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黒髪のエリス  作者: 振斗
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真の標的

 左右横に置かれた新聞と『箱庭からの逃亡者たち』に関する書籍には共通の人物の名が書かれていた。

 

 ヒュード・アロン。

 

 現ドロテア王国の72代目教王その人である。

 

 エリスは念の為、本棚からアロン教王について書かれている書物や過去の新聞を引っ張りだし、アロン教王について調べた。


 ドロテアでは教王は準二位以上の高位聖職者から数名が教王候補として推薦で選出され、そこから教義委員会のメンバー42名による投票によって選ばれる。一度教王に選ばれると、よほどのことがない限り、その職務にあり続ける。崩御するまで教王であり続ける者、老齢化及び健康上の理由で退職する者の割合は半々である。

 アロン教王は3年前に即位した。今年で62歳になる。年齢については過去の教王と比べてもさほど変わりなく、一般的である。

 アロン教王は北部にある漁港で、漁師の息子として生まれた。中等学校までは地元で育ち、教師の薦めと本人の意志により高等神学校へと進んだ。高等神学校は国内の主要都市三つにしかない。国内から優秀な頭脳を持った学生が集まる場所である。

 アロン教王はそこで学んだ後、五位の僧侶の資格並びに高等神学校の教授の資格を取得。これは世間から見れば充分にエリートコースである。

 各地の大きな『修業者たちの館』を回り、順調に出世していった。

 『箱庭からの逃亡者たち』が既存の権力に対して反抗的な行動をとっていたとき、『修業者たちの館』の司法的役務に就いていたのはアロン教王であった。『箱庭からの逃亡者たち』の指示が急激に減少したのは彼の活躍が大きい。

 各行事に行われる奉司会や結婚式、葬式などで『箱庭からの逃亡者たち』がどれほど聖霊に対して侮辱的な言動、行為をしてきたのかを徹底的に調べ上げ、それによりどのくらいの被害が出たのかを世間に公表したのである。(具体例を上げれば、とある全く無関係な若者の結婚式に乱入し、花嫁に対して侮辱的な言葉を投げかけ、その結婚が破綻したなど)

 頭脳だけでなく、実行力もある人物である。

 エリスはそっと溜め息を吐く。

 (支持者も多いけど、敵も多いタイプだな)

 


 現在のアロン教王については国王や政治家、外国からはそう評判は悪くない。国民からの支持は歴代の教王と比べて圧倒している。但し、これはアロン教王個人に対してというより、伝説の「一角獣の乙女」がこの世に出現したからである。

 アロン教王はアイナの後見人をしている。自身の腹心の部下であるワモド元教王付一等秘書官の屋敷に住まわせ、重要な行事には参加させ自分の身近に置いておく。アイナの評判がアロン教王の支持率に大きく関わっているのは紛れもない事実である。故にアロン教王はアイナがリングトムとの噂が立ったとき注意をした。幸いなことに世間はアイナとリングトムの恋を応援する向きが強く、アロン教王にはそれ程ダメージを与えることはなかったが。

 (だがそれに目を付けた者がいた)


 

 一番最初に起きた遊月公園でのアイナ襲撃未遂事件。リングトムの婚約者であるエリスの名を騙った女の凶器はペーパーナイフであった。その後に起きるエリス誘拐未遂事件では銃である。何故、エリスのときと比べ殺傷能力の低いペーパーナイフであったのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()から。

 犯人はアイナの顔もしくは腕などを傷つけ、その後すぐに逃げるつもりであったのだろう。アイナが恋敵のエリスに襲われたと証言すれば身に覚えのないエリスの方は必死に反論する。二人の争いが泥沼化すれば否が応でもアロン教王にも影響する。 


 だが運命の悪戯か、はたまた偉大なる聖霊のお導きか。


 犯行はよりによってエリス本人に防がれた。

 犯人はまだこの時点ではエリスの顔を知らず、エリスの特徴である黒髪の女がワモド元教王付一等秘書官の館をアイナがいるときに襲撃した。エリスと知り合った後のアイナはすぐに襲撃犯がエリスでないとリングトムらに証言し、事件は表沙汰にならなかった。

 アイナやその周辺から「恋敵エリス・シトワ伯爵令嬢から嫌がらせを受けた」という話が出ないことで、犯人は次の事件を起こす。

 エリス誘拐未遂事件である。


 犯人はエリスがリングトムへ想いを寄せていることを噂で知って、まずはリングトムの名で呼び出しをした。

 だがこれまでの事の経過を知っているエリスは警戒し、呼び出しを無視した。

 これにより犯人は強硬手段に出た。

 それが誘拐未遂事件である。

 なかなか外出しないエリスに対し、さぞや犯人はやきもきしながらシトワ邸を監視していたことだろう。エリスとカーラが指輪を外して貰うため懇意にしている『修業者たちの館』へ向かった日、犯人たちは計画を実行した。

 犯人たちがエリスならびにカーラを誘拐し、殺害しようとした目的は「アイナによる恋敵殺害疑惑」をでっち上げるためである。

 いくら国民の崇拝対象である「一角獣の乙女」でも恋敵が不審死したらかなりのバッシングを受けることだろう。

 そしてそれはアロン教王に対しての非難へと繋がる。

 「一角獣の乙女」の恋敵殺害疑惑などドロテア王国史上例を見ない醜聞になるに違いない。

 

 エリスたちを殺そうとしたときにトフヤンが口ずさんだのは『箱庭からの逃亡者たち』がかつて作った弔いの詩のパロディである。 

 このことから主犯が『箱庭からの逃亡者たち』の一員であったか、もしくは何らかの深い関わりを持つ人物であることは間違いない。トフヤンはそのよう者の近くにいたので、鸚鵡などが繰り返された言葉を覚えるのと同じように、意味を深く理解しないままあの詩を覚えた。犯人は自分たちの活動を徹底的に追い詰めながら、自身は国の権力者へとなったアロン教王に対し猛烈な憎悪を抱いていることだろう。

 犯人の真の標的はアロン教王であり、エリスもアイナもただの駒に過ぎなかったのである。



 机の上に大量の書籍や新聞を広げ、呆然としているエリスにカーラが何度も呼びかける。

 「エリス様」

 自分の考えに没頭していたエリスはハッとはじかれたように、カーラの方へと振り向いた。

 「今日って奉司会が一般開放される日だったわね」

 いつもは厳重な警備がされている聖霊堂にいる教王であるが、新年や夏至祭などのときは多くの一般市民の前に現れて、奉司会を行う。夏至祭の奉司会は祭の中三日目に行われるのが通例である。

 エリスの突然の問いにカーラは「はい、そうですか」と何当たり前のことを訊くのだろうといわんばかりに答える。

 (犯人は聖士隊が蜜罪を捜査していることで焦っていることだろう。そのうち蜜罪の入手ルートから足がつく可能性がある。そうすると無茶な行動に出るかもしれない)

 エリスは自分の考えを上級公安局員へ知らせようと、カーラに外にいる公安局員をよんでもらおうとした。

 そのとき、遠くから爆発音がした。花火が打ち上げられているベルペン川の方向からである。花火の打ち上げの音とは明らかに大きさが違う。びりびりとした音の衝撃波が遠く離れたシトワ邸まで伝わる。爆発音の後に人々の叫び声が聞こえてきた。

 エリスとカーラは異常事態に不安になり、互いに顔を見合わせた。

 「何が起きたのかしら」

 「さあ…」

 しばらくした後に、図書室の外からエリスを探すメイドの声が聞こえてきた。エリスは図書室のドアから顔を出し、自分はここにいると声を出した。

 メイドは図書室の前に駆けてくると、息を切らしながら爆発音について説明した。屋敷の外で警備していた公安局員からシトワ家の者に対して伝えるように頼まれたという。他の使用人もシトワ伯爵や夫人に報告に行っている。

 「何でも酔っ払いがこれから打ち上げようとしていた花火を盗んで一度に大量に点火したらしいと。だから心配されないようにと」

 それを聞いてカーラは安心し、ホッと胸をなで下ろした。

 だかエリスの脳には恐ろしい予感が浮かぶ。

 (本当にただの酔っ払いなのだろうか。アルコールではなく蜜罪で酩酊状態になった人間にさせたのでは?犯人は騒ぎを起こし、騒ぎに乗じて、警護が手薄になり、その隙に教王に近付くのでは…)

 厳しい表情で顔を俯かせるエリスに、カーラともうひとりのメイドは心配した。

 エリスはもうひとりのメイドに、

 「爆発音のあまりの大きさに驚いて、心身が疲れた。今日は早く横になりたい」

 そう伝え、カーラを伴にし、寝室へと向かう。カーラはエリスの身体を支えるようにして歩いた。

 寝室のドアを閉め、着替えを手伝うとしたとき。エリスは枕や毛布などを寝台の中に詰めこんだ。人が寝ているような形を作る。

 エリスはカーラの耳元へと囁いた。

 「私は具合が悪いということで朝まで誰も寝室に近づけないように。後カーラの外出用の上着と帽子を貸してほしい」

 カーラはエリスの予想だにしない言葉に、当初戸惑い、固まっていたが、エリスが同じ内容の言葉を真剣な口調で繰り返したことから「かしこまりました」と返事をした。

 カーラの部屋はエリスの寝室の横にあり、部屋の外の廊下に出なくてもすぐに往き来できるドアがある。カーラはそのドアを開け、夏の外出用の上着と帽子を取って来た。

 エリスは「ごめんなさい、ありがとう」と受け取るとそれを身に付け、上着のポケットの中に財布を突っこんだ。

 「後で全部教えるから」

 エリスはそう言い、寝室を出た。

 自らの気配を消し、他の人間に会わないよう、屋敷の外に出る。公安局員らに対しては特に極力注意した。幸いなことに先程の爆発音の騒ぎのおかげで、まだ他の人間の動揺している空気が残っており、エリスの気配を悟られないようにすることができた。エリスは屋敷の裏側の生け垣を音を立てず飛び越えた。

 両手には手袋をはめていたが、見なくても分かる。

 左手の小指にある指輪の件の石が光り輝いていることを。

 エリスは喧噪の夜の中、走っていた。

  

 

 

 


 

 

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