赤毛の鬘
差出人カードは二枚折になっており、中にメッセージが書かれていた。
「貴女の秘密の友人と逢うときに使って下さい」
エリスとカーラは訝しげに贈り物の箱を開けた。
中には精巧な女性物の鬘と、大きめな肩掛けが入っていた。
ホテルには宿泊客のための高級ブティックがあり、そこで購入したのだろう。
エリスは鬘と肩掛けを出してまじまじと二つを見比べた。
肩掛けはかなり上等な物ではあるが、肝心の生地の色、デザインがエリスの黒髪には合わなかった。
故に、エリスの持ち物には似たものはなく、またエリスをよく知る人物ならエリスがこのような物を持っているなど決して思わないことだろう。
エリスの豊かで長い髪は丁度先程の夕食用に纏められている。エリスは早速赤毛の鬘を被ってみた。カーラに手伝ってもらいながら、整える。
次に肩掛けを掛ける。
鏡を見ると、肩掛けは思っていた以上に大きなもので、エリスの上半身を殆ど覆い隠した。そして肩掛けの色、デザインは赤毛の鬘にとてもよく似合っている。
鬘と肩掛けをしただけなのに、鏡に映っている姿は、普段のエリスではなかった。エリスをよく知っている人物でも気付かないであろう別の少女がそこには立っていた。
エリスは最初、鏡の中の自分の姿を凝視し、次第に愉快な気分になってきた。笑った顔や怒った顔を作ってみたりした。
エリスはまだ所謂仮面舞踏会というものには参加したことはない。年齢が若すぎるということもあるし、健全な家庭環境で健全な人間関係の中にいるということもある。
実際、エリス自身仮面舞踏会自体に興味はないが、このような格好をしてみて、少し仮面舞踏会に参加する者の気持ちが分かったような気がした。
鏡の前で百面相をしているエリスの様子を、カーラはやや呆れた気持ちで見ていた。
ドアからまたノックの音が聞こえてきた。
今度のノックの主はそれまでの者とは違い、不躾に大きくドアを叩く。
「エリス、遊戯室でカードでもしない?」
ノックの主はメリカであった。
「行くわ」
エリスはそう返事を返しながら、慌てて鬘を脱ぎ去った。
エリスたち三人はカード遊びをするため、遊戯室へと足を運ぶ。
だが三人が遊戯室へ着くと、いつもは愛想良く丁重に対応する遊戯室のマネージャーが顔を強張らせていた。
「生憎、今はどのテーブルも埋まっておりまして…」
歯切れ悪く言う。
このホテルの遊戯室は五十人くらいが愉しめる規模である。
エリスらがマネージャーの背後をサッと目を走らせる。テーブルは半分以上空いているようであった。
ジュードが何とかできないかと更に交渉しようしたときである。
マネージャーの背後、遊戯室の奥から女の嬌声が聞こえてきた。
マネージャー、エリスらはバツが悪くなり、皆顔を下に向けた。
嬌声はそれからも途切れることなく、聞こえてきた。
遊戯室の中もいつもと比べて少し明かりが暗い。
中で何が行われているのか大体察しがついた三人は、遊戯室を後にした。
部屋に戻る途中、メリカが「少し気持ち悪い」と呟く。
せっかく来た保養地で親友の恋敵と同じホテルになるわ、いかがわしい場面に出くわすわで、頭に血が上り、若干ヒステリー気味に陥っていた。
ジュードはメリカの背に手を当て、暫く付き添うという。
メリカの宿泊する部屋にもメリカ付きの小間使いがおり、二人で様子を看ることに。
エリスも付き添おうと思ったが、人数が多いと負担になると思い、部屋へ戻った。
早々に自室へと戻ってきたエリスは待機していたカーラに事情を話す。
「もう寝られますか?」
そう尋ねられたが、寝るには少々早い。
エリスは何の気なしに窓へと近付き、カーテンを捲った。カーテンの生地は厚く、どっしりとしている。
外は吹雪であった。嵐の渦の中に巻き込まれた雪が無惨に舞っている。雪は彼方此方に飛ばされ、ホテルの壁や窓に無様に張り付く。
高級ホテルの一等室だけあって部屋の暖房はしっかりと効いていたが、吹雪の様は見ているだけでぞっと背中を凍らせるものがある。
「ひどい吹雪ですわね」
左背後にいたカーラが言う。エリスは「ええ」と頷いた。
エリスの宿泊している部屋は中庭に面している。春夏には見事な花園を見せる中庭も、今は石膏のような雪で覆われていた。
中庭を見ていると、向かいの本館のホールの一つが目に付いた。
多分アイナやリングトム、デックスが夜会をしているのだろうと、エリスは見当を付けた。
エリスのいる部屋同様に厚手のカーテンがされていたが、カーテンの隙間から時折零れる人影で夜会が盛り上がっている様子が分かる。
エリスはふと好奇心に駆られた。
(早速あれを使ってみよう)
またカーラに手伝ってもらい、赤毛の鬘を被る。滅多に使わない色の口紅をし、赤毛には似合う肩掛けをする。
「ココアでも飲んで待っていて」
そう言いながらエリスはドアノブを掴む。
カーラはほとほと呆れかえった表情で、溜め息をつきながら言った。
「あまり無茶なことはされませんように」
その言葉に対し、返事を返さないままエリスはドアの向こう側へと消えた。




