早朝の騒ぎ
その死体を発見したのはホテルに牛乳を卸している者であった。
近くの農場で働く中年男性である。(近くの農場といっても馬車で三間(約三時間)もある)
男はまだ薄暗い中、昨夜の嵐で降り積もった新雪の中で発見したという。
男は大層驚きはしたが、農場で働く屈強な男らしく悲鳴を上げなかった。膝下まで積もった雪やそれでも動揺する心で足元が覚束ない中、ホテルへと走って行った。
死体を発見した場所から人がいる一番近いのがホテルであった。
朝食を取ろうと食堂に入ったときから空気がおかしいことには気が付いた。
いつも澄ましている従業員らは明らかに落ち着きがなく、また幾人かの客人らがコソコソと顔を寄せ合い話合う姿が見られた。
あまりにもせわしない、高級ホテルには似つかわしくない空気を感じた。
それはエリス以外、ジュード、メリカも同様であったらしく、食後の茶を飲みながら、
「何かおかしくない?」
と早速メリカが疑問を口にした。
ジュードもエリスもコクリと同意の相槌を打つ。
茶を運んでくる給仕にチップを渡して聞き出そうとするが、行儀の良い給仕はチップを断り、また余計なことも言わず、カップに褐色の茶を静かに注ぎ、その場から去っていった。
結局そのまま食堂から出た。各々が一旦宿泊室へと戻る。
使用人用の食堂で朝食を取ったカーラが妙に落ち着きの無いようであった。顔色も心なしか若干悪い。
(まるでホテルの従業員のよう)
エリスが尋ねると、カーラか話を始めた。
「はい、お嬢様。何でもホテルの近くで死体が発見されたという話を聞きまして」
カーラの話は次のようである。
カーラがエリスらと分かれてメリカ付きの小間使いと共に使用人用の食堂に入ると既に死体発見の噂で盛り上がっていたという。
―まだ朝にならないうちに農場の男が発見したということ
―死体は若い女性で全裸であったということ
―そして公安局の職員(この世界での警察官に相当)が 来るということ
「若い女性の全裸死体?」
エリスの眉間にしわが寄る。
話終えた後もまだ顔色が悪いままのカーラが頷く。
エリスの脳裏に昨夜の遊戯室から聞こえた女性の嬌声が浮かぶ。
無論、あの嬌声の主が全裸死体になったと考えた訳ではない。
だが若い女性がホテルの近くで全裸死体で見つかったということに、どうしても厭な想像をしてしまう。
(ホテルにいかがわしい目的で連れ込まれた女性が、昨夜の嵐の中逃げ出したのだろうか?)
このようなことを考えたが、エリスは直ぐに別の疑問が浮かぶ。
(否、それならホテルの者や他の宿泊客に助けを求めるだろう。わざわざ雪の嵐の中に全裸で出ていく必要はない)
(まさかホテルぐるみで女性を監禁していたとか? 故にホテルに助けを求められない女性は外に…)
(元々、どうしても第一発見者はホテルの裏側にある道なきところを歩いていたのか?)
様々な考えが浮かぶ。
そこへ廊下から女性のヒステリックな叫び声が聞こえてきた。
若い女性とは言い難い。
かんに障るような声でカーラが哀れなほどに、声が飛び込んでくるたびにびくっと震える。
エリスは熱い茶をカップの中に注ぎ、果蜜を匙たっぷりに入れた。
果蜜たっぷりの甘い茶をカーラに渡す。
「私が様子を見てくるから、それでも飲んでて待っていなさい」
カップを渡されたカーラが止める隙を与えず、エリスはさっさと廊下へと出た。
声がする方へと歩いていくと、野次馬は自分だけではなかった。他に数人の宿泊客らが遠巻きに声の主と取り囲む数人の男を見つめていた。
声の主はエリスの想像した通りの容姿の持ち主であった。
滑稽なほどにゴテゴテな飾りの付いた防寒用の帽子と、コートを身に付けており、決して悪いわけではない容貌であったが、ギョロリとひんむいた目に、唇を尖らしてホテルの従業員に食ってかかっている。
「殺人事件があったホテルになんか泊まっていられませんわっ!」
「お前よ、気持ちは分かるがもう少し落ち着いて…」
「お客様、そのような大声を出されると他のお客様の御迷惑に」
「いいえ、どうせこのホテルの中に犯人がいるんでしょっ!女性を乱暴した犯人と同じホテルになんか絶対、イヤよ!」
女性は幼児が癇癪を起こしたかのように手を振りまわす。男のうち、仕立ての良いスーツを着た男はどうやら亭主らしい。他はホテルの従業員である。
(自分の思い込みが正しいと思い込む性格のようだな)
確かに不審な死体が発見された近くのホテルに居続けるというのは気味が悪いだろう。
だがそれだからといってこのようにヒステリックに騒いでよいというものではない。
エリスがどうしようかと逡巡していると。
「どうかなされましたか?」
決して大声ではない。しかし多くの人々の振り向かせる、凜とした声。
エリスと数人の野次馬の背後から声が聞こえてきた。
野次馬のひとりが呟く。
「『一角獣の乙女』だ」
騒ぎを聞いてアイナも来たようだ。
エリスと同じく上は白のブラウス、下は踝まで隠れる黒のスカートではあるが、そのような格好でも人々の注目を浴びる存在感がある。
アイナはそのような注目など全く気にする様子も見せず、騒ぎの主の女に近付く。
女も『一角獣の乙女』であるアイナの登場に度肝を抜かれたらしく、声を出すのをやめた。
アイナは「すみません、失礼します」と女に声を掛け、女の右手を両手で触れる。
「確かに恐ろしい事件があり、怖いと思います」
アイナは真っ直ぐに女の顔を見つめる。
「でも貴女様のような方は本来もっと大人しい性格な筈です。少し落ち着かれては?」
アイナにそのような説得を受け、女も落ち着いたようだ。「ええ」とか何とか口の中でもぐもぐと言う。
エリスはアイナの説得に感心しながらも(あの女が大人しい性格なわけがない)と考えていた。
背後から更に別の声がアイナの加勢をする。今度は艶のある低い男性の声である。
「『一角獣の乙女』が貴女を労っておられるんです。もう一度お部屋に戻られては」
エリスは声の主を見た。銀髪の美男子である。長く伸ばした髪を後ろに撫でつけるようにしてひとつに結んでいる。なかなか粋な髪型ではあるが、それなりの容貌ないと様にならない髪型でもある。男の美貌は髪型に引けをとらないものであった。
銀髪の美男子が続けて言う。
「それに『一角獣の乙女』がこのホテルにいるのなら、また彼女の恋人である聖士隊の隊員もいるはずです。聖士隊がいるんですからこんな心強いことはないでしょう」
聖士隊の存在が利いたのか、それとも絶世の美少女と稀に見る美男子の登場に毒気を抜かれたのか最終的に女は亭主らしき男とともに部屋へと戻っていった。
ホテルの従業員は自分の持ち場に戻り、野次馬らもその場から去っていく。
エリスは本当はアイナに声を掛けたかったが、目立たぬように野次馬の群れに混じった。
ちらりとアイナの方を見た。
アイナは銀髪の美男子と何やら話していた。
気が付いていたその場に残っていた二人は互いに自己紹介をする。
「アイナ・コビィです。先程はどうもありがとうございます」
「ベルオテロ・ザフルと申します。こうみえましても一応侯爵という爵位についている者です。以後お見知りおきを」
そういうとアイナの左手を絡め、手の甲に口づけをした。




