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魔法少女だった私は、すべてを奪われて侵略者になった  作者: 摩利
1章

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10/19

第2の襲撃




 出撃準備は、静かに進んでいた。黒い作戦室の中央で、オブスキュリテは手袋をはめる。

 指先を一つずつ確かめる。腕に走る魔力回路を確認する。赤い火花をほんの少しだけ灯し、すぐに消す。


 壁際には、異形兵たちが並んでいた。かつてはただ暴れるだけだった異形。

 だが今は違う。

 体表には、赤黒い紋様が刻まれている。爪先には微かな赤い火花が散り、牙の隙間からは魔力を乱す電気が漏れていた。

 赫塵かくじんを流し込んだ異形兵。


 オブスキュリテが、この二年間で侵略組織に与えた成果の一つだった。


「おや」


 背後から、湿った声がした。


「せわしないですねぇ、同志オブスキュリテ」


 振り返らなくても分かる。ストレガだ。

 ぶよぶよとした液体状の布をまとったその男は、壁から染み出すように作戦室へ現れた。輪郭の定まらない体が、布の下で不快に蠢いている。


 オブスキュリテは彼を見なかった。


「この二年間、私はこの組織の戦力増強に協力した」


 赤い雷が、指先で小さく弾ける。


「約束通り、好きにさせてもらうわ」


「ええ、もちろん」


 ストレガは愉快そうに笑った。


「そういう契約ですからねぇ。あなたは我々に力を貸す。我々はあなたの目的に必要な情報と戦力を提供する。実に美しい相互利用です」


「その情報が十分なら、こんな回りくどいことをしなくても済んだのだけれどね」


 オブスキュリテの声は冷たかった。

 この二年間、彼女は組織のために戦った。


 異形兵への赫塵付与。魔法少女の変身解除実験。

 防御結界への干渉訓練。魔法少女局の支部襲撃。戦闘データの収集。


 その代わりに求めたのは、二年前の事件の真相だった。


 あの日、防御機構はなぜ作動しなかったのか。無数のゲートはどうやって会場内に開かれたのか。侵略組織の中で、あの作戦に関わっていたのは誰なのか。

 けれど、返ってくる答えはいつも曖昧だった。


「すみませんねぇ」


 ストレガは少しも申し訳なさそうではない声で言った。


「私どもも一枚岩ではないので。あの作戦に関する記録は、すべてが私の手元にあるわけではないのです」


「便利な言葉ね。一枚岩ではない」


「事実ですよ。組織とは、得てしてそういうものです。誰もが同じ目的を見ているようでいて、実際にはそれぞれ違うものを欲しがっている」


「あなたも?」


「もちろん」


 ストレガは笑った。


「私も、あなたも」


 オブスキュリテはようやく振り向いた。仮面はつけていない。赤羽 祈の顔のまま、冷たい目でストレガを見る。


「……まあいいわ。今さらだもの」


 彼女は手を握りしめる。赤い火花が、掌の隙間から漏れた。


「私は自分で真実を見つける」


「ええ」


 ストレガは恭しく頭を垂れた。


「ご健闘を祈りますよ」


 祈る。その言葉に、オブスキュリテの目がわずかに細くなる。

 ストレガは気づいているのか、いないのか、布の奥でくつくつと笑った。

 オブスキュリテは何も言わず、背を向けた。


「ゲート、開きなさい」


 彼女の足元に黒い亀裂が走る。赤い雷をまとった異形兵たちが、一斉に身を沈めた。

 次の襲撃先は決まっている。

 魔法少女局。二年前の真相を隠している場所。赤羽 祈を守らなかった場所。

 そして、白瀬 結衣がいる場所だった。




 魔法少女局、本部管制室。そこは普段から慌ただしい場所だった。


 シティ各所のゲート反応。

 警邏中の魔法少女の位置情報。

 防御機構の稼働状況。

 異形出現時の避難誘導。

 メディア対応。

 支部との連絡。


 巨大なモニターには、シティ全体の地図が映し出されている。その上に、いくつもの光点が移動していた。

 だが、その日の空気は明らかに違っていた。


「ゲート開通予測、急上昇!」


 オペレーターの声が跳ねる。


「防御壁、持ちません!」


「場所は」


 幹部の一人が即座に問い返す。


「開通予測地点を出せ!」


「座標照合中……出ます!」


 別のオペレーターがモニターへ情報を送る。画面上の地図が拡大される。

 赤い点が一つ、点滅した。


「場所は!」


 幹部が声を荒げる。

 オペレーターの顔から血の気が引いた。


「この……魔法少女局です!」


 一瞬、管制室の空気が凍った。


 直後。


 建物全体が揺れた。警報が鳴り響く。

 天井の照明が赤く点滅し、壁面モニターに緊急表示が走る。


『本部内ゲート反応確認』

『防衛区画、隔壁閉鎖開始』

『非戦闘員は指定避難経路へ退避してください』


 管制室のモニターに、本部エントランスの映像が映る。

 空間が割れていた。黒い亀裂。その向こうから、異形が這い出てくる。


「ここを直接狙ってきたか……!」


 幹部が歯噛みする。


「魔法少女たちは」


「待機している隊員がいます。すぐに迎撃へ向かわせます!」


「警邏組も呼び戻しますか?」


 オペレーターが問いかける。

 幹部は一瞬だけ迷った。


 シティ各所にも、いくつか小規模なゲート反応が出ている。本部襲撃が本命とは限らない。

 ここに戦力を集めれば、外が手薄になる。


「いや、陽動の可能性がある。警邏組はそのままだ」


「了解!」


 映像の中で、異形がエントランスを破壊しながら進んでくる。

 そこへ、待機していた魔法少女たちが駆け込んだ。


「ここから先には行かせない!」


「本部内に侵入させるな!」


 彼女たちは変身し、武器を構える。


 先日のライブ襲撃に参加していなかった魔法少女もいる。恐怖を知らないわけではない。

 だが、今ここで下がるわけにはいかなかった。


「あの赤い電気のやつさえいなければ……!」


 一人がそう言った。


 赫塵かくじん斬虚雷業ざんきょらいごう


 魔法少女の変身を解除する赤い雷。あれがなければ、異形兵だけならまだ戦える。

 そう思った。その瞬間だった。

 異形の爪が赤く光った。


「え?」


 魔法少女の一人が、防御のために杖を構える。爪と杖がぶつかる。

 赤い雷が、接触点から流れ込んだ。


「っ、なにこれ……!」


 彼女の魔法衣装が揺らぐ。

 展開していた防御術式が歪み、杖の先端の魔力光がばらけた。


「魔力が、乱れる……!」


「赤い雷!?」


 管制室で、オペレーターが叫んだ。


「あれは……オブスキュリテ本人の魔法では?」


「いや、爪に付与されている」


 幹部は映像を睨む。


「異形兵そのものに魔法を流し込んでいるのか」


 攻撃を受けた魔法少女が、膝をつく。まだ変身は解けていない。

 だが、明らかに不安定だ。このまま次の一撃を受ければ、変身が落ちる。


「生身になって攻撃を受けるのは危険だ!」


 幹部が叫ぶ。


「攻撃を受けた魔法少女はすぐに下がらせるんだ!」


「しかし、それでは前線を維持できません!」


 オペレーターが悲鳴のように返す。


「敵の数が多すぎます!」


 映像の中で、魔法少女たちは苦戦していた。


 通常の異形相手なら、防げる。押し返せる。連携もできる。

 だが、爪や牙に赤い雷をまとった異形は違った。


 受ければ魔力が乱れる。防御すれば結界が不安定になる。攻撃を弾いても、武器から赤雷が伝わる。

 まともに組み合えない。


「白瀬隊員は」


 幹部が言った。


「白瀬結衣はどうしている!」


「現在こちらに向かっております!」


「到着まで」


「最短で四分!」


「四分……!」


 今の前線が四分持つかどうかは分からない。

 幹部は通信を開いた。


「魔法少女各位に通達。白瀬隊員が来るまで、引き気味で戦え。無理に敵を止めようとするな。接触を避け、遅滞戦闘に徹しろ!」


『了解!』


『でも、このままだと本部の奥まで――!』


「持たせろ!」


 幹部の声が管制室に響いた。


「白瀬隊員が来るまででいい!」


 その時だった。

 エントランス中央に、再びゲート反応。


「新規ゲート!」


「場所、本部エントランス!」


「まだ来るのか!」


 映像の中で、空間が裂ける。異形兵たちが、一斉に後退した。まるで道を開けるように。

 黒い亀裂の向こうから、一人の少女が現れる。

 黒い衣装。赤い雷。赤羽 祈の顔。


 オブスキュリテ。


「彼女は……!」


 幹部の顔が歪む。

 映像越しでも分かる。空気が変わった。


 魔法少女たちが身構える。誰かが息を呑む。

 先日のライブ襲撃の映像が、全員の脳裏をよぎった。


 オブスキュリテは、ゆっくりと本部エントランスを見回した。


 壁に掲げられた魔法少女局の紋章。

 避難する職員たち。

 前線に立つ魔法少女たち。

 天井の監視カメラ。


 そのどれにも、感情のない目を向ける。そして、指先に赤い火花を灯した。


「さあ」


 赤い雷が、空気を裂く。


「行きなさい、異形兵ども」


 彼女の声に応じて、異形兵たちが一斉に前へ出た。


 爪に。


 牙に。


 硬い外殻に。赤い雷をまとって。魔法少女局の本部へ、赫塵を帯びた侵略が始まった。


「あなたたちは、ここで魔法少女たちを抑えなさい」


 オブスキュリテは、異形兵たちへ命じた。

 赤い雷をまとった異形たちが、低く唸る。




 魔法少女局本部のエントランスは、すでに戦場と化していた。

 砕けた床。割れたガラス。

 赤く明滅する警報灯。

 避難する職員たちの足音。

 そして、魔法少女たちの怒号。


 赫塵を付与された異形兵は、普通の異形とは違う。


 爪を受ければ、魔力が乱れる。牙を弾いても、武器越しに赤い雷が流れ込む。

 防御結界で止めようとすれば、結界そのものが痺れて崩れる。


 魔法少女たちは、異形を倒せないわけではない。ただ、真正面から受け止めることができない。

 それだけで、戦線は崩れかけていた。


「本隊を奥へ進ませないこと。それだけでいいわ」


 オブスキュリテは淡々と言った。


「殺す必要はない。変身を剥がして、動けなくすれば十分」


 異形兵たちが、一斉に前へ出る。

 魔法少女たちが構え直す。


「来る!」


「接触するな! 爪を受けたら変身が落ちる!」


「距離を取って! 牽制を――!」


 その混乱を背に、オブスキュリテは一人、局の内部へと歩き出した。迷いのない足取りだった。

 まるで、最初からこの建物の構造を知っているかのように。





「敵幹部、単独で本部内へ侵入!」


 管制室に、オペレーターの声が響いた。

 巨大モニターには、本部内部の監視映像がいくつも並んでいる。その一つに、黒い衣装をまとった少女の姿が映っていた。


 オブスキュリテ。


 彼女は、警報が鳴り響く廊下を静かに進んでいる。


「すべてのゲートをロックしろ!」


 幹部が命じた。


「内部転移も遮断。隔壁を落とせ。防衛区画を切り離せ!」


「了解!」


 オペレーターたちが一斉に端末を操作する。

 廊下の各所で、重い隔壁が降り始めた。


 魔法少女局本部は、異形の侵入を想定して設計されている。

 ひとたび内部に敵が入り込んだ場合、各区画を隔壁で封鎖し、侵攻経路を限定する仕組みになっていた。

 だが、幹部の表情は険しかった。


「狙いは何だ」


 侵略者が本部を直接狙ってきた。それだけでも異常だ。

 だが、オブスキュリテはエントランスで暴れる異形兵を置いて、単独で奥へ向かっている。

 単なる破壊が目的なら、もっと人の多い区画を狙うはずだ。

 狙いがある。明確な目的がある。


「敵の進行方向は?」


「追跡中……第三区画を突破、管理棟方面へ向かっています!」


「管理棟?」


 幹部が眉をひそめる。

 その時、管制室の隅で、森山 奈央が静かに立ち上がった。顔には緊張が浮かんでいた。


「もしもの場合は、私が時間を稼ぎます」


「森山君?」


 幹部が振り向く。奈央は穏やかな声で続けた。


「その隙に、皆さんは逃げてください」


「君はもう前線を退いている。無茶をするな」


「分かっています」


 奈央は小さく笑った。けれど、その笑みは硬かった。


「今の私では、オブスキュリテには勝てません。変身できても数分。武器を出せても、まともに打ち合うのは無理です」


「なら――」


「でも、数十秒なら稼げます」


 奈央の声に、管制室が静まった。


「結衣が来るまで。あるいは、皆さんが退避するまで。そのくらいなら、まだできます」


 幹部は言葉に詰まった。奈央は戦えない。もう全盛期の魔法少女ではない。

 それでも、後輩や職員を守るために立とうとしている。 その覚悟を、誰も簡単には否定できなかった。


 モニターの中で、オブスキュリテの進路を塞ぐように隔壁が落ちた。

 分厚い金属と魔法結界を重ねた防衛扉。 通常の異形なら、破るのにかなりの時間がかかる。

 オブスキュリテは、その前で足を止めた。

 管制室の全員が、画面を見つめる。


「止まった……?」


 オブスキュリテは、隔壁の表面に手を触れた。

 破壊するのかと思った。赤雷で魔力回路を痺れさせるつもりなのかと思った。


 だが、違った。


 彼女は懐から小さな道具を取り出した。円盤状の器具だった。

 手のひらほどの大きさで、表面に異形の紋様のようなものが刻まれている。それを隔壁へ押し当てる。次の瞬間、器具の中心から黒い波紋が広がった。隔壁の表面が、音もなく溶けるように歪む。

 円形の穴が開いていく。魔法結界ごと、くり抜かれている。


「隔壁、突破されます!」


「何だ、あの道具は!」


 オペレーターが叫ぶ。

 オブスキュリテは、開いた穴をくぐり抜けた。その足取りは変わらない。焦りも、急ぎもない。


「便利な道具を開発したものね」


 監視映像の音声が、彼女の呟きを拾った。


「まったく、侵略組織というのは悪趣味で実用的だわ」


 その声に、幹部の表情が歪む。


「敵の進行方向は」


「確認します……第三区画を突破。第四連絡廊下へ。進行先は……」


 オペレーターの手が止まった。


「どうした」


「進行先は……資料庫です」


「資料庫?」


 幹部が眉を跳ね上げる。


「なぜそんなところに」


 資料庫。

 そこは、一般職員すらほとんど立ち入らない記録保管区画だった。

 過去の作戦記録、旧式の防御機構資料、非公開の調査報告、機密扱いの事故記録。


 重要な場所ではある。

 だが、侵略組織が真っ先に狙うような場所ではない。

 幹部は、そこで言葉を止めた。


「いや」


 背筋に冷たいものが走る。


「なぜ、そこに資料庫があると知っている」


 管制室に、重い沈黙が落ちた。

 オブスキュリテは、迷わず資料庫へ向かっている。ただ内部構造を偶然知っていたのではない。


 最初から、そこを目指していた。何かを探している。魔法少女局が隠している何かを。


「白瀬隊員、到着!」


 その時、別のオペレーターが叫んだ。

 エントランスの映像に、白い魔法衣装の少女が飛び込んでくる。


 白瀬 結衣。


 彼女は赫塵をまとった異形兵の群れへ、迷わず踏み込んだ。

 赤い爪が振るわれる。結衣は紙一重で避ける。


 魔力は少ない。だからこそ、赫塵の影響を受けにくい。攻撃を受けなければ、変身が乱れることもない。


 彼女は一体目の懐に潜り込み、拳を叩き込んだ。異形兵の胴体がへこみ、壁へ吹き飛ぶ。


 続けて二体目。

 爪を避け、腕を掴み、体を回して床へ叩きつける。赤い雷が床を走るが、結衣はすでにその場を離れている。


 三体目の牙が迫る。

 結衣は低く沈み、脚に魔力を集中させた。


 一撃。


 異形兵の頭部が砕けた。

 エントランスで苦戦していた魔法少女たちが、息を呑む。


「結衣先輩!」


「白瀬隊員が来た!」


 結衣は振り返らない。


「負傷者は後方へ! 変身が不安定な子は無理に前に出ないで!」


 声は鋭かった。だが、先日のライブ襲撃の時のような迷いはない。

 少なくとも、異形兵相手には。


「他に敵は」


 結衣が通信に向かって問う。


『白瀬隊員、オブスキュリテが本部内へ侵入。現在、資料庫方面へ向かっています』


「資料庫?」


 結衣は眉をひそめた。

 なぜ、資料庫に。


 局の中枢を破壊するわけでもない。

 人質を取るわけでもない。

 防御機構の制御室でもない。


 祈は何を探しているのか。


『追跡をお願いします。現在、封鎖が突破されています』


「分かりました」


 結衣は一瞬だけ、エントランスの魔法少女たちを見た。


「ここは任せて大丈夫?」


「はい!」


「行ってください、結衣先輩!」


 後輩たちの声に、結衣は頷いた。

 そして走り出す。


 祈。


 胸の奥で、その名前がこぼれる。


 オブスキュリテ。


 そう呼ばなければならないのに。


 祈。


 結衣は廊下を駆け抜けた。





 資料庫の扉は、すでに破られていた。隔壁と同じように、円形にくり抜かれている。中は薄暗かった。


 高い天井まで届く保管棚。古い紙資料。封印された魔法記録媒体。

 魔法少女局の過去を詰め込んだような空気。


 その中央に、オブスキュリテが立っていた。


 彼女の周囲には、いくつもの記録媒体が浮かんでいる。赤い雷が細い糸のように伸び、端末から情報を吸い上げていた。

 結衣が資料庫へ踏み込むと、オブスキュリテは振り返った。


「遅かったわね」


 その声は落ち着いていた。まるで、結衣が来ることを分かっていたように。


「祈……」


 結衣の喉が震える。

 聞きたいことは多すぎた。


 どうして局を襲うのか。

 なぜ資料庫なのか。

 何を探しているのか。

 どうしてそんな顔で立っていられるのか。


「なんで、こんなことを……」


「オブスキュリテよ」


 彼女は即座に訂正した。冷たい声だった。

 けれど、結衣には分かった。その訂正は、拒絶だ。


 名前を呼ばれることへの拒絶。昔へ引き戻されることへの拒絶。


「……オブスキュリテ」


 結衣は言い直した。口の中が苦かった。

 オブスキュリテは、わずかに目を細める。


「まあいいわ。欲しい情報は、これで手に入れられたから」


「情報……?」


 結衣は周囲の記録媒体を見る。


「あなた、何を探していたの?」


 オブスキュリテは、浮かんでいた記録媒体の一つを手に取った。赤い雷が、その表面を薄く走る。


「先日のライブでの侵攻」


 彼女は静かに言った。


「あれは、私が魔法を使って防御機構を黙らせた」


 結衣の表情が強張る。


「赫塵を結界回路に流し込んで、観客保護の防御膜も、侵入感知も、避難誘導の補助術式も、一時的に痺れさせた。だから防御機構は動かなかった」


「……」


「でも」


 オブスキュリテの目が、冷たくなる。


「二年前のライブでの侵攻時は?」


 結衣の胸が、どくんと鳴った。


 二年前。


 四条 瑠香が死んだ日。

 祈が世間に叩かれ、失踪するきっかけになった日。あの日も、防御機構は動かなかった。

 でも、あの時の祈は敵ではなかった。オブスキュリテではなかった。魔法少女だった。


「まさか……」


 結衣の声がかすれる。


「誰かが、防御機構を……?」


 オブスキュリテは答えなかった。ただ、冷たい目で結衣を見た。

 その沈黙が、答えのようだった。


 結衣の中で、何かが崩れる。

 あの日、祈だけが悪かったわけではない。

 防御機構が動かなかった理由が、別にあったかもしれない。

 誰かが、仕組んだのかもしれない。


 それなのに。祈は一人で責められた。祈は一人で潰された。

 結衣は、息を呑む。


「祈、あなたはそれを調べるために……」


「オブスキュリテ」


 また、訂正された。


「私は、自分で真実を見つける」


「待って!」


 結衣が一歩踏み出す。


「その情報、私にも――」


「あなたに?」


 オブスキュリテの声が冷えた。


「あなたは知ってどうするの?」


 結衣は言葉に詰まる。


「局に報告する? 上の判断を待つ? また『今は動くな』って言われたら、今度はどうするの?」


 胸を抉る言葉だった。


「違う、私は――」


「遅いのよ」


 オブスキュリテの指先に、赤い火花が灯る。


「あなたはいつも、全部が終わってから来る」


 空間が裂ける。

 黒いゲートが、オブスキュリテの背後に開いた。


「待って、祈!」


 結衣は思わず名前を叫んだ。オブスキュリテは、ゲートの前で一度だけ振り返る。

 その瞳は冷たい。

 けれど、怒りだけではなかった。傷ついたものだけが持つ、深い暗さがあった。


「次にその名前で呼んだら」


 赤い雷が、彼女の周囲で弾ける。


「今度こそ、あなたの変身を剥がすわ」


 そして、彼女はゲートの向こうへ消えた。黒い亀裂が閉じる。

 資料庫には、結衣だけが残された。

 古い記録の匂い。破られた扉。消えた情報媒体。

 そして、オブスキュリテが残した問い。


 二年前の防御機構は、なぜ動かなかったのか。


 結衣はその場に立ち尽くした。

 祈は、ただ世界を壊そうとしているだけではない。何かを探している。自分を壊した事件の真実を。

 そしてそれは、魔法少女局が隠しているかもしれないものだった。

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