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黒髪のエリス  作者: 振斗
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箱庭からの逃亡者たち

 エリスは図書室に駆け込むやいなや、先ずは年鑑を取り出した。十年単位で一冊にまとめられたものをである。

 それには一年で起こった事柄を大まかに記載してある。分厚い表紙と裏表紙に挟まれており、中身も厚い。持つと腕にずっしりとした重みがかかった。

 目的の情報を見落とさないよう、瞳を左右上下に機械の如く動かし、ページをめくる指の動きも慎重になる。

 「これか」と思われる項目を見つけた。

 

 『箱庭からの逃亡者たち』の行き過ぎた文芸運動活発化

 問題視する声も

 

 エリスは自分の後を追いかけてきたカーラに、『箱庭からの逃亡者たち』について図書室から何でもよいから資料を探すよう頼む。

 突然、何の説明も無く、そう言われたカーラはすぐには飲み込めなかったらしく、キョトンと優秀な小間使いな彼女には相応しくない間抜けな表情になった。

 事件の真相に一刻でも近付きたいエリスは、そんなカーラの顔を見て、珍しくイライラしながら改めて、先程の弔いの詩のパロディを創作した集団が『箱庭からの逃亡者たち』らしいことを説明した。

 エリスの説明が今度はすぐに理解できたカーラはいつものキリッとした顔になり「かしこまりました」と返事をした。

 エリスとカーラは図書室の扉から左右に分かれて、『箱庭からの逃亡者たち』について書かれた本を探し出した。

 そうして分かったことは以下のことである。

 

 さかのぼること今からおよそ四十年前、小さな学園都市で文芸活動が活発化した。

 学園都市の名前はニハラ。ニハラ文学院という単科大学があるだけで、他は特に目立った特徴のない町である。またニハラ文学院自体も創立こそ古いものの、著名な学者や文筆家を輩出したわけでもない全国的には無名に等しい学園であった。それでも貴族の子弟や裕福な商家の子弟などが在籍していたらしい。そのため近くの商店街は賑わいを見せていた。

 ニハラ文学院に一人の教師が赴任してくる。教師の名はジャスマといい、当時まだ二十代半ばの青年であった。作家として世に出るという野心を持つ一方で、教師という職業にも情熱を持っていた。

 彼の講義は瞬く間に人気となり、教室には人で溢れかえった。ニハラ文学院の学生以外にも、他の学校の学生や若い労働者たちも講義を聴きに来た。文学院の関係者からは批判もあったそうだが、ジャスマはそれをはね除けて(また彼を支持する若者たちの後押しもあり)教壇に立ち続ける事ができた。

 やがてジャスマは週刊新聞を発行を始める。資金に関しては裕福な学生たちが提供してくれた。新聞には同士たちによる様々な小説、戯曲、論評などが載った。この週刊新聞はニハラの外にも定期購読者がおり、遠く離れた王都バルロにも多くの購読者がいた。

 だが若さ故の熱気によって支えられていた活動は次第に、ジャスマ自身が制御できないものになっていく。


 文学的野望を持っていたジャスマであるが、彼自身が書きたかったのはあくまでも王道の英雄物語であった。だが彼の書いた小説や詩を読む限り、パッとしないものばかりである。

 週刊新聞には多岐にわたる文芸作品が掲載されており、まさに玉石混交である。(ジャスマは残念ながら石のようであった)

 その中には非道徳的、非社会的な作品もあり、既成概念を破壊するということに熱狂した読者らからは特にそのような作品は支持された。

 やがて紙の中だけではとどまらず、その作品のような行動を現実社会で実践しようとする者まで表れ始めた。


 件の弔いの詩のパロディもその中のひとつであった。

 「聖霊なんていない」「既存の宗教権力を否定しよう」という動きから作られた。

 本来は「偉大なる聖霊よ」を「偉大なる我が師よ」と変えたのは存在しない聖霊より自分たちの活動の中心であるジャスマを敬えといった考えからきている。

 そして唯物的思考から亡くなるものを弱者と決めつけ、「天に捧げる」を「贄を捧げる」へと変更した。

 実際にジャスマの支持者たちは自分たちとは無関係な者の葬式に突然紛れ、弔いの詩を詠もうとした僧侶の邪魔をし、このパロディを声高々に詠った。

 

 この頃になると、彼らの活動に批判する者も目立ち始めた。

 また犯罪紛いどころか犯罪そのもの行為をする仲間についていけず、文芸運動から離れる者も多くなった。

 ジャスマは自分が望んでいない形になった文芸運動を何とかしようとしたらしい。だが文芸運動は週刊新聞に出資した裕福な家の子弟や、人気作品を書く作家らが権力を握るようになっていた。彼らは社会を狭い箱庭に見立て、自らのことを『箱庭からの逃亡者たち』と名乗る。

 ジャスマは名目上のお飾りの代表者に過ぎなかった。

 最終的に都の最高議会で、活動禁止を命じられ、反対した学生たちと大きな争いが起こる。幸いなことに、死者や大きな怪我人は出なかった。

 ジャスマは全ての責任を取る形で、文学院を辞職。

 『箱庭からの逃亡者たち』の活動も同時に急速に萎んでいった。


 シトワ家の図書室で調べるのはここまであった。

 エリスとカーラは途中、夕食を挟み、日付が変わる寸前まで調べた。

 エリスはカーラに礼を言い、寝間着に着替え、床に着いた。

 

 掛け布団を首元まで引っ張り上げ、エリスは灯りの消えた天灯を睨む。

 カーラは何も口に出さなかったが、きっとエリスの内心をよく理解していただろう。

 

 (弔いの詩のパロディから『箱庭からの逃亡者たち』へと辿り着いたけど、結局その先が何も分からないじゃない)

 

 死んだ誘拐犯の男が口ずさんだ詩。

 そこから真相に辿り着ければと考えたが。

 

 死んだ誘拐犯の男は二十代らしく思われる。行方不明の女の方は二十代から四十代。だがシトワ伯爵よりは年下だろう。

 『箱庭からの逃亡者たち』の運動が盛んだったのはシトワ伯爵が子供の頃である。

 誘拐犯たちと『箱庭からの逃亡者たち』の関係は?


 翌朝、エリスは寝不足で目を真っ赤にしながら、上級公安局員に手紙を書いた。

 誘拐犯の男が大昔流行った弔いの詩のパロディを口ずさんでいたことを伝えるためである。

 (せめて、これで男の身元が分かれば)

 手紙を使用人に渡し、結局その日エリスはカウチでうとうと過ごすことになった。


 

 

 

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