表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いずれ空へと続く道  作者: 白銀スーニャ
第1章:西の不死と死と過去
58/63

EX20

 リリー・セヴァライドは、面談準備表の余白に三本目の矢印を書き込んでいた。

 矢印の先には、白銀桐子の名前がある。

 その周りを、固有魔法、武具創造・槍、神威らしき残滓、魔力運用、気との接触可能性、発現時の心理状態、アンチ・マジック影響下での挙動、神との接触仮説、という単語が囲んでいる。

 研究員の一人が、長い沈黙のあとで言った。

「隊長」

「何?」

「これは面談準備表ではなく、解剖計画書に見えます」

 リリーは手元の紙を見た。

 確かに線は多く、矢印も注釈も多い。

 ただ、解剖という表現は不適切だ。白銀桐子本人への物理的侵襲は現時点で予定していない。予定していないのだから、解剖計画書ではない。

「失礼な。非侵襲観察中心よ」

「非侵襲観察中心、という言い方がもう少し怖いです」

「怖くない。優しい」

「隊長基準では」

 研究室の空気は、いつも通り少し乾いていた。

 第3班は魔法・研究班である。元魔法研究所の者もいれば、最初から軍属として研究畑に入った者もいる。現場で剣を振るう者たちとは違う意味で、ここにも戦場がある。机、封印容器、術式盤、報告書、検体、そして無茶を言う上司。

 上司はリリーである。

 リリーは自覚していた。

 自覚していても、止まるとは限らない。

 サニーからの依頼は短かった。

 桐子の回復を待って、本人同意の上で見てやって。暴走したら止める。

 最後の一文は、誰を止めるのか曖昧だった。

 桐子を止めるのか。

 リリーを止めるのか。

 おそらく両方だ。

「まず確認するのは、発現者本人の主観ね」

 リリーは新しい紙を引き寄せた。

「神威らしき残滓は、こちらが観測しているはずなのに観測され返す感触があった。だから外側から分解するより、本人が何をどう感じたかを聞く方が早い可能性がある」

「質問項目は何問ですか」

「今のところ七十二」

「多いです」

「じゃあ六十八」

「誤差です」

 別の研究員が額を押さえた。

「相手は負傷明けの養成所生です。戦場で人を殺した直後でもあります。面談時間は短めにしてください」

「分かっているわ。だから優先順位をつけている」

 リリーは紙の左上に、最優先、と書いた。

 発現時、槍を見たか。

 握った感触はあったか。

 魔力を流した感覚はあったか。

 気との違いをどう感じたか。

 神という語に対して、本人がどの程度の実感を持っているか。

「隊長」

「何?」

「最優先だけで五問あります」

「五問なら少ない」

「比較対象が七十二問だからです」

「研究とは比較で成り立つものよ」

「屁理屈です」

 リリーは否定しなかった。

 屁理屈は便利だ。正論で動けないものを、少しだけ横へ動かす力がある。乱用すれば信用を失うが、適切に使えば研究を前へ進める。

 ただし、今回は相手がいる。

 白銀桐子。

 サニーが拾い、特別クラスに放り込み、西部領で神威らしきものを発現させた少女。未来から来たという情報も、リリーの中では別箱に入れてある。あれも本来なら聞きたい。非常に聞きたい。時間構造、魔石の継承、魔力環境差、人格形成への影響。聞きたいことは山ほどある。

 だが、今回の面談対象はそこではない。

 サニーに蹴られる。

 物理的に。

 リリーはさすがにそれを避けたい。

「サニー隊長からの条件を確認します」

 軍属出身の研究員が、書類を読み上げた。

「負傷回復後であること。本人の同意があること。戦闘再現を要求しないこと。魔力負荷をかけないこと。本人が拒否した質問は打ち切ること。面談中はサニー隊長同席」

「監視が厚い」

「信頼の結果では」

「信頼されているなら同席はいらない」

「信用されていない部分があるのでは」

「心外」

 リリーは胸に手を当てた。

 研究員たちは誰も慰めなかった。

 ひどい部下たちである。

 優秀でもある。

 優秀だからこそ、リリーの勢いを止めようとする。研究者としては邪魔で、上司としてはありがたい。リリーはそういう矛盾を嫌いではなかった。

「では、観察項目を三段階に分ける」

 リリーは術式盤に文字を映した。

「第一段階、会話のみ。発現時の記憶、本人の感覚、既知の魔法訓練との差異。第二段階、通常の武具創造。これは短時間、低負荷。第三段階、神威に関連する再現は要求しない。本人が自発的に何かを感じた場合のみ記録」

「かなりまともです」

「私を何だと思っているの」

「未知を前にすると倫理を机の端へ置く方です」

「完全には否定できない」

 リリーは咳払いをした。

「だから今回は置かない。机の中央に固定する」

「固定具が必要ですね」

「作る?」

「作らないでください」

 少しだけ研究室に笑いが起きた。

 笑いは必要だ。

 扱っているものが危険であればあるほど、息をする場所を作らなければ判断が歪む。リリーは自分の好奇心を信用していない。信用していないから、周囲に止める者を置く。

 それでも、胸は高鳴っていた。

 神威。

 まだ仮の名だ。

 魔力でも気でもない何か。魔術式の外側から現れ、不滅の魔石による変質を貫いた力。観測しているこちらを観測し返すような残滓。

 そこに神がいるのか。

 いるなら、何を見ているのか。

 自分は何のために生まれた魔女なのか。

 リリーはその問いを、表には出さなかった。出せば研究員たちはまた心配する。心配されるのは嫌いではないが、議論が横へ逸れる。

「コーイチへの依頼は」

「送付済みです。人間界側の神に関する伝承、魔術式を介さない異常現象、地域信仰との接触事例を優先調査」

「よし」

「返信では、また変な依頼を投げてきたな、という温度が滲んでいました」

「元気そうで何より」

「隊長」

「何?」

「後輩を便利に使いすぎです」

「向いている人材を適所に配置しているだけ」

「言い方」

 リリーは肩をすくめた。

 コーイチは向いている。魔術式を視認できる目を持ち、人間界側の空気を知り、魔界の常識に染まりきっていない。本人は苦労するだろうが、苦労人は苦労の扱い方を知っている。

 たぶん、おそらく、そうであってほしいので祈っておこう。

「面談室は第二観察室を使いますか」

「いいえ。普通の会議室」

 リリーが答えると、研究員たちは少し意外そうな顔をした。

「観察設備が足りません」

「だからいいのよ」

 白銀桐子は研究対象である前に、負傷明けの少女だ。

 観察室に入れれば、こちらの意図が前に出すぎる。会議室で、茶を出し、サニーが横で睨んでいるくらいがちょうどいい。

「記録魔導具は」

「一台だけ。本人に見える位置。隠し記録なし」

「隊長、本当にまともです」

「褒め方に棘がある」

「敬意です」

 リリーは笑った。

 準備表から余計な矢印を二本消す。消しても、頭の中には残る。研究者としての自分は、もっと知りたい。もっと触れたい。もっと深く覗きたい。

 だが、順番を間違えれば扉は閉じる。

 未知に対して礼を失った者から死ぬ。

 それは比喩ではない。

「質問項目、最終版を作るわ」

 リリーは紙を引き寄せた。

「七十二問から?」

「二十問にする」

「多いです」

「十五」

「十」

「十二」

「十」

「十一」

 研究員たちは顔を見合わせた。

「では、十一で」

「勝った」

「負けたのでは」

 リリーは聞こえないふりをした。

 好奇心は走りたがっている。

 倫理は机の中央に置いた。

 サニーは同席する。

 桐子本人の同意を待つ。

 それでも、未知へ続く扉の前に立っている感覚は消えない。

 リリーはペンを持ち直し、面談準備表の一番上に大きく書いた。

 本人を壊さないこと。

 研究者としては当たり前すぎる一文。

 だが、当たり前のことほど、熱に浮かされた時に見落とす。

 リリーはその一文を見つめ、満足して頷いた。

「よし。これでサニーに蹴られない」

「そこが基準ですか」

「大事よ。痛いもの」

 研究室に、今度こそ小さな笑いが広がった。

 その笑いの向こうで、神威という未知は静かに待っている。

 リリーはまだ触れない。

 けれど、触れる準備は始まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ