軽率な言動
シトワ伯爵邸は多くの貴族の都にある屋敷がそうであるように、屋敷と庭はとても広大で隣家とも離れていた。
ジャスマの声がシトワ家の者以外に届くことはないであろう。
だが万が一ということもある。どこで誰かの目があるか分からない。
家令は溜息をつくと、威厳に満ちた目つきで公安局員たちに押さえられているジャスマのところへ向かった。
家令が声を掛けると、ジャスマはいっそう哀れな声を出した。
「シトワ伯爵様ですか、私は事件とは無関係です!」
半泣き状態である。
エリスとカーラ、そして当のシトワ伯爵もそっと窓からその様子を眺めている。外にいる者からは庭木で見えないが、屋敷にいる者からは外を観察できる窓が居間にはあった。
エリスは椅子に腰を掛けた状態で、両手は膝の上に揃えて置かれており、如何にも令嬢然とした格好で、それを見ていた。
資料でジャスマの似顔絵を見たが、巻き髪に童顔ではあるが、文学的野望を胸に抱えていたためか眼光が鋭く描かれていた。
母性本能に訴えるものがあったらしく、ジャスマ自身の追っかけの女性ファンまでいたという。
だが、今は当時の面影は皆無に等しい。猫背でガリガリに痩せた中年男性である。
家令は自分がこの屋敷の家令であることを伝え、速やかに立ち去るように伝えた。
だがジャスマは一向に引かず、まるで幼い子どもが菓子屋で菓子をねだるように駄々をこねて見せた。
そのあまりにもみっともない様にエリスとカーラは顔を見合わせて、溜息をついた。
見かねたシトワ伯爵が近くに控えていた男性使用人を呼び、家令と公安局員で公安局に連れていって話を聞くというどうだと意見を出した。
男性使用人が家令と公安局員に伯爵の言葉を伝えると、家令らは伯爵の意見に賛成した。
早速シトワ伯爵は一台の馬車を用意させ、公安局へと向かわせた。
家令が屋敷に戻ったのは翌日の朝である。
目の下には隈ができており、昨夜は眠れなかったであろうことが判る。
屋敷に戻るなり、服を着替え、家令は顔を洗い、髭を剃った。
身支度を整えると、伯爵が待っている書斎へと報告に向かう。
エリスは父に頼み込み、一緒に報告を聞くことができた。
家令は淡々と簡潔に事務的に話す。
それによると、公安局に連れられてからもジャスマの態度は酷くなる一方で、公安局の建物の中に入るのを嫌がり、泣きわめいた。聴話室(取調室のこと)には家令も一緒に入ったが、公安局員の話など聞かず、ただただ家令に「伯爵と話をさせてくれ」「私は無実だ」と訴えるのみだったという。
ようやく明け方近くに「ニハラ文学院の者からシトワ伯爵の令嬢が誘拐未遂事件にあい、『箱庭からの逃亡者たち』の関係者が疑われていると聞いた」という証言を得た。
シトワ伯爵は口の軽いニハラ文学院の者に激怒した。エリスも呆れかえった。ニハラ文学院の者が騒ぎを起こした『箱庭からの逃亡者たち』について敏感になるのは分かるが、誘拐未遂事件に、容疑者が不審死した事件である。
公安局員も厳重に口止めしたのにと、開いた口が塞がらなかったようだ。
結局、それだけを喋るとジャスマは眠ってしまい、詳しいことが判明したら、また件の上級公安局員が報告に上がるということで、家令は屋敷に戻って来たという。
シトワ伯爵は貴族の特権を使い、ニハラ文学院に抗議文を書いた。
更にその翌日早々に上級公安局員が来た。
何か事件解明につながる重要な証言でも得たのかと思いきや、いつも以上に浮かない顔で、汗を吹きながら報告した。
「ジャスマの身柄は公安局から聖士隊へと移されました」
話によると聖士隊が国の軍と共に犯罪に絡む品の取り締まりのため調査をしており、その品物をジャスマが使用していたらしい。
エリスはここまで話を聞き考えた。
(麻薬を使っていたのか)
ジャスマの挙動不審さは麻薬によるものであろう。
そういえば現在リングトムが聖士隊の任務で国境付近にいると手紙に書いてあった。多分麻薬の輸送を取り締まりためであったのだろう。
上級公安局員はジャスマからは直接話を聞くことは暫くの間できないが、別のルートから再び誘拐未遂事件を調べることを伝えた。
エリスはふとある可能性が浮かび、玄関ホールのドアから出ようとしているところ、早足で駆け寄り、上級公安局員を呼び止めた。
「トフヤンは夜遊びが過ぎる不良学生だったと聞いてます。そのような者なら夜の街でジャスマが今回聖士隊に連行されたものと同じ物を使っていたのでは?」
エリスの言葉に上級公安局員は一瞬目を見開いた。だがすぐにいつもの愛想の良い表情を浮かべた。
「そうですね。その線でも調べてみましょう」
エリスは上級公安局員の背中を見ながら、
(公安局の方はもうとっくにその線で捜査をしているということか)
自分の軽はずみな言動に少し恥じた。




