第2の襲撃
出撃準備は、静かに進んでいた。黒い作戦室の中央で、オブスキュリテは手袋をはめる。
指先を一つずつ確かめる。腕に走る魔力回路を確認する。赤い火花をほんの少しだけ灯し、すぐに消す。
壁際には、異形兵たちが並んでいた。かつてはただ暴れるだけだった異形。
だが今は違う。
体表には、赤黒い紋様が刻まれている。爪先には微かな赤い火花が散り、牙の隙間からは魔力を乱す電気が漏れていた。
赫塵を流し込んだ異形兵。
オブスキュリテが、この二年間で侵略組織に与えた成果の一つだった。
「おや」
背後から、湿った声がした。
「せわしないですねぇ、同志オブスキュリテ」
振り返らなくても分かる。ストレガだ。
ぶよぶよとした液体状の布をまとったその男は、壁から染み出すように作戦室へ現れた。輪郭の定まらない体が、布の下で不快に蠢いている。
オブスキュリテは彼を見なかった。
「この二年間、私はこの組織の戦力増強に協力した」
赤い雷が、指先で小さく弾ける。
「約束通り、好きにさせてもらうわ」
「ええ、もちろん」
ストレガは愉快そうに笑った。
「そういう契約ですからねぇ。あなたは我々に力を貸す。我々はあなたの目的に必要な情報と戦力を提供する。実に美しい相互利用です」
「その情報が十分なら、こんな回りくどいことをしなくても済んだのだけれどね」
オブスキュリテの声は冷たかった。
この二年間、彼女は組織のために戦った。
異形兵への赫塵付与。魔法少女の変身解除実験。
防御結界への干渉訓練。魔法少女局の支部襲撃。戦闘データの収集。
その代わりに求めたのは、二年前の事件の真相だった。
あの日、防御機構はなぜ作動しなかったのか。無数のゲートはどうやって会場内に開かれたのか。侵略組織の中で、あの作戦に関わっていたのは誰なのか。
けれど、返ってくる答えはいつも曖昧だった。
「すみませんねぇ」
ストレガは少しも申し訳なさそうではない声で言った。
「私どもも一枚岩ではないので。あの作戦に関する記録は、すべてが私の手元にあるわけではないのです」
「便利な言葉ね。一枚岩ではない」
「事実ですよ。組織とは、得てしてそういうものです。誰もが同じ目的を見ているようでいて、実際にはそれぞれ違うものを欲しがっている」
「あなたも?」
「もちろん」
ストレガは笑った。
「私も、あなたも」
オブスキュリテはようやく振り向いた。仮面はつけていない。赤羽 祈の顔のまま、冷たい目でストレガを見る。
「……まあいいわ。今さらだもの」
彼女は手を握りしめる。赤い火花が、掌の隙間から漏れた。
「私は自分で真実を見つける」
「ええ」
ストレガは恭しく頭を垂れた。
「ご健闘を祈りますよ」
祈る。その言葉に、オブスキュリテの目がわずかに細くなる。
ストレガは気づいているのか、いないのか、布の奥でくつくつと笑った。
オブスキュリテは何も言わず、背を向けた。
「ゲート、開きなさい」
彼女の足元に黒い亀裂が走る。赤い雷をまとった異形兵たちが、一斉に身を沈めた。
次の襲撃先は決まっている。
魔法少女局。二年前の真相を隠している場所。赤羽 祈を守らなかった場所。
そして、白瀬 結衣がいる場所だった。
魔法少女局、本部管制室。そこは普段から慌ただしい場所だった。
シティ各所のゲート反応。
警邏中の魔法少女の位置情報。
防御機構の稼働状況。
異形出現時の避難誘導。
メディア対応。
支部との連絡。
巨大なモニターには、シティ全体の地図が映し出されている。その上に、いくつもの光点が移動していた。
だが、その日の空気は明らかに違っていた。
「ゲート開通予測、急上昇!」
オペレーターの声が跳ねる。
「防御壁、持ちません!」
「場所は」
幹部の一人が即座に問い返す。
「開通予測地点を出せ!」
「座標照合中……出ます!」
別のオペレーターがモニターへ情報を送る。画面上の地図が拡大される。
赤い点が一つ、点滅した。
「場所は!」
幹部が声を荒げる。
オペレーターの顔から血の気が引いた。
「この……魔法少女局です!」
一瞬、管制室の空気が凍った。
直後。
建物全体が揺れた。警報が鳴り響く。
天井の照明が赤く点滅し、壁面モニターに緊急表示が走る。
『本部内ゲート反応確認』
『防衛区画、隔壁閉鎖開始』
『非戦闘員は指定避難経路へ退避してください』
管制室のモニターに、本部エントランスの映像が映る。
空間が割れていた。黒い亀裂。その向こうから、異形が這い出てくる。
「ここを直接狙ってきたか……!」
幹部が歯噛みする。
「魔法少女たちは」
「待機している隊員がいます。すぐに迎撃へ向かわせます!」
「警邏組も呼び戻しますか?」
オペレーターが問いかける。
幹部は一瞬だけ迷った。
シティ各所にも、いくつか小規模なゲート反応が出ている。本部襲撃が本命とは限らない。
ここに戦力を集めれば、外が手薄になる。
「いや、陽動の可能性がある。警邏組はそのままだ」
「了解!」
映像の中で、異形がエントランスを破壊しながら進んでくる。
そこへ、待機していた魔法少女たちが駆け込んだ。
「ここから先には行かせない!」
「本部内に侵入させるな!」
彼女たちは変身し、武器を構える。
先日のライブ襲撃に参加していなかった魔法少女もいる。恐怖を知らないわけではない。
だが、今ここで下がるわけにはいかなかった。
「あの赤い電気のやつさえいなければ……!」
一人がそう言った。
赫塵・斬虚雷業。
魔法少女の変身を解除する赤い雷。あれがなければ、異形兵だけならまだ戦える。
そう思った。その瞬間だった。
異形の爪が赤く光った。
「え?」
魔法少女の一人が、防御のために杖を構える。爪と杖がぶつかる。
赤い雷が、接触点から流れ込んだ。
「っ、なにこれ……!」
彼女の魔法衣装が揺らぐ。
展開していた防御術式が歪み、杖の先端の魔力光がばらけた。
「魔力が、乱れる……!」
「赤い雷!?」
管制室で、オペレーターが叫んだ。
「あれは……オブスキュリテ本人の魔法では?」
「いや、爪に付与されている」
幹部は映像を睨む。
「異形兵そのものに魔法を流し込んでいるのか」
攻撃を受けた魔法少女が、膝をつく。まだ変身は解けていない。
だが、明らかに不安定だ。このまま次の一撃を受ければ、変身が落ちる。
「生身になって攻撃を受けるのは危険だ!」
幹部が叫ぶ。
「攻撃を受けた魔法少女はすぐに下がらせるんだ!」
「しかし、それでは前線を維持できません!」
オペレーターが悲鳴のように返す。
「敵の数が多すぎます!」
映像の中で、魔法少女たちは苦戦していた。
通常の異形相手なら、防げる。押し返せる。連携もできる。
だが、爪や牙に赤い雷をまとった異形は違った。
受ければ魔力が乱れる。防御すれば結界が不安定になる。攻撃を弾いても、武器から赤雷が伝わる。
まともに組み合えない。
「白瀬隊員は」
幹部が言った。
「白瀬結衣はどうしている!」
「現在こちらに向かっております!」
「到着まで」
「最短で四分!」
「四分……!」
今の前線が四分持つかどうかは分からない。
幹部は通信を開いた。
「魔法少女各位に通達。白瀬隊員が来るまで、引き気味で戦え。無理に敵を止めようとするな。接触を避け、遅滞戦闘に徹しろ!」
『了解!』
『でも、このままだと本部の奥まで――!』
「持たせろ!」
幹部の声が管制室に響いた。
「白瀬隊員が来るまででいい!」
その時だった。
エントランス中央に、再びゲート反応。
「新規ゲート!」
「場所、本部エントランス!」
「まだ来るのか!」
映像の中で、空間が裂ける。異形兵たちが、一斉に後退した。まるで道を開けるように。
黒い亀裂の向こうから、一人の少女が現れる。
黒い衣装。赤い雷。赤羽 祈の顔。
オブスキュリテ。
「彼女は……!」
幹部の顔が歪む。
映像越しでも分かる。空気が変わった。
魔法少女たちが身構える。誰かが息を呑む。
先日のライブ襲撃の映像が、全員の脳裏をよぎった。
オブスキュリテは、ゆっくりと本部エントランスを見回した。
壁に掲げられた魔法少女局の紋章。
避難する職員たち。
前線に立つ魔法少女たち。
天井の監視カメラ。
そのどれにも、感情のない目を向ける。そして、指先に赤い火花を灯した。
「さあ」
赤い雷が、空気を裂く。
「行きなさい、異形兵ども」
彼女の声に応じて、異形兵たちが一斉に前へ出た。
爪に。
牙に。
硬い外殻に。赤い雷をまとって。魔法少女局の本部へ、赫塵を帯びた侵略が始まった。
「あなたたちは、ここで魔法少女たちを抑えなさい」
オブスキュリテは、異形兵たちへ命じた。
赤い雷をまとった異形たちが、低く唸る。
魔法少女局本部のエントランスは、すでに戦場と化していた。
砕けた床。割れたガラス。
赤く明滅する警報灯。
避難する職員たちの足音。
そして、魔法少女たちの怒号。
赫塵を付与された異形兵は、普通の異形とは違う。
爪を受ければ、魔力が乱れる。牙を弾いても、武器越しに赤い雷が流れ込む。
防御結界で止めようとすれば、結界そのものが痺れて崩れる。
魔法少女たちは、異形を倒せないわけではない。ただ、真正面から受け止めることができない。
それだけで、戦線は崩れかけていた。
「本隊を奥へ進ませないこと。それだけでいいわ」
オブスキュリテは淡々と言った。
「殺す必要はない。変身を剥がして、動けなくすれば十分」
異形兵たちが、一斉に前へ出る。
魔法少女たちが構え直す。
「来る!」
「接触するな! 爪を受けたら変身が落ちる!」
「距離を取って! 牽制を――!」
その混乱を背に、オブスキュリテは一人、局の内部へと歩き出した。迷いのない足取りだった。
まるで、最初からこの建物の構造を知っているかのように。
「敵幹部、単独で本部内へ侵入!」
管制室に、オペレーターの声が響いた。
巨大モニターには、本部内部の監視映像がいくつも並んでいる。その一つに、黒い衣装をまとった少女の姿が映っていた。
オブスキュリテ。
彼女は、警報が鳴り響く廊下を静かに進んでいる。
「すべてのゲートをロックしろ!」
幹部が命じた。
「内部転移も遮断。隔壁を落とせ。防衛区画を切り離せ!」
「了解!」
オペレーターたちが一斉に端末を操作する。
廊下の各所で、重い隔壁が降り始めた。
魔法少女局本部は、異形の侵入を想定して設計されている。
ひとたび内部に敵が入り込んだ場合、各区画を隔壁で封鎖し、侵攻経路を限定する仕組みになっていた。
だが、幹部の表情は険しかった。
「狙いは何だ」
侵略者が本部を直接狙ってきた。それだけでも異常だ。
だが、オブスキュリテはエントランスで暴れる異形兵を置いて、単独で奥へ向かっている。
単なる破壊が目的なら、もっと人の多い区画を狙うはずだ。
狙いがある。明確な目的がある。
「敵の進行方向は?」
「追跡中……第三区画を突破、管理棟方面へ向かっています!」
「管理棟?」
幹部が眉をひそめる。
その時、管制室の隅で、森山 奈央が静かに立ち上がった。顔には緊張が浮かんでいた。
「もしもの場合は、私が時間を稼ぎます」
「森山君?」
幹部が振り向く。奈央は穏やかな声で続けた。
「その隙に、皆さんは逃げてください」
「君はもう前線を退いている。無茶をするな」
「分かっています」
奈央は小さく笑った。けれど、その笑みは硬かった。
「今の私では、オブスキュリテには勝てません。変身できても数分。武器を出せても、まともに打ち合うのは無理です」
「なら――」
「でも、数十秒なら稼げます」
奈央の声に、管制室が静まった。
「結衣が来るまで。あるいは、皆さんが退避するまで。そのくらいなら、まだできます」
幹部は言葉に詰まった。奈央は戦えない。もう全盛期の魔法少女ではない。
それでも、後輩や職員を守るために立とうとしている。 その覚悟を、誰も簡単には否定できなかった。
モニターの中で、オブスキュリテの進路を塞ぐように隔壁が落ちた。
分厚い金属と魔法結界を重ねた防衛扉。 通常の異形なら、破るのにかなりの時間がかかる。
オブスキュリテは、その前で足を止めた。
管制室の全員が、画面を見つめる。
「止まった……?」
オブスキュリテは、隔壁の表面に手を触れた。
破壊するのかと思った。赤雷で魔力回路を痺れさせるつもりなのかと思った。
だが、違った。
彼女は懐から小さな道具を取り出した。円盤状の器具だった。
手のひらほどの大きさで、表面に異形の紋様のようなものが刻まれている。それを隔壁へ押し当てる。次の瞬間、器具の中心から黒い波紋が広がった。隔壁の表面が、音もなく溶けるように歪む。
円形の穴が開いていく。魔法結界ごと、くり抜かれている。
「隔壁、突破されます!」
「何だ、あの道具は!」
オペレーターが叫ぶ。
オブスキュリテは、開いた穴をくぐり抜けた。その足取りは変わらない。焦りも、急ぎもない。
「便利な道具を開発したものね」
監視映像の音声が、彼女の呟きを拾った。
「まったく、侵略組織というのは悪趣味で実用的だわ」
その声に、幹部の表情が歪む。
「敵の進行方向は」
「確認します……第三区画を突破。第四連絡廊下へ。進行先は……」
オペレーターの手が止まった。
「どうした」
「進行先は……資料庫です」
「資料庫?」
幹部が眉を跳ね上げる。
「なぜそんなところに」
資料庫。
そこは、一般職員すらほとんど立ち入らない記録保管区画だった。
過去の作戦記録、旧式の防御機構資料、非公開の調査報告、機密扱いの事故記録。
重要な場所ではある。
だが、侵略組織が真っ先に狙うような場所ではない。
幹部は、そこで言葉を止めた。
「いや」
背筋に冷たいものが走る。
「なぜ、そこに資料庫があると知っている」
管制室に、重い沈黙が落ちた。
オブスキュリテは、迷わず資料庫へ向かっている。ただ内部構造を偶然知っていたのではない。
最初から、そこを目指していた。何かを探している。魔法少女局が隠している何かを。
「白瀬隊員、到着!」
その時、別のオペレーターが叫んだ。
エントランスの映像に、白い魔法衣装の少女が飛び込んでくる。
白瀬 結衣。
彼女は赫塵をまとった異形兵の群れへ、迷わず踏み込んだ。
赤い爪が振るわれる。結衣は紙一重で避ける。
魔力は少ない。だからこそ、赫塵の影響を受けにくい。攻撃を受けなければ、変身が乱れることもない。
彼女は一体目の懐に潜り込み、拳を叩き込んだ。異形兵の胴体がへこみ、壁へ吹き飛ぶ。
続けて二体目。
爪を避け、腕を掴み、体を回して床へ叩きつける。赤い雷が床を走るが、結衣はすでにその場を離れている。
三体目の牙が迫る。
結衣は低く沈み、脚に魔力を集中させた。
一撃。
異形兵の頭部が砕けた。
エントランスで苦戦していた魔法少女たちが、息を呑む。
「結衣先輩!」
「白瀬隊員が来た!」
結衣は振り返らない。
「負傷者は後方へ! 変身が不安定な子は無理に前に出ないで!」
声は鋭かった。だが、先日のライブ襲撃の時のような迷いはない。
少なくとも、異形兵相手には。
「他に敵は」
結衣が通信に向かって問う。
『白瀬隊員、オブスキュリテが本部内へ侵入。現在、資料庫方面へ向かっています』
「資料庫?」
結衣は眉をひそめた。
なぜ、資料庫に。
局の中枢を破壊するわけでもない。
人質を取るわけでもない。
防御機構の制御室でもない。
祈は何を探しているのか。
『追跡をお願いします。現在、封鎖が突破されています』
「分かりました」
結衣は一瞬だけ、エントランスの魔法少女たちを見た。
「ここは任せて大丈夫?」
「はい!」
「行ってください、結衣先輩!」
後輩たちの声に、結衣は頷いた。
そして走り出す。
祈。
胸の奥で、その名前がこぼれる。
オブスキュリテ。
そう呼ばなければならないのに。
祈。
結衣は廊下を駆け抜けた。
資料庫の扉は、すでに破られていた。隔壁と同じように、円形にくり抜かれている。中は薄暗かった。
高い天井まで届く保管棚。古い紙資料。封印された魔法記録媒体。
魔法少女局の過去を詰め込んだような空気。
その中央に、オブスキュリテが立っていた。
彼女の周囲には、いくつもの記録媒体が浮かんでいる。赤い雷が細い糸のように伸び、端末から情報を吸い上げていた。
結衣が資料庫へ踏み込むと、オブスキュリテは振り返った。
「遅かったわね」
その声は落ち着いていた。まるで、結衣が来ることを分かっていたように。
「祈……」
結衣の喉が震える。
聞きたいことは多すぎた。
どうして局を襲うのか。
なぜ資料庫なのか。
何を探しているのか。
どうしてそんな顔で立っていられるのか。
「なんで、こんなことを……」
「オブスキュリテよ」
彼女は即座に訂正した。冷たい声だった。
けれど、結衣には分かった。その訂正は、拒絶だ。
名前を呼ばれることへの拒絶。昔へ引き戻されることへの拒絶。
「……オブスキュリテ」
結衣は言い直した。口の中が苦かった。
オブスキュリテは、わずかに目を細める。
「まあいいわ。欲しい情報は、これで手に入れられたから」
「情報……?」
結衣は周囲の記録媒体を見る。
「あなた、何を探していたの?」
オブスキュリテは、浮かんでいた記録媒体の一つを手に取った。赤い雷が、その表面を薄く走る。
「先日のライブでの侵攻」
彼女は静かに言った。
「あれは、私が魔法を使って防御機構を黙らせた」
結衣の表情が強張る。
「赫塵を結界回路に流し込んで、観客保護の防御膜も、侵入感知も、避難誘導の補助術式も、一時的に痺れさせた。だから防御機構は動かなかった」
「……」
「でも」
オブスキュリテの目が、冷たくなる。
「二年前のライブでの侵攻時は?」
結衣の胸が、どくんと鳴った。
二年前。
四条 瑠香が死んだ日。
祈が世間に叩かれ、失踪するきっかけになった日。あの日も、防御機構は動かなかった。
でも、あの時の祈は敵ではなかった。オブスキュリテではなかった。魔法少女だった。
「まさか……」
結衣の声がかすれる。
「誰かが、防御機構を……?」
オブスキュリテは答えなかった。ただ、冷たい目で結衣を見た。
その沈黙が、答えのようだった。
結衣の中で、何かが崩れる。
あの日、祈だけが悪かったわけではない。
防御機構が動かなかった理由が、別にあったかもしれない。
誰かが、仕組んだのかもしれない。
それなのに。祈は一人で責められた。祈は一人で潰された。
結衣は、息を呑む。
「祈、あなたはそれを調べるために……」
「オブスキュリテ」
また、訂正された。
「私は、自分で真実を見つける」
「待って!」
結衣が一歩踏み出す。
「その情報、私にも――」
「あなたに?」
オブスキュリテの声が冷えた。
「あなたは知ってどうするの?」
結衣は言葉に詰まる。
「局に報告する? 上の判断を待つ? また『今は動くな』って言われたら、今度はどうするの?」
胸を抉る言葉だった。
「違う、私は――」
「遅いのよ」
オブスキュリテの指先に、赤い火花が灯る。
「あなたはいつも、全部が終わってから来る」
空間が裂ける。
黒いゲートが、オブスキュリテの背後に開いた。
「待って、祈!」
結衣は思わず名前を叫んだ。オブスキュリテは、ゲートの前で一度だけ振り返る。
その瞳は冷たい。
けれど、怒りだけではなかった。傷ついたものだけが持つ、深い暗さがあった。
「次にその名前で呼んだら」
赤い雷が、彼女の周囲で弾ける。
「今度こそ、あなたの変身を剥がすわ」
そして、彼女はゲートの向こうへ消えた。黒い亀裂が閉じる。
資料庫には、結衣だけが残された。
古い記録の匂い。破られた扉。消えた情報媒体。
そして、オブスキュリテが残した問い。
二年前の防御機構は、なぜ動かなかったのか。
結衣はその場に立ち尽くした。
祈は、ただ世界を壊そうとしているだけではない。何かを探している。自分を壊した事件の真実を。
そしてそれは、魔法少女局が隠しているかもしれないものだった。




