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魔法少女だった私は、すべてを奪われて侵略者になった  作者: 摩利
序章

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3/9

祈りは届かない



 魔法少女局は、私の責任だとは言わなかった。けれど、私を守ってもくれなかった。


『現在、詳細を調査中です』


『個別の案件については回答を差し控えます』


『赤羽 祈本人のケアについても、適切に対応しております』


 適切。

 その言葉を聞いた時、私は笑いそうになった。

 私の家の壁には、人殺しと書かれていた。


 父はいなくなった。妹は学校に行けなくなった。母は倒れた。

 私は自分の部屋から出られず、眠ることもできず、息をするだけで家族を傷つけていた。


 それでも、彼らにとっては適切だった。

 きっと私は、守る価値のある魔法少女ではなかったのだ。守られる側ではなく、切り捨てられる側だったのだ。


 結衣にも、何度もメッセージを送った。最初は、短い言葉だった。


『大丈夫?』


 送った瞬間、違うと思った。大丈夫なわけがないのは私の方なのに。

 でも、結衣もきっと傷ついていると思った。

 あの事件を見ていたはずだから。私のことを心配してくれているはずだから。

 返事はなかった。


 次の日、また送った。


『会いたい』


 返事はなかった。その次は、もっと弱い言葉になった。


『私、どうしたらいいの』


 返事はなかった。何度も画面を見た。既読がついていないか。通知が来ていないか。

 結衣から一言でも返ってきていないか。でも、何もなかった。


『助けて』


 その四文字を打つのに、何十分もかかった。

 送信ボタンを押した後、私はスマホを握ったまま泣いた。


 結衣なら。

 結衣だけは。

 そう思っていた。


 だって親友だったから。一緒に練習したから。一緒にエースになろうと誓ったから。

 私の魔法を怖がらなかった、たった一人だったから。


『お願い。返事して』


 けれど、既読すらつかなかった。

 その時、胸の奥で何かが静かに冷えていった。


 何度も祈った。

 やめて。分かって。

 私は、そんなつもりじゃなかった。私は、先輩を殺したかったわけじゃない。私だって、守りたかった。


 観客も。仲間も。先輩も。結衣との約束も。自分の名前に込められた願いも。

 全部、守りたかった。


 でも、何の意味もなかった。

 祈れば真心は通じる。誰とでも心を通わせられる。

 そんなものは、世間知らずの妄言だった。


 真心なんて届かない。言葉なんて聞いてもらえない。


 どれだけ痛くても、どれだけ苦しくても、一度叩いていい存在だと決められたら、人はどこまでも残酷になれる。

 相手が泣いていても関係ない。家族が壊れても関係ない。事実がどうだったかなんて関係ない。


 みんなが石を投げている。だから自分も投げていい。

 たったそれだけで、人は笑いながら誰かを壊せる。


 私はようやく理解した。

 世界は、私が思っていたほど優しくなかった。祈りは届かない。真心は通じない。

 赤羽 祈という名前は、ただの呪いになった。





 その夜、私は家を出た。

 玄関の扉を開ける時、音を立てないように気をつけた。

 母は病院にいる。妹は自分の部屋に閉じこもっている。父は、もういない。

 それでも、誰かを起こしてしまうのが怖かった。


 行かないで、と言われたら。

 大丈夫だから、と笑われたら。

 まだ家族だから、と手を伸ばされたら。

 私は、きっと動けなくなる。

 だから、何も言わずに出ていくしかなかった。


 これ以上、家族に迷惑をかけられなかった。

 私が家にいるだけで、家族は傷つく。

 私の名前があるだけで、家は晒される。

 私が赤羽 祈である限り、父も、母も、妹も、赤羽 祈の家族として責められ続ける。


 なら、私がいなくなればいい。そうすれば、少しはましになるかもしれない。

 少なくとも、私がこの家にいるよりは。


 靴を履いて、外に出る。夜の空気は冷たかった。頬に触れた風が、やけに痛い。

 塀には、母が消しきれなかった赤い塗料の跡がまだ残っていた。


 人殺し。


 文字の形は崩れていた。でも、何が書かれていたのかは分かる。

 私はそれを見ないふりをして、歩き出した。


 行く当てなんてない。

 友達の家に行くわけにもいかない。魔法少女局に頼る気にもなれない。学校になんて戻れない。ホテルに泊まるお金もない。

 どこに行ったって、居場所なんてない。


 赤羽 祈という名前は、もう呪いだった。


 名前を名乗れば、誰かが顔を上げる。

 誰かが私を見つける。誰かがスマホを向ける。誰かが囁く。


 あの子だ。


 四条 瑠香を死なせた魔法少女だ。


 人殺しだ。


 夜の街を歩きながら、私は思った。

 私たちは、こんなもののために戦っていたのか。


 駅前の大型ビジョンには、魔法少女局の広報映像が流れていた。

 笑顔の魔法少女たち。明るい音楽。子どもたちに手を振る姿。異形から街を守る、勇敢で美しい存在。

 少し前まで、私はそれを誇らしいと思っていた。

 いつか自分も、あの映像の中に映るような魔法少女になりたいと思っていた。


 でも今は、吐き気がした。

 笑顔を作って。歌って。踊って。傷だらけになって。怖くても前に出て。誰かのために、命を懸けて。


 その誰かは、私たちが失敗した瞬間、石を投げる。

 守られていたことも忘れて、当然のように罵る。

 助けてもらう時だけ希望と呼び、都合が悪くなれば罪人にする。

 自分たちには何をしてもいいと思っている。


 怖かったね、とは言わない。よく生きていたね、とも言わない。


 どうして守れなかった。どうして失敗した。どうしてお前が生きている。


 そんな言葉だけを、平気で投げてくる。


 私は、歩き続けた。

 繁華街の明かりが遠くに見える。酔った人たちの笑い声が聞こえる。コンビニの前では、誰かがスマホを見ながら笑っていた。


 きっと、私のことなんて知らない人もいる。事件に興味がない人もいる。何もしていない人だっている。

 頭では分かっていた。

 世界中の全員が、私を責めたわけじゃない。私を叩いていない人もいる。心配してくれた人も、どこかにはいたのかもしれない。


 でも、もう分けられなかった。


 誰が石を投げたのか。

 誰が黙って見ていたのか。

 誰が面白がっていたのか。

 誰があとから同情したふりをするのか。


 そんな区別は、もうできなかった。みんな同じに見えた。

 この街にある明かりも。道を歩く人影も。ビルの窓も。遠くの笑い声も。

 全部、私を踏みつけて平気な顔をしているものに見えた。


 涙は出なかった。もう泣く力も残っていなかった。


 代わりに、胸の奥からどす黒いものが噴き出してきた。最初は、小さな火種みたいだった。

 どうして。どうして私だけが。どうして誰も守ってくれなかったの。


 それはすぐに、怒りになった。

 この社会が憎かった。この街が憎かった。私を見捨てた魔法少女局が憎かった。


 何も説明せず、何も守らず、ただ「適切に対応している」とだけ言った大人たちが憎かった。

 瑠香先輩の死を使って私を殴った人たちが憎かった。


 先輩を本当に悼んでいた人もいたのかもしれない。

 でも、私にはもう分からなかった。


 先輩の名前を叫びながら、私に石を投げた人たち。

 先輩を返せと書いて、私の家を汚した人たち。

 先輩の死を、私を責めるための道具にした人たち。

 その全部が憎かった。


 カメラを向けた人間も。

 笑いながら動画にした人間も。

 何も知らずに石を投げた人間も。

 匿名の言葉で私を刺した人間も。

 黙って見ていた人間も。


 全部。全部、憎かった。

 もう、守りたくなかった。助けたいとも思えなかった。


 誰かの悲鳴を聞いても、きっと体は動かない。 誰かに助けてと言われても、もう手を伸ばせない。

 だって、私が助けた先に何があるのか、知ってしまったから。


 守る価値なんてないと思った。

 そんなことを思う自分が、ひどく醜いことは分かっていた。


 魔法少女として間違っている。 瑠香先輩が聞いたら、悲しむかもしれない。

 昔の私なら、そんなこと言っちゃ駄目だと怒ったかもしれない。


 でも、もうどうでもよかった。


 正しくありたかった私も。

 誰かと分かり合えると信じていた私も。

 祈れば真心は通じると笑っていた私も。

 全部、壊れていた。


 こんな世界なら。こんな街なら。

 こんなものを守るために、瑠香先輩が死んだのなら。私の家族が壊れたのなら。

 私が赤羽 祈であることを、ここまで呪いにしたのなら。何もかも、壊れてしまえばいいと思った。


 そう思った瞬間、不思議なくらい胸が軽くなった。

 守らなきゃいけないと思っていた時よりも。

 分かってもらおうと祈っていた時よりも。

 誰かに許してもらいたいと震えていた時よりも。

 ずっと、呼吸がしやすかった。


 私は夜の街の真ん中で、立ち止まった。空を見上げる。星は見えない。ビルの明かりと街灯の光で、空は濁っていた。

 それが、今の私にはとても似合っている気がした。


 祈りは届かなかった。

 真心は通じなかった。


 だったら、もう祈らない。もう誰のためにも。もう二度と。

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