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黒髪のエリス  作者: 振斗
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北棟五階にて

 『一角獣の乙女』ことアイナ・コヴィは灰色の生地に、白の丸襟のついた質素なドレスを着ており、白金色の髪も後ろにひとつに纏めていた。だが地味な格好をしていたとしても、その類い稀な美貌が隠れることはなく、ロビーにいる殆どの者の注目を集めていた。

 エリスも久方ぶりに見る彼女の美貌に思わず、しばしみとれる。

 (相変わらず美しい)

 「何て綺麗な人」

 メリカの呟きが聞こえてきた。思わず口からこぼれ落ちたのだろう。

 馬車内で散々『一角獣の乙女』への悪態をついていたメリカであるが、実際にアイナとは面識はなかった。新聞に載っている肖像画を見たことがある程度であろう。

 左隣の席に座っていた者が呟く。

 「…流石『一角獣の乙女』なんと美しい」

 そう呟いた初老の紳士は王都に住む者らしく、身なりも洗練され、こざっぱりとしていた。連れの夫人(おそらくは二人は長年連れ添った夫婦であろう)もその言葉に深く肯いているのが、横目で見える。

 

 紳士の言葉はメリカにも聞こえ、一瞬で顔を強張らせ、直ぐ様にに苦虫を噛みしめたような表情を作った。

 メリカのその様は大切な友人を守るための姿勢であろうが、エリスは何となく子どもじみた友人の様に笑いを必死に堪える。

 一方、アイナといえば、こちらも思いがけないところで、思いがけない人物にあったせいか、驚きの表情を隠せないでいた。

 幸いなことにホテルのロビーにはエリスの顔を知っている者はいないようである。

 エリスはお茶を飲む風情を醸し出しながら、ゆっくりと顔を元の位置に戻した。

 やがて手続きを済ませたジュードがやって来た。

 ホテルのポーターを従え、一行はロビーから去った。



 エリスとカーラ、メリカは南棟の三階の部屋を、ヒュードは中央棟の同じく三階の部屋を取った。

 ポーターが荷物を置き、礼をして去った後、エリスとカーラは顔を見合わせて笑う。

 「まさか、アイナがいるとは」

 そう言いながら互いが思い出したのはアイナの正体を知ったときのメリカの変化である。まるで舞台上の役者のような見事な変わり様であった。笑うなという方が無理である。

 エリスは猫脚の長椅子(カウチ)に寝転び、、カーラは主と自分の上着をコートハンガーにかけて、テキパキと荷解きを行う。

 屋敷の居間でしようものなら母とメイド長がきつく小言を言いそうなだらしない格好ではある。(屋敷内では自室、尚且つ自分だけかカーラだけいるときの姿勢である)

 アイナとは昨年春から夏の終わりにかけて、数奇な縁で結ばれ、現在は友人といっても差し支えの無い関係である。

 だが表向きには未だに二人は恋敵同士であり、エリスとアイナの事を知っているのはカーラとドロテア王国の国教の頂点である教王だけである。

 エリスは昨年の晩夏に開かれた茶会以来、アイナや教王とは書簡の遣り取りをしていた。

 つい最近アイナから受け取った手紙では年末年始にはお暇を貰い、実家で過ごすと書かれていた。

 しかし、このような場所(ホテル)にいるとは――

 ノックの音が聞こえてきた。

 エリスは慌て、座り直す。

 カーラがドアを開けると、ホテルメイドが手紙を差し出してきた。


 ホテルの北棟の五階、客室から遠く離れた北棟の隅にエリスとアイナは会っていた。

 明かり取り用の嵌め殺しの大きな窓の前に立ち、申し訳程度の廊下備えのランプが二人を照らす。時刻はまだ夕前1刻(約午後4時)だが、窓から見える外の景色は既に日が落ちかかっており、綿のように積もった雪もあり、薄らと暗い。

 このような場所には宿泊客は勿論のこと、ホテルの従業員もなかなか訪れることはないであろう。

 ―ここを指定したのはアイナである。ホテルメイドが持って来た手紙にはエリスと会って話がしたいということと、待ち合わせの時間と場所が書かれていた。

 エリスはカーラを連れて行き、見張りを頼む。

 エリスが来たときには既にアイナはいた。

 アイナはエリスを見ると、ホッとしたような泣きそうな笑顔を浮かべた。

 「エリス様」

 アイナは廊下に響かないようひそめた声で呼んだ。エリスは片手を上げて、鷹揚は風情で応える。

 実際に顔を合わせるのは晩夏の茶会以来である。そのため、まずは「久しぶり」「元気だった?」というお決まりの挨拶を交わす。

 挨拶を終えた後、エリスは早速尋ねた。

 「どうしてテンサラになんか来ているの? この前の手紙には実家に戻ると書いてあったのに」

 手紙には久し振りに母の手料理や祖母お手製の菓子を食べることが楽しみなことや、家族に渡す手土産などを楽しげに書いていた。エリスはそれをカーラと一緒に読み、アイナが無事に里帰り出来たら良いねと、二人して祈ったほどである。

 アイナは顔を曇らせ、俯いた。

 「実はリングトム様からお誘いを戴いて…」

 (そんなことだろうと思った)

 エリスは呆れ返って、肩から大きく嘆息(たんそく)した。

 アイナは事前にリングトムにも年末年始には実家に帰省することを告げていた。だがリングトムの尊敬する聖士隊の先輩が退団することになったので、祝いの夜会が開かれることになり、急遽アイナはリングトムのパートナーとして参加することになったという。

 聖士隊での公式な退団会は既に王都内で行われたが、親しい者だけで門出を祝う、こじんまりとした夜会を行おうとテンサラのホテルが選ばれたという。

 親しい仲間内の集まりなら新聞の社交欄には出まい。

 もしこのホテルでそのような事が行われると知っていたらエリスたちは絶対来なかっただろう。

 自分の運の悪さに頭を抱えたエリスは尋ねる。

 「それで、そのリングトムの尊敬してやまない先輩とやらは何というお方なの?」

 名前を聞いたのは後で調べてカーラと二人罵詈雑言を言うためである。

 「デックス・ラノウ様。男爵になられるため退団されるそうです」

 

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