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黒髪のエリス  作者: 振斗
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誘拐犯

 あれからシトワ家には警護の保安局員が毎日立つようになった。禿頭の上級保安局員が約束したようにあらぬ噂が流れぬよう細心の注意が払われ、警護の保安局員たちの在り方は実に多様であった。

 制服姿の保安局員が「単に巡回に来ただけですよ」といった風情で見回りに来たかと思えば、シトワ家に商売の挨拶に来た商人姿の保安局員がいたりする。

 エリスが直接彼らと話をする機会はなかったが、二階にある自身の学習室の窓からはそんな彼らの様子が観察できた。

 学習室の窓から前庭と大通りが見える。

 前庭の草木は夏の盛りを向かえ、いよいよ見事なものになっていた。白と薄ピンクの小さな薔薇がただ今の前庭の主役になっているが、それに負けじと紫のルピナスや白い鈴蘭も咲き誇っている。

 裏にある庭園では赤と黄色の大きな薔薇でできた門がある。

 シトワ家ではこの季節、親しい人を呼んで裏の庭園で茶会を開くのが恒例であった。

 だが今年はまだ茶会は開かれていない。

 エリスは庭師たちが黙々と仕事をしている前庭から目を逸らし、窓から離れた、学習室の真ん中に置いてあるソファに腰を下ろした。

 ソファに腰を下ろした瞬間、たまっていた溜息がこぼれた。


 エリスの元には友人や親戚から夏の庭園での茶会の招待状が幾つもの来ている。

 だがエリスはそれら全てに断りの手紙を出さなければならなかった。

 このことについては他の家族も同様である。

 父だけは立場上、どうしても出なければならない会合には出席している。しかしなるべく短い時間で用事を済ませ、また出掛けの供に屈強な男性使用人を少なくとも二人連れて行っている。

 

 誘拐事件から十日経とうとしている。だが犯人につながる情報が殆ど出てこないのである。

 上級保安局員は初めて屋敷に訪問してから三日後に再訪した。

 銃と馬車の出所について判明した事を教えに来てくれたのだ。

 銃は二十年以上前の大変旧い小動物用の猟銃で、当時よく出回った型らしい。とうの昔に製造は中止されている。祖父や父が誰かから譲り受けてというケースもあり、家人が知らないうちに納屋の隅に無造作に置いてあったりするそうだ。

 馬車はとある大農園からの盗難であることが分かったという。

 以上のことから銃と馬車から犯人を探し出すのは無理だという。 

 「せっかくの証拠品であるのに申し訳ない」

 上級保安局員は苦しいそうな顔で、そう告げた。

 かつて(前世において)同じような立場にいたことがあるエリスには上級保安局員の胸のうちをよく理解できた。

 

 保安局から警護されるようになったのはエリスだけではなかった。アイナも被害にあっているということを聞いた保安局は、すぐさまワモド氏の館に向かった。

 そのことについては上級保安局員の口から説明もあったし、また後日アイナとワモド氏の双方からそれぞれ手紙が来た。

 ワモド氏の手紙は形式上のものであったが、アイナの手紙にはエリスの誘拐を知り、大変心配していること、無事であったことの喜び、そして自分が発端で起きた噂が元凶であり、その罪を悔いていることがつれづれと書かれていた。

 ワモド氏の手紙の返事は父に任せ、エリスはアイナに自分が大変元気であること、優秀な保安局が事件解決に動いていることなどを強調して書き、自分自身を責めているアイナを元気づける返事を書いた。また庭に咲いている白とピンクの小薔薇を添えた。

 それに対し、アイナからは励ましの手紙のお礼の手紙が来た。上品な薄紫色のアイリス付きである。

 誘拐事件以降、言葉通り屋敷から一歩も外に出られないエリスにとって、何よりも嬉しいやりとりであった。

 (まさか、あんなに憎んでいた女性とこんな仲になるとは)

 (アイナは本当に良い娘だし、リングトムにしても誰でもいいから、幸せになってほしいもんだわ)

 

 そしてリングトムからも手紙が届いた。

 以前の訪問の件もあり、アイナを巻き込んでといったエリスを責める内容のものかと思わず身構えてしまう。

 リングトムの手紙はまず開く前に、カーラに一杯の茶を用意させた。茶を一口飲み、心の奥まで落ち着けさせたところで開く。

 

 だが意外なことにリングトムは誘拐のことを聞いて驚いたということ、自分の名を騙った手紙について怒りを感じていることを書き綴り、最後の方に聖士隊の任務のため都にすぐに戻れないがアイナとエリスのことを心配していると締め括っている。

 

 エリスは手紙を読み終え、素直な気持ちでリングトムに返事を書いた。

 手紙の消印ではリングトムは国境付近にいるらしい。


 しばらくの間、エリスの周辺は静かであった。

 だが思いがけない情報が入ってきた。


 朝食を終えた頃、上級保安局員が厳しい表情で訪れた。

 「確認したいことがあります。もしかしたら大変なことが起きたかもしれません」

 応接室に通された上級保安局員はシトワ伯爵の家族全員とカーラに会いたいと告げた。

 伯爵家の者は椅子に座り、カーラだけはエリスの椅子の後ろに立った。

 家令が茶を用意し、上級保安局員と伯爵家の者たちに前に置いた。

 上級保安局員の様子につられるよう、皆が息を詰めるような表情になる。

 上級保安局員は上着の胸ポケットから一枚の紙を出した。エリスとカーラに見せ、

 「貴女方を誘拐した男はこの者で間違いないでしょうか?」

 それはエリスとカーラの証言を元に描かれた人相書きであった。細いペンで特徴をよく捉えた絵である。

 エリスとカーラは「そうです」と返事をすると、上級保安局員は言った。

 「この絵に大変よく似ている男が、貴女方が連れ去られた山で死体で見つかったんです」

 


 

 

 

 

 

 

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