル内をぶらぶら歩き回っていると、途中メリカが忘れ物に気付き自身の宿泊室へと戻った。
エリスはロビーの椅子に座り、待つことにした。
「やあ、これは エリス嬢では?」
背後から声を掛けられる。驚きで鼓動がひとつ大きく跳ね上がり、背筋が緊張で震えた。
声の主は振り向かなくとも分かる。
(デックス・ラノウ…)
「ああ、振り向かなくても大丈夫ですよ」
エリスの心を読んだかのように、そう言う。
エリスは舌打ちしたい衝動にかられながらも、それを何とか抑えた。
「随分なところで、声を掛けられるのですね」
せめてもの思いで皮肉を込めて言う。
デックスはエリスの背後の席に座っており、背中合わせ状態である。
ロビーには多くの宿泊客がおり、様々な人の話し声が聞こえる。だがエリスとデックスはそれらを上手く利用し、雑音に紛れ込むかのように会話をする。ある種の特殊訓練を受けた者のみが行える方法である。
「先程、公安局員から調査を受けましてね。ああ、よくある一般的な質問だけでしたよ。どうやら公安局員は私やリングトム、聖士隊については疑いを持っていないようで」
「それは良かったですわね。でも私には関係ないことですわ」
「関係ないとは。リングトムと貴女は婚約しているでしょう」
「こんなことまでしてお話ししたいのは、それだけですか?」
リングトムが今回の旅行に連れてきたのはアイナである。今更な話である。
「公安局員からは聖士隊ということで色々と話を聞くことが出来ました。どうやら第一発見者はシロのようです」
瞬間、エリスは思い出したかのように自分の茶を飲む。
「それは本当なの?」
「はい。というよりこの様な事件は初めてはないようです。以前にも若い女性の全裸死体が見つかったことがあると。その時の発見者と今回の第一発見者は違いますし、前回の事件当時はまだ今回の第一発見者はこの地にはいなかった」
「前回の発見者と今回の第一発見者のつながりは?」
「ないそうです。今回の第一発見者はたまたま牛乳配達のついでに湖の様子を見に来たと」
「湖?」
「釣りをするためと。氷に穴を開けて釣りをするそうです」
エリスは何でも無いかのように振る舞っていた。だが内心は気が高ぶっていた。
(以前にも同じように死体が発見されていた。それはいつ頃なんだろうか)
詳細な話を聞こうとした。だが、
「どうやら、ご友人が戻って来たらしいですよ」
そう言うと、デックスは立ち上がる。
最後にこう付け加え去って行った。
「この話はいずれ出回りますよ。秘密でも何でも無いです。一足先に知った私が貴女に教えただけですから」
デックスと入れ替わるかのようにメリカが戻って来るのが見えた。
日が落ちる頃にジュードがホテルに戻って来た。
気疲れした様子で言った。
「今日の列車の切符が取れなかった。皆考えることは一緒らしい」




