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黒髪のエリス  作者: 振斗
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蜜罪と赤芽鼠

 ジャスマの身柄は聖士隊へと移ったということを聞いたエリスは早速アイナへ手紙を出すことにした。

 リングトムから何か情報を聞いてないか探るためである。

 エリスが直接問いただしてもあの堅物であるリングトムが情報を漏らすことはないだろう。

 だがアイナはリングトムから大変信頼されており、なおかつ精神的に大変依存されている。リングトムがアイナに仕事上の愚痴として何か零す可能性は極めて高い。

 勿論、エリスがアイナに直球にリングトムから聖士隊の勤務で何か聞いてないかと問うようなことはしない。アイナは恋人からの愚痴を無防備に晒すようなことはしないだろう。

 (ニハラ文学院の関係者もアイナくらい頭が回り、慎重だったら)

 だが一方でニハラ文学院関係者の軽はずみな言動がジャスマとトフテンを結ぶ糸を浮かび上がらせてくれた。皮肉なことである。

 エリスは自分の学習室の机に向かい、ペンを取った。まずは「親愛なる友へ」と手紙での定型文を書き、それから目を瞑り、思考の闇へと潜る。

 アイナに情報を探っていると悟られないよう、リングトムの近況を引き出さなければならない。

 エリスは思考の闇の中で、かつてカンバヤシだったときの記憶を思い出していた。相手に悟られないように情報を聞き出す訓練を受けている。それを思い出そうとしている。

 アイナの性格、人柄を考慮した上で、半日かかって手紙を書き上げる。

 エリスは男性使用人を呼び、手紙を届けさせた。

 手紙のやり取りは数回続いた。


 

 手紙のやり取りの中でやはりエリスが予想していたとおり、リングトムはアイナに任務について零していた。

 愛しい恋人のいる都から遠く離れ、辺境の国境にいるのは辛かったであろう。

 そしてこれまたエリスの考えていたとおり、任務とは多くの国で禁止されていた薬品の取り締まりであった。ただ薬品そのものではなく、その薬品を生成するのに必要な原材料の密輸の取り締まりであった。

 エリスがまたもやカーラに手伝わせて図書室で調べたところ、麻薬の名前は蜜罪と呼ばれるもので、燃やすと濃厚な甘い香りがし、心地良い酩酊状態に陥るという。そしてリングトムら聖士隊が取り締まっていたと思われる原材料は赤芽鼠の肝臓を乾燥して粉にしたものであろう。

 赤芽鼠は南国に生息する大型の齧歯類である。カーラは赤芽鼠が描かれた絵を見て、思わず「ヒィ」など小さく声を上げる。要するに都会や町に住む女性にとってはあまり好ましい姿をしていない動物なのである。

 現地では昔から船酔い防止や眠り薬として扱われてきた。だが、依存性が高く、使用過多による心身への悪影響を与えるという。

 赤芽鼠自体、温度と湿度さえ気を付ければ繁殖が容易である。

 蜜罪の使用による後遺症として思考の低下や情緒不安定などがあるという。

 (ジャスマのあの様は蜜罪によるもので間違いないだろう)

 (後はトフテンも蜜罪を使用もしくは売買していたという証拠さえ上がれば、後はそこから公安局でも聖士隊でもどちらでも良いから密売人でもしょっ引いてくれれば、これまでの事件について解明されるかもしれない)

 


 アイナからの手紙には近々夏至祭で教王のお供として参加することが書かれていた。

 夏至祭は国上げてのお祭りで、七日間行われる。国王や教王、各国の王室の使いや外交官も参加する。

 アイナはそこで『一角獣の乙女』として教王の傍に付き従い、国内はもとより外国の客人のお相手をするらしい。名誉なことではあるが、重圧もあるであろう。

 特にアイナは噂について気にしており、「自分のような軽薄なことをした者が清らかな場に行っても善いのだろうか」と悩んでいるようである。

 エリスはアイナなら立派に役目を果たせるだろうと励ます文を書いた。

 (夏至祭か、もうそんな時期か)

 エリスは毎年夏至祭には参加していた。だが今年は誘拐未遂事件が解決されない限り、このような公の場には出ることはできないだろう。

 夏至祭まではもうすぐである。

 (せめて料理長に頼んで好きなものでも作ってもらおう)

 そんなことを考えると、エリスの顔は年相応の少女になった。



 公安局員らはずっとシトワ家の警護を続けている。ジャスマの乱入があったが、それ以後は何も起こらない平凡な日が続けている。だが公安局員らの警護の緊張の糸が緩むことはなかった。

 (訓練されてきたプロフェッショナルだな)

 エリスはかつて自分も同じような立場の人間であったので、彼らの姿に感心していた。

 だがある日、気配をシトワ家周辺に溶け込ませていた公安局員らが妙に高ぶっているのを感じた。

 このことに気がついているのは屋敷内でエリスのみであったが。

 (一体何が?)

 エリスにもその緊張が感染したらしく、胸騒ぎがする。

 シトワ邸の前に一台の馬車が止まっていた。

 目立たないよう気を配っており、やがて馬車から二人の男性が降りてきた。公安局員らの緊張が一段と高くなる。

 公安局員らは一定の距離を取り、二人の男性を見ていた。

 二人の男性がシトワ家の扉を叩く。

 公安局員らの緊張がうつっていたエリスは自分の学習室で息を潜めていた。

 玄関ホールでは家令が対応している。

 家令がカーラを呼び、カーラが学習室の扉をノックしてエリスを呼びに来た。

 「エリス様、聖士隊の方々がお見えになったそうです」

 

 

 

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