親友
コンサートは中盤に差しかかっていた。結衣のソロパート。
それまで複数人で形作っていた隊列が、音楽に合わせて左右へ割れる。
後輩たちが一歩ずつ下がり、ステージ中央へ続く光の道が生まれた。
その中心へ、結衣は進む。
足元の魔法陣が淡く光る。照明が一斉に切り替わる。
観客席から歓声が上がった。
白瀬 結衣。
その名前を呼ぶ声が、会場のあちこちから響く。
ペンライトの海。歓声。
音楽。照明。振動する床。眩しいほどのスポットライト。
二年前、あの先輩が立っていた場所に、今は結衣が立っている。
かつて見上げるしかなかったセンター。いつか祈と一緒に立とうと誓った場所。
そして、四条 瑠香が最後に輝いていた場所。
結衣は歌う。息は乱さない。笑顔は崩さない。指先まで意識を通す。
観客の前に立つ白瀬 結衣は、現役魔法少女のエースだ。
努力の象徴。折れない少女。後輩たちを導くセンター。
だから、完璧でなければならない。
歌いながら、結衣は一瞬だけ思う。
祈。
見てる?
私、ここまで来たよ。一緒に立とうって約束した場所に、私は立ってるよ。
でも。本当は、隣にいてほしかった。
その瞬間だった。観客席の上空で、空間が歪んだ。最初は、光の演出に見えた。
けれど、違う。
結衣の体は、頭より先にそれを理解した。
空気が、ひび割れるように震える。
天井から吊るされた照明が、小さく揺れた。観客席の一部から、感嘆の声が上がる。
「え、なに?」
「演出?」
「すご……」
違う。
結衣の背筋に、冷たいものが走った。
普通なら、防御機構が作動するはずだった。
魔法少女ライブ会場には、異形の侵入を感知する結界が幾重にも張られている。
観客を守る防御膜もある。避難誘導用の補助術式もある。
魔法少女の戦闘に合わせて自動展開される足場もある。
もし空間異常が発生すれば、警報が鳴る。観客席に防御膜が降りる。ステージ上の魔法少女には即座に戦闘移行のサインが出る。
それが正常な流れだった。
けれど。何も、発動しなかった。
警報は鳴らない。観客席を包む青い防御膜も展開されない。天井に走るはずの結界光もない。
ただ、空間だけが歪んでいる。
結衣の背筋が凍る。二年前と同じ。
思考より先に、記憶がそう囁いた。あの日も、こうだった。
ライブの最中。観客席の上空。突然の空間異常。作動しない防御機構。
胸の奥に、古い傷が開く。
けれど結衣は、止まらなかった。止まってはいけない。
あの日、動けなかった誰かがいた。
あの日、守れなかった誰かがいた。
あの日、手を伸ばせなかった親友がいた。
だから今度は。今度こそ。
割れた空間から、異形が姿を現した。灰色の皮膚。歪んだ四肢。裂けた口。観客席へ落下するように、黒い影が広がる。
観客の悲鳴が上がるより早く、結衣は動いていた。
「マギアエンジン、起動!」
光が弾ける。ステージ衣装がほどけ、戦闘用の魔法衣装へ変わっていく。
白を基調にした衣装に、淡い青のラインが走る。
腕と脚に薄い強化術式が浮かび、足元の魔法陣が一瞬だけ強く輝いた。
結衣はステージを蹴った。
魔力は少ない。派手な魔法もない。
空を裂くような光線も。広範囲を覆う結界も。奇跡みたいな回復魔法も。結衣には使えない。
彼女にあるのは、ただの身体強化。
候補生時代には、最低クラスだと何度も言われた魔法。
「白獅踏天!」
けれど、結衣はその最低クラスを鍛え続けた。
どこに魔力を通せば、一歩が速くなるのか。
どの瞬間に強化を切れば、消耗を抑えられるのか。
どの筋肉にどれだけ魔力を乗せれば、最短で敵へ届くのか。
何千回も倒れて覚えた。何万回も繰り返して、体に刻み込んだ。
鍛え抜いた肉体は、一瞬で観客席の上空へ届いた。
異形の腕が、観客へ伸びる。結衣はその前に割り込んだ。
拳を握る。肉体強化を、右腕に集中させる。
全身を覆うほどの魔力はない。だから一点だけでいい。
拳。
肘。
肩。
背中。
腰。
踏み込み。
全部を一つの線にする。
「――はッ!」
一撃。
結衣の拳が、異形の頭部を打ち抜いた。衝撃が空中に広がる。異形の頭部が砕けた。
黒い体が空中で爆ぜ、粒子となって消えていく。
観客席へ落ちるはずだった残骸は、結衣の放った衝撃で上空へ散らされ、光の粒になって消滅した。
会場がざわめいた。
何が起きたのか理解できていない声。遅れて上がる悲鳴。
スマホを構える音。スタッフが叫ぶ声。
演出ではない。事故でもない。本物の襲撃だ。
結衣は空中で体勢を整え、ステージへ着地した。膝を沈めて衝撃を殺す。顔を上げる。
観客席を確認する。
後輩たちを見る。ステージ上の魔法少女たちは、まだ動けていなかった。
無理もない。これはライブだった。戦場ではなかった。笑顔を届ける場所が、一瞬で恐怖に塗り替えられたのだ。
けれど、結衣は知っている。ここで一瞬でも遅れれば、取り返しのつかないことになる。
あの日のように。
「みんな、変身して!」
結衣は叫んだ。
後輩たちは一瞬、結衣を見つめた。顔が強張っている。呼吸が浅い。足が止まっている。
今の彼女たちには、結衣の声が必要だった。
「早く!」
その声で、後輩たちははっとした。
「は、はい!」
「変身!」
「マギアエンジン起動!」
光が次々と弾ける。ステージ衣装が魔法衣装へ変わっていく。
手に杖を出す者。槍を構える者。羽のような魔法陣を背に浮かべる者。小さな盾を展開する者。
ぎこちなさはある。でも、戦う準備は整いつつあった。
結衣は短く息を吸った。
大丈夫。今度は、止まらなかった。今度は、動けた。
そう自分に言い聞かせた、その直後。空中の空間が、次々と割れ始めた。
一つ。
二つ。
三つ。
空間が、次々と裂けていく。
観客席の上。
ステージ脇。
天井付近。
非常口の前。
照明機材の裏。
音響ブースのすぐそば。
黒い亀裂が、まるで会場そのものを内側から食い破るように広がっていった。
そこから、異形が現れる。
細長い腕を何本も持つもの。四つ足で這いながら、牙を剥くもの。鳥のような翼で空中を旋回するもの。人間の胴体に獣の頭をいくつも生やしたようなもの。
無数のゲートが、同時に開いていく。
結衣は息を呑んだ。
二年前と同じ。その言葉が、胸の奥で響いた。あの日も、こうだった。
ライブの途中。
観客席の上空。
作動しない防御機構。
次々と開くゲート。
悲鳴。
混乱。
逃げ惑う人々。
そして、誰かが守れなかった。
結衣の胸の奥で、古い傷が開く。けれど、結衣は立ち止まらなかった。
足は震えない。呼吸も乱さない。拳は、ちゃんと握れている。
立ち止まってはいけない。
今度こそ。今度こそ、誰も見捨てない。
観客の逃げ道を確認する。後輩たちの位置を見る。
ゲートの配置を把握する。異形の数を数える。
全部は無理だ。
結衣一人では、すべてに手は届かない。
だからこそ、指示を出す。後輩たちを動かす。自分が一番危険な場所へ行く。
それが今の白瀬 結衣の役目だった。
最後に、ひときわ大きな亀裂がステージ上空に走った。他のゲートとは違った。
空間が割れる音が、会場全体に響いた。
照明がちらつく。ステージ床の魔法陣が、ひび割れたように乱れる。
結衣は反射的に身構えた。
そこから、人影が降り立つ。黒い衣装。魔法少女のステージ衣装とは違う。
華やかさのためではなく、威圧するための衣装。
身体の線に沿った黒布に、赤黒い紋様が走っている。裾は影のように揺れ、足元に落ちた光さえ飲み込んでいるように見えた。
顔は、仮面で覆われていた。白でも銀でもない。黒く、硬質な仮面。
表面には、薄く赤い文様が刻まれている。目元だけが細く開いていて、その奥から冷たい視線が覗いていた。
その全身から、敵意が滲んでいた。ただ殺意をばらまいているのではない。
もっと深く、もっと湿った、長い時間をかけて煮詰めたような敵意。
仮面の人物は、ゆっくりと会場を見渡した。
逃げ惑う観客。
変身したばかりの後輩魔法少女たち。
警備員。
崩れかけたステージ設備。
そして、ステージ中央に立つ結衣。
仮面の奥の視線が、結衣のところで止まった気がした。
ぞくり、と背筋が冷える。
次の瞬間、仮面の人物は異形たちへ命じた。
「すべてを壊しなさい」
声は、ひどく静かだった。叫んだわけではない。怒鳴ったわけでもない。
それなのに、不思議と会場中に届いた。
「魔法少女も」
仮面の人物の指先が、ステージ上の結衣たちへ向く。
「この世界も」
異形たちが咆哮した。
その声に観客席から悲鳴が上がる。人の波が出口へ向かって押し寄せる。
非常口の前にもゲートが開いているせいで、流れはすぐに詰まり始めた。
まずい。このままだと、異形に襲われる前に将棋倒しになる。
結衣はすぐに指示を飛ばした。
「みんなは異形を相手にして! 観客の避難路を確保! 絶対に観客へ被害を出さないで!」
「は、はい!」
「二人一組で動いて! 一人で突っ込まない! 防御役は観客席側、攻撃役はゲート前!」
後輩たちはまだ顔を強張らせていた。それでも、結衣の声に従って動き出す。
杖を構えた子が観客席の前に結界を張る。
槍を持つ子が非常口前の異形へ向かう。
翼の魔法陣を背負った子が、上空の異形を迎撃する。
ぎこちない。危なっかしい。でも、動けている。
「結衣先輩は!?」
後輩の一人が叫んだ。
結衣は、仮面の人物を見据えた。
異形たちは、ただ暴れているわけではない。観客の避難路を塞ぐように動いている。魔法少女たちを分断するように配置されている。
ゲートの出現位置も、無秩序に見えて、明らかに会場の防御と避難を潰す場所を選んでいる。
指揮している者がいる。なら、そこを叩く。
「あの指揮してるやつを叩く」
迷いはなかった。
結衣はステージを蹴った。床に亀裂が走る。
身体強化を脚に集中。一瞬で距離を詰める。仮面の人物の前に降り立つと、結衣は拳を構えた。
「あなたが指揮官ね」
仮面の人物は答えなかった。ただ、結衣を見ていた。
仮面の奥から、視線を感じる。重い。冷たい。
けれど、それだけではない。
憎悪。
それも、ただ魔法少女全体に向けられたものではなかった。
魔法少女局への怒りでも、世界への敵意でもない。もっと個人的なもの。
結衣だけを見ている。結衣だけを焼こうとしている。
そう錯覚するほどの、剥き出しの憎悪だった。
「白瀬、結衣ぃ……!」
仮面の奥から、声が漏れた。その声に、結衣はわずかに眉を寄せる。
名前を知られていること自体は不思議ではない。
今の結衣は、魔法少女のエースだ。顔も名前も広く知られている。敵組織が事前に情報を集めていても、何の不自然もない。
けれど、その呼び方は違った。単に敵の名を呼ぶ声ではない。
もっと深く。
もっと近く。
もっと、結衣の内側に踏み込んでくるような声だった。
怒り。
憎しみ。
嘲り。
それに、なぜか痛みのようなものまで混ざっている。
結衣には、その憎悪に身に覚えがなかった。
いや。本当は、どこかで身に覚えがある気がした。
胸の奥が、ざわつく。
けれど、目の前の敵が誰なのかは分からない。仮面が、すべてを隠している。
「あなたは何者?」
結衣は問いかけた。
仮面の人物は、ゆっくりと首を傾けた。まるで、その質問を待っていたかのように。
「私はオブスキュリテ」
黒い衣装の裾が、舞台照明の風に揺れる。
会場の光を浴びても、その黒は明るくならなかった。むしろ周囲の光を吸い込み、より深い影になっていく。
「世界を壊すものよ」
静かな名乗りだった。
けれどその言葉には、冗談も誇張もなかった。本気でそうするつもりなのだと、結衣には分かった。
この人物は、ただこの会場を襲いに来たのではない。
二年前と同じ状況を作り出し、魔法少女を、観客を、魔法少女局を、そして結衣自身を壊すためにここへ来た。
結衣は拳を握り直した。
「壊させない」
声は震えなかった。
「この会場も、観客も、後輩たちも。誰一人、あなたには壊させない」
オブスキュリテは、仮面の奥で笑った気がした。
「言うようになったのね」
その一言に、結衣の心臓が小さく跳ねた。
なぜ。
なぜ、その言い方はこんなにも――。
次の瞬間、オブスキュリテが踏み込んだ。
速い。
黒い衣装の裾が揺れたと思った時には、もう間合いに入られていた。拳が結衣の顔面を捉える。
迷いのない一撃だった。魔法の光もない。派手な術式もない。ただ、鍛えられた体捌きと殺意だけが乗った拳。
だが、結衣は微動だにしなかった。
打撃が頬に触れる瞬間、その部分だけに薄く魔力を通す。
全身ではない。頬と顎、首筋、それを支える肩の一部だけ。肉体を一瞬だけ硬化させ、衝撃を殺す。
鈍い音が鳴った。結衣の顔は、わずかに傾いただけだった。
オブスキュリテの仮面が、わずかにこちらを向く。
「触れた瞬間に魔力で硬化するなんて。器用な真似をするわね」
その声に、どこか楽しげな響きが混じっていた。敵を評価する声。
けれど、それだけではない。
昔の結衣を知っているような。弱かった頃を知っている誰かが、今の成長を確かめているような。
奇妙な違和感が、結衣の胸をかすめる。
けれど、今は考えている暇はない。
「その程度なら」
結衣は拳を握る。
「あなたの攻撃は、私には届かない」
反撃。
結衣の拳が、最短距離で走った。
魔力を拳に集めるのは一瞬だけ。打撃の瞬間だけ出力を上げ、すぐに切る。
魔力量の少ない結衣が、長い訓練の末に辿り着いた戦い方だった。無駄な強化はしない。
必要な瞬間に。
必要な部位へ。
必要なだけ。
拳が、オブスキュリテの顔面を掠めた。仮面の端が欠ける。黒い布が揺れた。
オブスキュリテは軽く後退する。だが体勢は崩れていない。
後退と同時に、結衣の胴へ蹴りが放たれた。
鋭い。
蹴りの軌道は低く、肋骨の下を狙っている。まともに受ければ呼吸を奪われる位置。
鈍い音が響いた。しかし、結衣は倒れない。
衝撃が入る直前、腹部だけに魔力を流していた。皮膚、筋肉、内臓を守るように、薄い膜を作る。力任せではなく、精密な強化。
魔力量が少ないからこそ、無駄に全身へ巡らせない。必要な瞬間に、必要な場所へ、最低限の魔力だけを通す。
それが、白瀬 結衣の戦い方だった。
候補生時代、結衣は何度も言われた。
その魔法では戦えない。身体強化なんてありふれている。しかも出力が低すぎる。
正式な魔法少女になるのは無理だ。
だから結衣は、ありふれた魔法を磨いた。
誰よりも細かく。
誰よりも正確に。
誰よりも無駄なく。
才能がないからこそ、誤魔化しは許されなかった。
「へえ」
オブスキュリテは、余裕を崩さない。
「努力したのね」
結衣の胸が、わずかにざわついた。
その言い方が、嫌だった。まるで、努力する前の自分を知っているみたいだったから。
「あなたに言われる筋合いはない!」
結衣はさらに踏み込む。
オブスキュリテの蹴りが、結衣の顔面めがけて飛ぶ。鋭い回し蹴り。
仮面越しでも分かるほど、動きに迷いがない。
結衣は低く沈んだ。蹴りが髪をかすめる。風が頬を切るように通り過ぎた。
避けながら、軸足を蹴り払う。オブスキュリテの体勢が崩れた。
ほんの一瞬。
普通なら見逃すような隙。けれど、結衣は逃さない。
踏み込む。腰を回す。肉体強化を脚に集中。
膝、足首、爪先。踏み込みの反動を逃さず、蹴りへ乗せる。
倒れかけたオブスキュリテの顔面へ、結衣の蹴りが叩き込まれた。
衝撃。
黒い体が宙を舞う。
仮面に亀裂が走った。次の瞬間、砕ける。文様の入った破片が、舞台の光を受けながら散っていく。
きらきらと。まるでステージ演出の一部みたいに。
結衣は追撃しようとして――止まった。
露わになった顔を見たからだ。
黒い髪。
白い頬。
細い顎。
見慣れた輪郭。
何度も隣で笑っていた顔。
何度も一緒に訓練場で汗を流した顔。
何度も、諦めそうな自分に「結衣ならできるよ」と笑ってくれた顔。
息が、止まる。心臓が、一拍だけ動き方を忘れた。
視界の端で、異形が暴れている。後輩たちが戦っている。観客が逃げている。
それなのに、結衣の世界から音が消えた。
オブスキュリテは空中で身をひねり、軽やかに着地した。
割れた仮面の残骸が、足元に落ちる。乾いた音がした。
「二年前より、格段に進化してるわね」
懐かしい声だった。
知らないほど冷たい声だった。
結衣は、喉を震わせる。声が出ない。出してしまえば、何かが決定的に壊れる気がした。
けれど、名前は勝手にこぼれた。
「祈……!!」
その名を聞いて、オブスキュリテは嗤った。
赤羽 祈の顔をした敵幹部が、結衣を見ている。
それは祈だった。
でも、結衣の知っている祈ではなかった。
目の奥にあったやわらかい光はない。誰かと分かり合いたいと願っていた温度もない。
代わりに、赤黒い憎しみが沈んでいた。
「久しぶりね、結衣」
その声は、親友に再会した声ではなかった。罪人を見つけた声だった。
結衣の拳から、力が抜ける。膝が震える。魔力強化が、少しだけ乱れた。
「どう、して……」
言葉が、かすれる。聞きたいことはいくらでもあった。
生きていたの。
どこにいたの。
どうして敵に。
どうして連絡をくれなかったの。
違う。
連絡しなかったのは自分だ。
返事をしなかったのは自分だ。
助けを求めた祈の手を、取らなかったのは自分だ。
「でも」
オブスキュリテは、ゆっくりと手を広げた。
「その名前で呼ばないで」
その一言が、結衣の胸を貫いた。
祈。
その名前を、もう呼ぶなと言われた。それは、結衣が知っている赤羽 祈はもういないという宣告だった。
指先に、赤い火花が灯る。
結衣の目が見開かれる。その魔法を、知っている。
訓練場で何度も見た。
味方を巻き込まないよう、いつも距離を取って使っていた魔法。
連携訓練で周囲に気を遣い、申し訳なさそうに笑いながら制御していた魔法。
祈が、自分の力を怖がられながらも、それでも誰かを守るために磨いていた魔法。
赤い雷。
赤羽 祈の魔法。
「もう隠す必要もないものね」
オブスキュリテの指先で、赤い火花が大きく弾けた。赤い雷が、空気を裂く。
その音を聞いた瞬間、結衣の脳裏に訓練場の光景が蘇った。
放課後の訓練場。誰も近づきたがらない隅のスペース。
祈が赤い雷を指先に灯しながら、困ったように笑っていた。
『ごめんね、結衣。近くにいると、魔力乱しちゃうかも』
『大丈夫。私、もともと魔力少ないから』
『それ、全然大丈夫じゃなくない?』
二人で笑った。
あの赤い雷は、怖いものではなかった。少なくとも、結衣にとっては。なのに今、その雷は後輩たちへ向けられようとしている。
観客へ。
魔法少女たちへ。
世界へ。
「見せてあげる」
オブスキュリテの瞳が、赤く照らされる。
赤い火花が彼女の周囲を舞い、黒い衣装の裾を照らした。
その姿は、もうステージの端で笑っていた赤羽 祈ではなかった。祈りを捨てた少女。闇の名を持つ敵幹部。
それでも、顔だけは。声だけは。
どうしようもなく、結衣の親友だった。
結衣は動けなかった。
拳を上げなければならない。止めなければならない。
今すぐ、あの赤い雷を止めなければ、後輩たちが危ない。
分かっている。分かっているのに。目の前にいるのは、助けられなかった親友だった。




