終章
教王は上級公安局員も新聞社にも知らされていない真実を語り始めた。
エリスの要望を受け入れたのである。
教王がエリスの言葉に暫し沈黙したのち、「会い判った」と返事をしたときエリスは全身にどっと疲れが出た。本日の茶会の招待主が教王であることを予測していたエリスにとって、このことこそが狙いであった。
表に出ない真実を聞き出すというのは大変危険な行為である。エリスにとってイチかバチかの賭であった。
アイナを襲い、エリスを殺そうとした黒髪の女は、夏至祭の爆破事件で亡くなっていた。四台目の馬車の馭者をしていたという。
既に捕縛されていた教王暗殺未遂犯から確認がとれた。
一連の事件の主犯はこの女であることも、その後の秘密裏で行われた調査で分かった。
女は『箱庭からの逃亡者たち』の活動を熱狂的に支持していた。本人はニハラ文学院の学生ではなかったが兄が在籍しており、兄もまた『箱庭からの逃亡者たち』の支持者であった。兄のツテで当時まだ少女と言ってよい年齢であった女は活動グループの中枢に近付き、中枢メンバーと盛んに交流した。世間知らずな少女は次第に言動ならびに性の方も奔放になっていく。
女はまた自分が文壇のスターになることを夢見ていた。
だが女の家は田舎の名家であり、また敬虔な信者でもあった。家長は兄妹の振る舞いに激しく怒り、強引に二人を連れ戻した。
兄の方は直ぐに現実に目が覚めたが、妹は違った。
何度も家出を繰り返したり、書き溜めた過激な内容の文書を中央や地元の新聞社や出版社に送り続けた。
業を煮やした家長は女を嫁に出したが、女は早々に婚家から飛び出して行った。
そこから先の人生は多くの者が予想するように、転落の一途であった。
詐欺や窃盗など様々な犯罪に手を染め、特に女が熱心だったのは蜜罪の売買であった。
各地を転々とした後、女は結局ニハラの街にしばらく居着いた。文学院近くの酒場街で蜜罪の商売を行い、学生たちを支配下に置くようになった。トフヤン、教王暗殺未遂犯もそのうちの一人である。
女はある意味、慎重であった。足がつかないよう、また各地に移動し、自分の立場に納得できないまま鬱積していたジャスマにも会った。かつて『箱庭からの逃亡者たち』の熱狂的な支持者であった女はどうやらジャスマにだけは損得勘定をあまりせずに蜜罪を売っていたらしい。
『箱庭からの逃亡者たち』の代表者であるジャスマを拠点にして蜜罪の販売経路は広がっていた。やがて『箱庭からの逃亡者たち』の中枢メンバーであった貴族も加わるようになった。
一方で女は自分たちの活動を追い詰め、また自分を追い出した家の者たちが信じている聖霊堂関係者への憎悪を煮えたぎらせていた。
女は蜜罪仲間の貴族を使い、アロン教王ならびに聖霊堂の周辺を探り、一連の犯罪を行ったのである。当初は教王の名に泥が付けば良い程度であったらしいが(遊月公園アイナ襲撃未遂事件)、ことごとく失敗し、最終的に過激な行動(教王暗殺ならびに聖霊堂爆破)に出た。
なお聖士隊が蜜罪売買の捜査をしていたのは、王族の一員の婚約者候補の中に、かつて『箱庭からの逃亡者たち』のメンバーで蜜罪を買っていた者と親戚関係にある者がいたからである。
無論、この婚約者候補は候補から外されることになった。聖士隊の幹部から内密に聞かされた一族は名を汚した罰として蜜罪を買っていた者を病気療養として監禁。監禁場所は漁もできないほど荒れた孤島だという。
ジャスマも家族の願いにより蜜罪中毒として隔離院に入れられたという。
全てを聞き終えたエリスは教王に礼を言った。
アイナとカーラは呆然としていた。自分たちが巻き込まれた事件のあまりの大きさに、まだよく理解できていないのである。
頭が理解できるに従ってアイナとカーラは身体を震わせた。
お茶でも飲んで温まろうとしたが、カップの中のお茶もポットの中のお茶も冷えていた。
教王は女主人を呼び、新しい熱いお茶を用意させる。
新しいお茶を運んできた女主人が部屋から姿を消すと、今度は教王が尋ねてきた。
「アイナから話を聞いた後、貴女のことを調べさせて貰った」
エリスの瞳を強く見つめる。
「一連の事件への対処と言い、またアイナから聞いたところによると何やらこの世には存在しない銃のような武器を使って馬車を撃ったと言う」
「そして実際貴女とこのように会ってみたが、その度胸。私は少女と会っているというより、訓練された軍人と対峙しているかのような気分になる」
「貴女は一体、何者なんだ?」
エリスは教王の質問に答える。
自分はかつて二十一世紀と呼ばれた時代の日本という国でカンバヤシとであったということを。
エリスの話を教王にアイナ、カーラは目を丸くして聞いた。
前世が異界というのは滑稽で可笑しな話であろう。しかし一笑するにはあまりにもエリスの話す内容は具体的すぎる。更にエリスの態度や事件の一連の行動も納得できるものがある。
エリスが春先に階段から落ちて頭を打った頃から前世を思い出したというくだりにはカーラは思い当たることが多々あった。
話を聞き終え、教王は、
「やはり私の目は節穴ではなかった」
と笑い、アイナは、
「こちらに生まれてきたのには、きっとエリス様に使命を渡されたからですわ」
と励まし、カーラは、
「それでもお嬢様はお嬢様です」
と力強く言った。
その後のお茶会は和やかに進んだ。
お茶会の終盤、アイナがエリスに尋ねた。
「このことはリングトム様にもお話しされるのですか?」
エリスは暫し考えた。
エリスの前世について話すにはまず、この事件についても話さなければならない。リングトムは口は堅いし信用における人物ではあるが、教王がこのような場を設けてくれたことを考えると、この場所以外に話さない方が賢明である。
情報というのはいつどこで漏れるのかは分からないのであるのだから。
エリスはアイナの問いにこのような考えを述べ、頭を横に振った。
エリスとアイナのやり取りを見ていた教王が言う。
「今日は女同士で集まった茶会です。女だけで集まった茶会の話題を殿方に言うのは不粋でしょう」
教王の口から出た「女同士」「女だけ」という言葉にエリス、アイナ、カーラはきょとんとした。
教王は更に続けてこう言った。
「ええ、今日の私は『ローダ・バル』だから」
四人は笑った。
茶会から三日後、カーラの元には新しい夏用のコートと帽子が届いた。
第一部 完
ようやく物語を終わらせることができました。
読んで下さった皆様方、ブックマークをして下さった方、感想を送って下さった方、本当にありがとうございます。
エリスについてはまだまだ書きたい事件があり、来年から新しい物語を書きます。
ここまで読んで下さって本当にありがとうございました。




