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魔法少女だった私は、すべてを奪われて侵略者になった  作者: 摩利
1章

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16/21

初動



「シティ結界、損傷率三十パーセント!」


 魔法少女局、臨時管制室。オペレーターの声が飛んだ。

 室内の空気が、一瞬で張り詰める。

 壁一面に並んだモニターには、シティ全域の状況が映し出されていた。


 避難区域。防御機構中枢施設。

 各想定ゲート地点。待機中の魔法少女部隊。

 避難バスの移動状況。結界出力の推移。


 膨大な情報が、次々と更新されていく。

 その中央にある大型モニターには、シティ全体の立体地図が表示されていた。

 街を覆う半球状の結界が、青い網目として可視化されている。その一部が、赤く染まっていた。


「結界外周部、第三から第六防衛層に乱れ! 一部に穴が開きました!」


「ゲート反応は」


 幹部の一人、桐生きりゅう さとしが即座に問う。声は低く、落ち着いていた。

 だが、握られた拳には力がこもっている。


 モニター上で、結界に生じた損傷箇所が赤く点滅する。その周囲に、いくつものゲート予測点が表示されていた。


 赤い点。


 黄色い点。


 危険度を示す警告表示。

 結界の歪みに引き寄せられるように、空間の裂け目が発生しようとしている。


「ゲート開きます!」


「出現地点は」


「すべて、想定地点です!」


 その報告を聞いて、桐生は短く息を吐いた。


「よし」


 すべて予定通りではない。オブスキュリテの魔法による結界損傷は、想定よりも早い。

 外側からの干渉だけで三十パーセントまで持っていかれたのは、決して軽い被害ではなかった。このまま中枢まで踏み込まれれば、結界は本当に落ちる。


 だが、少なくとも今の段階では想定内だ。彼らはあらかじめ、結界に弱い地点を作っていた。

 それは、通常ならあり得ない判断だった。シティを守るための結界に、わざと弱点を作る。

 そんなことを聞けば、市民は正気を疑うだろう。

 現場の魔法少女たちですら、最初に説明を受けた時は顔を強張らせていた。


 だが、桐生たちは分かっていた。


 オブスキュリテの赫塵は、魔力の流れを痺れさせる。結界全体に流し込まれれば、損傷箇所は無秩序に広がる。

 どこに穴が開くか分からない。どこにゲートが開くか分からない。それが一番危険だった。


 だから、あえて流れを作った。結界の一部に、壊れやすい逃げ道を用意した。赫塵かくじんによって結界が乱された時、歪みがその地点へ集中するように。そこにゲートが開きやすくなるように。

 結界制御班が夜を徹して調整した、危険な誘導作戦だった。


 もちろん、賭けだった。一歩間違えれば、結界の損傷を自分たちで広げることになる。

 誘導地点が破られれば、その周辺は戦場になる。魔法少女たちにも、大きな負担を強いることになる。

 だが、無秩序にゲートを開かれるよりはいい。開く場所が分かっているなら、そこに戦力を置ける。避難区域から遠ざけられる。

 赤雷個体への対処も、事前に準備できる。


 桐生は、モニターから目を離さずに命じた。


「各想定地点に待機中の魔法少女へ通達!」


「はい!」


「異形の迎撃を開始。赤雷をまとっていない個体は近接班が処理。赤雷をまとった個体は接近禁止、遠距離火力を集中させろ!」


「了解!」


 オペレーターが即座に各部隊へ指示を飛ばす。管制室の空気が慌ただしく動き出した。


「第一想定地点、ゲート開口!」


「第二、第三も続きます!」


「第四地点、赤雷反応あり!」


「遠距離班へ転送。近接班には後退指示!」


 次々と情報が流れる。

 桐生は一つ一つを聞きながら、全体図を見ていた。今、重要なのはゲートを完全に防ぐことではない。


 防げない。


 オブスキュリテが結界を痺れさせている以上、どこかに歪みは生じる。ならば、開く場所を操る。被害を最小限に抑える。魔法少女たちが対応できる形に押し込める。

 それが今回の防衛作戦だった。


「結界制御班は損傷箇所の維持に集中」


 桐生が続ける。


「無理に修復するな。ゲート誘導を崩すな!」


「ですが、損傷率が――」


「今は直すな」


 桐生の声が強くなる。


「中途半端に修復すれば、歪みが別地点へ逃げる。そうなれば、市街地のど真ん中にゲートが開くぞ」


 オペレーターが息を呑む。

 桐生は、低く続けた。


「持たせろ。壊すな。直しすぎるな。誘導を維持しろ」


「了解!」


 結界制御班が一斉に応答する。

 別のモニターでは、制御班の魔術師たちが巨大な術式盤に向かっていた。損傷を塞ぐのではなく、歪みの流れを整える。

 赫塵に侵された結界の中で、わずかな安定点を探し、誘導地点へ魔力を流し続ける。

 それは、崩れかけた堤防に手を当てながら、あえて一部から水を逃がすような作業だった。危険で、繊細で、一瞬も気を抜けない。


「第一想定地点、異形出現!」


「第二地点にも侵入反応!」


「第五地点、ゲート三つ同時開口!」


 モニターの中で、赤い点が次々と開いた。

 ゲート出現。異形侵入。黒い亀裂が、シティの各所に口を開ける。

 だが、その前にはすでに魔法少女たちが待ち構えていた。


 第一想定地点。廃棄予定の倉庫街。

 人のいない広い敷地に、魔法少女たちが陣形を組んでいる。


 第二想定地点。避難済みの旧商業区画。

 遠距離班が屋上に配置され、近接班が地上で通常個体を迎え撃つ。


 第五想定地点。防御機構中枢施設から離れた空き地。

 予備の結界発生装置が周囲を囲み、赤雷個体の動きを制限する。


 すべて、事前に選んだ戦場だった。


 市民はいない。避難経路からも離れている。魔法少女たちが戦うために用意された場所。

 そこへ、異形たちが流れ込む。


「第一地点、交戦開始!」


「近接班、通常個体二体を処理!」


「赤雷個体、第二地点に出現!」


「遠距離班が対応中!」


 報告が飛び交う。

 桐生はモニターを見つめたまま、静かに息を吐いた。まずは、成功した。

 オブスキュリテの赫塵によって結界は損傷した。

 だが、ゲートは想定地点に開いた。魔法少女たちは、迎撃態勢を取れている。


 まだ戦える。


 まだ守れる。


 だが、桐生の表情は緩まなかった。これは、始まりにすぎない。

 オブスキュリテ本人は、すでに中枢施設へ向かっている。彼女を止めなければ、この誘導作戦も長くは持たない。結界損傷が進めば、やがて想定地点以外にも穴が開く。

 そうなれば、シティ全域が戦場になる。


 桐生は、画面の向こうで戦う魔法少女たちを見る。今は信じるしかない。


「各部隊へ通達」


 桐生は言った。


「誘導作戦は成功している。予定通り迎撃を継続。赤雷個体に接触するな。消耗した者は即時後退。防衛線を崩すな」


「了解!」


 管制室に、再び声が響く。オペレーターたちは端末へ向き直る。

 結界制御班は、損傷の流れを必死に押さえ込む。

 モニターの中で、魔法少女たちが異形へ向かっていく。


 桐生は、拳を握った。ここから先は、時間との勝負だ。

 シティを守る戦いは、すでに始まっている。




「来た!」


 三枝ミオは、剣を握り直した。


 目の前の空間が、音もなく歪む。最初は小さな揺らぎだった。

 空気の一部が水面のように波打ち、次の瞬間、黒い亀裂が縦に走る。

 亀裂はゆっくりと広がり、内部に光のない穴を作った。


 ゲート。異形たちが現れる、黒い裂け目。


 ミオは喉を鳴らした。

 怖い。怖くないわけがなかった。

 先日のライブ襲撃で、ミオは赤い雷を受けた。

 変身が解けた。戦場の真ん中で、ただの少女に戻された。

 あの瞬間の感覚は、まだ体に残っている。


 胸の奥から光が抜け落ちていくような感覚。

 指先から魔力がほどけ、自分の体が自分のものではなくなっていくような恐怖。

 異形が近づいてくるのに、立ち上がれなかったあの絶望。

 思い出すだけで、足がすくみそうになる。

 それでも、ミオは逃げなかった。


 ここを抜かれれば、避難区域へ近づかれる。

 その先には、家族がいる。友達がいる。自分が守りたい人たちがいる。


 魔法少女になった自分を、すごいねと笑ってくれた弟がいる。

 ライブの映像を何度も見返して、応援してるとメッセージをくれた母がいる。

 避難バスに乗る前に、大丈夫だよねと不安そうに聞いてきた幼馴染がいる。


 だから、ここで下がるわけにはいかない。


 ゲートの奥から、異形が這い出してくる。

 長い腕。歪んだ顎。濁った目。

 黒い体が地面へ落ち、ぬるりと起き上がった。


「ミオ、右!」


「分かってる!」


 仲間の魔法少女の一人、麗奈の声に、ミオは即座に反応した。

 赤雷をまとっていない異形が飛び出してくる。


 通常個体。


 なら、自分たち近接班の役目だ。

 ミオは踏み込んだ。剣に魔力を流す。

 怖さを押し込む。余計なことは考えない。目の前の一体だけを見る。


「はあっ!」


 振り下ろした刃が、異形の胴を裂いた。黒い外殻が砕け、内側から濁った光が漏れる。異形の体が粒子になって崩れた。


 倒せた。その事実が、ほんの少しだけ胸に力をくれる。

 けれど、息をつく暇はない。


 続けて二体目。

 低い姿勢で飛びかかってくる異形の爪を、ミオは横へ跳んで避けた。

 背後から仲間の魔法弾が飛ぶ。異形の動きが一瞬止まる。

 その隙に、ミオは斬り込んだ。剣が異形の首元を断つ。黒い体が崩れる。


「次!」


「左から二体!」


「近接班、押さえる!」


 声が飛び交う。

 ミオは剣を構え直した。


 いける。


 通常の異形なら、戦える。訓練通りに動ける。

 仲間の声も聞こえる。自分の魔力も、ちゃんと流れている。


 大丈夫。


 まだ、大丈夫。


 その時だった。亀裂の奥から、赤い光が漏れた。

 ミオの背筋が凍る。心臓が、冷たく跳ねた。


「赤雷個体!」


 誰かが叫ぶ。

 ゲートの奥から現れた異形は、他の個体と見た目こそ大きく変わらない。だが、その爪に赤い雷をまとっていた。


 赫塵。


 オブスキュリテの赤い雷。

 爪の先で、ばちり、ばちりと赤い火花が弾けている。


 あの雷。


 触れれば、魔力が痺れる。変身が揺らぐ。自分が魔法少女でいられなくなる。

 ミオの体が、反射的に硬くなった。


 逃げたい。近づきたくない。あれに触れたくない。


 けれど、結衣の声が頭の中で蘇った。

 赤雷個体には近づかない。近接班は下がる。遠距離班が落とす。

 変身が不安定になったら、すぐに下がって。戦線を離れることは逃げじゃない。

 次に立つための判断だから。


 ミオは、奥歯を噛んだ。そして、一目散に後退した。

 逃げたのではない。決められた通りに下がった。

 怖いから背中を向けたのではない。勝つために距離を取った。


「やって!」


 ミオの声と同時に、後方の遠距離班が一斉に魔法を放った。

 光弾。魔力矢。氷の槍。圧縮された衝撃波。

 いくつもの攻撃が、赤雷個体へ集中する。


 異形は前へ出ようとした。赤い爪を振り上げ、ミオたち近接班へ向かおうとする。

 だが、距離を詰める前に体を撃ち抜かれた。


 光弾が肩を砕く。

 氷の槍が脚を貫く。

 魔力矢が頭部に突き刺さる。

 衝撃波が胴体を押し潰す。


 異形は咆哮した。爪の赤い雷が激しく弾ける。

 けれど、届かない。誰にも触れられない。

 次の瞬間、黒い体が崩れた。赤い火花が散り、地面へ落ちる前に消えていく。


「倒した!」


「いける!」


 誰かが叫ぶ。

 ミオも、思わず息を吐いた。胸の奥に詰まっていたものが、少しだけほどける。


 いける。


 これなら、あの雷をまとった敵だって倒せる。

 直接受け止めない。近づかない。役割を分ける。

 赤雷がない個体は近接班が抑え、赤雷個体は遠距離班が落とす。


 怖いけれど、戦える。怖いままでも、動ける。


 ミオは剣を握り直した。その手はまだ少し震えていた。

 でも、さっきよりも強く握れている。


「次、来るよ!」


 仲間の声。

 ミオは顔を上げる。


 ゲートの出現は止まっていなかった。

 一つ倒しても、次が来る。二体倒しても、さらに奥から現れる。

 結界の穴が完全に閉じない限り、異形は流れ込んでくる。黒い亀裂の向こうに、また影が見えた。

 通常個体が三体。その後ろに、赤い光が一つ。


「こりゃ、しんどいね……!」


 遠距離班の一人が、息を切らしながら笑った。

 額には汗が浮かんでいる。魔力の消耗も激しい。


 遠距離班は赤雷個体への集中攻撃を担当している分、消耗が早い。

 防御班も、ゲート周辺に張った結界を維持するために魔力を使い続けている。

 近接班も、通常個体を止め続けなければならない。


 誰も楽ではなかった。それでも、陣形は崩れていない。


 ミオは剣を構え直した。

 腕が重い。膝も震えている。胸の奥には、まだ恐怖がある。


 また赤雷を受けたらどうしよう。

 また変身が解けたらどうしよう。

 また戦場の真ん中で、ただの少女に戻ってしまったら。


 そんな不安が、何度も頭をよぎる。

 でも、まだ立てる。まだ剣を握れる。まだ仲間の声が聞こえる。


「踏ん張るよ」


 ミオは前を見た。声は、自分でも思ったより強かった。


 また、新しいゲートが開く。その向こうから、異形の群れが姿を現す。

 黒い体が地面を踏む。歪んだ顎が開く。濁った目が、魔法少女たちを捉える。


「絶対に、ここを抜かせない!」


 ミオが叫ぶ。その声に、魔法少女たちが応えた。


「了解!」


「近接班、通常個体を止める!」


「赤雷個体は任せて!」


「防御班、右側補強!」


「ミオ、前出すぎないで!」


「分かってる!」


 声が重なる。

 恐怖は消えない。疲労も消えない。


 ゲートの奥には、まだ何体もの異形がいる。この戦いがどれだけ続くのかも分からない。

 それでも、その場にいる誰も逃げなかった。怖いまま立っていた。震えながら、前を見ていた。

 シティを守る戦いは、始まったばかりだった。


 ミオは剣を振るう。異形の爪を受け流し、仲間の魔法弾に合わせて斬り込む。

 赤い雷が見えれば下がる。通常個体なら前に出る。


 結衣に教えられた通りに。自分たちで決めた役割通りに。

 怖さを否定せず。

 それでも、逃げずに。ミオたちは、ゲートの前に立ち続けた。



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