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魔法少女だった私は、すべてを奪われて侵略者になった  作者: 摩利
1章

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8/13

ちょっと長いです。

お暇なときにどうぞ。




 白瀬 結衣には、魔法少女になる才能があった。

 ただし、それは本当にかすかなものだった。


 魔力の総量は低い。

 扱える魔法は、身体強化というありふれたもの。しかも出力は弱く、持続時間も短く、派手な応用も利かない。

 魔法少女候補生として登録できたこと自体が、奇跡のようなものだった。


 適性検査の日、結衣は自分の測定結果を見て、しばらく何も言えなかった。

 最低基準を、ほんの少しだけ上回っている。

 たったそれだけ。

 不合格ではない。けれど、胸を張れる数字では到底なかった。


 同じ日に検査を受けた子たちは、もっと眩しかった。

 手のひらに光を集めるだけで、部屋の空気が変わる子がいた。

 小さな結界を一瞬で張れる子がいた。

 歌に魔力を乗せて、測定器の数値を跳ね上げる子もいた。


 その隣で、結衣ができたのは、ほんの少しだけ身体を強くすることだけだった。


 拳を握る。足に力を込める。

 いつもより少し速く走る。いつもより少し強く跳ぶ。


 それだけ。

 魔法少女と呼ぶには、あまりにも地味だった。

 けれど結衣は、候補生になれた。なれてしまった。

 だから、余計につらかった。


 完全に駄目なら、諦める理由にできた。

 あなたには才能がありませんと、はっきり突き放されていたら、泣いて終わりにできたかもしれない。


 でも、結衣には才能があった。ほんのかすかに。今にも消えそうな、頼りない火種みたいな才能が。

 だから、諦められなかった。

 誰もが思っていた。白瀬 結衣が、正式な魔法少女になるのは無理だと。


 才能がなさすぎる。魔法が弱すぎる。身体強化なんてありふれている。

 しかも、その身体強化ですら出力が低い。努力でどうにかなる差ではない。


 誰も、正面からそうは言わなかった。けれど、言葉にしなくても分かった。


 教官が結衣を見る時の、少し困ったような目。

 訓練メニューを組む時の、遠回しな配慮。

 ペアを決める時、誰も結衣と組みたがらない空気。

 模擬戦で負けたあとにかけられる、優しすぎる言葉。


「頑張ってるよ」


「根性はあるんだけどね」


「まだ時間はあるから」


 その全部が、結衣には痛かった。

 才能がある子には、もっと違う言葉が向けられる。


 期待している。

 次はこう伸ばそう。

 この魔法なら前線に出られる。

 将来が楽しみだ。


 結衣に向けられるのは、期待ではなかった。慰めだった。

 結衣自身も、それは分かっていた。

 分かっていて、それでも努力した。


 朝は誰よりも早く訓練場に入った。

 まだ床が冷たい時間。照明が半分しか点いていない訓練場で、一人で走った。


 一周。

 二周。

 三周。


 息が切れても、足が重くなっても、止まらなかった。


 魔力を足に流す。踏み込みの瞬間だけ強化する。

 切る。また流す。また切る。


 身体強化は単純な魔法だ。だからこそ、誤魔化しが利かなかった。

 魔力を多く持つ子なら、雑に全身を強化しても強い。

 結界や攻撃魔法を持つ子なら、多少体が弱くても戦える。


 でも結衣には、それができない。

 少ない魔力を、必要な場所に、必要な瞬間だけ流すしかない。

 それができなければ、ただの力の弱い候補生で終わる。


 夜は誰よりも遅くまで残った。

 教官が帰ったあとも、使用許可が下りるぎりぎりの時間まで訓練した。

 拳を打ち込む。足を振る。受け身を取る。立ち上がる。


 手の皮が破れた。


 足の裏に血が滲んだ。


 呼吸がうまくできなくなって、床に倒れ込むこともあった。


 それでも、結衣は立ち上がった。立ち上がるしかなかった。

 努力していない自分になったら、本当に何も残らない気がしたから。


 けれど、周囲との差は開く一方だった。

 才能のある候補生たちは、少し教わるだけで魔法を伸ばしていく。


 昨日まで小さな光弾しか撃てなかった子が、今日は三連射を成功させる。

 結界の維持が苦手だった子が、一週間で複数人を守れるようになる。

 歌に魔力を乗せられる子は、ステージ訓練でも戦闘訓練でも評価を上げていく。


 結衣が一ヶ月かけて身につけたことを、彼女たちは一日で越えていった。

 悔しかった。

 苦しかった。

 でも、悔しいと言うことすら恥ずかしかった。

 だって相手は悪くない。


 誰かが結衣を踏みつけたわけではない。

 誰かが結衣を笑ったわけでもない。

 みんな、ただ前に進んでいるだけだった。

 結衣だけが、置いていかれていた。


 訓練後の更衣室で、候補生たちが楽しそうに話している声を聞いた。


「次の模擬戦、前衛やってみたいな」


「私は支援かな。最近、結界が安定してきたし」


「今度のステージ訓練、センター候補に選ばれたんだって?」


 結衣は、その声を聞きながら靴紐を結び直した。

 手の甲には湿布。膝にはサポーター。足首にはテーピング。

 同じ候補生なのに、自分だけが違う場所にいる気がした。


 それでも笑っていた。

 大丈夫。まだ頑張れる。次はもっと上手くやる。

 そう言い続けた。


 でも、心は少しずつ削れていった。

 努力すれば報われる。そう信じたかった。

 けれど、努力しても届かない場所があることを、結衣は毎日突きつけられていた。


 ある日の模擬戦で、結衣はまた負けた。

 相手は、同じ時期に入った候補生だった。


 結衣がどれだけ距離を詰めようとしても、相手は魔法弾で牽制してくる。

 ようやく懐に入ったと思った瞬間、足元に結界を張られて動きを止められた。

 次の瞬間、軽く押し出されるような魔法を受けて、結衣は床に転がった。


 痛かった。


 でも、それ以上に悔しかった。

 相手は申し訳なさそうに手を差し出した。


「ごめん、大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 結衣は笑って、その手を取った。大丈夫なわけがなかった。


 その日の夜、結衣は訓練場の隅に一人で座っていた。

 照明はほとんど落ちていて、広い訓練場は静かだった。

 昼間の熱気が嘘みたいに、床は冷たい。

 足は痛い。手は震えている。体はもう限界だった。

 それでも、帰りたくなかった。帰ったら、認めてしまう気がした。


 自分には無理だと。

 どれだけ頑張っても、正式な魔法少女にはなれないのだと。

 結衣は膝を抱えた。涙は出なかった。泣いたら終わりだと思った。

 もう、無理かもしれない。初めて、はっきりとそう思った。


 その時だった。

 訓練場の入口に一人の少女が立っていた。

 黒い髪。少し不安そうな目。それでも、どこか人懐っこい笑顔。


 赤羽 祈だった。





 祈は、結衣とは違って才能があった。


 魔力量も多い。

 魔力感覚も鋭い。

 魔法の発動も速い。


 教官が一度説明すれば、祈はすぐに理解した。

 術式の組み上げも早く、初めて扱う訓練用の魔法具にもすぐ適応する。

 戦闘訓練でも、反応速度は候補生の中で上位だった。


 結衣が何度も転んで、何度も失敗して、やっと掴むような感覚を、祈は最初から持っているように見えた。

 羨ましくなかったと言えば、嘘になる。


 けれど、祈もまた、簡単に輪の中心に入れる少女ではなかった。

 祈の魔法は、扱いにくかった。


 赤い雷。


 それは敵の魔力を痺れさせ、魔法の発動を乱す力だった。

 異形相手なら強力な妨害になる。

 魔法を扱う敵に対しては、特に有効な力だと教官も評価していた。


 けれど、その雷は敵だけを選んではくれなかった。

 味方の魔力すら、乱してしまう。

 連携訓練では、祈が雷を放った瞬間、近くにいた候補生の魔法陣が崩れたことがあった。

 攻撃魔法が不発になったこともある。

 防御結界の表面が不安定に揺れ、教官が慌てて訓練を止めたこともあった。


 祈は悪くなかった。

 まだ制御の練習中だった。誰かを傷つけようとしたわけでもない。

 むしろ誰よりも周囲に気を遣っていた。

 それでも、一度怖がられた力は、なかなか元には戻らなかった。


 誰も、はっきりとは言わなかった。


 危ない。

 近くにいると魔法が乱れる。

 一緒に組みたくない。


 そんな言葉を、祈に直接ぶつける候補生はいなかった。

 けれど、視線があった。


 ペアを組む時、祈の名前が出ると一瞬だけ空気が固まる。

 連携訓練の班分けで、誰かがさりげなく一歩引く。

 祈が赤い火花を指先に灯すと、近くにいた子が無意識に距離を取る。


 その全部に、祈は気づいていたと思う。

 でも、祈は笑って受け流していた。


「大丈夫」


「気にしてないよ」


「私、少し離れてやるね。その方がみんなやりやすいでしょ?」


 明るい声でそう言って、いつも少しだけ離れた場所へ移動する。


 誰かを責めることもなかった。

 傷ついた顔を見せることもなかった。

 平気そうに笑っていた。


 けれど、結衣には分かった。

 あれは、平気な笑顔じゃない。平気なふりをするための笑顔だ。


 祈は訓練場の端で、一人で赤い雷を制御していた。

 指先に小さな火花を灯す。すぐに消す。もう一度灯す。

 今度は少しだけ遠くへ飛ばす。訓練用の的に当てる。的の魔力反応が乱れる。


 祈は真剣だった。


 誰かの邪魔にならないように。

 誰かを怖がらせないように。

 ちゃんと使いこなせるように。


 けれど、訓練場の端にいるその姿は、どこか寂しそうだった。

 結衣は、その姿が自分に似ていると思った。

 自分は弱すぎて、輪に入れなかった。

 祈は強すぎる魔法のせいで、輪から外されていた。


 結衣は、誰かの足を引っ張るから避けられた。

 祈は、誰かの魔法を乱すかもしれないから避けられた。


 正反対みたいで、同じだった。

 違う理由で、一人ぼっちだった。


 だから、声をかけた。


「ねえ」


 訓練場の隅に座り込んでいた結衣は、立ち上がって祈の方へ歩いた。

 足はまだ痛かった。さっきの模擬戦で転んだ膝もじんじんしている。

 それでも、今声をかけないと、二度と声をかけられない気がした。


 祈は振り向いた。

 赤い火花が、指先で小さく弾けて消える。


「一緒に練習しない?」


 祈は驚いた顔をした。

 まるで、自分にそんなことを言う人がいるなんて思っていなかったみたいに。


「私と?」


「うん」


「魔法、邪魔しちゃうかもしれないよ」


 祈は少し困ったように笑った。

 その笑い方が、さっきまでの自分とよく似ていた。 大丈夫じゃないのに、大丈夫そうに見せる笑顔。

 結衣は肩をすくめた。


「大丈夫。私、もともと魔法弱いから」


 祈は一瞬、ぽかんとした。

 それから、吹き出すように笑った。


「それ、慰めになってる?」


「たぶん、なってない」


「自分で言うんだ」


「事実だし」


「そこは否定しようよ」


 二人で笑った。訓練場の隅で。誰にも見られていない場所で。

 その笑い声だけが、少しだけ明るかった。

 それが始まりだった。


 結衣は祈の魔法を怖がらなかった。

 正確には、まったく怖くなかったわけではない。


 赤い雷が近くを走れば、魔力がざわつく感じはあった。

 身体強化の流れが一瞬乱れることもあった。

 踏み込みのタイミングがずれることもあった。


 でも、それくらいなら慣れればいいと思った。

 結衣はもともと魔力が少ない。魔法への依存も低い。

 なら、祈の雷に少しぐらい乱されても、他の候補生よりはましだった。


 それに、祈はちゃんと加減してくれた。


「今の近かった? ごめん」


「平気。ちょっと足が痺れたくらい」


「それ平気って言わないよ」


「でも立てるから平気」


「結衣って、たまに雑だよね」


「祈は気にしすぎ」


「気にするよ」


 そんな会話をしながら、二人は練習した。

 祈は結衣の弱さを馬鹿にしなかった。結衣が何度倒れても、笑わなかった。

 遅いとも、弱いとも、無理だとも言わなかった。

 ただ、手を差し出してくれた。


「もう一回やる?」


「やる」


「休まなくて大丈夫?」


「大丈夫」


「嘘。今、足震えてる」


「震えてない」


「震えてるって」


「じゃあ、ちょっとだけ休む」


「うん。ちょっとだけね」


 祈は、結衣が立ち上がるまで待ってくれた。


 急かさずに。

 見下さずに。

 諦めずに。


 結衣は、その待ってくれる時間が好きだった。


 今まで、結衣はいつも置いていかれる側だった。周囲は前へ進んでいく。

 才能のある子たちは、どんどん先へ行く。教官も、仲間たちも、悪気なく結衣の前を走っていく。

 でも、祈は待ってくれた。

 結衣が遅くても、倒れても、息が切れても、ちゃんと隣にいてくれた。


 祈が味方を巻き込まないよう一人で離れて練習している時、結衣はその近くで走り込みをした。

 最初は、ただ近くにいるだけだった。


 そのうち、祈の赤い雷を避けながら踏み込む練習になった。

 赤い雷で乱されても姿勢を崩さない訓練になった。

 祈は祈で、結衣を巻き込まないように雷の範囲を絞る練習をした。


 周りから見れば、変な二人だったかもしれない。

 弱すぎる身体強化の候補生と、強すぎる妨害魔法の候補生。

 足りない子と、余りすぎる子。

 でも、二人にとってはちょうどよかった。少しずつ、二人は親友になっていった。


 訓練の後に一緒に水を飲むようになった。帰り道を一緒に歩くようになった。

 ステージ映像を見て、あの振り付けすごいねと話すようになった。

 正式な魔法少女たちのライブを見て、いつか自分たちもあそこに立とうと笑うようになった。


「周りを見返してやろう」


 ある日、結衣が言った。

 半分は冗談だった。でも、半分は本気だった。


「うん」


 祈は笑った。


「正式な魔法少女になろう」


「なる」


「いや、どうせならエースになろう」


「急に大きく出たね」


「だって、目標は大きい方がいいでしょ」


「じゃあ、二人で?」


「二人で」


 結衣は拳を差し出した。

 祈は少し照れくさそうに笑って、そこに自分の拳を合わせた。


「いつか二人で、ステージの真ん中に立とう」


「約束ね」


「約束」


 その約束が、結衣を支えた。つらいことがあっても、結衣は折れなかった。

 祈がいたからだ。


 模擬戦で負けた日も。

 教官に厳しいことを言われた日も。

 同期が先に評価を上げていくのを見て、胸が苦しくなった日も。

 もう無理だと思った日も。


 祈が言った。


「結衣ならできるよ」


 その言葉だけで、もう一度立ち上がれた。

 根拠なんてなかった。


 結衣の才能が突然伸びるわけでもない。

 身体強化が急に強力な魔法になるわけでもない。

 努力すれば必ず報われる保証もない。


 でも、祈がそう言ってくれるなら、もう一回だけやってみようと思えた。


 もう一回。


 あと一回。


 その一回を積み重ねて、結衣は前へ進んだ。


 先に正式な魔法少女になったのは、祈だった。

 発表の日、結衣は掲示された名前を見た。


 赤羽 祈。


 そこに、ちゃんと祈の名前があった。

 胸が熱くなった。同時に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 悔しくなかったと言えば、嘘になる。


 どうして自分ではないのか。

 どうしてまた置いていかれるのか。

 そんな黒い感情が、ほんの少しだけ胸をよぎった。

 ほんの少し。けれど、確かにあった。

 結衣はそんな自分が嫌になった。


 祈は親友なのに。

 祈がどれだけ一人で頑張っていたか、誰よりも知っているのに。

 あの赤い雷を怖がられながら、それでも制御しようとしていた姿を見てきたのに。

 それでも、悔しかった。自分はまだ届かない。また一人、先に行ってしまう。

 その寂しさが、胸を刺した。


 けれど、それ以上に嬉しかった。

 祈が認められた。

 あの赤い雷を疎まれていた祈が、ちゃんと魔法少女になれた。

 危ないと言われた力が、誰かを守るための力として認められた。

 祈が、一人ぼっちの端っこから一歩進んだ。


 それが、自分のことのように嬉しかった。

 祈は掲示板の前で、少し信じられないような顔をしていた。

 結衣は、その背中へ駆け寄った。


「祈!」


 祈が振り向く。嬉しいのに、どう喜んでいいか分からないみたいな顔をしていた。

 だから結衣は笑った。悔しさも、寂しさも、全部飲み込んで。

 それでもちゃんと、心から。


「おめでとう、祈」


 そう言えた。

 祈の目が、少しだけ潤んだ。


「ありがとう、結衣」


 その声を聞いた時、結衣は思った。

 自分もいつか追いつこう。祈の隣に立てるようになろう。置いていかれたままでは終わらない。

 だって、約束したのだから。いつか二人で、ステージの真ん中に立つと。


 そのすぐ後に、二年前の事件が起きた。ライブ会場での大規模襲撃。


 作動しなかった防御機構。

 無数に開いたゲート。

 四条 瑠香の死。

 生中継された惨劇。


 そして、赤羽 祈へのバッシング。


 結衣は、それを見ていた。見ていたのに、動けなかった。

 局からは、今は接触するなと言われた。対応が割れている。

 下手に動けば世論を刺激する。

 祈の立場をさらに悪くする可能性がある。


 そう説明された。

 結衣は、それに従った。従ってしまった。


 スマホには、祈からのメッセージが届いていた。


 助けて。

 会いたい。

 私、どうしたらいいの。

 お願い。返事して。


 通知画面に並んだ言葉を、結衣は何度も見た。


 開けば既読がつく。

 既読をつけたら、返事をしなければならない。

 返事をしたら、きっと会いに行きたくなる。

 会いに行けば、自分も巻き込まれるかもしれない。


 そう思った。


 怖かった。


 ようやく正式な魔法少女に近づいていた。

 ようやく、自分にも居場所ができるかもしれないと思えていた。

 ずっと馬鹿にされてきた弱い魔法でも、努力すれば届くのだと証明できるかもしれなかった。

 それを失うのが、怖かった。

 だから結衣は、待った。


 局の判断を待った。世間が落ち着くのを待った。自分が傷つかずに済むタイミングを待った。

 その間に、祈は姿を消した。赤羽 祈は、いなくなった。


 それからの結衣は、ひたすら修練に打ち込んだ。

 朝も、昼も、夜も。誰よりも早く訓練場に入り、誰よりも遅くまで残った。

 走った。

 殴った。

 蹴った。

 受け身を取った。

 倒れた。

 立ち上がった。

 体が悲鳴を上げても、止まらなかった。


 膝が笑っても。

 拳の皮が破れても。

 足の裏に血が滲んでも。

 呼吸が喉に引っかかって、酸素がうまく吸えなくなっても。

 結衣は止まらなかった。


 教官が止めた。先輩が休めと言った。同期が心配した。

 それでも結衣は、少し休んだふりをして、また訓練場に戻った。

 強くなりたかったから。

 そう言えば、聞こえはよかった。


 祈の分まで強くなる。瑠香先輩の意志を継ぐ。もう二度と誰も失わないために鍛える。

 そう言えば、綺麗だった。

 けれど本当は違う。


 自分のせいで祈がいなくなったという事実を、忘れたかっただけだ。

 修練している間だけは、考えずに済んだ。

 走っている間は、祈の声が聞こえなかった。

 拳を打ち込んでいる間は、スマホの通知を思い出さずに済んだ。

 体が痛ければ、胸の痛みをごまかせた。


 倒れるほど鍛えれば、眠れる。眠っている間だけは、祈の夢を見ずに済む。

 そう思っていた。けれど、嘘だった。

 訓練場の床に倒れ込むたび、思い出した。


 祈からのメッセージを開けなかったこと。

 会いに行けなかったこと。

 手を差し出さなかったこと。

 そして、祈がいなくなったこと。


 忘れたかった。忘れられるはずがなかった。

 だから鍛えた。

 逃げるように。

 罰を受けるように。

 祈がいない穴を、努力で埋めようとするように。


 結衣の身体強化は、相変わらず弱い魔法だった。けれど、結衣はその弱さを削り続けた。

 全身を強化するだけの魔力はない。なら、必要な瞬間に、必要な部位だけを強化する。

 長く戦うだけの出力はない。なら、一瞬で勝負を決める。


 魔法弾も、結界も、回復も使えない。

 なら、走る。

 踏み込む。

 避ける。

 殴る。

 誰よりも速く、誰よりも正確に。


 何度も失敗した。


 肋骨にひびが入った。

 足首を捻った。

 肩を脱臼した。

 魔力切れで倒れた。


 それでも結衣は、訓練をやめなかった。やめた瞬間、祈のことを考えてしまうから。

 助けて、と送ってきた祈を。そのメッセージに返事をしなかった自分を。

 だから、体を動かし続けた。


 その結果、結衣は正式な魔法少女になった。

 候補生時代、誰もが無理だと思っていた少女が、ついに認められた。


 魔法少女局は、結衣を努力の象徴として扱った。


 才能に恵まれなくても、諦めなければ届く。

 弱い魔法でも、磨き上げれば武器になる。

 白瀬 結衣は、折れない少女だ。


 そんな言葉が、広報資料に並んだ。


 結衣は笑った。求められた通りに。

 やがて、エースと呼ばれるようになった。


 戦場では誰よりも前に出た。

 敵の攻撃を受け流し、最短距離で懐に入り、拳一つで異形を叩き伏せた。

 ステージではセンターに立ち、歌い、踊り、後輩たちを導いた。


 人々は結衣に声援を送った。


 すごい。

 かっこいい。

 努力の人。

 新しいエース。

 四条 瑠香の後継者。


 後輩たちは結衣に憧れた。


 先輩みたいになりたいです。

 どうしたらそんなに強くなれますか。

 私も諦めずに頑張ります。


 そう言われるたび、結衣は笑った。でも、胸の奥は空っぽだった。

 いつか二人で立とうと誓った場所に。結衣は、一人で立っていた。


 スポットライトは眩しかった。歓声は大きかった。ペンライトの海は綺麗だった。

 けれど、隣に祈はいなかった。


 あの日、一緒に見上げたステージ。いつか二人で立とうと約束した真ん中。

 そこに立てば、何かが満たされると思っていた。


 正式な魔法少女になれば。

 エースになれば。

 誰かに認められれば。

 努力が報われれば。

 少しは、祈がいない痛みが薄れると思っていた。


 でも、違った。


 どれだけ強くなっても。

 どれだけ歓声を浴びても。

 どれだけ後輩に慕われても。

 胸には、ぽっかりと穴が開いたままだった。


 その穴の形は、赤羽 祈に似ていた。


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