赫塵・斬虚雷業
「マギア・エンジン起動」
オブスキュリテが、静かにつぶやいた。その声は、ひどく懐かしい響きをしていた。
候補生時代、訓練場で何度も聞いた声。発動前に小さく息を整え、少しだけ申し訳なさそうに魔法名を口にしていた祈の声。
けれど、今のその声に迷いはなかった。
赤い火花が、彼女の指先に灯る。小さな火花だった。
最初は、ただの光に見えた。
けれど次の瞬間、それは細い雷になって指先を這い、手首へ、腕へ、肩へと広がっていく。
「赫塵・斬虚雷業」
次の瞬間、赤い雷がオブスキュリテの全身を覆った。ばちり、と空気が弾ける。ステージの照明が一瞬だけ揺らいだ。
足元の魔法陣が赤く明滅する。音響設備にノイズが走り、会場全体を一瞬だけ低い雑音が撫でていった。赤い光が、ステージの上を走る。
結衣は、その色を知っていた。忘れられるはずがなかった。訓練場で何度も見た色。
味方を巻き込まないように、祈がいつも少し離れた場所で使っていた魔法。
周囲の魔法陣を乱してしまうたび、ごめんね、と困ったように笑っていた魔法。
それでも誰かを守るために使いたいと、祈が必死に制御していた魔法。
赤羽 祈の魔法。それが今、魔法少女たちへ向けられている。
「避けて……!」
結衣が叫んだ。
だが、遅かった。
赤い雷が、オブスキュリテを中心に放射状に走った。
炎のように熱くはない。普通の雷のように白く眩しくもない。
赤い糸が空間を裂くように、細く、鋭く、そして不気味に広がっていく。
後輩魔法少女たちの数人が、その雷に触れた。
「痛っ――」
後輩の一人が、反射的に身をすくめる。
しかし、次の瞬間にはきょとんとした顔になった。
「……くない?」
自分の腕を見下ろす。焦げ跡はない。傷もない。血も出ていない。
「な、なにこれ。平気じゃん」
その言葉を聞いた瞬間、結衣の背筋が冷えた。
「違う……!」
結衣は叫んだ。
けれど、警告は間に合わなかった。
後輩の変身衣装が、ふいに揺らいだ。
胸元のリボンが光を失う。肩に浮かんでいた小さな魔法陣が、形を保てずに歪む。スカートの裾が、粒子になってほどけていく。
手にしていた魔法武器が震えた。杖の先端に集まっていた光が、細かく弾ける。
術式の線が途切れ、輪郭が崩れ、まるで砂で作った城が水に濡れたみたいに形を失っていく。
「え……?」
後輩の顔から血の気が引いた。
「なんで……魔力が、練れない……!」
彼女は必死に魔力を集めようとした。
けれど、集まらない。
指先に力を込めても、魔力が途中で散ってしまう。
胸の奥から流れ出すはずの力が、痺れたみたいに言うことを聞かない。
「待って、やだ、まだ――!」
変身が解けた。
戦闘衣装が消え、ライブ用のステージ衣装に戻る。武器も、強化術式も、防御の光も消えた。
後輩はその場に膝をつく。
戦場の真ん中で、魔法少女ではなくなった少女が、震えながら自分の手を見つめていた。
オブスキュリテは、冷たく告げた。
「私の赤い雷は、肉体ではなく魔力に感電する」
赤い火花が、彼女の髪を照らす。
その顔は祈なのに。声も、輪郭も、目元も、祈なのに。そこにある表情だけが、結衣の知らないものだった。
「うまく魔力を扱えないでしょう?」
その言葉と同時に、異形たちが再び動き出した。止まっていた獣たちが、一斉に解き放たれる。
観客席へ飛びかかるもの。
ステージ上の魔法少女へ爪を振るうもの。
非常口を塞ぐように這い回るもの。
天井付近から急降下するもの。
魔法少女たちは、赤い雷を避けながら異形を相手にしなければならなくなった。
防御しようとすれば、雷が結界を乱す。
展開しかけた防御壁の表面に赤い亀裂が走り、術式がばらける。
その隙間から異形の爪が飛び込む。
飛ぼうとすれば、足元の魔力が痺れる。
浮遊用の魔法陣が途中で回転を止め、空中にいた魔法少女が体勢を崩す。
床に叩きつけられる前に仲間が助けようとして、その仲間も赤い雷を避けきれずに後退する。
攻撃魔法を組み上げようとすれば、術式が途中で崩れる。
光弾は不発になり、槍にまとわせた魔力は先端からほどけ、回復術式は対象に届く前に霧散した。
「ちょ、これ、きついって!」
「雷に触らないで! 変身が落ちる!」
「無理、異形が多すぎる!」
後輩たちの声が飛び交う。誰も怯えているだけではなかった。
戦おうとしている。観客を守ろうとしている。
教えられた通り、二人一組で動こうとしている。
けれど、戦場そのものが変えられていた。
オブスキュリテの赤い雷は、攻撃ではない。
魔法少女が魔法少女でいるための土台を崩す力だった。
また一人、赤い雷を受けた。
その魔法少女の衣装が揺らぎ、光がほどける。
「やだ、待って、変身が――!」
変身が解けた。悲鳴が上がる。
観客席からも、後輩たちからも。
魔法少女が、魔法少女でなくなる。
その光景は、異形に倒されるよりもずっと残酷に見えた。
結衣は拳を握った。
私が、何とかしないと。そう思った。思えた。
けれど、足が動かない。
何とかする?
祈を?
私が、祈を倒すの?
胸の奥で、何かが凍りつく。
目の前にいるのは敵だ。後輩たちを倒している。観客を危険に晒している。魔法少女の変身を奪い、戦場を壊している。
止めなければならない。それは分かっている。
分かっているのに、体が動かない。
拳を上げようとすると、訓練場の祈が浮かぶ。
『結衣ならできるよ』
踏み込もうとすると、スマホの画面が浮かぶ。
『助けて』
赤い雷を止めようとすると、二年前に返せなかったメッセージが胸を刺す。
私は、祈を助けなかった。
そんな私が、今さら祈を倒すの?
結衣の呼吸が浅くなる。
手の中に魔力はある。肉体強化は使える。
踏み込めば届く。さっきのように、戦えば押せる。体は戦える。心だけが、動かなかった。
オブスキュリテが、そんな結衣を見た。赤い雷の向こうで、祈だった少女が薄く目を細める。
「いい顔ね、結衣」
声がした。気づいた時には、オブスキュリテが目の前にいた。赤い雷をまとった脚が、結衣の顔面を捉える。
本来なら、防げた。
相手の踏み込みは見えていた。重心の移動も、腰のひねりも、蹴りの軌道も読めていた。
受け流せた。最小限の魔力を頬と首筋に通せば、衝撃を殺せた。あるいは肩で受けて、懐へ潜り込むこともできた。
少なくとも、受け身は取れた。
白瀬 結衣は、そういう戦い方を何年も積み重ねてきたのだから。
けれど結衣は、何もできなかった。
目の前にいるのが祈だと知った瞬間、体の中で何かが止まっていた。拳を上げるという単純な動作すら、できなかった。
蹴りがまともに入る。鈍い衝撃が、頭蓋の内側まで響いた。視界が弾ける。
赤い雷の光。
ステージ照明。
観客席の悲鳴。
後輩たちの叫び。
全部が一瞬でぐちゃぐちゃに混ざった。体が吹き飛ぶ。床に叩きつけられ、肺の中の空気が押し出された。
「結衣先輩!」
後輩の声が聞こえる。
遠い。
水の中で聞いているみたいだった。
動かなきゃ。
結衣は床に手をつこうとした。指先がステージの床に触れる。けれど、力が入らない。震えるだけだった。
立て。
立たなきゃ。
後輩たちがいる。
観客がいる。
敵がいる。
今、立たなければならないのは自分だ。
それなのに、体は動かなかった。
オブスキュリテは、倒れた結衣を見下ろしていた。赤い雷をまとった黒い影。
その顔は、祈の顔だった。結衣がずっと探していた顔だった。
その口が、冷たい言葉を落とす。
「今の魔法少女は、この程度なのね」
結衣の胸が痛んだ。
違う。この程度なのは、私だ。
後輩たちは戦っている。観客を守ろうとしている。
怖くても、震えても、ちゃんと前に出ている。
動けていないのは、私だけだ。
「あの赤い雷、止めないと……!」
後輩の一人が叫んだ。声には恐怖が滲んでいた。
けれど、それでも彼女は前へ出た。
「私が行きます!」
まだ変身を維持している魔法少女が、オブスキュリテへ突っ込む。
勇気はあった。判断も間違ってはいない。
赤い雷を放っている本人を止める。指揮官を倒す。そうすれば異形たちの動きも鈍るかもしれない。
戦術としては正しかった。
けれど、未熟だった。
踏み込みがまっすぐすぎる。視線が拳に集まりすぎている。恐怖で呼吸が浅く、魔力の流れが乱れている。
結衣には分かった。分かったのに、止められなかった。
「待って……!」
声は出なかった。
オブスキュリテは、わずかに半身を引いただけで攻撃を避けた。後輩の拳が空を切る。
次の瞬間、オブスキュリテは懐へ入っていた。
速い。
魔法ではない。ただの体捌き。けれど、相手の未熟な動きを見切った、あまりにも正確な回避だった。
オブスキュリテの拳が、後輩の胴に触れる。 殴ったというより、置いただけに見えた。
けれど、その接触点から赤い雷が流れ込んだ。直接。変身衣装の上から、魔力の回路へ。
「がっ……!」
後輩の体が跳ねた。痛みより先に、魔力が乱れる。
胸元の魔石が明滅する。腕に浮かんでいた術式が途切れる。
武器の輪郭がぶれ、握っていた杖が粒子になって崩れた。
魔法少女の変身が、一瞬で崩れる。
衣装がほどける。武器が消える。防御の光が失われる。
膝から崩れ落ちた後輩に、オブスキュリテは一瞥だけ向けた。
「未熟ね」
その言葉は、冷たかった。
けれど、結衣には分かってしまった。オブスキュリテは殺していない。戦闘不能にしているだけだ。
変身を剥がし、魔法少女であることを奪い、無力な少女として床に落としている。
その方が、ずっと残酷だった。
戦場は、瞬く間に傾いていった。
赤い雷。
異形の群れ。
そして、エースである結衣が動けないという事実。
後輩たちは必死に戦っていた。けれど、彼女たちの視線は何度も結衣へ向いた。
助けを求めるように。指示を待つように。エースなら立ち上がってくれるはずだと信じるように。
そのたびに、結衣の胸が裂けそうになった。
立たなきゃ。
立たなきゃ。
なのに、立てない。
後輩の一人が、異形の爪を防ごうとして結界を張る。
だが、赤い雷が結界の表面を走り、術式が砕けた。
「きゃあっ!」
別の魔法少女が飛び上がろうとする。その足元を赤い雷がかすめる。
浮遊術式が痺れ、空中で体勢を崩したところへ、翼を持つ異形が襲いかかる。
槍を持った後輩が助けに入る。
その槍の穂先へ赤い火花が絡みつき、魔力の刃が消えた。
「嘘、なんで……!」
混乱が広がる。
魔法少女たちは、一人、また一人と倒れていく。
変身が解けた少女たちが、ステージの隅で身を寄せ合う。
さっきまで歌っていた子たち。
観客に手を振っていた子たち。
結衣の話を真剣に聞いていた後輩たち。
その子たちが、今はただの少女として震えていた。
「ひっ……来ないで……!」
誰かが泣きそうな声を上げた。異形が一歩近づく。
変身を失った後輩たちは、肩を寄せ合って後ずさった。
その姿に、結衣の胸が凍る。
守らなきゃ。
今すぐ。あの子たちを。
でも、足は動かない。
視界の端で、オブスキュリテが小さく息を吐いた。失望したような。呆れたような。それでいて、どこか傷ついたような溜息だった。
「この程度なのね」
オブスキュリテは、震える後輩たちを見た。
それから、倒れたままの結衣を見た。
「人々の希望」
赤い雷が、彼女の指先で弾ける。
「魔法少女のエース」
結衣の心臓が縮む。
「守る者」
オブスキュリテの声が、低くなる。
「全部、都合のいい言葉だったのね」
結衣は何も言い返せなかった。言い返す資格がなかった。
だって今、守れていない。
誰も。何も。自分自身の心さえ。
オブスキュリテは指を鳴らした。乾いた音が、妙にはっきりと会場に響いた。
その瞬間、異形たちの動きがぴたりと止まる。
観客へ爪を伸ばしていた異形も。
倒れた魔法少女へ牙を剥いていた異形も。
非常口を塞ぐように這っていた異形も。
天井近くを旋回していた異形も。
まるで糸を切られた人形のように、すべてが静止した。
会場に、奇妙な静寂が落ちる。ついさっきまで、悲鳴と怒号と戦闘音で埋め尽くされていた空間だった。
それなのに今は、誰もすぐには声を出せない。
泣きじゃくる子どもの声だけが、小さく響いていた。
変身を解かれた後輩魔法少女たちは、ステージの隅で身を寄せ合っている。
床に倒れた魔法少女たちは、まだ起き上がれない。
観客たちは逃げることも忘れて、異形と黒い敵幹部を見つめていた。
結衣も、動けなかった。
ステージの床に手をついたまま、顔を上げることすらできない。
オブスキュリテは、そんな会場をゆっくりと見渡した。
「今日はここまでよ」
その声は、静かだった。
勝ち誇るでもなく、興奮するでもなく、ただ予定を終えたと言うような声。
「おや」
どこからともなく、湿った声が響いた。水を含んだ布を引きずるような、不快な音を伴った声だった。
ステージ脇の影が揺れる。照明の届かない暗がりから、何かがぬるりと現れた。ぶよぶよとした液体状で布を被った男。
いや、男の形をしているだけで、本当に人間なのかどうかも分からない。
布の内側で、輪郭の定まらない体が蠢いている。
肩らしき部分が沈み、腕らしきものが伸び、また溶けるように形を変える。
歩くたび、床に濡れた跡のような影が残った。
ストレガ。
侵略組織の幹部の一人。
結衣も、映像で見たことがあった。
捕獲した魔法少女局職員を実験材料にした疑惑。
異形の改造。精神干渉型の魔法。
何度も討伐作戦が組まれながら、そのたびに逃げ延びた危険人物。
そのストレガが、舞台袖から楽しげに現れた。
「まだ残っていますよ」
布の奥で、笑っている気配がした。
「魔法少女も、観客も」
その言葉に、観客席から小さな悲鳴が漏れた。
変身を解かれた後輩たちの肩が震える。
結衣は奥歯を噛んだ。
動け。今すぐ動け。
あいつは危険だ。今ここで止めないと。
そう思うのに、体は鉛のように重かった。
「目的は虐殺じゃない」
オブスキュリテは、ストレガを振り返らなかった。ただ、冷たく言った。
「魔法少女および魔法少女局の権威を失墜させること。それが今回の目的でしょう?」
「ええ。もちろん」
ストレガは、液体のような布を揺らして頷いた。
「ですが、もっと徹底してもよろしいのでは? ここで何人か死ねば、恐怖はさらに深く刻まれる。魔法少女の無力さも、より明確になるでしょう」
「死者を出せば、怒りが生まれる」
オブスキュリテは淡々と返した。
「怒りは、人を一つにすることがある。魔法少女局は被害者を掲げて、また正義の顔を作るでしょう」
赤い火花が、彼女の指先で小さく弾ける。
「でも、見逃された敗北は違う」
ストレガが黙る。
「守るべき観客の前で倒され、変身を剥がされ、敵に生殺与奪を握られた。にもかかわらず、殺されなかった。敵の都合で生かされた」
オブスキュリテは、ステージの上を見渡した。
倒れた魔法少女たち。
震える後輩たち。
動けない結衣。
「その事実は、死よりも長く残る」
結衣の胸に、その言葉が突き刺さった。
敵に見逃された。それは、敗北以上の屈辱だった。
守れなかっただけではない。殺されるかどうかさえ、相手の判断に委ねられた。
魔法少女が、人々の希望が、敵の気まぐれで生かされた。
「十分に示せたと思うわ」
オブスキュリテは、天井近くに設置された中継カメラを見上げた。
赤いランプが、まだ点灯している。配信は止まっていない。
結衣の背筋が冷たくなる。
戦闘が始まってから、ずっと。
仮面が割れた瞬間も。
赤い雷で後輩たちの変身が剥がされた瞬間も。
エースである結衣が動けなくなった瞬間も。
魔法少女たちが一人ずつ倒れていった瞬間も。
全部、映っていた。
二年前と同じ。
赤羽 祈が壊された時と同じように。
あの時、カメラは祈の隙を映した。
祈を庇って瑠香が倒れる瞬間を映した。
そして世間は、それを何度も切り抜き、止め、戻し、責める材料にした。
今度は、魔法少女の敗北が生中継されている。
白瀬 結衣の敗北が。
後輩たちの無力が。
魔法少女局の防御機構がまた作動しなかった事実が。
全部、映っている。
「心の折れた魔法少女なんて、何の脅威でもない」
オブスキュリテの声は、冷たかった。
けれど、その言葉は会場だけに向けられたものではなかった。
画面の向こうにいる人々へ。魔法少女局へ。二年前、赤羽 祈を叩いた世界へ。
告げているのだ。
お前たちの希望は、この程度だと。
ステージの上には、倒れた魔法少女たち。
変身を解かれ、怯える後輩たち。
そして、顔を伏せたまま動けない白瀬 結衣。
それらすべてを、カメラが映していた。
「行くわよ、ストレガ」
「承知しました。同志オブスキュリテ」
ストレガがゆるりと頭を下げる。
その仕草は恭しかったが、どこか芝居がかっていた。
オブスキュリテが再び指を鳴らす。
異形たちが、開いたままの空間の裂け目へ戻っていく。
這うものは床を鳴らして。
翼を持つものは天井をかすめて。
巨大な腕を持つものは、最後まで観客を睨みつけながら。
一体、また一体と、裂け目の向こうへ消えていく。
ストレガの体も、影の中へ沈むように薄れていった。
オブスキュリテもまた、背を向ける。
その背中を見て、結衣の胸が締めつけられた。
行ってしまう。
祈が。
また。
結衣は、手を伸ばそうとした。
指先が、わずかに床を滑る。
祈。
声にしたかった。
止めたかった。
謝りたかった。
どうして、なんて聞く資格はない。
帰ってきて、なんて言える立場でもない。
それでも、名前を呼びたかった。
あの時、返せなかった言葉を、今度こそ届けたかった。
けれど、喉は震えるだけで、言葉にならない。
オブスキュリテは一度だけ、肩越しに結衣を見た。
赤い雷の残光が、その瞳を照らしていた。
その目は、怒りに濡れていた。憎しみに沈んでいた。
それでも、どこか泣きそうに見えた。
結衣は息を呑む。
その顔は、やっぱり祈だった。
壊れてしまっても。
敵になってしまっても。
世界を壊すものだと名乗っても。
結衣が救えなかった親友だった。
「またね、結衣」
オブスキュリテは、そう言った。
優しい別れの言葉みたいで。呪いのようだった。
空間が閉じる。異形も、ストレガも、オブスキュリテも、姿を消した。
会場は、何事もなかったかのような静寂を取り戻した。
けれど、本当に何もなかったわけではない。
倒れた魔法少女たち。
泣きじゃくる観客。
変身を解かれた後輩たち。
動けないエース。
破壊されたステージ。
踏み荒らされたペンライト。
割れた機材。
そして、赤いランプを灯したままの中継カメラ。
魔法少女が敗北したという事実だけが、そこに残っていた。
誰も、すぐには動けなかった。
結衣も。
観客も。
魔法少女局の職員たちも。
ただ、カメラだけが動いていた。その赤いランプが、まるで二年前と同じように、すべてを世界へ告げていた。




