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黒髪のエリス  作者: 振斗
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夏至祭

 エリスは応接室へと向かった。後ろではシトワ伯爵がついてきている。エリスも緊張した面持ちであったが、シトワ伯爵にいたっては顔が青くなっている。

 (可哀想なお父様)

 こんな面倒ごとに巻き込まれた娘を持ったばかりに、とエリスは同情した。

 応接室では家令がふたりの聖士隊の接客をしていた。テーブルの上には茶器のセットと、既にお茶が注がれたカップが置いてある。

 茶の薫りから屋敷でも一番上等なものが使われているらしいことが分かった。もっとも薫りは濃厚で、夏の盛りにはあまり向いていないものだが。

 家令としては聖士隊に対して精いっぱいのもてなしか、皮肉を込めたせめてもの嫌がらせか、判断に困るものである。

 エリスたち親子が姿を見せると聖士隊員は椅子から立ち上がり、それぞれの自己紹介をした。

 燃えるような赤毛に厳しい顔つきをした年長者はルサタナ・ギンス、ルサタナより頭二つ分高い茶色い髪の方はデックス・ラノウと名乗る。

 聖士隊に入隊できるのは貴族の子女のみ。ギンス、ラノウはともに男爵家である。

 爵位こそはシトワ家の方が高いが、両名はドロテア王国で名誉ある聖士隊員の一員である。

 聖士隊は貴族なら誰でも入隊出来る訳ではなく、学力や体力など厳しい審査がある。それらを通過した彼らは除隊した後も築いた人脈、経験、知識などから政界、経済界に於いて成功を約束されている。

 シトワ伯爵も入隊試験を受けたが、落ちている。不合格者の方が圧倒的に多い試験なので仕方ないことである。

 このような背景もあり、シトワ伯爵が爵位が低いギンス、ラノウに対し縮こまるのは当たり前の反応であった。

 エリス親子も自己紹介ならびに挨拶をした。

 ギンス、ラノウ両名は上級公安局員のように愛想を浮かべることなく、無表情で淡々と事の経緯を、シトワ家がどうして蜜罪中毒のジャスマと関わりを持ったのか質問した。

 エリスらは正直に質問に答えた。

 質疑応答をしているうちに、エリスは気付く。暫くしてから再度同じ質問がされ、若いラノウが手元の手帳にそのことを書いている。

 同じ質問をして矛盾がないか調べる為であろう。

 カンバヤシの世界でも取調のときに行われていた方法である。

 後ろめたいことなどないエリスら親子はどんどん答えていった。

 


 どのくらい時が経っただろう。

 家令が新しいポットのお湯を準備する。ポットは決して小さいものではないのに。

 聖士隊の質問は一旦終わった。

 聖士隊のふたりはやはり無表情のままで、シトワ伯爵はぐったりと疲労感を漂わせている。エリスは聖士隊らにあまり良い感情を抱くことはできなかった。

 公安局員らが柔らかく包み隠している『捜査している』という刃を、聖士隊らは端っから隠そうとしていない。勿論公安局員らが貴族であるシトワ家に気を遣い、聖士隊がその辺を遠慮していないという差はあるだろう。

 だがそれらを考慮しても威圧感丸出しの聖士隊のやり方は、ずっと長い間外に出られないエリスのかんに障った。

 


 質疑応答が終わり、しばし息苦しい沈黙へと陥る。お茶を飲む気もせず、どのような表情をすれば良いのかエリスが考えていると、ラノウが思いがけない事を聞いてきた。

 「ところで伯爵は今年の夏至祭はどのように過ごされるのですが?」

 「今年は身内で屋敷で過ごすつもりだが」

 誘拐未遂事件のため夏の夜会や茶会を開けない、参加できないシトワ家の事情は彼らも知っているであろう。事件が解決されない限り、人が大勢集まる夏至祭など出られる筈もない。

 ラノウは「それは、それは」とわざとらしい声を出し、口元にニヤリとした笑みを作った。人を小馬鹿にした表情であったが、エリスはそこで初めて(おかしなことだか)ラノウがなかなかの美青年であることに気がついた。

 質疑応答をしている間は「自己」を隠していたのであろう。

 (なかなかの曲者だな)

 エリスは内心、警戒を強めた。

 続いてラノウは予想だにしない情報を出してきた。

 「実は先日、聖士隊の事務所に一通の怪文書が着まして、内容はジャスマを消すといったもので」



 シトワ伯爵の目が見開き、エリスの口から「まあ!」と驚きの声が出た。

 ラノウの言葉にギンスは「おい」と厳しい声を掛けたが、ラノウは気にする様子はない。

 「他の手紙の類と一緒に配達夫によって運ばれてきたもので、差出人は偽名、住所も架空のもの。宛名はジャスマ宛でしたが、まずは検閲官が開封したところ、明らかに筆記を誤魔化す為に下手に書いた文字で『ジャスマ 消す』と」

 「消印はどこのもので」

 シトワ伯爵が急ききって訊ねる。

 ラノウが答える。バルロともニハラと違う町名を上げる。バロワとニハラの中間にある町であるという。

 「そのため聖士隊の管轄牢にいるジャスマは勿論、ジャスマの家族も保護対象になり、人手が足りないもので。保護対象者があまり動かないでくれると助かります」

 この『保護対象者』という言葉の中にはシトワ家も含まれているであろう。蜜罪中毒の作家崩れと貴族を一緒にするとはと、エリスの頭の中に一瞬カッと血が上る。それを指の爪を立て、膝に置くことで耐えた。 

 脅迫状が届いたことを知らされたジャスマは案の定、半狂乱になり、まともに話ができない状態だという。現在のジャスマは田舎町で小さな書店を営んでいるそうだが、家族の心配はせず、自分ひとりの安全ばかりを訴えているとのことである。このような状態であるため、ジャスマから蜜罪を手に入れた経緯などを聞き出すのは困難を極めている。

 ギンスがもう一度「おい」と声を掛け、そこでラノウの話は終わった。

 


 夏至祭の期間に入り、まずは都の中に流れるベルペン川の上に花火が上がる。

 残念ながらシトワ家の屋敷からは花火を見ることはできず、虚しく花火が打ち上げ時に上がる音と人々の歓声を屋敷内で聞くのみであった。

 国全体が浮かれている中、シトワ家だけが世間から取り残されたかのようにひっそりとしている。

 (昨年の今頃は色々な夜会に参加していたなあ)

 今年は関係者や親戚には「シトワ夫人の体調が思わしくないため」と手紙を書いて送り(誘拐未遂事件の容疑者の不審死以来、寝込んでいるので嘘ではないが)、屋敷に訪れる客はいない。たまに気を遣って贈り物が届く程度である。

 エリスはこのような状況は「仕方ない」と受け入れたが、やはり自分が元凶となって周囲を巻き込んだという負い目があり、父と料理長に頼み込み、豪勢な料理を作ってもらい、屋敷中の者と身分の上下関係なく振る舞った。公安局の上層部にも許可をもらい、警護してくれている公安局員にも焼菓子を配った。

 静かな屋敷の中、エリスはひとり学習室で新聞を開いた。そこには夏至祭で奉司会を行う教王のことや、様々な儀式に参加するアイナの記事があった。儀礼服を着て参加するアイナの様子が描かれており、記事にはアイナの美しさや振る舞いなどを誉めている文が目立つ。

 ラノウは言わなかったが、アイナも保護対象者の一人であろう。ジャスマやエリスとは違い、アイナは夏至祭で重要な役割を担っているので、警備も大変であろう。

 エリスは新聞の夏至祭の記事に目を通しているうちに、心の中で何か引っかかりを感じ始めた。

 (あれ?)

 それはやがて大きくなっていき、鼓動と息が自然と大きく早くなる。

 (これは…)

 エリスは新聞を右手に掴み、学習室から飛び出した。物凄い勢いで走っているエリスを見たカーラが慌てついてくる。

 エリスは図書室に飛び込むと『箱庭からの逃亡者たち』について詳しく書いてある書籍を取り出した。

 新聞と書籍を左右横に並べる。

 エリスは愕然とした。

 (この事件の犯人にとって、私エリス・シトワなどどうでも良かったんだ) 

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