第50話
サニーは訓練場の端で、四人の配置を見た瞬間に、この組み合わせはそれなりに噛み合うと判断した。
クロエと桐子。
アイギスとリュウガ。
攻撃と防御、遠距離と近距離、魔法と武術。単純に役割を分けるなら、桐子とクロエは少し前のめりで、アイギスとリュウガは安定寄りになる。もちろん、実際の戦場でそんなきれいに分かれることは少ない。だからこそ、模擬戦で崩す。
通常授業内の実技として行うため、周囲には他クラスの生徒もいた。
見学と待機を兼ねた生徒たちが、訓練場の外周に並んでいる。特別クラスの模擬戦は、去年より注目を集めるようになった。入所試験の時から目立っていた四人が、一年でどの程度伸びたのか。賭け事はさすがに授業中には許されないが、目線の熱はよく似ている。
サニーはそれを無視した。
見るべきは四人の足元だ。
「勝敗条件は、相手二名の戦闘不能、降参、または私の停止判断」
サニーは言った。
「致命傷判定は結界が止める。けれど、痛みと衝撃はある。油断しないこと」
四人が頷く。
桐子の手には、以前よりずっと槍らしい槍があった。
完全とは言えない。穂先の形にわずかな歪みがあり、柄の重心もやや手元に寄っている。それでも、入所当初に出していた曲がりくねった金属塊とは別物だった。武具創造が、ようやく武器として形を持ち始めている。
クロエは後方で指先を軽く開いている。雷撃を主軸にする姿勢だが、今日はそれだけでは終わらないだろう。彼女は自分の手札を少しずつ増やしている。
アイギスは盾を複数展開していた。
手に持つ盾だけではない。空中に浮かぶ盾、地面すれすれに置かれた盾、後衛を守る角度に置かれた盾。桐子の何気ない一言から始まった発想は、もう彼女の戦術の一部になっている。
リュウガは長短の二刀を構えた。
気は使わせない。使えばサニーが止める。本人も分かっている。追加訓練の成果は、別のところに出るはずだった。
「始め」
サニーが告げた。
最初に動いたのはリュウガだった。
速い。
以前より初動が軽い。身体強化に頼り切らず、足の置き方と上体の倒し方で前へ出ている。桐子が槍を横へ払う。リュウガは短剣で柄を逸らし、長剣で牽制した。
近距離は桐子とリュウガ。
遠距離はクロエとアイギス。
想定通り、初手は二つの戦場に割れた。
クロエの指先から雷が走る。
細く、鋭く、狙いが正確だった。アイギスは正面の盾で受けず、斜めに置いた盾へ流す。雷は盾の表面を滑り、結界に散った。防いだだけではない。次に飛ぶ雷の角度を制限する配置だった。
クロエが目を細める。
アイギスも少しだけ盾の位置を変える。
遠距離同士は均衡している。
近距離では、桐子が思ったより粘っていた。
槍術だけならリュウガの方が安定している。多武器に慣れた彼は、槍の間合いも読みやすい。だが桐子は、槍を槍だけとして使わない。踏み込みをずらし、柄を短く持ち、時には穂先を囮にして肘や膝の間合いへ入ろうとする。
黒峰流。
魔法より先に身体へ入っている技術が、彼女の戦い方を支えている。
ただ、視野は狭い。
桐子は目の前のリュウガに集中しすぎる。リュウガがそれを見逃すはずがなかった。
彼は一度大きく踏み込んだ。
桐子が迎撃する。
その瞬間、リュウガは剣を捨てた。
投げ捨てたのではない。桐子の槍へ絡めるように手放し、柄の動きを一瞬だけ縛る。桐子が対応する間に、リュウガは身体を低くして横を抜けた。
「抜かれた」
サニーは小さく呟いた。
桐子もすぐに気づく。
だが、一拍遅い。
リュウガの狙いは後衛のクロエだった。
アイギスが盾を動かす。クロエの前へ一枚、二枚、斜めに重ねる。だが、リュウガは盾を正面から破らない。床を蹴り、盾の端を踏み台にして角度を変えた。混戦でこそ輝く立ち回り。自分の味方の盾でさえ、利用できるものとして扱っている。
クロエは雷撃を放った。
間に合う。
だが、リュウガは雷の軌道を読んでいた。短剣を捨て、腰の予備武器を抜きながら、雷の端をかすめるように前へ出る。肩に浅く焼け跡が走る。それでも止まらない。
木剣の刃が、クロエの脇腹を裂いた。
結界が致命傷を軽減する。
それでも血は出た。
クロエの顔が痛みに歪む。
見学の生徒たちが息を呑んだ。
サニーは止めない。
ここからが見たい。
クロエは後退しなかった。
傷口に手を当てる。指先が赤く濡れる。その血が、ただ落ちる前に形を変えた。
細い刃。
いや、鞭に近い。血が硬質化し、しなり、リュウガの腕へ巻きつく。
吸血鬼に傷を負わせたとて、油断はするな。
その言葉を、クロエは行動で示していた。
リュウガが目を見開く。
振りほどこうとした瞬間、桐子が戻ってきた。
槍を投げる。
武具創造の槍は、空中でわずかに歪みながらも真っ直ぐ飛んだ。リュウガは避けるしかない。血の鞭に腕を取られた状態では、動きが半歩遅れる。
桐子が距離を詰める。
槍が手元にない。
だからこそ、彼女は強い。
徒手の踏み込み。肩でリュウガの体勢を崩し、足を刈る。リュウガは空いた手で桐子の襟を取ろうとしたが、血の刃がそこへ割り込んだ。
クロエと桐子は、前後ではなく左右からリュウガを挟んだ。
リュウガは粘った。武器を替え、体勢を低くし、血の拘束を短剣で断とうとする。だが、クロエは血の形を固定しない。切られる前にほどき、別の角度から絡める。桐子はその隙を逃さず、膝を入れ、肘を合わせ、最後に短く再生成した槍の石突をリュウガの胸元へ叩き込んだ。
結界が強く光る。
リュウガの身体が後ろへ弾かれた。
「リュウガ、戦闘不能判定」
サニーは告げた。
リュウガは床に片膝をつき、悔しそうに息を吐く。気を使おうとはしなかった。そこは評価していい。
残るはアイギス。
状況は二対一になった。
アイギスはすぐに盾の配置を変えた。正面に厚く置くのではなく、左右を塞ぎ、距離を取る。火力はない。だが、倒されないことに関しては四人の中でも安定している。
クロエが雷撃を放つ。
アイギスは受け流す。
桐子が横から入る。
盾が滑り込んで止める。
きれいだった。
サニーは少しだけ感心した。
アイギスは一人でも防衛線を作れる。攻撃役を欠いた状態でも、簡単には崩れない。だが、押し返す力は足りない。クロエの雷撃と桐子の接近が重なるたび、盾の位置が少しずつ苦しくなる。
守れている。
けれど、勝ちには向かっていない。
アイギス自身もそれを分かっている。
最後に桐子が低く入り、クロエが上から雷を落とした。アイギスは盾を二枚重ねて防いだが、その隙に桐子が背後へ回る。盾を回せばクロエが抜く。クロエを止めれば桐子が入る。
詰みだった。
「降参します」
アイギスが言った。
サニーは手を上げた。
「そこまで。勝者、クロエ・桐子組」
訓練場に息が戻る。
見学していた生徒たちがざわめき、誰かが小さく拍手した。それが広がる前に、サニーは四人を呼び寄せた。
クロエは傷を押さえているが、治癒能力で出血は落ち着き始めている。桐子は息を切らしながらも、手元の槍を見ていた。消えるまでの時間が伸びている。武器としての形も、以前より安定していた。
リュウガは悔しそうだが、倒れ込むほどではない。
アイギスは静かに敗北を受け止めている。
「全員、伸びている」
サニーは言った。
四人の表情が少しだけ変わる。
「でも、まだ雑」
すぐに戻った。
「桐子。槍はまともになった。けれど、目の前に集中しすぎ。リュウガに抜かれた時点で後衛が死ぬ可能性があった」
「はい」
「クロエ。負傷後の血液武器化は良かった。けれど、負傷しない位置取りを先に考えなさい。吸血鬼だから傷を使える、ではなく、傷を負っても手札がある、という順番」
「……分かったわ」
「リュウガ。桐子を抜いた判断は良い。後衛狙いも正しい。ただ、クロエを倒し切る前に血を見落とした。相手の種族を忘れない」
「ああ」
「アイギス。防御は良い。二対一でもよく持った。でも、攻撃役が落ちた後の選択肢が少ない。守って時間を稼ぐ先を考えなさい」
「はい」
四人がそれぞれ頷く。
叱ってはいるが、悪くない。
去年の入所時から見れば、別人のように伸びている。桐子は魔法を武器として形にし始め、クロエは吸血鬼らしい手札を実戦に混ぜた。リュウガは焦りを抱えながらも、気に逃げずに戦った。アイギスは盾役として、負ける場面まで崩れなかった。
まだ未完成。
だからこそ、育つ。
サニーは視線を少しだけ上げた。
訓練場の外で見ていた生徒たちは、特別クラスの勝敗にざわめいている。華やかな技に目を奪われている者もいれば、アイギスの防御に感心している者もいる。
この四人は、少しずつ養成所の中で意味を持ち始めている。
それは良いことでもあり、面倒なことでもあった。
「今日はここまで。医療処置を受けてから解散」
サニーが言うと、クロエが小さく不満そうな顔をした。
「この程度なら」
「医療処置」
「……分かったわ」
桐子が笑いかけ、クロエが睨む。
リュウガはアイギスへ何か言おうとして、うまく言葉が出ずに視線を外した。アイギスはその様子に気づいているが、追及しない。
サニーはそれらをまとめて見た。
戦力としては、まだ足りない。
だが、ただの生徒として見るには、もういくつもの事件を越えすぎている。
この先、彼らはもっと大きなものに巻き込まれる。東部領、北部領、不滅の魔石、気、そして桐子の中にある得体の知れないもの。
今はまだ、訓練場の結界の中で済んでいる。
だが、次に同じような判断をする場所が、結界の中とは限らない。
サニーは四人を医療担当へ向かわせた。
背中を見送りながら、今日の勝敗よりも、彼らが負け方を覚え始めたことの方が大きいと思った。
勝つためには、負け方を知る必要がある。
死なない範囲で、それを学べる時間は長くない。




