表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女だった私は、すべてを奪われて侵略者になった  作者: 摩利
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/7

白瀬 結衣


 二年後。


 白瀬 結衣(しらせ ゆい)は、魔法少女のエースになっていた。

 ステージの中央に立ち、スポットライトを浴びる。

 かつては遠くに見上げるだけだった場所。

 二年前、四条 瑠香が当然のように立っていた場所。

 そして、赤羽 祈と一緒にいつか立とうと誓った場所。

 今、そこに立っているのは結衣だった。


 歓声を受け、笑顔で手を振る。カメラに向かって視線を返す。

 後輩たちの立ち位置を確認し、緊張している子には目で合図を送る。


 白瀬 結衣。


 努力で這い上がった魔法少女。

 誰よりも魔力が少なく、誰よりも地味な魔法で、それでも折れずにエースまで上り詰めた少女。

 そう紹介されるたび、観客は歓声を上げる。


 結衣は笑う。慣れた笑顔だった。

 二年前は、教わる側だった。歌も、踊りも、戦い方も、立ち位置も。

 何もかも必死で、置いていかれないように歯を食いしばっていた。


 少し油断すれば振り付けが遅れる。呼吸が乱れれば歌声が揺れる。

 戦闘訓練では、強化魔法の出力が足りずに何度も吹き飛ばされた。

 それでも、結衣は食らいついた。


 できないなら、できるまでやる。足りないなら、足りるまで積む。

 才能がないなら、才能がある子の何倍も倒れればいい。

 そうやって、ここまで来た。

 それが今では、教える側だ。


「いい? 魔法少女にとって大事なのは、強い魔法だけじゃないんだよ」


 イベント会場の一角で、結衣は後輩魔法少女たちに向かって話していた。

 今日はライブ本番前の公開交流イベントだった。

 魔法少女たちがファンと触れ合い、後輩組の紹介を行い、簡単なトークや訓練デモを見せる。

 会場には、たくさんの人が集まっていた。


 親子連れ。ファン。スタッフ。警備員。

 メディア関係者。魔法少女局の職員。

 誰もが、今の結衣を知っている。


 人々を守る魔法少女。努力でのし上がった、現役のエース。折れない心を持つ少女。

 魔力に恵まれなかった候補生が、血の滲むような努力でセンターを掴んだ。

 そんな物語を、世間は好んだ。


 結衣が拳を握って笑えば、人々は感動する。

 結衣が後輩に声をかければ、理想の先輩だと褒められる。

 結衣がステージに立てば、誰かが言う。


 瑠香の意思を継いだ、新しいエースだ。

 その言葉を聞くたび、結衣は胸の奥が少しだけ痛む。

 痛いだけで、顔には出さない。

 白瀬 結衣は、折れない魔法少女だから。


「敵を倒すのはもちろん大事。でも、それだけじゃ駄目」


 結衣は、後輩たちを見回した。

 まだ正式デビューしたばかりの子。候補生から上がったばかりで、衣装の着こなしもぎこちない子。緊張で肩に力が入りすぎている子。

 二年前の自分を見ているようだった。


「怖がっている人、不安な人、追い詰められている人に寄り添うこと。それも、魔法少女の大切な役目だから」


 言い終えた瞬間、結衣は一瞬だけ息を詰めた。

 追い詰められている人に、寄り添う。その言葉が、胸の内側を引っかいた。自分で言ったくせに、まるで刃物みたいだった。

 追い詰められていた人を、結衣は知っている。


 学校にも行けなくなって。

 家の壁に人殺しと書かれて。

 世間から責められて。

 家族まで壊れて。

 それでも、助けて、とメッセージを送ってきた少女。


 赤羽 祈。


 結衣は、その名前を胸の奥へ押し込んだ。


 今は後輩たちの前だ。

 表情を崩してはいけない。声を震わせてはいけない。

 結衣は笑顔を保った。


 その時だった。人混みの向こうに、見知った横顔が見えた。

 黒い髪。細い肩。少し俯きがちな歩き方。

 人の流れに逆らわず、けれど誰とも視線を合わせないような佇まい。


 心臓が跳ねた。息が止まる。音が遠くなった。

 後輩たちの声も。会場のざわめきも。ファンの歓声も。

 すべてが遠くへ引いていく。

 結衣の視界には、その横顔しか映っていなかった。


「……祈?」


 名前が、勝手に唇からこぼれた。そんなはずはない。分かっている。


 祈が、こんな場所にいるはずがない。

 二年前に失踪してから、一度も姿を見せていない。

 魔法少女局も、警察も、結衣自身も、ずっと探した。けれど見つからなかった。


 それでも。あの肩の細さが。俯き方が。

 人混みの中で少しだけ孤独に見える背中が。

 祈に見えた。

 考えるより先に、体が動いていた。


「ごめん、ちょっと待ってて!」


「え、先輩?」


 後輩の声を背中に置き去りにして、結衣は走った。

 人混みをすり抜ける。肩がぶつかる。誰かが驚いた声を上げる。

 スタッフが慌てて名前を呼ぶ。ファンの子が「あれ、結衣ちゃん?」と振り返る。


 それでも止まれなかった。逃したら、もう二度と見つけられない気がした。


 お願い。

 祈であって。祈であってほしい。


 でも。

 祈であってほしくない。


 もし本当に祈だったら、何を言えばいいのか分からなかった。


 謝ればいいのか。抱きしめればいいのか。帰ろうと言えばいいのか。

 なぜ連絡をくれなかったのと聞けばいいのか。

 違う。連絡を返さなかったのは自分だ。

 結衣は唇を噛んだ。


「祈!」


 叫んで、その肩に手をかける。

 振り向いた少女は、目を丸くした。よく似ていた。黒い髪も。細い輪郭も。一瞬驚いた時の表情も。


 けれど、違った。顔立ちも、瞳の色も。赤羽 祈ではなかった。


「あ……」


 結衣の手から、力が抜ける。胸の奥に、一気に空洞が広がった。

 違った。また違った。何度目だろう。

 街で、駅で、会場で、ニュース映像の片隅で。似た後ろ姿を見つけるたび、結衣は息を呑んだ。

 祈かもしれないと思って、違うと分かって、そのたびに胸が冷えた。


「す、すみません」


 結衣は慌てて手を離した。


「友達と、勘違いしちゃって」


 少女はしばらく目をぱちぱちさせていた。


「え、いいですけど……って、白瀬結衣さん?」


 その表情が、一瞬で明るくなる。


「やば。本物? 写真撮ってもらっていいですか?」


 結衣は反射的に笑顔を作った。慣れた笑顔だった。

 落胆していても。胸が痛くても。喉の奥が詰まっていても。白瀬 結衣として求められたなら、笑顔を返す。


「もちろん」


 隣に並ぶ。ピースをする。少し顔を傾ける。スマホのカメラに向かって、白瀬 結衣として笑う。

 少女は嬉しそうに画面を確認した。


「ありがとうございます! 応援してます、頑張ってください!」


「ありがとう。楽しんでいってね」


 そう言う声は、驚くほど自然だった。

 少女が去っていく。


 その背中を見送りながら、結衣は小さく息を吐いた。肩の力が抜ける。笑顔が少しだけ崩れる。


「祈……こんな街中に、いるわけないよね」


 言葉にしてから、胸が痛んだ。いるわけがない。

 でも、いないと決めつけたくなかった。


 どこかで生きていてほしい。

 でも、無事でいるなら、どうして帰ってこないのか。

 帰ってこない理由を考えると、自分の罪に行き着いてしまう。

 だから結衣は、また笑顔を作った。


 後輩たちのところへ戻らなければならない。

 白瀬 結衣は、エースだから。





 赤羽 祈(あかば いのり)


 二年前の大規模襲撃事件で、多くの犠牲を出した原因とされた魔法少女。結衣の親友だった少女。


 ステージの端で、いつも少し遠慮がちに笑っていた。

 自分の魔法が味方の邪魔になるかもしれないからと、いつも少しだけ距離を取って戦っていた。

 それでも、誰かを守りたいと本気で言える子だった。


 エースだった四条 瑠香(しじょう るか)は、祈を庇って命を落とした。その瞬間は、生中継に映っていた。


 何度も切り抜かれた。何度も拡散された。何度も停止され、何度も矢印をつけられ、何度も誰かに解説された。


 ここで赤羽 祈が反応できていれば。

 この一瞬の隙がなければ。

 瑠香が庇う必要はなかったのではないか。


 世間は、分かりやすい犯人を求めた。


 防御機構が作動しなかったこと。無数のゲートが同時に開いたこと。現場の指揮系統が混乱したこと。敵の襲撃があまりにも周到だったこと。そういう複雑な原因は、ほとんど見向きもされなかった。

 必要だったのは、答えではない。責める相手だった。


 そして、祈は選ばれた。

 日に日にバッシングは増していった。学校にも、家にも、ネットにも、祈の居場所はなくなった。


 ニュース番組は、祈の名前を繰り返した。

 動画配信者は、彼女の自宅前でカメラを回した。

 匿名の言葉は、まるで刃物みたいに祈へ向けられた。


 結衣は、それを知っていた。知らなかったわけではない。


 スマホを開けば、嫌でも目に入った。

 魔法少女局へ行けば、職員たちが小声で話していた。

 候補生たちの間でも、祈の名前は腫れ物のように扱われていた。


 祈が追い詰められていくのを、結衣は見ていた。

 そして、やがて赤羽 祈は失踪した。


 その瞬間から、世間は手のひらを返した。


 かわいそうに。

 追い詰めすぎだった。

 まだ子どもだったのに。

 誰かが守ってあげるべきだった。

 魔法少女局は何をしていたのか。

 周囲の大人は止められなかったのか。

 友人はいなかったのか。


 そんな言葉が、あとからいくらでも湧いてきた。


 祈を叩いていた口が、今度は祈を哀れんだ。

 祈を追い詰めた手が、今度は誰かを責め始めた。


 誰かが守るべきだった。

 その言葉を聞くたび、結衣は胸の奥を刺された。その誰かの中に、自分もいたからだ。

 けれど、祈が戻ってくることはなかった。


「先輩ー!」


 後輩たちが駆け寄ってくる。

 結衣は反射的に顔を上げた。


 白瀬 結衣の顔に戻る。

 後輩たちが不安にならないように。周囲のファンが心配しないように。カメラを向けられても問題がないように。


「どうしたんですか?」


「ごめん」


 結衣は笑った。


「友達と勘違いしちゃった」


「友達、ですか?」


「うん」


 その一文字だけで、喉が詰まりそうになった。


 友達。


 そう呼んでいいのだろうか。

 祈は、まだ自分を友達だと思ってくれているのだろうか。

 いや、きっと思っていない。

 助けを求めた時、結衣は手を伸ばさなかった。返事すらしなかった。


 それでも結衣は笑った。笑うしかなかった。


「それで、さっきの続きだけど」


 自分の声が、いつも通りに聞こえる。柔らかくて、明るくて、後輩を安心させる声。

 白瀬 結衣という魔法少女にふさわしい声。


 この声の作り方を、結衣はよく知っていた。

 緊張している時ほど、少しゆっくり話す。怖い時ほど、目を合わせて笑う。言葉に詰まりそうな時ほど、先に口角を上げる。


 魔法少女は、不安を見せてはいけない。そう教わってきた。そうやって、ここまで来た。


「魔法少女は、敵を倒すだけじゃ駄目。弱い人や、追い詰められている人に寄り添うことも大事なんだよ」


 言ってから、喉の奥で笑いそうになった。

 何を言っているんだろう。


 親友が追い詰められていた時、私は何をした?


 寄り添ったか。

 手を伸ばしたか。

 隣に立ったか。


 違う。私は待った。


 魔法少女局から、今は動くなと言われた。対応が割れているから。

 下手に接触すれば、祈の立場がさらに悪くなるかもしれないから。

 世論を刺激するな。君まで巻き込まれる可能性がある。

 彼女のためにも、今は局の判断を待て。

 そう言われた。


 その時の職員の声を、今でも覚えている。


 落ち着いていた。正しく聞こえた。大人の判断に思えた。だから結衣は従った。

 おとなしく。いい子みたいに。魔法少女局の指示を守って。


 スマホには、祈からのメッセージが来ていた。


 助けて。


 会いたい。


 私、どうしたらいいの。


 お願い。返事して。


 結衣は、その通知を見た。見なかったことにはできない。確かに見た。

 指が震えた。返事を打とうとした。会いに行こうと思った。

 けれど、そのたびに局の言葉が頭をよぎった。


 今は動くな。

 世論を刺激するな。

 祈のためにも待て。


 そして、もう一つの声もあった。自分自身の声だ。


 怖い。


 今、祈に近づけば、自分も叩かれるかもしれない。

 ようやく候補生として認められ始めたのに。やっと魔法少女になれるかもしれないところまで来たのに。

 祈を庇えば、全部失うかもしれない。


 その結果が、これだ。

 祈はいなくなった。


 いや。局のせいにするな。結衣は、胸の奥で自分に言い聞かせる。

 局が止めたから。大人がそう言ったから。祈のためだと言われたから。

 そんな言い訳を、何度も自分にした。

 けれど本当は、分かっている。


 本当は怖かったのだ。

 炎上している祈に近づけば、自分も巻き込まれる。

 せっかく魔法少女になれたのに、全部失うかもしれない。

 努力して、努力して、ようやく手に入れかけた居場所まで壊れるかもしれない。

 自分には才能がなかった。だから、必死で努力した。


 毎日、倒れるまで訓練した。手の皮が剥けても、足が震えても、血の味がしても、諦めなかった。

 やっと届きそうだった。正式な魔法少女という場所に。祈と約束した場所に。

 それを失うのが、怖かった。だから、動かなかった。


 祈が一番苦しい時に。祈が一番助けを求めていた時に。

 私は、自分を守った。白瀬 結衣は卑怯な人間だ。

 そんな人間が、後輩に向かって魔法少女の心構えを説いている。

 笑ってしまう。

 でも、笑えなかった。


「先輩?」


 後輩の一人が、不安そうに覗き込んでくる。

 結衣は、いつもの笑顔を作った。


「ううん、何でもない」


 何でもないわけがない。胸の奥は、今もずっと痛んでいる。二年前から、ずっとそこに穴が開いている。

 どれだけ鍛えても、どれだけ認められても、どれだけ歓声を浴びても、その穴は埋まらなかった。


 けれど、今の結衣は白瀬 結衣だ。


 現役魔法少女のエース。

 センター。

 後輩たちの憧れ。


 弱いところを見せてはいけない。迷っているところを見せてはいけない。

 だって、後輩たちは結衣の背中を見ている。


 かつて結衣が、瑠香先輩の背中を見ていたように。そして、祈がステージの端で笑っていたように。

 結衣も笑わなければならない。


「続けようか」


 結衣は胸の痛みを押し込めて、後輩たちに向き直った。喉が少し乾いていた。

 でも、声は震えなかった。


「どんな時でも、見捨てないこと」


 後輩たちが、真剣な顔で頷く。


「それが魔法少女にとって一番大切なことだから」


 その言葉は、誰よりも結衣自身を傷つけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ