茶会
「ローダ・バル」からの手紙には後日茶会を開くので招待したいということ、茶会の予定日、都合が悪い場合の連絡先が書かれていた。
連絡先は郊外にある住所が記されている。エリスが知るかぎり、その住所の場所は静かで小さく、そして美しい農村であった。念の為に図書室で農村について調べてみたが、エリスの記憶通りの記述や絵しかなかった。
指定された日には特に予定はない。
エリスは数文の至って簡潔に書かれた文面を何度も読み直した。かといって特に茶会を拒否する様子は見せることもなく、悠然とその日が来るのを待った。
茶会当日、エリスは青のサマードレスに灰色のサマーストール、そしてサマードレスと同じ色の帽子を身につけた。
ただエリスにとって予想外なことが起きた。カーラも外出用の上着と帽子を身に付け、茶会についていくという。勿論カーラは使用人なので茶会のテーブルに着くことはできないが、お付き室それが無い場合は馬車の中で待機していますと言い張る。カーラらしくない頑固さに最終的にエリスは折れた。
カーラがこのようならしくない行動に出たのは、元はと言えば自分が原因であることをエリスもよく承知していたのである。
両親には『修業者たちの館』で知り合った人物だと説明しており、事件が解決したことや娘の体調が外出できるほど回復したということで快く許可をしてくれた。
指定された時間になると一台の迎えの馬車が正門の前に到着した。二頭引きの町中でよく見掛ける小回りの利く種類である。馬車の外見はパッとせず目立たないが、馭者に扉を開かれて中に乗り込むと座り心地の良い小綺麗なクッションで大変快適であった。馭者も相当に腕が立つらしく、馬車は颯爽と町中を進んだ。馬車の全て、シトワ伯爵家より上等なものであった。
馬車に乗り込んだカーラは目を丸くし、エリスに招待状の主はどのような人物であるか尋ねた。
エリスは窓の外の流れる街並みに目を向けたまま、こう答えた。
「会えば分かるわ」
馬車は一間(約1時間)程走ったところで目的地に着いた。
一軒の大きな農家で、周囲四面は畑に囲まれていた。一口に畑と言っても様々で一番手前には果樹園が、ずっと奥には野菜畑が見えた。収穫時期の前であり、夏の青色の下、緑続くその光景は美しかった。街の住人が夢見る偉大な田舎の風景であった。
農家の門は開かれており、馬車は敷地内へと入る。
農家から一人の中年女性が出てきた。頭にはスカーフを被っており、穏やかな笑顔でエリスたちを出迎えた。顔は日焼けしていたが、身に付けている物はかなり物が良く、この広大な農地ならびに農家の女主人と思われる。
「ささ、どうぞ、こちらへ」
女主人は馬車から降りた二人を家の中へと案内した。
天井は高く、年代を感じさせる太い木の柱が見えた。廊下の板もよく手入れされている。エリスとカーラは興味深く観察した。
女主人は奥にある部屋まで行くと扉をノックし、「お客様をお連れしました」と声をかけた。
おかしなことだが、ここまで来る途中、使用人が待つお付き室が案内されず、エリスとカーラ(特にカーラ)は顔を見合わせて慌てた。エリスが女主人に使用人はどうしたら良いか尋ねる。女主人は相も変わらず笑顔を浮かべたまま、
「では聞いてみます」
と答え、部屋の扉を少し開け、隙間に顔を突っこませ、招待主に聞いた。
女主人からやや距離を取ったエリスとカーラには招待主の返事は聞こえなかったが、女主人は一旦扉を閉め、招待主の言葉を伝えた。
「『秘密を打ち明けたい人物であるなら結構』だそうです」
女主人の様子からは緊張したものは感じず、エリスは少し悩んだあげくそのままカーラを連れて行くことにした。カーラは顔を青ざめさせ「え、でも」と言っていたが、構わずエリスは進んだ。
どのみち近いうちにカーラには全てを打ち明けるつもりであった。
厚い木の扉が開かれる。
そこには二人の人物が座っていた。
アイナと教王である。
二人が座っているテーブルの上には既に茶会の準備がされている。茶道具一式に数種類の茶菓子。
エリスは躊躇うカーラの腕を引っ張り部屋の中へと入った。
「どうもお招き頂きありがとうございます」
エリスはにこやかな笑みを浮かべて挨拶をした。教王はエリスの挨拶に「此方こそわざわざ遠い所からご足労ありがとうございます」と同じように笑みを浮かべて見せた。
一方カーラの方は予測だにしなかった存在に、これ以上はないほど身体ならびに表情を固め、そのくせ足はブルブルと震えていた。
アイナの表情も浮かないものであった。エリスと教王の顔を窺うようにして見比べている。
教王は二人に椅子に座るよう勧め、エリスは素直に従う。固まったままのカーラの腕や背中を押し、自分の隣の椅子に何とか座らせる。
女主人は全員が椅子に座るのを確認すると、急須を手に取り、四つのカップにお茶を注ぐ。鮮やかで優雅にその仕事をやり遂げると「それでは、ごゆっくり。用事がこざいましたらそのベルを鳴らして下さい」と言い、部屋から出ていった。
女主人が扉の向こうに消えると、教王はカップを手に取り、一口飲んだ。
教王と言えば重厚な緑の布地に金の縁取りをしたローブのイメージがあったが、本日の彼の格好はねずみ色のローブを白いシャツの上から羽織っており、田舎の僧のようであった。
アイナはクリーム色のサマードレスに同色のサマーストールをしている。
教王はエリスへと顔を向けた。
「貴女は招待状の主があらかじめ分かっていたようですね」
エリスはその問いに「ええ」と頷いた。そして自分の考えを述べる。
招待状に書いてあった「ローダ・バル」が自分があの夜、聖霊堂に入るために出入表に書いた偽名であること
そしてそれを知っているのはアイナだけであること
アイナと手紙を遣り取りしたときアイナは差出人のところにはイニシャルしか署名しないこと
あの夜の事件の全貌を知ることができる権利を持っている人物で尚且つ『一角獣の乙女』であるアイナから聞き出せる人物―
「教王猊下しかおられません」
エリスは言った。
カーラは今にもひっくり返そうになりながらも、両足を踏みしめ何とか耐えていた。両手をテーブルの下、自分の膝の前に組んでいたかあまりに強く握っていたために指が白く変化していた。
(あの夜にそのようなことが起きていたなんて)
夏至祭から戻ったエリスの顔色や捨てるように頼まれた血まみれのコートなどからただならぬことが起きていることは容易に想像ができたが、実際にあったことを聞いてみると、それはカーラの予想をはるかに超えていた。
カーラほどではないがアイナも青ざめ、沈痛な面持ちである。
たまりかねたかのように言った。
「エリス様、申し訳ありません。貴女をこのようなことに巻き込んだ上、秘密まで洩らしてしまい…」
エリスはキョトンとした顔でアイナを見つめた。そして直ぐに破顔し、
「お気になさらずに。それどころかこのような場を設けていただいて有難いと思っているわ」
そう言うと再びエリスは教王に向き直る。
「本当に感謝しております。教王猊下のおかげでもう危険に晒されることもないでしょうから」
エリスの言葉を聞き、教王が尋ねる。
「いや、此方こそ礼を申し上げる。何かお望みのものはありますかな?」
エリスは言った。
「真実を」




