再会
登場人物 ▲…前作からの登場人物
▲エリス・シトワ(15)
主人公 伯爵令嬢
▲アイナ・コヴィ(16)
『一角獣の乙女』
▲リングトム・ナーター(16)
エリスの婚約者 アイナの恋人 伯爵家令息
聖士隊員
▲デックス・ラノウ(22)
次代男爵 聖士隊員
ベルオテロ・ザフル(28)
侯爵
ミッシメル・フラカ(17)
テンサラ地方の領主
ジュード・ボンブル(18)
ボンブル商会子息 エリスの従兄妹
メリカ・タンネス(19)
ジュードの婚約者
▲カーラ(20)
エリスの小間使い
ルウン(22)
ミッシメルの使用人
ロミ(16)
元孤児
▲カンバヤシ コウジ《神林広司》
エリスの前世 警視庁警備課テロ対策部隊所属
狙撃手
テンサラ駅のプラットホームの柵の内側に彼らはいた。柵の内側にはこれから列車に乗る者を見送る者、列車で来た者を迎えに来た者で、ごった返していた。
若い男女の一組で、男は黒髪にまるで案山子のように背高のっぽで手足が長く、女は平均的な体型に栗毛色の髪、そして鼻の頭には好ましい程度にソバカスがあった。
二人は一目で良家の子女と分かる身形をしていた。
天気は晴れていたが、辺り一面は厚い雪に覆われていた。気温も低く、吐く息は白い。
若い二人は仲睦まじい様子で、周囲に不快を与えない程々の声でお喋りをしている。その様子から二人は兄妹、姉弟ではなく、多くの者から認められた恋人のような関係であることが容易に推測できた。
女が言った。
「あっ、列車が見えてきたわ」
豪石圧を燃料にした機関車が灰色の煙を吐きながら、テンサラ駅へと向かって来る。
轟々と耳の鼓膜を圧倒する音がする。
プラットホームの駅員が機関車の車掌に黄色の旗と笛で合図を送る。
機関車は無事にプラットホームへと横付けした。機関車は複数の客車を引っ張ってきていた。
プラットホームで待機していた駅員たちが客車の扉を開ける。
一等車から若い女性の二人組が出てきた。身形からして令嬢とお付きの者と分かる。お付きの者は荷物を列車から下ろし運ぶ荷夫人に手間賃を渡す。
雲鴨毛の帽子に揃いのマフをしていた令嬢は誰か人を探すようにキョロキョロと首を回す。
柵の内側にいた栗毛色のソバカス嬢が手を伸ばし、叫んだ。
「エリスー、ここよ」
雲鴨毛帽を被っていたシトワ伯爵家令嬢エリスはホッとした様子で叫び返す。
「ジュード、メリカ、久しぶり」
若いカップルのうち、男性の方はジュード・ボンブルという。
その名前が示すとおり、ドロテア王国でも名だたる大商人ボンブル商会の一員である。しかも単なる一族の者ではなく会長の内孫であり、そしてドロテア・ボンブル銀行の頭取の三番目の息子という立場にある。(なおエリスの母はジュードの父親の妹である 要するに従兄妹になる)
女の方はメリカ・タンネス。
父親は医師でボンブル一族お抱えである。ボンブル商会からの信頼は大変厚く、家族ぐるみの付き合いもある。昨年春エリスが階段から転げ落ちたときに診察してくれたのもメリカの父親であった。
ジュードはエリスより三つ、メリカは四つ年上であった。三人は幼い頃から大層親しい仲であった。
特に一人っ子のエリスにとってジュードとメリカは兄姉でもあり、親友でもあった。
現在ジュードはドロテア王国と同じく五大国であるビロン共和国に留学中であり、メリカは中産階級の子女対象の女学校や初等学校で非常勤の美術講師助手をしている。
二人は婚約中の仲である。
駅から出て、カーラを含めた四人は馬車に乗り込んだ。
久しぶりに再会した三人はお喋りに熱中し、カーラはエリスの横に腰を下ろしながら小間使いのマナーとしてなるべく気配を隠し、無言、無表情を守っていた。
皆がこれから向かうのはこの地方で一番格式のあるホテルである。
ここテンサラはドロテア王国の北部にある地方で、ザラ山脈の麓にある。ザラ山脈は古代ドロテア語で『寵妃の寝床』と意味で、頂上付近は万年雪があり、名前通り大変美しい山である。そして『寵妃の寝床』の床もまた風光明媚で、一大観光地である。
エリスはジュードとメリカに「良かったら遊ばないか」と誘われで来た。
当初は「せっかく、婚約者同士が久方ぶりの邂逅なのに…」と断っていたが、そこは長年育んだ仲である。何度か遠慮の無い手紙をやりとりし、結局はこのように来た次第である。
実はエリスの父親は長年の夢であった地史学の教授として、来春海を渡る予定である。貴族でありながら貧乏学生として毎日図書館に通い詰めていた父を知っている母も行くことになっている。
そんな両親も今回の旅行を勧めた。
エリスは残る。両親は婚約破棄寸前の憂き目にあり、昨年春に誘拐未遂にまであったエリスも当然の如く一緒に連れて行こうとしたが、父方の親戚からせっかく数代ぶりに当主が王都に出て来たのだから、誰か一族の者を屋敷に置いた方が良いと執拗に言われ、結局エリスが残ることになった。
屋敷には信頼できる家令やメイド長、使用人頭もおり、またエリスに忠実な小間使いカーラもいたことから、そう判断したのである。
駅からホテルまでは半間(約三十分)の距離がある。
三人は互いの近況報告をしあった。ジュードの留学先のこと、メリカの勤務先であった話、エリスの父が渡航準備についてなど、たわいもない愉快な話が飛び交う。
話はふとした弾みでジュードの口からエリスの婚約破棄について触れてしまった。
ジュードは慌てて口を閉じ、メリカは何とか話題を変えようとし、エリスから顔を背け「うーん」と唸る。
エリスは「気にしなくてよいから」と二人に明るく微笑んだ(実際に気にしていないので)
だがエリスの微笑はメリカの中にある義憤心を煽ったようで、メリカはリングトムとアイナに対しての怒りを口にした。
「長年の婚約者に対してのこんな酷い仕打ち、そんな人が聖士隊なんて」
「『一角獣の乙女』も『一角獣の乙女』です、国の規範にならなければならない人が…」
声は荒げるようなまねはしなかったが、フツフツとこぼれ出る言葉に、エリスの方が固まった。
一方カーラは決して表情には出さないが、メリカの様子に内面苦笑していた。
(昨年の私と一緒)
カーラもまたかつては同様な思いを抱いていたからである。
馬車籠の外におり、馬車内の空気など知る由もない馭者が暢気な声で呼びかける。
「そろそろホテルにですよ」
ホテルは此の土地に相応しく古色蒼然とした建物であった。
建物の中に入ると、ロビー中央には貴族の屋敷にも劣らない見事な大型暖炉があった。
暖炉を囲むようにして、何客もの椅子とテーブルが設置されている。
ホテルの受付はジュードがし、エリスらはロビーの椅子に座って待つことにした。
出された熱いお茶を飲みながら待っていると、ロビーの空気が突然変わった。勿論、空気そのものが変わったわけではない、ロビーにいた客が、ホテルの使用人たちがある人物の登場に色めき立ったのである。
その人物はエリスの少し離れた後方にいた。故にエリスは直ぐにその人物が誰か見ることはできなかった。
だがエリスはその人物から自分に対しての視線を感じた。
エリスは人々につられるようして、振り返る。
『一角獣の乙女』アイナが立っていた。




