EX7
サニー・アージェントは、ナタリーからの通信を読み終える前に走り出していた。
体内埋め込み型アンチ・マジック。
照明に紛れ込ませた据え置き型だけでも面倒だというのに、教団は人間の身体まで装置にしているらしい。正確な構造は後でリリーに投げる。今必要なのは、仕組みの理解ではなく被害の切断だった。
「葡萄畑は」
同行していた隊員が問う。
「ナタリーに任せる」
サニーは即答した。
あの副隊長は、サニーが絡むと少し騒がしい。だが仕事はできる。戦場で任せた場所を落とすような女ではない。
だから、葡萄畑は外す。
サニーが向かうべき場所は他にある。
西部領の夜は、あちこちで歪んでいた。城を中心に起きた蜂起ではない。街道、駅、港へ続く倉庫街、小さな集落、領境の検問所。教団兵は同時に火をつけ、守る側の手を分散させるよう動いている。
嫌な作戦だ。
そして、よく効く。
端末の地図には、赤い点が増え続けていた。葡萄畑、駅、港、旧街道、外縁集落、領境。点が増えるたびに、そこに人がいることを想像してしまう。逃げ遅れた老人、泣く子ども、家畜を捨てられず戻ろうとする農夫、店の帳簿を抱えたまま立ち尽くす商人。
戦場では、点は点ではない。
だから面倒だった。
城へ行きたい。
クロエ、アイギス、桐子。
三人を城へ向かわせたのは自分だ。表向きは客人、実態は実地研修。危険があることは分かっていた。だが、ここまで露骨に同時蜂起を仕掛けてくるなら話は別だ。
無事でいなさい。
祈るようなことは嫌いだ。
祈りは戦場で役に立たない。手を動かし、足を動かし、敵を切り、味方を運び、装置を壊す方がずっと確実だ。
それでも、今のサニーは祈るしかない場所へ三人を置いている。
その事実が、足を速くした。
最初の現場は駅だった。
魔道列車の発着場で、避難誘導中の警備兵が押されている。教団兵はバッテリー式のライトで視界を取り、白兵戦で魔法使いを潰していた。照明の一つに魔法無効化装置が仕込まれているのだろう。駅構内の魔導具は半分死んでいる。
サニーは正面から入った。
銀閃。
最大出力ではない。
だが、今のサニーは加減が少し荒かった。
一本目でクロスボウをまとめて断ち、二本目で剣を持つ腕を切り落とす。三本目は床を裂き、突進してきた兵の足を止めた。背後から来た一人を蹴り飛ばし、柱へ叩きつける。
「避難を続けなさい」
駅員が呆然とした顔でこちらを見る。
「聞こえなかった?」
「は、はい」
人が動き出す。
サニーは照明を見上げた。魔力の流れが一箇所だけ濁っている。指先を振る。銀色の線が照明ごと装置を裂いた。ざらつきが少し消える。
「回収班を後で入れて。次」
走る。
走りながら、サニーは次の指示を投げる。
「駅は二班に引き継ぎ。負傷者は線路側へ出すな。列車が止まっていても路線は安全地帯じゃない。賭け事で騒ぐ時だけ元気な連中を、今日は荷運びに使いなさい」
返答が来る。
短い。十分。
細かい確認をしている暇はない。信じて投げる。投げられた側が拾う。第7班はそういう部隊だ。
サニーは次の赤い点へ向かった。
次は街道沿いの集落だった。
家屋の間を、教団兵が三人ずつに分かれて動いている。目的は虐殺ではない。混乱だ。火をつけ、逃げ道を塞ぎ、住民を一箇所へ追い込もうとしている。
サニーは屋根の上から落ちた。
一人目の肩を踏み砕き、二人目の槍を奪って三人目の喉へ柄を叩き込む。銀閃を使うまでもない相手には使わない。だが、住民の前で時間をかける余裕もない。
最短で終わらせる。
最短に、感情が混じる。
教団兵の一人が子どもを盾に取ろうとした。
サニーの視界が冷えた。
銀色の光が走る。
腕が落ちる。
子どもが悲鳴を上げる前に、サニーはその襟を掴んで後ろへ投げた。隊員が受け止める。
「泣くのは後」
子どもに言ったのか、自分に言ったのか分からない。
次。
港へ続く倉庫街では、体内埋め込み型らしい精鋭が混じっていた。
近づくと魔法が削られる。
なら、近づかれる前に壊す。
サニーは銀閃を細く伸ばした。魔法無効化の圧が輪郭を食う。食われるより早く通す。首ではなく膝。手首。足首。殺す必要のない者は動けなくする。殺す必要のある者は迷わない。
迷いが出れば、次の現場が燃える。
「隊長、城からの通信が途絶しています」
隊員が告げた。
サニーは一瞬だけ足を止めた。
通信途絶。
魔法無効化装置の影響。あるいは、城内で戦闘が始まった。
胸の奥に、嫌なものが沈む。
桐子はまだ未熟だ。
アイギスは盾役として優秀だが、魔法を封じられれば苦しい。
クロエは吸血鬼であり、魔法生物として魔法無効化の影響を受ける。
分かっている。
だからこそ、今すぐ城へ行きたい。
だが、目の前には倉庫に閉じ込められた住民がいる。港側から別の火の手も上がっている。ここを放置して城へ行けば、城が助かっても領地が燃える。
サニーは奥歯を噛んだ。
「祈ってなさい」
誰に向けた言葉でもなかった。
「三人とも、私が行くまで生きてなさい」
次の銀閃は、少し太かった。
倉庫の扉を塞いでいた鉄鎖が裂ける。中から人が雪崩れるように出てくる。隊員が誘導する。サニーは背後へ回り込んできた兵の腹を蹴り抜いた。
荒い。
自覚はあった。
だが、遅くはない。
最後の巡回先は領境の検問所だった。
教団兵はすでに半数が逃げ腰になっている。第7班の別働隊が押し返していた。サニーは到着と同時に残った指揮役を切った。首ではなく、肩から腕を落とす。口を割らせるためだ。
検問所の詰所には、燃えかけた書類が散っていた。通行記録、荷の申告、領境を越えた者の名簿。教団が欲しがるものではないように見えて、混乱後には必要になるものばかりだ。
「書類も拾って。燃え残りでいい。後で照合に使う」
「了解」
こういう地味なものを残せるかどうかで、事件後の速度が変わる。サニーは戦闘だけで終わる仕事をしたことが少ない。終わった後の面倒まで含めて、いつも任務だった。
「生かして縛れ」
「了解」
「装置持ちは隔離。死体も不用意に触るな。ナタリーの報告を全班へ再送」
隊員たちが動く。
西部領各地の報告が端末へ流れ込む。
葡萄畑、防衛継続。主要区画被害軽微。
駅、避難完了。
港、火災鎮圧中。
集落、住民保護。
城、通信途絶継続。
サニーは端末を握り込んだ。
回るべき場所は回った。残りは各班で処理できる。ナタリーも持つ。ここから先は、副隊長と隊員たちを信じる時間だ。
「城へ行く」
サニーが言うと、隊員が頷いた。
「同行します」
「遅れるなら置いていく」
「承知しています」
サニーは走り出した。
夜の西部領を、海風が裂く。
遠く、崖の上にシュヴァリエ城の影が見えた。灯りは不自然に少ない。月明かりと海光だけが、黒い城壁を浮かび上がらせている。
間に合いなさい。
祈りは役に立たない。
それでもサニーは、走りながらもう一度だけそう思った。
次に銀閃を振るう場所が、子どもたちの倒れた後でないことを願いながら。
願いを現実に変えるため、さらに速度を上げた。




